第22話【猟犬SIDE】 黒幕
廃港ダンジョンの片隅。
廃棄されたコンテナを積み上げて作られた、薄暗い隠れ家。
そこには、かつて『ハウンドレッド』の名で恐れられた犯罪組織の残党たちが、惨めに傷を舐め合っていた。
「いってぇ……! クソッ、あのバイク野郎……!」
コンテナの床に座り込み、包帯を巻いている男が呻く。
彼の脛は、どす黒く腫れあがっていた。
「いきなり脛を狙ってくるなんて正気かよ!? 止まる気配すらねえし、撥ね飛ばす気満々だったぞ!」
「ああ……Fランクの女だと思ってナメてたら、とんでもねえ化け物だった……」
彼らは、刃多に襲い掛かり、返り討ちに遭ったグループだ。
ブーメランによる打撃の傷は深く、プライドはズタズタに引き裂かれている。
一方、壁際で氷嚢を当てている別の男たち――光聖に襲い掛かったグループも、同様に沈痛な面持ちだった。
「こっちだって散々だ! なんだよあの装備! 『聖剣』しか使わねえんじゃなかったのかよ!」
「スタングレネードにネットランチャーだぞ!? 完全に『対人』やる気満々じゃねえか! 俺たちをゴミみたいに処理しやがって……!」
彼らの体には、刃物による傷はない。
だが、電気ショックによる痺れと、一方的に拘束された屈辱が残っていた。
ただ、何とか抜け出したようだ。
このアジトに戻ってくることができたのは、奇跡だろう。
……その奇跡が起こったことが偶然かどうかは、この場では問わないとして。
アジトの中央で、リーダー格の男が苛立ちを隠せずにドラム缶を蹴り飛ばした。
ガアンッ!
「クソッ! 話が違うぞ! 『最新装備のカモ』を狩るだけの、簡単な仕事のはずだったんだ!」
リーダーは叫ぶ。
彼らの論理では、自分たちは「被害者」だった。
「俺たちは3年前の復讐をして、ついでに稼ぐはずだったんだ……」
「『カメラ』によれば、あのバイク女はFランクだった。100万円以上になる魔石を持ってたから貰ってやろうと思ってたが、何だアレは!」
「なんでどっちも『規格外』なんだよ! おかしいだろ!」
自分たちが犯罪者であり、襲撃者であるという事実は棚上げされている。
あるのは、思い通りにいかなかった現実への、幼稚な逆ギレだけだった。
その時。
コツ、コツ、コツ。
鉄板の床を叩く、場違いに軽快なヒールの音が響いた。
薄汚いアジトには似つかわしくない、硬質で、冷たいリズム。
男たちが一斉に入り口を見る。
錆びついた扉が開き、一人の少女が姿を現した。
「あ!? 誰だテメェ……って、姫野凜華!?」
リーダーが目を見開く。
そこにいたのは、翠星高校の制服を着た美少女だった。
だが、その表情に、学校で見せるような「能天気なPR担当」の面影は微塵もない。
あるのは、冷たく、濁った、ゴミを見るような目。
冷徹な「経営者」の顔だった。
「……無様ね。『ハウンドレッド』の名前が泣くわよ」
凜華は、鼻をつまむ仕草をしながら、冷ややかに言い放った。
「おい! どうなってんだ! お前が『光聖はカモだ』って言ったから協力してやったんだぞ!」
リーダーが食って掛かる。
だが、凜華は動じない。
「ええ。私のシナリオでは、光聖君は『苦戦』しながらも『ヒメノの最新装備のおかげ』で辛勝するはずだったのよ」
凜華は、スマホを取り出し、ネットニュースの画面を見せた。
そこには、光聖がスタングレネードを使って鮮やかに鎮圧する動画が流れている。
「あなたたちが『恐怖』を煽り、光聖君が『装備の力』でそれを退ける。そうすることで、ヒメノテクノロジーの株価は上がり、装備は売れる。それが私の描いた『マッチポンプ』よ」
彼女の瞳が、冷酷に細められる。
