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第21話 光聖にとっての正解

 翠星高校、探索本部。


 配信ブースのカメラの前に立つ御門光聖みかどこうせいの表情には、かつての「王子様」のような柔和な笑みは一切なかった。


 あるのは、能面のような冷徹さと、研ぎ澄まされた刃物のような鋭さだけ。


「……前回の失態は、全て引率者である私の責任です」


 配信が開始されると同時に、光聖は深々と頭を下げた。

 だが、顔を上げたその瞳に、謝罪の色はない。あるのは、強烈な自負と決意だ。


「ですが、今回は違います。理事会の指示ではなく、私個人の全権限と戦略において、必ず攻略を完遂させます」


『顔つきが違う』

『なんか怖い』

『覚悟が決まってるな……』


 コメント欄がざわつく。

 これまでの「作られたアイドル」のような雰囲気は消え失せていた。


 その背後に控えるCランクの生徒4人は、前回の失敗で装備を全ロストしたメンバーたち。


 彼らは怯えていた。

 だが、それ以上に、目の前の光聖が放つただならぬ気迫に、「従うしかない」と腹を括っているようにも見えた。


 光聖はカメラを睨みつけるように言った。


「――行きます」


 ★


 Aランクダンジョン『霧とコンテナの廃港』。

 光聖率いる探索部隊は、コンテナが積みあがった迷路のような通路を進んでいた。


 以前とは、明らかに何かが違っていた。

 それは、光聖の「指揮」だ。


「3番、右翼展開。1番、魔法障壁用意。俺の合図で撃て」


 光聖の声が、無線越しに短く、冷たく響く。

 以前のような「大丈夫だ、俺が守る」といった過保護な言葉はない。

 生徒たちの機微を気遣うような間もない。


 機械の獣が襲い掛かってくる。

 生徒たちが恐怖を感じるよりも早く、光聖の指示が飛ぶ。


「2番、足元へ氷結魔法。4番、左から牽制射撃。――今だ、1番、障壁解除してフルバースト」


 生徒たちは、思考する隙を与えられない。

 光聖の言葉通りに体を動かす。まるで、彼の手足となったかのように。

 すると、どうだろう。

 Aランクのモンスターが、彼らに指一本触れることなく、統制された集中砲火を浴びて崩れ落ちていく。


(……怖いと考える暇すらない)


