第17話 コーンフレーク
資神歴495年(再現)。
街頭の巨大モニターには、毒々しい赤文字で『緊急速報:警戒レベル4』が表示され、不安を煽るサイレンのような環境音が微かに響いている。
だが、街は無人だ。
誰もいない道路を、刃多のバイクだけが軽快に駆け抜けていく。
目指すは、ニュースが報じた『第七実験区画』。
世界の崩壊が始まった場所だ。
その時だった。
『ぴぃ!!』
突然、刃多の懐からピコちゃんが飛び出し、金切り声を上げながら、刃多の前髪をグイッと引っ張った。
『おっと……』
刃多は慌てて急ブレーキをかけ、バイクを停車させる。
「うおっ!? なんだ、敵か!?」
モニター越しに海斗が身構える。
ピコちゃんの危険予知か。
刃多は油断なく周囲を見渡すが、モンスターの気配はない。
『ぴぃ! ぴぃ~!』
ピコちゃんは、短い前足で、道端にある一台の機械を指差した。
それは、ハイテクなデザインの『自動販売機』だった。
「……自販機?」
刃多が近づいてラインナップを見る。
そこには、人間用のドリンクに混じって、ファンシーなパッケージの商品が並んでいた。
『精霊フード(栄養満点コーンフレーク)』:3 Clock
『精霊牛乳(濃厚)』:2 Clock
パッケージ写真には、美味しそうなコーンフレークに牛乳がかけられた写真が載っている。
『ぴぃ~……』
ピコちゃんはショーウィンドウにへばりつき、よだれを垂らして刃多を見つめた。
つぶらな瞳が、「たべたい」と訴えている。
『……食べたいのか?』
『ぴっ! ぴい!』
ピコちゃんは首が取れそうな勢いで頷いた。
「かわいい! 買ってあげて刃多君!」
栞が叫ぶが、蓮が冷静に指摘する。
「……だが、所持金はゼロだ。さっきのフリーパスの発券で、スズキのトークンは使い切った」
「あ……」
刃多が財布を確認するが、空っぽだ。
ピコちゃんが絶望した顔をする。
その時、刃多の視界の隅――自販機の側面に、デジタルポスターが表示されているのが目に入った。
『急募! 地下ダクト清掃(害獣駆除)。報酬:5 Clock』
「うわ、金額がピッタリすぎる! 完全に『これをやって買え』ってことじゃん!」
翼が突っ込む。
牛乳とフード、合わせて5クロック。あからさまな誘導だ。
「でもよ、緊急事態だぞ? 事故が起きてんだろ? 悠長にバイトしてていいのか?」
海斗がもっともな疑問を口にする。
背景では『警戒レベル4』の文字が点滅しているのだ。
だが、蓮はメガネのブリッジを押し上げ、涼しい顔で言った。
「問題ない。これは『ダンジョン』だ。イベントフラグ……つまり刃多が目的地に到着しない限り、世界は滅亡直前の状態で『待機』してくれる」
「フム。魔王が城の前で待っている間に、勇者がカジノで遊ぶようなものだね。実にゲーム的で美しい」
航も紅茶を飲みながら同意した。
「わかった。やる」
刃多は頷き、ポスターに表示された『受注ボタン』を押そうとする。
認証画面が表示された。
刃多は、ポケットから『タナカさんのIDカード』を取り出し、かざす。
『エラー。ID重複。タナカ様は現在、本社ビルにて勤務中です。不正利用の疑いがあります』
「あちゃー! そっか、5年前だからタナカさん生きてるわ!」
翼が頭を抱えた。
そう、この世界では、タナカさんはまだ白骨死体ではなく、社畜として元気に(?)勤務中なのだ。
「同じIDが同時に二か所で使われたら、セキュリティが作動するということか……」
「ここからは『タナカさんの代理』ではなく、『ゲストユーザー』として動く必要があるな。刃多、近くに『市民登録端末』はないか?」
自販機のナビに従い、刃多は近くにあった無人の交番ボックスへ。
端末を操作し、自身の生体認証で「ゲスト登録」を行う。
ウィーン、とカードが発行された。
『ジンタのIDカード(残高0)』
「名もなき旅人が、滅びゆく街でIDを得る……叙情的だね」
航の感想をBGMに、刃多は指定された雑居ビルの地下管理室へ向かう。
中に入ると、配線をかじり回る『配線かじり虫』の群れがいた。
正直に言って、雑魚モンスターだ。
刃多はカメラ目線のまま、手首のスナップだけでブーメランを投げる。
Aランクのゴーレムすら倒せる刃多にとって、ネズミ退治など作業ですらない。
数秒で殲滅完了。
端末に自分のカードをかざす。
チャリーン♪
軽快な音がして、『5 Clock』が入金された。
★
自販機に戻った刃多は、カードをかざしてボタンを押す。
ガコン、ガコン。
『精霊フード』と『精霊牛乳』が出てきた。
所持金は、再びゼロになった。
自販機には、簡易的な食事スペースとして、折り畳み式のテーブルと椅子がついている。
刃多はそこに座ると、備え付けの紙皿にコーンフレークを入れ、牛乳をかけた。
『ぴぃ~~♪』
ピコちゃんが、刃多の膝の上で、嬉しそうに声を上げる。
小さな口で、カリカリ、ムシャムシャ。
至福の表情で食べている。
口の周りに、白い牛乳の髭がついていた。
「かわいい……尊い……」
栞が連写でスクリーンショットを撮りまくる。
「バックのモニターには『緊急速報!』って出てるのになぁ。シュールすぎるぜ」
海斗が苦笑する通り、ピコちゃんの背後では、相変わらず『世界の危機』が叫ばれている。
だが、今のピコちゃんにとっては、コーンフレークの方が重要事項だ。
やがて、完食。
お腹いっぱいになったピコちゃんは、満足げに「げふっ」と小さくゲップをした。
『……行くか』
『ぴぃ!』
刃多はピコちゃんを胸ポケットに戻し、再びバイクにまたがる。
寄り道は終わりだ。
世界が停止して待ってくれていた『破滅の現場』へ。
刃多はアクセルを回し、バイクを加速させた。