「なのに、何よこれは。あんな警察みたいな鎮圧劇じゃ、『最新の鎧』や『聖剣』の宣伝にならないじゃない。あなたたちが弱すぎて、彼の『装備の性能』を引き出す前に負けたからよ」
凜華にとって、光聖の勝利は「計算外」だった。
勝つにしても、もっと泥臭く、装備の性能に頼って勝ってもらわなければ困るのだ。
個人の技量や戦術で勝たれてしまっては、商品は売れない。
「そ、それはあいつが……!」
「言い訳はいいわ。結果が全てよ」
凜華は吐き捨てるように言った。
そして、視線をリーダーから外し、隅で脛を押さえているAグループの方へ向けた。
「それに……そっちの『バイクの女』は何?」
凜華の声が、さらに低くなる。
「私の知らないところで、勝手にボコボコにされてるんじゃないわよ」
Aグループの男たちがビクリと震える。
「だ、だから俺たちは悪くねえ! あのバイク女さえいなけりゃ……!」
「Fランクの装備なのに……あんな……」
「……そうね。そこが一番の問題だわ」
凜華は、スマホを操作し、SNSや動画サイトを検索する。
光聖の動画は溢れているが、バイクの件に関する動画は一つも上がっていない。
一瞬の出来事すぎて、誰も撮影できていなかったのだ。
(……不幸中の幸いね)
凜華は内心で安堵しつつ、同時に強い危機感を抱いた。
「いいこと? よく聞きなさい」
凜華は、残党たちを見回して告げる。
「『最新装備がなくても、Fランクでも、技術があればAランクダンジョンで無双できる』……そんな前例、私のビジネスには邪魔なのよ」
彼女にとって、刃多という存在は、個人的な怨恨の対象ではない。
ヒメノテクノロジーが提唱する『最新装備至上主義』というビジネスモデルを根底から覆しかねない、危険な「バグ」だ。
「その『バイクの女』の情報、ネットには上がってないわね? そのまま隠し通しなさい。ハウンドレッドが『Fランクに負けた』なんて恥、広めたら即刻潰すわよ」
「う、うるせえ!」
リーダーが、恐怖と屈辱に耐え切れず叫んだ。
「こんな割に合わない仕事、もう降りるぞ! 金だって貰ってねえんだ!」
「あら?」
凜華は、冷たい笑みを深めた。
「降りる? あなたたち、私から前借りした『軍資金』……まだ返してないわよね?」
その言葉に、残党たちの顔色が青ざめる。
彼らが身に着けている装備。それは凜華が裏から横流しした、ヒメノテクノロジーの型落ち品だ。
もちろん、ヒメノテクノロジーから流れたものではないと示すために、ある程度加工はしている。
準備も加工も、タダではない。
「ぐっ、こ、このクソ女……」
リーダーは拳を握り締める。
「その拳……忘れてないかしら? 私のアイテムボックスには、『最新装備』が山のようにある。あなたたちなんて雑魚なのよ」
逃げ場はない。
彼らは、光聖や刃多という『表の強者』以上に、この「裏の支配者」が恐ろしいことを思い出した。
「挽回のチャンスをあげるわ」
凜華は、青ざめる男たちに、新たな指令を下す。
「……次のターゲットは決まった」
彼女の瞳に、暗い情熱が灯る。
「光聖君はもういいわ。警戒されすぎたし、彼は『正解』を選びすぎる。……次は、その『商売敵』を処理しなさい」
凜華は、まだ見ぬ「バイクのFランク」――天崎刃多に狙いを定めた。
「私の装備の価値を証明するために、その『技術だけのFランク』を、圧倒的な『装備の力』で捻じ伏せて見せなさい」
黒幕・凜華が、本格的に動き出す。
刃多たちが「過去」で遊んでいる間に、「現在」では、逃れられない悪意の包囲網が敷かれようとしていた。
とりあえず、この段階で言えることは。
危険感知を持つピコちゃんが刃多の胸ポケットに隠れた状態で、凜華の傍を通りかかった場合、『ピコちゃんが凜華を怪しむ』という、薄氷の上を歩いているも同然と言う話だということである。




