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第25話 VS精霊王竜グラトニア・プロトクローン

 第七実験区画、最深部。


 崩壊が進む空間で、刃多じんたのバイクがアスファルトを削りながらドリフトする。


 ズドォォォォン!!


 直前まで刃多がいた場所を、巨大な竜の尾が薙ぎ払った。


 『精霊王竜グラトニア・プロトクローン』。


 『オリジン』から無限の魔力を供給され、機械と肉体が融合した醜悪な巨体は、傷つく端から再生し、破壊の限りを尽くしていた。


『ぴっ! ぴぃ!』


 胸ポケットのピコちゃんが鋭く鳴く。


 左、そして上。


 刃多はカメラ目線のまま、ピコちゃんの予知に従って車体を倒し、崩落する瓦礫と竜のブレスを紙一重で回避する。


 だが。


「……ダメだ。削り切れない」


 モニター越しに、れんの焦りを含んだ声が響く。

 刃多のブーメランは、正確に急所を捉えている。


 しかし、通常の攻撃――死角からの散発的な狙撃では、『オリジン』の供給による再生速度に追いつかないのだ。


「再生を上回る火力……一撃で『コア』ごと粉砕するほどの、圧倒的な質量が必要だ」


 蓮の分析を聞き、刃多は静かにブレーキをかけた。

 バイクを止め、降りる。


「……わかった。終わらせる」


 刃多は、暴れまわる巨竜に背を向けたまま、カメラ(仲間たち)を見つめた。

 そして、両手を大きく広げる。


 ヒュン、ヒュン、ヒュン……。


 空気が震えた。

 刃多の背後に展開されたアイテムボックスの『渦』が、最大まで拡張される。

 その暗闇の中から、無数の影が浮かび上がった。


 一つ、二つではない。

 十、五十……百。

 刃多が所持する全てのブーメラン。


 そして、先ほど使用した巨大な『トランス・ブーメラン』までもが、射出待機状態で空中に静止する。


「おい……まさか、アレをやる気か?」


 つよしが息をのむ。


「刃多の最強技……『蝗害こうがい』かよ!」


 海斗かいとが叫んだ。

 通常、刃多は「見えない死角」からの奇襲を旨とする。

 敵の視界外から、予測不能な軌道で急所を穿つのが彼のスタイルだ。


 そもそも、見えている飛び道具に対して、モンスターは対応できることが多い。

 命中してもダメージを与えられないことも珍しくはない。


 それゆえに、『死角からの攻撃』が飛び道具では求められる。

 もちろん、全てのモンスターが対応してくるわけではないため、必要なければ正面からぶつけることもある。


 ただ、目の前にいるこのドラゴンは対応してくるタイプであり、しかも当たったとしてもすぐに回復するタイプだ。


 厄介極まる。


 しかし、この技は違う。

 小細工も、死角もない。


 全ての凶器を束ね、「正面」から「津波」のように押し潰す、純粋な暴力の奔流。


「……食らい尽くせ」


 刃多が、指を鳴らす。


 『蝗害の終焉頁ラストページ・オブ・クラスター


 空を埋め尽くすブーメランの群れが、一斉に唸りを上げた。

 それはまるで、一匹の巨大な「イナゴの群れ」のようにうねり、プロトクローンに向かって殺到する。


 逃げ場などない。

 正面からの圧倒的な「面」の攻撃。


 ガガガガガガガガガガッ!!!!!


 金属と肉が削れる音が、絶え間なく響き渡る。

 数百の刃が、プロトクローンの装甲を、肉を、再生する端から削り取り、粉砕していく。


「■■■■――ッ!!??」


 巨竜が悲鳴を上げる。

 再生が追いつかない。

 鉄屑と肉片が飛び散り、やがて、その胸部に埋め込まれた『核』が露出した。


 その瞬間。

 時間が止まったかのような静寂が訪れた。


 全身を削られ、瀕死となったプロトクローン。

 その濁った瞳に、ふと、理性の光が宿ったように見えた。


 彼は、目の前の『刃多』を見る。

 そして、その胸ポケットから顔を出している『ピコちゃん』を見る。


 かつての王女の因子を持つ者と、その血を受け継ぐ者。


『……なるほど』


 頭の中に直接響くような、重低音の思念。


異母兄妹(いぼきょうだい)の連携というわけか。面白い』


 直後。

 刃多が最後に放った『トランス・ブーメラン』が、ハンマー形態で核を直撃した。


 ドォォォォン!!


