第15話 チケット獲得!
地下深度100m。
エレベーターの重厚な扉が開くと、そこには、冷やりとした空気が漂う、ドーム状の巨大な地下空間が広がっていた。
静まり返ったプラットホーム。
線路は暗闇の奥へと続いているが、電車が来る気配はない。
改札機は、電源が落ちているかのように、赤いランプだけが不気味に灯っている。
「うわ……広いな」
翼が感嘆の声を上げる。
刃多はエレベーターを降り、コツコツと足音を響かせて改札へ向かう。
その改札の前のベンチに、疲れ果てたように座り込む、一つの「白骨死体」があった。
「うわっ、また骨かよ……タナカさんの次は……」
「スズキだ。『駅に行く』と言っていたからな。ここで力尽きたか、あるいは……」
蓮の推測を聞きながら、刃多はスズキの懐を探る。
重要そうな、一通の封筒を発見した。
すでに開封されている。
刃多は中から便箋を取り出し、カメラに見せた。
『労務部長・替佐名井代様。今度の週末、カントリークラブでのゴルフはいかがでしょうか? ぜひ接待させてください。――職員サトウ』
部室が静まり返った。
「……はあ!?」
海斗が素っ頓狂な声を上げる。
「ゴルフ!? スズキさん! あんた命がけで『接待ゴルフの誘い』を手に入れて、ここで死んだの!? 馬鹿なの!?」
「しかも部長の名前『カエサナイヨ(返さないよ)』って……絶対性格悪いじゃん……」
「フム。労務部長の名前としては、実にブラックジョークが効いているね」
栞が引き、航が感心する。
「待て。中身はくだらないが、『宛先』が重要だ。『労務部長の執務室』……恐らく本社ビルの上層階だ。スズキはそこへ行く権限がなくて、ここで詰んだんだ」
蓮が冷静に次の目的地を特定する。
「本社ビルに戻ろう。刃多」
「わかった」
★
再びエレベーターで地上へ戻り、バイクで「本社ビル」のエントランスへ。
刃多がロビーに入ると、再び重低音が響き渡る。
あの『エグゼクティブ・ゴーレム』だ。
ダンジョンの仕様上、ボスモンスターは時間経過、あるいは再入場などの条件で復活する。
「また戦うのか……めんどくせえな」
「いや、待て」
海斗がぼやくが、蓮が止める。
ゴーレムは、刃多を認識すると、赤いセンサーアイを点滅させ……。
攻撃態勢をとるのではなく、胸部の装甲を開いた。
プシューッ、という排気音と共に、一つのカードキーが排出される。
「……くれた?」
刃多がそれを拾い上げると、ゴーレムは直立不動の姿勢に戻り、沈黙した。
『通行権限キー』
カードに記されている内容を読む限りでは。
まず、ソロ討伐をした人に対して、2回目の遭遇時に発行される。
このカードを持っている人だけが本社ビルに侵入する場合、ゴーレムは通してくれる。
ただし、発行するのは『ソロ討伐した人の2回目のみ』であり、倒した本人であっても、カードを持っていない場合は、3回目以降。襲ってくる。
とのことだ。
「……なるほど。一度ソロ討伐を達成した強者に対し、二度目は『顔パス』の権利を与えるということか」
「あ! ということは!」
蓮の言葉に、栞が気づく。
「このキーがあれば、戦闘なしで入れるってこと?」
「そうだ。本社ビルにいるモンスターはこのゴーレムだけだ。つまり、このキーがあれば、本社ビルは実質『安全地帯』となる」
蓮が、メガネのブリッジを押し上げながら、ニヤリと笑った。
「つまり、僕一人でも、あの書斎に入って心行くまで本が読めるということだ」
「お前……さっきの舌打ち、まだ根に持ってたのかよ」
「うるさい。これは重要な調査だ」
ともあれ、これで本社ビルはフリーパスだ。
★
刃多はエレベーターで上層階へ。
『労務部長室』の扉の前に立つ。
セキュリティ端末に、例の『封筒(サトウの署名入り)』を読み込ませると、ロックが解除された。
「接待ゴルフの誘いが鍵になるセキュリティって何だよ……」
翼のツッコミはもっともだが、扉は開いた。
室内は豪華だが、チケットらしきものは見当たらない。
しかし、重厚なデスクの上に、一本の「ペーパーナイフ」が飾られているのが目についた。
刃に、複雑な幾何学模様が刻まれている。
「フム。ただのナイフじゃないね。おそらく『盗難防止』あるいは『検閲』のためのマジックアイテムだ」
航が推察する。
「このナイフで開封しないと『本当の中身』が取り出せない仕組みか。だが、封筒はすでに『開封済み』だ。これじゃ切れない」
「どうすんだ?」
「戻すためのアイテムがあるはずだ」
刃多はペーパーナイフをいじり回す。
すると、肩の上のピコちゃんが、ナイフの「柄頭」に興味を持ち、カジカジと噛み始めた。
「ぴっ!」
ポロッ、と柄頭が外れ、中からドロリとした透明な液体が出てきた。
「接着剤? まさか……」
「そうか! 『戻す』んだ! 封筒を未開封状態に戻し、改めてこのナイフで開ける!」
剛の疑問に、蓮が即答する。
刃多は接着剤を使い、ゴルフの誘いが入った封筒を、丁寧に糊付けし直す。
地味な作業だ。
そして、完全に封がされた状態で、ペーパーナイフを当てる。
シャッ、と小気味いい音がして、封筒が切られた。
すると、中から淡い光があふれ出す。
刃多が逆さにすると、中身が出てきた。
ゴルフの誘いの手紙ではない。
『495年行き往復チケット』
『1クロックトークン×10枚』
「うおおお! ゴルフがチケットに化けた!」
「え、ていうか、495年行きって……時間を超えるのかよ!」
「どうやらそのようだ。とはいえ、ダンジョンのギミックであると考えるなら、『5年前が再現されたマップ』に行くことになると思うが、実に美しい」
「って、スズキの野郎、開封の仕方を間違えてゴルフの誘いしか読めなかったのか……哀れすぎる……」
「『正しい手順』で開けなければ、真実は見えない。実に教訓的で美しいギミックだ」
航が満足げに頷く。
★
チケットを手に入れた刃多は、再び地下の駅へ戻る。
無人の改札機。
そのスロットに、「往復チケット」を差し込んだ。
ピンポーン。
軽快な音が鳴り、赤かったランプが「緑」に変わる。
同時に、駅の電光掲示板に文字が灯った。
『Next Train: 資神歴495年行き まもなく到着します』
ゴゴゴゴゴ……。
地響きと共に、暗闇のトンネルの奥から、列車のヘッドライトが近づいてくる。
「ついに過去か……」
「この10枚のコイン……恐らく向こうでの『通貨』だ。無駄遣いはできないぞ」
「わかってる」
刃多はピコちゃんを撫でながら、列車を待つ。
やがて、古めかしいが、どこか未来的なデザインの列車が滑り込み、扉が開いた。
刃多が乗り込むと、扉が閉まる。
列車が動き出す。
窓の外の景色が、暗闇から、光の渦へと変わっていく。
いよいよ、バスケ部は「クロノミナル財団」の深淵――5年前の世界へと足を踏み入れる。
その裏で、地上では、光聖の「反撃」が始まろうとしていた。