 生徒たちの中に、奇妙な感覚が芽生え始めていた。

 光聖の指示は絶対だ。

 それに従っていれば、敵は近づくことさえできない。

 以前感じた「死の恐怖」が、「勝てる」という無機質な自信へと塗り替えられていく。


 それは教育ではないかもしれない。


 だが、完璧な「管理」だった。


 一方、探索本部でその様子を見ていた姫野凜華(ひめのりんか)は、モニターを見つめながら眉をひそめていた。


「(……なんなの、あの指揮。まるで軍隊じゃない。PR映えはしないけど……隙がないわ)」


 彼女はPR担当として、この予想外の展開に戸惑っている――ように見えた。


 ★


 そして、因縁の場所へ。

 クレーン地帯の手前、コンテナに囲まれた広場。

 前回、光聖たちが装備を奪われた場所だ。


 光聖が足を止め、右手を上げた。

 部隊が停止する。


「……来るぞ」


 光聖の呟きと同時だった。

 コンテナの陰から、ゾロゾロと武装した男たちが現れた。

 『ハウンドレッド』の残党たちだ。


「ようエリート様! また装備を貢ぎに来たのか? 学習しねえな!」


 リーダー格の男が、下卑た笑い声を上げる。

 彼らは余裕だった。

 一度カモにした相手だ。今回も同じように料理できると信じて疑っていない。


 刃多がボコボコにした部隊がいるはずだが、別動隊なのだろう。


 誰も見ていない失敗など、話す意味はない。

 言い換えれば、それだけこの組織に所属する無法者が多いということになるが……少なくとも、『光聖の物語』において、何も関係のない話だ。


「へっ、今回も『最新装備』なんだろ? ありがたくいただくぜ!」


 男たちが合図を送る。

 バシュッ、という音と共に、前衛の数名がアバターを解除した。

 現れたのは、生身の人間。


「オラァ! 斬ってみろよ! 犯罪者になりたくなければな!」


 彼らは武器を持たず、両手を広げて突撃してくる。

 『アバターシステム』の穴を突いた、最悪の盾。

 聖剣を持つ光聖に対し、これ以上ないほど有効な「詰み」の手だ。


 だが。

 光聖は、微動だにしなかった。

 動揺も、迷いも、焦りもない。


「……学習していないのは、お前たちだ」


 光聖は、腰に下げた聖剣には手を伸ばさなかった。

 代わりに、反対側のポーチから、無骨な筒状の物体を取り出す。


 それは、対モンスター用の装備ではない。

 ヒメノテクノロジーのカタログにも載っていない。

 光聖が、独自のルートで手配させた、対暴徒鎮圧用の装備。


「総員、対人防御陣形! 視覚・聴覚保護!」


 光聖の鋭い号令。

 Cランク生徒たちは、事前の指示通り、即座にシールドを構え、ヘルメットのバイザーを下げて耳を塞いだ。


 突撃してくる生身の男たちが、その異様な反応に足を緩めた瞬間。

 光聖が投げた筒状の物体が、彼らの足元で炸裂した。


 カッ!!!!

 ドォォォォォォォォン!!


 強烈な閃光と、鼓膜を破らんばかりの爆音。

 『特殊鎮圧擲弾スタングレネード・カスタム』。


「ぐあああああああっ!?」

「目が! 目がぁぁぁぁぁ!!」


 アバターを持たない生身の男たちが、視界と平衡感覚を奪われ、悲鳴を上げて転げ回る。

 アバターを着ている後衛たちも、センサーがホワイトアウトし、混乱に陥った。


 その隙を、光聖は見逃さない。

 次に構えたのは、『捕縛用ネットランチャー』と、麻痺弾を装填した銃だ。


「制圧する」


 躊躇はなかった。


 パンッ、パンッ!


 的確に急所を外した射撃が、のたうち回る生身の男たちに突き刺さる。

 麻痺毒が回り、彼らは痙攣して動かなくなる。

 間髪入れずにネットが発射され、彼らを芋虫のように拘束した。


 後衛のアバター部隊が混乱から立ち直ろうとした時には、既に光聖が目の前にいた。

 聖剣の峰打ちと、関節技による無力化。

 Aランクの身体能力をフル活用した、一方的な蹂躙だった。


 あっという間の出来事だった。

 広場には、ネットに絡めとられ、麻痺して転がるアバター狩りたちの山が築かれていた。


「Cランク各員、拘束対象を確保。抵抗する場合はスタンロッドの使用を許可する」


 光聖の冷徹な命令。

 生徒たちは、おそるおそる前に出る。

 目の前に転がっているのは、前回、自分たちを絶望させた悪党たちだ。

 だが今は、無様に転がり、呻いているだけの、ただの犯罪者。


「は、はい!」


 生徒たちは結束バンドを取り出し、男たちを拘束していく。

 自分たちの手で悪を制圧する。その行為が、彼らのトラウマを、確かな自信へと変えていった。


 ★


 残党全員を拘束し、転がされたアバター狩りの山。

 その中心に、御門光聖は立っていた。

 アバターロストゼロ。装備被害ゼロ。完全勝利だ。


 光聖は、配信カメラのレンズを、冷たい瞳で見据えた。

 その視線は、視聴者に向けられたものではない。

 この画面の向こうにいる、ある特定の人物に向けられていた。


「アバター狩りへの対策は、これで完了です」


 光聖は、淡々と告げた。


「父さん。見ていたか? これが、正解だ」


 モンスターを前にして、完全な勝利。

 アバター狩りを前にして、完全な制圧。


 それを達成してこそ、『正解』だ。

 理事会の計画ではかなわず、光聖の計画ではかなった。


 その事実さえあればいい。


「……ふぅ」


 ダンジョンの中、光聖は静かに息を吐いた。


「全員、呼吸に乱れはないな。少し休憩したら、また、探索を再開する。慌てなくていい、みんなの実力はよくわかっている。頭に叩き込んでいる。無理なことは言わない。俺の言うとおりにしてくれ」

「は、はい……」


 今までは、理事会が計画を立てていた。


 無茶な計画が多かったが、それをなんとか現場で達成できるように、光聖が生徒たちのモチベーションを上げるために調整していた。


 しかし、今回は、探索に関わる全てが自分の権限にある。


 まずは、『自分は正解を知っているのだ』ということを、探索部のみんなに確信させる。


 そのために示さなければならないことは、やらなければならないことは、たくさんある。


(海斗なら……いや、いいか)


 ふと、頭をよぎるのは、元気な赤髪の姿。


 今は関係ないと頭から振り払って、光聖は、手持ちのアイテムの確認を始めた。

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