第11話 アバター狩り……関係ねぇ!
翠星高校、バスケ部部室。
盛大なパーティーの翌日。
ピザや寿司の匂いは消えたものの、部室はいつも通りの混沌に満ちていた。
ソファでは、刃多が静かに寝息を立てており、その胸の上では、すっかり懐いたピコちゃんが満足げに丸くなっている。
他のメンバーも、思い思いに「溜まり場」の時間を過ごしていた。
その空気が一変したのは、翼がスマホを見ながら上げた、素っ頓狂な声がきっかけだった。
「うわっ……マジかよ。光聖のヤツ、またやらかしてるぞ!」
「え? 今度は何?」
隣でマンガを読んでいた栞が、翼のスマホを覗き込む。
そこに映し出されていたネットニュースの見出しを見て、彼女も息をのんだ。
「ひっ……! 『生身作戦』!? 『最新装備、全強奪』!?」
その物騒な単語に、海斗や蓮たちも動きを止める。
「……蓮。PC」
「ああ」
海斗に促され、蓮は即座に部室のPCを起動。
光聖の第二次攻略は、炎上しただけでなく、アバター狩り側が「戦果」としてアップしたと思わしき動画の切り抜きが、ネット上で拡散されていた。
蓮は、配信データにアクセスし、問題のシーンを再生、分析する。
「……なるほど。『ハウンドレッド』。聞いたことがある名前だ」
「ああ。俺もな」
海斗の表情が、いつになく険しい。
「蓮。お前が言ってた『腐臭』ってのは、こいつらのことか」
「十中八九な……しかし、見事な作戦だ。光聖の『聖剣』と、彼自身の『倫理観』、その両方を同時に封じ込めている」
蓮が冷静に分析する横で、翼が声を荒げた。
「見事って! ヤバいじゃん! 生身の人間相手とか、どうすんだよ!」
「フム」
航が、優雅に紅茶を一口飲む。
「Aランクアバターの力で、生身の人間を攻撃できない。その『倫理的な枷』こそが、光聖先輩の敗因か。実に醜悪だが、美しい作戦だね」
蓮と航が、光聖が「なぜ負けたか」を淡々と分析する中、栞は不安げにソファの刃多を見た。
「でも……それじゃあ、刃多君は大丈夫なの? もし、あんな風に生身の人間に襲われたら……」
その場の全員の視線が、物音で目を覚ました刃多に集まる。
「……?」
刃多は寝ぼけまなこで首をかしげた。
蓮が、モニターを指差しながら状況を簡潔に説明する。
「光聖が、アバターを解除した『生身』の敵に襲われた。聖剣では生身を攻撃できず、その隙にCランクの装備が全部奪われた……刃多なら、どうする?」
刃多は、肩で同じく起きたピコちゃんを撫でながら、少し考えた。
そして、ブーメランを取り出す仕草をする。
「……斬撃はダメでも、打撃ならいい」
刃多は、おもむろに両手を合わせるジェスチャーをした。
「打撃用のブーメランで、両足の脛を、こう……ガッ! てやる」
会議室が、一瞬、静まり返った。
「うわっ! えげつな! 人の血が通ってねえ!」
「ぴっ!?」
翼の絶叫に、ピコちゃんまでドン引きしたような声を上げる。
刃多は、なぜ皆がそんな反応をするのか分からない、という顔でカメラ目線を続けている。
ハウンドレッドが『犯罪者』であり、いざとなれば武力制圧も必要だという理屈はわかる。
しかしそれでも、『人を攻撃する』ということそのものには、強いストレスを感じるはずなのだ。
確かに、斬撃よりも打撃の方が殺傷性が低いのは事実。
両足の脛を叩かれたら、しばらく満足に動けないのも事実。
「一応聞いておくが、人を攻撃するということそのものをどう思うんだ? 普通なら、かなりのストレスだが」
剛が聞いた。
「うーん……」
刃多は少し考えて……。
「試してる」
「ん?」
「装備もアイテムも全て奪って、こんな『奪ったアイテムの紹介動画』まで作ってる」
ハウンドレッドが『戦果』として出した動画の切り抜きまで出回っている。
彼らは明確な犯罪者だが、その上で『誇示』している。
「『恐ろしい目に合う覚悟があるのか』……そういう人たちに試してみたいという思いがある」
「思ったより歪んでるな……」
剛は頬を引きつらせたが……。
「フム。素晴らしい。実に美しい合理性だね」
航だけが満足げに頷いた。
「それが、僕たちの『解法』その一だ」
蓮が、メガネのブリッジを押し上げる。
「そして『解法』その二……そもそも、光聖たちと、僕たちでは、戦術的な前提が違う」
蓮は、テーブルに広げっぱなしだった廃港の地図を指差した。
「ハウンドレッドが使ったのは、『待ち伏せ』による奇襲だ。光聖たちは、ダンジョンを『制圧』するために徒歩で進むから、その奇襲が成立する」
蓮は、ニヤリと笑う。
「だが、刃多は『ギミック』を解くために、常にバイクで高速移動している」
蓮は翼を見た。
「翼。お前、時速60kmで走るバイクの前に、生身で飛び出せるか?」
「無理に決まってんだろ! ただの交通事故じゃねえか!」
「そういうことだ」
蓮は結論を告げる。
「奴らも『痛い』のは嫌だろう。刃多を『生身』で止めるのは、自殺行為に等しい。かと言って『アバター』で止めようとしても、刃多の回避能力なら、障害物として『素通り』すればいいだけの話だ」
つまり。
「僕たちの『ギミックお使いスタイル』は、ハウンドレッドにとって、最も『割に合わない』獲物だ。光聖のように、警戒する必要すらない」
「なーんだ。そっか!」
「それなら安心!」
翼と栞が、胸をなでおろす。
「なるほどな!」
海斗がニッと笑った。
「ま、楽しくねえ奴らのことはどうでもいいや! 蓮! 次の『遊び場』は決まってんのか!?」
「ああ」
蓮はPCのモニターを切り替え、リサーチしていた別の施設データを映す。
マップにピンを立てた二つの建物を指した。
「この『古い税関事務所』と『コンテナヤードの管理棟』。タナカさんの日誌にあった『取引』の痕跡を、本格的に探る。ピコちゃんの時のような『爆発力』が、まだ眠っているはずだ」
「おう! 面白そうじゃねえか!」
「わかった」
海斗の歓声に、刃多がこくりと頷く。
その肩の上で、ピコちゃんが「ぴいっ!」と、楽しそうに翼を広げた。




