第16話 資神歴495年
資神歴495年(再現)、地下鉄駅。
刃多を乗せた列車が、静かにホームへ滑り込む。
プシュー、という音と共に扉が開くと、そこは現代の廃港にある、あの埃被った暗い駅とは別世界だった。
磨き上げられたフロア、煌々と輝く照明、最新鋭のデジタルサイネージ。
まるで新築の駅のように、清潔で、未来的だ。
「うおっ! すげえキレイ! まるで新築じゃん!」
モニター越しに翼が声を上げる。
刃多はホームに降り立つと、キョロキョロと辺りを見渡す。
「5年前……財団が健在だった頃の『再現』か。やはり『人』はいないようだな」
蓮の言う通り、設備は稼働しているが、駅員も乗客もいない。
ただ、静寂だけが満ちている。
刃多は改札へと向かう途中、一台だけ稼働している券売機を見つけた。
画面には、シンプルに一つのメニューだけが表示されている。
『時空間周遊パス(フリーパス):10 Clock』
刃多は、スズキの封筒に入っていた10枚のコイン――トークンを投入口に入れる。
チャリチャリ、と音がして、一枚のチケットが発券された。
『時空間周遊パス』
これさえあれば、今後、現在(500年)と過去(495年)を、自由に行き来できる。
「フム。まずは帰路と再訪の手段確保か。これで補給や休息のために部室に戻ることも可能になったわけだ。美しい設計だね」
航が感心する中、刃多はフリーパスを自動改札にかざし、駅の外へと出るためのエレベーターに乗り込んだ。
上昇するエレベーター。
表示される階数は、現代と同じ『コンテナヤード管理棟・地下倉庫』だ。
チン、と音がして扉が開く。
「……あれ?」
刃多が首をかしげた。
そこは、現代で『大量の魔石』や『スズキの手帳』を見つけた、あの地下倉庫と同じ場所のはずだった。
しかし、何もない。
コンテナも、山積みの魔石も、机も、何一つない。
ただの、ガランとした広い空間が広がっているだけだ。
「500年の時にはあった物が、495年にはない……か」
「時系列的には逆になるはずだが、これは『再現マップ』だ。現代にある『ギミック用アイテム』は、現代で回収して持ち込む必要があるということだろう」
蓮が推測を述べる。
刃多は、何もない倉庫を通り抜け、地上への階段を上がった。
重い鉄扉を開け、外に出る。
その瞬間だった。
「……なんだこれ?」
海斗が、呆気にとられた声を出す。
目の前に広がるのは、確かに『5年前の港』だった。
現代では錆びついていたクレーンは新品同様で、道路も舗装されている。遠くにはビル群が見える。
だが。
すべてが『灰色』だった。
空も、建物も、地面も。色彩がなく、グレー一色で塗りつぶされている。
それだけではない。
「止まってる……」
栞が呟く。
空に浮かぶ雲は微動だにせず、ホログラム看板はノイズが走ったまま静止している。
風もなく、音もない。
まるで、時間そのものが凍り付いたかのような、不気味な静寂。
『ぴぃ……』
ピコちゃんが、居心地が悪そうに刃多の首筋に身を寄せた。
その時、刃多の目の前に、システムウィンドウが出現する。
『警告:エリア「クロノミナル・シティ」の再現エネルギーが枯渇しています。 外部魔力リソースを投入し、シミュレーションを起動してください』
刃多の視線の先。
管理棟の前の広場に、巨大なサイロのような『投入口』があった。
その横にあるゲージには、馬鹿げた数値が表示されている。
『必要エネルギー:0 / 10,000,000 MP』
「……そうか。わかったぞ」
蓮が、ハッとした声を上げた。
「あの『地下倉庫』にあった大量の魔石。あれは、扉を開ける鍵なんかじゃない。あれだけの量は、この『5年前の世界(街ひとつぶん)』を動かすための『燃料(電気代)』だったんだ!」
部室がどよめく。
「街ひとつ動かす電池!? そりゃコンテナ数個分いるわ!」
「なるほど……魔石を持っていないと、過去に来ても『停止した世界』しか見られないわけか」
剛が納得する。
刃多は、投入口に近づくと、両手をかざした。
アイテムボックスの『渦』を展開する。
「……全部、入れる」
ドバララララララ……!
刃多が現代から運んできた、数トンにも及ぶ『壊れない魔石』が、滝のように投入口へと吸い込まれていく。
普通の探索者なら、運搬だけで心が折れる量だ。
だが、刃多のアイテムボックスにとっては、ただの移動作業に過ぎない。
ゲージがぐんぐんと上昇していく。
そして、数値がMAXに達した瞬間。
ゴウンッ!
投入口が重々しく閉じた。
直後、世界が震えた。
バシュッ!
刃多の足元から、波紋のように『色』が広がっていく。
灰色の地面がアスファルトの色を取り戻し、建物に色彩が宿り、空が鮮やかな青に染まる。
ゴオオオッ……。
風が吹き抜け、刃多の髪を揺らした。
止まっていた雲が流れ出し、街中のホログラムが一斉に起動する。
どこからともなく、賑やかな街の環境音《BGM》が流れ始めた。
『シミュレーション、起動。ようこそ、資神歴495年へ』
電子アナウンスが響き渡る。
「……すげぇ」
海斗が息をのむ。
死んでいた世界が、一瞬にして蘇ったのだ。
道路には無人の自動運転バスが走り出し、清掃ロボットがウィーンと動き始める。
港のクレーンも、自動制御でコンテナを運び始めた。
「とんでもないスケールだ。僕たちは今、莫大な魔石を消費して、この巨大な『箱庭』の電源を入れたんだ」
「最高の贅沢だね。貸し切りのテーマパークだ」
航が楽しげに言う。
刃多は、鮮やかに色づいた世界を見渡し、再びバイクを取り出した。
エンジンをかける。
『ぴぃ!』
ピコちゃんが「行くぞ!」と号令をかける。
刃多がバイクを走らせようとした、その時だった。
街頭の巨大モニターに、赤いテロップと共に『ニュース速報』が流れた。
『――緊急速報です。第七実験区画にて大規模な事故が発生しました。現在、警戒レベル4が発令されています』
「……事故?」
翼が首をかしげる。
蓮の目が鋭くなった。
「スズキの手帳にあった『5年前のあの日』……そしてタナカの手帳にあった『クソみたいな実験』か」
蓮は、モニターに映る『第七実験区画』の場所を地図で確認する。
「どうやら、僕たちは『崩壊の当日』あるいは『直前』に電気を通してしまったらしいな」
平和に見える街。
だが、その裏では、すでに『破滅』のカウントダウンが始まっていた。
刃多はバイクのアクセルを回す。
目指すは、ニュースが報じた『第七実験区画』。
バスケ部の、時空を超えた『新しい遊び』が加速する。




