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第20話 グラトニア家の王女

 ダンジョン支部、会議室。


 刃多じんたが帰還し、ヘルメットを脱いだ。


 その表情は、Aランクダンジョンから帰ってきたとは思えないほど、いつも通り――眠そうだった。


「おう、お帰り。かなり眠そうだけど大丈夫か?」


 海斗かいとが、スナック菓子をかじりながら軽く聞く。

 刃多は、あくびを嚙み殺しながら、淡々と答えた。


「僕はそこまで頭を使ってないから大丈夫」


 指示を出しているのは主に蓮である。


 刃多が何かを考えて行動することは少ない。

 蓮の思考速度が速く、支持の頻度も多い上に的確だ。


 頭を使っていない反面、動く時間は多いが、『壮大なギミックをサクサク攻略していく感覚』は刃多も楽しいはず。


 眠いのも事実だろうが、こうして合流するのもワクワクするはずだ。


「さて、皆さん。お疲れ様でした」


 タイミングを見計らったかのように、時任ときとう先生が入室してくる。

 その後ろには、いつもの――どこか怯えた様子の鑑定員が控えていた。


「早速ですが、今回の成果を見せていただけますか?」


 刃多はアイテムボックスの『渦』を開き、中身をザラザラと床に広げた。


 まずは、地下倉庫で回収した魔石。

 ギミック用の『壊れない魔石』は使い切ったが、それとは別に保管されていた換金用の魔石だ。

 さらに、本社ビルの『エグゼクティブ・ゴーレム』のコアや、道中の雑魚、地下倉庫にあった希少素材など。


 鑑定員が、震える手でスキャナーをかざしていく。


「……す、凄いです。この純度、この量……」


 ピピピ、と電子音が鳴り、合計金額が算出される。


「しめて、120万円になります」


 室内に歓声が上がった。


「120万!? 前回の残りと合わせて……210万かよ!」

「年間維持費が115万。前回のパーティーでそこそこ使ったが、それでも余りある数字だな」


 つよしが電卓を叩き、満足げに頷く。


「よっしゃあああ! これで文句なしだ! あの理事会に札束ビンタできるぜ!」


 海斗がガッツポーズを決める。

 「溜まり場」の防衛は完了した。

 当初の目的である「金稼ぎ」は、これにてコンプリートだ。


 ここで探索を止めても、何の問題もない。


「じゃあさ、もう危ない『第七実験区画』とか行かなくてよくね? 金はあるし」


 翼がもっともな意見を口にする。

 崩壊する世界。危険な実験区画。

 リスクを冒してまで行く理由は、もうないはずだ。


 刃多は探索者として、圧倒的なセンスを持っている。

 しかし、『第七実験区画』に挑むということは、Aランクダンジョンの中でもかなり大掛かりなギミックを解いた先にある『五年前の再現フィールド』のメインギミックに挑戦するということだ。


 難易度もそうだが、刃多にかかるプレッシャーはかなりのものになる。


「……いや」


 重いハードカバーの本――刃多が持ち帰った『鈍器本』を読んでいたれんが、顔を上げた。


「行く必要がある。この資料を読んでわかったことがあるんだ」


 蓮は、ページを開いて皆に見せる。

 そこには、『精霊王計画』という不穏なタイトルと、いくつかの挿絵が描かれていた。


「精霊王?」

「ああ。七つの大罪と七つの美徳をモチーフとする十四体の最上位精霊。その頂点に立つ四体を『精霊王』と呼ぶらしい」


 蓮は、しおりのスマホを指差した。

 そこには、以前撮影された「コーンフレークを必死に食べるピコちゃん」の動画が映っている。


「暴食、傲慢、節制、勤勉……その四つが王だ。そして、この資料にはこうある。『グラトニア家の王女』を使った実験にて、事故が発生した、と」


「グラトニア……?」

「語源はグラトニーだろう。意味は『暴食』だ」


 全員の視線が、刃多の胸ポケットに集まる。

 ピコちゃんが、ひょこっと顔を出した。


「……まさか、ピコちゃんが?」

「ああ。十中八九、あの事故で『精霊王』として再構成された姿だろう。海斗のバッグの匂いでオェッとなったり、美味しいものに目がなかったり……あれはただの食いしん坊じゃない。『暴食の王』としての資質だ」


