第12話 連中を素通りしながらギミック攻略中
翠星高校、バスケ部部室。
光聖の第二次攻略が『最悪の敗北』として炎上した、その翌日。
部室の空気は、世間の喧騒とは裏腹に、いつも通りの「溜まり場」だった。
ソファでは刃多がピコちゃんを胸に乗せて二度寝を決め込み、他のメンバーは思い思いに時間を潰している。
ただ一人、蓮だけは違った。
彼は部室のPCで、ネットニュースではなく、前回の『刃多の配信アーカイブ』……タナカさんの詰め所で撮影した「手帳」の録画データを、コマ送りで再生していた。
「……これだ」
蓮が、ピクセル単位で拡大したボケた画像から、ある記述を読み解く。
「僕たちは『85104』という5桁の数字を探すのに必死で、他の記述を読み飛ばしていた」
モニターに、蓮が解析したテキストが打ち出される。
『例のブツの取引、場所が変更になった。スズキの奴、またミスりやがって。 新しい場所はコンテナヤードの管理棟の地下。 キーは税関事務所の金庫。 金庫の番号は、俺のID番号の下4桁。あいつは絶対覚えてない』
「『取引のブツ』!? それって、80万円分の魔石が入ってた木箱みたいなヤツか!」
海斗がおにぎりを片手に身を乗り出す。
「ああ。次の『遊び場』は、『税関事務所』と『管理棟』。二つの施設を股にかけた『クロスパズル』だ。刃多、頼めるか?」
「わかった」
ソファで寝ていた刃多が、ピコちゃんをポケットにしまい、静かに頷いた。
★
霧とコンテナの廃港。
刃多がバイクでコンテナヤードを疾走していると、前方にアバターを装備した数人の影が立ちはだかった。
『ハウンドレッド』だ。
『蓮さん、言ってた通り出てきた』
「ああ。だが、連中は光聖のように徒歩で来る獲物しか想定していない。刃多、止まるな。素通りしろ」
ハウンドレッドの残党が、刃多のバイクの前に飛び出し、武器を構える。
だが、刃多は(カメラ目線のまま)アクセルを緩めず、車体を傾ける。
機械的な蛇行運転で、アバター狩りたちの間を「素通り」していく。
「なっ!? 待て!」
残党たちの焦る声を無視し、刃多は第一の目的地「古い税関事務所」に到着した。
事務所内の「金庫室」。
埃をかぶった巨大な金庫が、パスコード入力を待っていた。
「手帳の記述通りだ。「タナカのID番号の下4桁」……刃多、カードは持ってるな?」
『持ってる』
刃多はポケットから、すっかりお馴染みになった『タナカさんのIDカード』を取り出す。
「番号は……908-110-4126」
下四桁は、4126。4桁の数字を入力すると、重いロックが解除され、金庫の扉が開いた。
「よっしゃ! 開いた!」
「てか、あの手帳を読んでない場合、10の4乗通りの中から一つを見つける必要があるのか。めんどくせえな」
「いや、5桁以上入力できるようになっている。端末からは、四桁であることすらわからない状態だ」
「クソめんどくせえな……」
翼の歓声が響き、海斗の頬が引きつった。
金庫の中には、古い「コンテナヤード管理棟・地下倉庫の鍵」が、一つだけ置かれていた。
★
次の目的地、「コンテナヤードの管理棟」。
ここは廃港の中心部であり、モンスターの密度が濃いエリアだ。
『ぴっ! ぴぃ!』
だが、ピコちゃんの「危険予知」と、刃多の「回避能力」の前では、モンスターの群れも障害物でしかない。
再び戦闘ゼロで、刃多は『地下倉庫』の扉の前にたどり着いた。
鍵穴に、先ほどの鍵を差し込む。
……しかし、ガチャリと音はするものの、開かない。
『エラー:管理棟の主電源がオフラインです。』
「またかよ! タナカさん! いい加減にしろ!」
「翼、タナカさんは関係ないだろ。十中八九、スズキの仕業だ」
「どっちでもいいよ! めんどくさい!」
部室の野次をBGMに、刃多は「電源室」へ向かう。
主電源のブレーカーは落ちていた。刃多がそれを上げようとする。
警告:高負荷。地下区画で漏電の可能性。安全を確認するまで主電源はロックされます。
「地下ねぇ……」
「……やはり、何かいるな。刃多、気をつけてくれ」
