表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/33

第14話 本社ビル

 クロノミナル財団、本社ビル。


 廃港の最奥にそびえ立つその威容は、タナカさんのいた小さな研究所とは比べ物にならないほどの高級感と、威圧感を放っていた。


 刃多じんたは、愛用のバイクを一旦降りると、両手を掲げて『渦』を作り出す。

 そのまま、バイクをアイテムボックスの中へと収納した。


「さすがに、この中をバイクで走り回るわけにはいかないからな」

「階段とかあるだろうしねー」


 海斗かいとつばさの言葉通り、ここからは徒歩での探索となる。


「電源が入っていない建物が多かったが、この玄関の自動ドアは電気が通っているようだ。『その程度』は別に構わないということか……」


 連のつぶやきを聞きながらも、刃多は身軽な動きで自動ドアを抜け、広大なエントランスホールへと足を踏み入れた。


 目指すは上。『役員エリア』だ。


 だが、巨大なロビー中央で、その進行を阻むものがいた。


「……デカいな」


 つよしが唸る。

 そこに立っていたのは、全身を漆黒の装甲で覆った、巨大な人型警備機械だった。


『執行役員級警備機エグゼクティブ・ゴーレム』


 その巨体が動き出し、重厚な駆動音がホールに響き渡る。


 Aランク上位相当。明らかに、これまでの雑魚とは格が違う。


「この強さ……やはり、この先に『重要な情報』がある証拠だ。簡単には通してくれないな」


 蓮の指摘通り、このゴーレムは、このビルの「中枢」を守る門番だ。


『ぴっ!』


 ピコちゃんが鋭く鳴き、ゴーレムの右腕が振り下ろされる未来を予知する。

 刃多はカメラ目線のまま、最小限の動きでそれを回避。

 轟音と共に床が砕ける中、刃多の手からは既にブーメランが放たれていた。


 装甲の隙間、関節部、センサーアイ。


 精密射撃のようなブーメランの連撃が、ゴーレムの急所を正確に穿うがっていく。


 斬撃のブーメランは『頑丈なフレーム』には通じないが、彼自身、『アバター狩りには打撃ブーメランで脛を叩く』と言っていた通り、打撃ブーメランを持っている。


 それらをぶつけることで、内部にダメージを与えているようだ。


 数分の戦闘の後、巨体は火花を散らして崩れ落ちる。


「刃多レベルで数分か……これを毎回倒さないと入れないなら、気軽に戻ってくるのは難しいな」


 蓮が、少し残念そうに呟いた。


 ★


 最上階、『役員書斎』。


 重厚な扉を開けた瞬間、部室のモニター越しに、翼が絶叫した。


「うわっ! なんだこの本の数! 図書館かよ!」


 部屋の中は、壁一面、いや、天井近くまで届く巨大な本棚で埋め尽くされていた。  そこに、びっしりと本が並んでいる。


「凄い数だけど、この手のギミックって、中身は真っ白なやつばかりだよね」


 栞が思い出すように呟くのを聞きながら、刃多は、近くにあった適当な本を一冊手に取り、パラパラとめくる。


「……文字が、書いてある」


 栞が驚く。

 そこには、びっしりと細かい文字で、何かしらの記録が記されていた。


「刃多、そのページをよく見せてくれ……『第7次・時空間転移実験・中間報告書』……?」


 蓮が画面に食い入るように身を乗り出す。

 普段の冷静さはどこへやら、その瞳は好奇心でギラギラと輝いていた。


「まさか、ここにある本、全てが『財団の記録』なのか……!?」

「フム。美しい。この世界の『設定資料集』が、丸ごと置いてあるようなものだね」


 わたるも、紅茶を飲む手が止まっている。


 このダンジョンの背景ストーリー、ギミックの根幹に関わる膨大なテキストデータ。

 それを目の当たりにして、蓮は震えた。


「これほどの資料……本来なら、数日泊まり込みで全て読破し、考察したいところだ」

「いやいやいや!」


 海斗が全力で突っ込んだ。


「この中から『ギミックにつながる何か』を探すんだろ!? 全部読んでたら日が暮れるどころじゃねえぞ! 何千冊あると思ってんだ! 地獄だ!」


 そう。

 このギミックは、力技として『地獄の読書』を強要される。

 その場合、全ての情報を読み解き、その中から『正解の本』を見つけ出さなければならない。


 蓮のような「設定マニア」にとっては天国かもしれないが、攻略という意味では最悪のタイムロスだ。


