第23話 準備時間
翠星高校、バスケ部部室。
放課後のチャイムが鳴り響くと同時に、そこはいつもの「混沌とした溜まり場」へと変貌していた。
「オラァ! そこだ!」
「卑怯だぞ海斗! ハメ技すんな!」
大型モニターには、刃多の配信映像ではなく、レトロな格闘ゲームが映し出されている。
海斗と翼が、コントローラーを握りしめて絶叫していた。
その背後のソファでは、この部室の主役とも言える二人が、静かな時間を過ごしている。
刃多は、昨日の激闘の疲れか、口を半開きにして熟睡していた。
そして、その胸の上では、白い小さなドラゴン――ピコちゃんが、幸せそうに丸くなって寝息を立てている。
「あ~、肉球ぷにぷに……」
栞が、スマホのカメラを接写モードにして、ピコちゃんの前足を撮影していた。
彼女にとって、ここは「部室」ではなく「癒しの空間」である。
そんな平和な時間が流れる中、ゲームの対戦画面が切り替わり、ニュース速報のテロップが流れた。
『――速報です。翠星高校・理事会が、アバター狩り組織を壊滅させたと発表しました』
アナウンサーの声に、海斗の手が止まる。
『学生の自主性を重んじ、現場に全権限を委譲した理事会の“英断”に、称賛の声が集まっています』
「はぁ!?」
海斗がコントローラーを投げ出しそうになった。
画面には、得意げな顔で会見を開く理事長、御門良善の姿が映し出されている。
「なんだこれ! 手柄横取りじゃねえか! 戦ったのは光聖だろ! あいつが体張って、全部片づけたんじゃねえか!」
海斗は光聖を高評価している。
エリートぶっているところは気に入らないが、その実力と、今回の覚悟は認めているのだ。
それが、安全圏にいた大人の手柄にされていることに怒っている。
「……世間とはそういうものだ」
PCに向かっていた蓮が、顔も上げずに答える。
「光聖が『全権限』を握って成功した結果、表向きは『全権限を委譲する決断をした理事会が有能』という評価にすり替わっている。構造上、避けられない話だ」
「胸糞わりいっ!」
「フム。光聖君が命がけで勝ち取った『正解』を、安全圏から『私の成果だ』と誇る。実に醜悪だが……光聖先輩にとっては想定内だろうね」
航が、優雅に紅茶を飲みながら同意する。
「彼はエリートだ。実権さえ握れば、父親が名誉を欲しがろうがどうでもいい、という冷徹な割り切りをしているはずさ。それに……」
航はモニターの理事長を一瞥した。
「あのような醜悪な笑顔は、いずれ自滅する。放っておけばいい」
「……ま、そうだな。俺たちは俺たちの『遊び』を続けるだけだ」
海斗は鼻を鳴らし、再びコントローラーを握った。
★
その頃、剛はタブレットで送られてきた資料を真剣に見つめていた。
時任先生経由で送られてきた、『ダイナナ重工』の極秘データだ。
「……おい、これを見ろ」
剛が低い声で呼びかけると、翼がゲームを中断して覗き込んだ。
「ダイナナ重工から送られてきた『過去の試作兵器カタログ』だ」
「うわ、なんか変な武器ばっかだな……」
画面に並んでいるのは、一般には流通しなかった「変態兵器」の山だった。
自律浮遊型の盾、ワイヤー射出機能付きの篭手、魔力で軌道を変える投擲剣。
どれも、常人には扱いかねる代物ばかりだ。
使いこなせば強いが、普通に使う分にはまともな成果にならない。
「特にこれだ」
剛が指差したのは、一枚のブーメランの設計図だった。
『可変式質量兵器』
「通常は軽量だが、魔力を込めると変形し、ハンマー並みの質量衝撃を生む打撃用ブーメラン……だと?」
「え、なにそれ。重さが変わるの?」
「ああ。刃多の『ダブル弁慶』を、さらに効率化できる凶悪な武器だ」
剛は、職人のような目でスペックシートを読み込む。
「前に使った『打撃ブーメラン』は『対人用』で選んでいる部分もあって威力不足だが、これなら、次の『第七実験区画』でも通用するだろう。刃多のSランク技術があれば、使いこなせるはずだ」
「刃多の凶悪さをさらに捗らせるなよ……」
翼が顔を引きつらせた。
★
一方、蓮と航の二人は、デスクで『鈍器本』――刃多が過去の資料室から持ち帰った『クロノミナル港・重要資料』を広げていた。
「……やはりだ」
蓮が、あるページを指差す。
そこには、廃港の地下深くに存在する『第七実験区画』の詳細な構造図と、事故報告書が記されていた。
「第七実験区画の事故原因。『グラトニア家の王女』を素体とした儀式の暴走。その中心にあるのは『オリジン』と呼ばれる制御装置だ」
「その装置が暴走し、周囲の時間を歪め、崩壊させ続けている。私たちが向かうのは、その『爆心地』だね」
航が頷く。
だが、蓮の目は、さらにその先を見ていた。
「史実では、確実に爆発事故が起こり、区画は崩壊した。だが、この資料には『重要保管庫』の存在が記されている。場所は、爆発する区画のすぐ近くだ」
蓮は、構造図の一点をペンで叩いた。
「爆発する危険がある中では、セキュリティロックがかかり絶対に到達できない場所にある。つまり……」
「……『爆発を止めるルート』が存在する、ということだね?」
航が、蓮の意図を察して微笑む。
「そうだ。このダンジョンは、ただ崩壊から逃げる『タイムアタック』を求めているんじゃない。ギミックを解き、『オリジン』の暴走を食い止め、史実では失われた『保管庫』に到達する……そんな『IFルート』を用意しているはずだ」
単にアイテムを回収するだけではない。
過去の悲劇を、自分たちの手で書き換える。
「そして、その最深部で暴走している元凶……『グラトニア家の王女』を素体とした、失敗作」
蓮は、ソファで眠るピコちゃんを一瞬見て、告げた。
「『精霊王竜グラトニア・プロトクローン』。それが次の相手だ」
ピコちゃんの「なり損ね」であり、悲しき兄弟のような存在。
それを鎮めることが、今回の探索の終着点となる。
「ん……」
その時、ソファから声がした。
刃多が目を覚まし、体を起こす。
胸の上から転がり落ちそうになったピコちゃんが、慌てて羽ばたいた。
「ぴぃ! ぴいっ!」
ピコちゃんが「おきた!」と報告するように鳴く。
「おう、お目覚めかエース」
海斗がニッと笑いかけた。
「次は『歴史改変』級の遊びになりそうだぞ。準備はいいか?」
「……ん」
刃多は目をこすりながら、剛が差し出したタブレット――『トランス・ブーメラン』のカタログを見た。
「……ん。これ、いい。投げやすそう」
刃多の瞳が、わずかに輝く。
外では理事会が調子に乗り、光聖が冷徹に支配を進める中、バスケ部は「過去の悲劇」を書き換えるための準備を着々と整えていた。
次の舞台は、崩壊する第七実験区画。
そこで彼らは、このクロノミナル財団の「一つの真実」と対峙することになる。




