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第26話 刃多の父親の謎

 翠星高校、バスケ部部室。


 第七実験区画での激闘を終え、帰還した刃多じんたたちを囲み、れんがホワイトボードに結論を書き殴っていた。


『刃多の父 = 精霊王グラトニア(本体)』


「……というわけだ」


 蓮がペンを置く。

 先ほどの戦闘でプロトクローンが残した言葉、そして『重要資料』から読み解ける「最上位精霊の権能」。


 それらを総合すれば、答えは一つしかなかった。


「マジかよ……人間と精霊のハーフとか、ファンタジー通り越して神話じゃん」


 つばさがスナック菓子を落としそうになる。


「まあ、理論上は『本体(オリジナル)』の権能があれば可能……かもしれないといった程度だ。とはいえ、確度は高いし、もし本当ならとんでもない『実家』だがな」


 蓮が呆れたように息を吐く。

 この場にいる全員が、事の重大さと、あまりの非現実感に言葉を失っていた。


 そんな中、翼が軽い調子で提案した。


「じゃあさ、手っ取り早く刃多の母ちゃん……夢子(ゆめこ)さんに聞けばよくね? 『旦那さん、もしかしてドラゴンですか?』って。そしたら確定じゃん」

「却下だ!」


 海斗かいとが即座に叫んだ。


「はあ? なんでだよ。一番確実だろ」

「それじゃあ『楽しくねえ』だろうが!」


 海斗は力説する。


「いいか? 相手はただの親父さんじゃねえ。このダンジョンの……いや、世界のどこかにいる『ラスボス』だぞ? それを、実家でこたつに入りながら『ねーねー母ちゃん』って聞くのか? 興ざめだろ!」

「フム。海斗先輩の言うことにも一理ある」


 わたるも紅茶を飲みながら同意する。


「最深部に到達し、そこで初めて偉大なる父と対面する。それが探索者としての『美しい流儀』だ。ネタバレを聞いてから挑むラストダンジョンほど、野暮なものはない」

「……まあ、確かに。刃多から聞いた話によると、夢子さんはかなり『緩い性格』と聞いたことがある。おそらく事情を聞いたところで『あら、バレちゃった? てへっ』で終わる未来が見えるな」


 明らかにそれ以上、話が広がらないということだ。


 話題性だけはすさまじい。

 ギミックに関わるモンスターは誰もが同じ条件で挑戦できるというのがダンジョンの仕様という中で、『全ギミックを通して単一個体しか存在しない』という特別なモンスターが、『最上位精霊』だ。


 七つの美徳と七つの大罪をモチーフとした精霊たち。

 上位四体は『精霊四天王』……多くは『精霊王』と呼ばれ、他の十体は『精霊十傑』と称されることが、『重要資料』に記載されている。


 上位四体である精霊王の一角、その『本体』が、刃多の実の父親かもしれない。


 そういう中で、おそらく、『聞こうと思えば簡単に聞き出せる』のだ。

 めちゃくちゃ緩い。


『ぴぃ! ぴっ!』


 刃多の膝の上で、ピコちゃんが鳴いて羽ばたいた。

 誰が何と言おうと、ピコちゃんにとって、精霊王竜グラトニアは『父親』だ。


 会いたいのは間違いない。


「ピコちゃんもパパに会いたいって! これはもう、行くしかないね!」


 しおりが笑顔で通訳する。


「よし、決まりだな! 俺たちの最終目標は、最深部に行って親父さんに挨拶することだ!」


 海斗が拳を突き上げ、部室の空気が「冒険」への期待で高まった、その時。


「……そうか」


 それまで、眠そうに会話を聞き流していた刃多が、ふと何かを思い出したようにポンと手を打った。


「あれは、お父さんだったのか」


 部室の時が止まる。

 全員の視線が、刃多に集中した。


「……刃多? お前、何か心当たりがあるのか?」


 海斗が恐る恐る尋ねる。

 刃多は、こともなげに言った。


「うん。お母さん、たまにスマホで『グーちゃん』って相手と楽しそうに電話してるんだ」

「グーちゃん……?」

「スピーカーから聞こえる声、すごく低くて……電話してる間、家が震度3くらいで揺れ続けるんだけど」

「地震じゃねえか!!」


 海斗がツッコむが、刃多は気にせず続ける。


「お母さん、揺れる食器棚を押さえながら、普通に電話してたよ。『えー? また寝返り打っちゃったの? もう、グーちゃんったらドジなんだからー!』って」

「寝返りで震度3!?」

「うん。確か、『全長が五十メートル』あって、うっかり動くとダンジョンの階層ごと揺れるみたいなんだよね」


 刃多は、昨日の晩御飯を思い出すような顔で言った。


「あと、『節制のババア』から怒られたとかなんとか、愚痴ってた気がする」

「……」


 蓮が、手元の資料にある『精霊王・節制』の項目を見て、無言で天を仰いだ。

 情報の整合性が、取れすぎていた。


「人にしては声が低いし、大きすぎるなーと思ってたけど、ドラゴンだからそりゃそうか。納得」


 刃多は、スッキリした顔で頷いた。

 その瞬間、海斗のツッコミが炸裂した。


「おかしいとは思わなかったのか!?」

「え?」


 刃多がキョトンとする。


「全長50メートルの彼氏とか怖すぎるだろ! 電話するだけで災害レベルじゃねえか!」

「でも、お母さん楽しそうだったし。『次はいつ会えるのー?』って聞いてたよ」

「メンタル強すぎだろお前の母ちゃん!」

「フム……『グーちゃん』はグラトニア、『節制のババア』は他の精霊王か……。母親の通話履歴がそのまま世界の裏設定に繋がっているとは、実に美しい」


 航だけが、カオスな状況を楽しんでいる。


「はぁ……確定だな」


 蓮がため息交じりに結論付けた。


「刃多の父親は、『精霊王グラトニア』の本体。そしてピコちゃんは、その因子を継ぐ王女。……とんでもない『実家』だな」


「ま、いいじゃねえか!」


 海斗はニカっと笑い飛ばした。


「相手が50メートルのドラゴンなら、会いがいがあるってもんだ! 目指すは最深部! グーちゃんに挨拶しに行くぞ!」

『ぴぃ♪』


 ピコちゃんが嬉しそうに鳴く。

 刃多も、よくわかっていないようだが、とりあえず頷いた。


「あ、でもその前に」


 翼が思い出したように言う。


「あの『重要保管庫』、まだ開けてないよな? 今回は疲れてたからスルーしたけど」

「そうだったな。あそこには、まだ僕たちが手に入れていない『報酬』が眠っているはずだ」


 蓮が言った。

 第七実験区画の爆発を止めたことで到達可能になった、未知のエリア。

 そこには、精霊王パパに会うための、新たな力が眠っているかもしれない。


「よし! じゃあ次はそこだ! お宝回収して、装備整えるぞ! 最終目標は刃多の実家に挑戦だ!」

「「おー!」」


 バスケ部は、最強の父親に会うため、そして目の前の「お宝」を手に入れるため、新たな「遊び」の準備を始めるのだった。

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