 プロトクローンは、どこか満足げに瞳を閉じ、光の粒子となって崩壊した。

 同時に、背後の『オリジン』が機能を停止し、空間の崩壊が止まる。


 ★


 静寂が戻った『第七実験区画』。

 だが、部室の空気は、勝利の歓声よりも先に、困惑に包まれていた。


「え……今、なんて言った?」


 つばさが、耳を疑うように呟く。


「『異母兄妹』……?」

「刃多とピコちゃんが……きょうだい? どういうことだ?」


 海斗も訳が分からないといった顔だ。

 ピコちゃんの正体は、先ほどの資料で『グラトニア家の王女』だと推測がついている。


 そして、今のボスは、その因子を使ったクローンだ。

 クローンから見れば、オリジナルのピコちゃんは「姉」にあたるかもしれない。


 だが、刃多は人間だ。


「……生物学的にあり得ない」


 蓮が、眉間にしわを寄せて思考する。

 手元の『鈍器本』や、これまでの知識を総動員する。


「本来、『精霊はギミックとして存在する』ものだ。人間と子供を作ることはできない」

「だよな。生態としておかしい」

「だが、例外があるとすれば……何らかのスキルか、『相当、特別なアイテム』が関わった場合だ」


 蓮は、ページをめくり、『最上位精霊』の項目に目を落とす。


「そもそも精霊は人間に対して無害な存在であり、精霊王であっても人間への攻撃は不可能だ。その上で、『精霊四天王』と『精霊十傑』の『本体』は、全ギミックの中でも特殊で、『一体ずつしか存在できない』となっている」


 このダンジョンのギミックとして、どんなパーティーも条件を満たせば『プロトクローン』と戦うことはできる。


 それがダンジョンの仕様だ。


 しかし、本物の『十四の最上位精霊』に関しては、『早い者勝ち』だ。


 世界に一体ずつしか存在しない、システム上の特異点。


「この資料によれば、最上位精霊はいくつかの『権能』を持っているとある。もし、その特権の中に『子を成す』ほどの力が含まれているとしたら……」


 蓮は唸りつつ、以前、刃多から聞いた『母親の話』を思い出す。


「刃多が入部して少し下あたりで、聞いたはずだ」


 刃多の話では、シングルマザーで、高級クラブのホステスをしているという。

 戦闘力が高いわけでも、高難度のギミックを突破できるような探索者でもないはずだ。


 そんな一般人が、なぜ『精霊王』レベルの事情に絡むのか。


「……まだ、情報が足りないな」


 蓮は、結論を保留した。

 だが、一つの仮説は捨てきれない。

 刃多という『規格外』が生まれた理由。


 それは、彼が『精霊王』の血を引いているからではないか、と。


「……終わったよ」


 モニターの向こうで、刃多が呟いた。

 彼は、プロトクローンの最期の言葉など気にも留めていない様子だ。

 ただ、胸ポケットから出てきたピコちゃんの頭を、優しく撫でている。


「ぴぃ……」


 ピコちゃんが、刃多の指に頬を寄せる。

 そこにあるのは、種族を超えた、確かな家族の絆だった。


「……ま、いっか! 勝ったもんは勝ったんだ!」


 海斗が、空気を変えるように明るく言った。


「おう! 刃多、帰ってこい! ピコちゃんも無事だし、大勝利だ! プロトクローンの魔石は持ち帰って来いよ! 高く売れるはずだ!」

「奥の重要な保管庫は次に来た時にしようよ!」

「……ん」


 翼も海斗に乗ったので、刃多は頷き、バイクにまたがった。

 過去の因縁を断ち切り、バスケ部は最大の戦果と共に帰還する。


 しかし、その手には、「新たな、そして最大の謎」が握られていた。

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