 蓮の推測に、場が静まり返る。

 この愛らしいマスコットが、財団を崩壊させた『災厄の王』かもしれない。


「ぴぃ……」


 ピコちゃんは、どこか遠くを見つめ、切なげに鳴いた。


「……行きたがってる」


 刃多が、ピコちゃんの頭を撫でながら呟く。


「あそこに、何かがある」


 その言葉に、海斗がニカっと笑った。


「だったら、行くしかねえな!」

「え、いいの? 危ないよ?」

「金のためじゃねえ。ピコちゃんのためだ。それに……」


 海斗は拳を握る。


「途中でやめるのは『気持ち悪い』だろ! ここまで来たら最後まで見るぞ! 崩壊する世界をバイクで爆走とか、燃えるじゃねえか!」

「フム。ロマンだね。物語の結末を見届けないのは美しくない」


 わたるも同意する。

 方針は決まった。

 金のためではなく、「ピコちゃん」と「遊び(ロマン)」のために、攻略を続行する。


 ★


 一方その頃。

 ダイナナ重工、本社。


 冷徹な機能美に満ちた重役会議室に、強面の役員たちが集結していた。

 彼らの前には、刃多たちが持ち帰った「5年前の精霊フード(空き箱)」と「スズキの封筒」が置かれている。


「……間違いありません」


 技術顧問が、震える声で報告する。


「持ち帰ってきた様々なアイテムを分析した結果、彼らは、理論上だけの存在だった『時空間移動ギミック』を解き明かしました」


 会議室に戦慄が走る。

 これだけで、国家予算レベルの機密事項だ。

 ヒメノテクノロジーが最新装備の開発に躍起になっている間に、あの子供たちはダンジョンの深層に到達していたのだ。


「……で、その『証拠映像』があるのだったな?」


 社長が、重々しく口を開く。

 モニターに、提供された映像が映し出された。


 それは、「自販機前でピコちゃんがコーンフレークを食べる映像」だ。


 必死に頬張る姿。

 口の周りについた牛乳の白髭。

 満足げな「げふっ」。


 強面の役員たちが、息を呑んで画面を凝視する。

 静寂が支配する。


「……なんて……」


 役員の一人が、震える声で呟いた。


「……『効率的』な可愛さだ……」

「あざとさを計算に入れつつも、本能に訴えかける無防備な捕食行動……これが『精霊』……いや『第七感』の成せる業か……!」

「社長。……『プロ仕様』と称される我々の技術は、この『尊さ』を守るためにあるのではないでしょうか」


 専務の進言に、社長は深く頷いた。


「うむ。予算の上限を撤廃しろ。彼らの要求は全て通せ」


 社長は宣言する。


「理由が必要ならこう書け。『時空間技術の解析』……そして『ピコちゃんの育成支援』とな!」

「「「御意!!!」」」


 野太い声が響き渡る。

 ダイナナ重工は、組織の総力を挙げて、バスケとピコちゃんをバックアップすることを決定した。


 ★


 再び、バスケ部会議室。


 帰り際、時任先生が、蓮と航にだけ耳打ちをした。


「……光聖君が動いたよ。理事会から、ダンジョン探索に関する全権限を奪い取ったようだ」


 時任先生の声は、いつになく真剣だった。


「次は、彼も『本気』で来る。君たちが『過去』で遊んでいる間に、『現在』のダンジョンが騒がしくなるかもしれないね」

「フム。エリートの覚醒か。それもまた一興だね」


 航は余裕の笑みを浮かべるが、蓮は少しだけ表情を引き締めた。


 刃多は何も知らず、ピコちゃんと戯れている。


「……精霊王。か」

「ぴぃ?」


 刃多が呟いて、ピコちゃんは首をかしげたが……刃多は限界が来たのか、椅子でスヤスヤ眠り始めた。

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