蓮の指示を受け、刃多は管理棟の地下へと続く階段を降りた。
地下は、くるぶしまで水浸しになっており、水面が時折「バチッ」と火花を散らしている。漏電の原因だ。
水が引いているコンテナの残骸や、崩れた瓦礫だけが、かろうじて足場となっている。
その奥。水しぶきを上げ、巨大な影がうねっていた。
『漏電機械鰻 ショート・イール』
「アレがここの中ボスか」
「足場悪ぃ! 刃多、落ちるなよ!」
海斗が叫ぶ。
中ボス『ショート・イール』が、定期的に水中に高圧電流を放電する。水に触れれば即感電だ。
だが、刃多とピコちゃんという組み合わせは、『タイミングさえわかれば問題ない攻撃』に対して、あまりにも強すぎる。
『ぴっ!』
ピコちゃんが放電パターンを予知する。
刃多は(カメラ目線のまま)、数メートル間隔で点在する「水に濡れていない高台」を、まるで平地を歩くように完璧なタイミングで飛び移りながら、ブーメランを投擲。
回避、投擲、跳躍、投擲。
ショート・イールは、その異常な機動力の前に、一方的に攻撃を受け続け、やがて塵となった。
水面の火花が、静かに消える。
★
電源室に戻り、主電源をONにした刃多は、再び「地下倉庫」の扉の前に立つ。 今度こそ、「鍵」は重い音を立てて開いた。
倉庫の中は、宝の山だった。
「うおおおお! なんだこれ!」
翼が絶叫する。
以前の木箱など比較にならない、コンテナ数個分の「大量の魔石」と「高価な素材アイテム」が、そこに山積みになっていた。
「これ、いくらだよ!? 学校建て直せるぞ!」
「……これで当面の資金は、十分すぎるほど確保できたな」
海斗が興奮し、蓮が安堵した様子で頷く。
『……ん?』
刃多が首を傾げた。
「どうしたんだ? 刃多」
剛が見逃さずに聞いた。
『なんか、魔石が変』
「変? ってどういうこと?」
栞が首を傾げた。
『換金額にすると100万円分の魔石。ここまではいつも通り。ただ、それ以降の魔石は、なんか、エネルギーが詰まってるのに、変な感じがする』
「どういうことだ?」
「答えはとても美しいものだ。刃多。その妙な魔石。床にたたきつけてくれ」
「え?」
栞の口から呆けた声が漏れる。
それと同時に、刃多は魔石を床にたたきつけた。
高い音が響くが……持ち上げて、カメラに見せる。
傷が一つもついていない。
「何!?」
「どういうこと!?」
「魔石は特別頑丈と言うわけではない。あの勢いでぶつけたら普通は美しく砕ける。そして、ダンジョンにおいて、物が壊れないのは、『仕様』であり『ギミックの都合』だ。その『専用の魔石』を使った、別のギミックが用意されているということだよ」
「なるほど! ……運ぶのダルすぎんだろ!」
「刃多はアイテムボックスがあるからいいけど、本来ならやってられねえ!」
航が解説すると、海斗と翼が叫んだ。
大量の魔石を運ぶ。
口で言えば簡単だが、その上でめんどくささが滲み出て……いや、隠しきれていない。
「とはいえ、何かしらの莫大なエネルギーが必要。という設定のギミックがあるわけか」
剛は端的にまとめた。
ワチャワチャしている会議室の話を聞きながら、刃多が魔石をアイテムボックスに回収。
倉庫の奥のデスクに、もう一冊の手帳が落ちているのを発見した。
タナカさんのものとは違う、新しい手帳。
表紙には『スズキ』と書かれていた。
刃多が、その最後の日付のページを開き、カメラに見せる。
そこには、殴り書きのようなメモが残されていた。
「タナカはクソ実験のサンプルを税関事務所に隠したが、無駄だ。 俺は『本物』を手に入れた。 あの日、財団が隠した『駅』へ行く。
『クロノミナル』の名において」
部室が、静まり返った。
「……クロノミナル? 『駅』……?」
蓮が、初めて聞く単語に目を見開く。
「フム。タナカさんの手帳にあった『クソみたいな実験』……『5年前のあの日』……」
航が、優雅にカップを置いた。
「ようやく役者が揃ってきたようだね。実に美しい」
刃多は、肩の上のピコちゃんを見つめ、静かに首をかしげた。