 しかも、入り口にはあの強力なゴーレムがいる。気軽に出入りして読み進めることも難しい。


「……わかっている。今の目的は『駅』への到達だ。読書会じゃない」


 蓮は、苦渋の決断を下した。

 断腸の思いで、刃多に指示を出す。


「刃多。ピコちゃんに頼んでくれ」


 刃多は頷き、肩の上のピコちゃんを見る。


『ぴっ!』


 ピコちゃんは、即座に反応した。

 迷いなく、本棚のはるか高い位置にある、一冊の『黒い革表紙の本』を指差す。


 刃多はブーメランを投げ、その本を撃ち落とすと、キャッチした。


 本を開く。


「……ん? 何か挟まってる」


 ページを開こうとして、何かが挟まっていることに気が付く。

 そこには、一つの『カードキー』が収まっていた。


『駅区画エレベーター・マスターキー』


「よっしゃあ! 一発ツモ! さすがピコちゃん!」

「ナイスだ! これで読書地獄回避!」


 海斗と翼がハイタッチして喜ぶ。

 ……だが、その歓声の裏で。


「……チッ」


 スピーカーから、明確な舌打ちが聞こえた。


「おや」


 航がニヤリと笑う。


「蓮先輩。今、舌打ちしたね? 『もっと読みたかった』という知的好奇心が、合理性に負けた音だ。実に人間臭くて美しい」

「……うるさい。行くぞ、刃多。目的地は決まった」


 蓮は、画面に映る膨大な「未読の本」を、名残惜しそうに一瞥いちべつしてから、ウィンドウを閉じた。


「しっかし、これ、ピコちゃんがいないと地獄だよな。そのピコちゃんのギミックもめんどくせえし」

「確かに。ピコちゃんを産むために、往復を何度もして、わざわざクレーンの上の巣に行くのも一苦労だ」


 海斗の感想に剛は頷いた。


「いや、そこまで醜悪な設計ではないはずだ。今回は避けられたが、『力技』という泥臭い正攻法も、一応は用意されている」

「え、力技って……まさか、本当に、この本を全部読むってこと?」

「そうだ。現実的ではないが、不可能ではない。何のギミックも解かずにこのビルに迷い込んだ人間が、片っ端から本を調べて、偶然この『何かが挟まった本』を見つける可能性はゼロじゃないからな」


 蓮が補足すると、翼がげんなりした顔をする。


「うわぁ……でもさ、仮にここでカードキーを見つけても……」

「ああ。地下倉庫にたどり着いていなければ、『エレベーター』の場所がわからない」

「結局、あっちこっち行かなきゃなんねーのかよ。めんどくせー!」

「それがこの『廃港』というわけだね。相互作用こそが美しい」


 航が優雅に結論付ける。


「それに……ピコちゃんや読書以外にも、『スマートな正攻法』はあるはずだ。まだ、私たちが見つけていないだけでね」

「スマートな正攻法?」

「ああ。例えば『目的の物体を見つける探知機』のようなアイテムだ。今回のような書斎があるなら、それをラクにするためのアイテムが、別の施設のどこかに隠されていると考えるのが自然だろう」


 強力なモンスターを倒す。

 本の中からカードキーを見つける。


 本社ビルのギミックは非常にシンプルだが、『相互作用』がこの廃港の本質だ。


 ★


 本社ビルを後にした刃多は、再びバイクにまたがり、アクセルを全開にする。

 目指すは、コンテナヤード管理棟・地下倉庫。


 ショート・イールを倒し、大量の魔石を手に入れたあの場所へ、一気に戻る。


 地下倉庫のさらに奥。

 以前は気にも留めなかった、目立たない場所にある「業務用エレベーター」の扉の前に立つ。


 当然、ボタンを押しても反応はない。


 刃多は、先ほど手に入れた「マスターキー」を、操作盤のスロットに差し込んだ。


 ズズズズズ……。


 重低音と共に、エレベーターが起動する。


 古いランプが点灯し、行先表示が浮かび上がった。


『行先:地下深度100m クロノミナル・ステーション』


「……やはりな」


 蓮が、確信に満ちた声で言った。


「地下倉庫の真下。このエレベーターの先こそが、財団が隠した『駅』だ」


 重い扉が、ゆっくりと左右に開く。


『ぴぃ!』


 ピコちゃんが、期待に満ちた声を上げる。

 刃多は、エレベーターに乗り込んだ。


 扉が閉まり、降下が始まる。

 これまでの「地上の廃港」とは、規模も、空気も違う。


 いよいよ、バスケ部は「クロノミナル財団」の深層――巨大な地下空間へと足を踏み入れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