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第10話【理事会SIDE】 炎上と、光聖の一手

 翠星高校、理事長室。

 以前、光聖が呼び出された時とは比較にならないほど、重苦しく、ヒステリックな空気がマホガニーのデスクにまとわりついていた。


 理事長、御門良善は、威圧的な革張りの椅子にふんぞり返る余裕もなく、タブレットに映し出されたネットニュースのコメント欄を凝視し、怒りに肩を震わせている。

 内容としては。


『光聖君が可哀想すぎる』

『Aランクダンジョンで「生身」とか、そんなの対策できるわけないだろ』

『そもそもCランクを引率させる計画自体が間違い。光聖君の失敗じゃなく、理事会の失敗』

『ヒメノの最新装備(笑)。強奪されてやんの』


「馬鹿な……! 私が責められているだと!? 失敗したのは光聖だぞ!」


 良善の激昂が室内に響く。

 プロジェクトの建前上、『探索部の活動は学校上層部が完全に管轄する』と公表している。


 世間は、二度にわたる「放送事故」を、現場の判断ミスではなく、無謀な計画を承認・強行した『理事会の無能』として断罪していた。


 いや、より厳密には。

 一回目の事故に関しては、まだ、『光聖が出現するモンスターの情報を十分に集めていなかった』という指摘も通る。

 モンスターを倒してアイテムを持ち帰るのが探索者の仕事であり、機械鳥の群れをCランクだけで倒せというのは不可能でも、そういったモンスターが出てくるとわかって入れば、取れる戦術も変わってくる。


 アバターが壊れても死ぬわけではないが、装備やアイテムがその場に落ちる関係上、死んでもいいわけではない。

 いざという時には、『安全に撤退する』ことも、引率に求められることだ。


 光聖は紛れもなくAランクで、そのスペックも相応に高い。

 そんな彼が、『教科書通りの撤退』すらできなかったのは、まだ、引率として甘かったという指摘も通る。


 ……それも、『光聖に適切な撤退プランを提示できなかった理事会が原因』と言われれば、『それはそう』なのだが。


 しかし、今回は、『現場は、本当に、仕方がない』のだ。


「り、理事長。『生身作戦』など前代未聞、光聖君の対応を責める声はむしろ少なく、『計画を進めた理事会の責任』と、我々を非難する声が……!」


 叔父にあたる理事が慌てて報告する、その時だった。


 重い扉が乱暴に開かれ、探索本部から血相を変えた姫野凜華が駆け込んできた。


「理事長!  大変ですわ!」

「凜華君か!  一体どうした!」

「お父様が……お父様が、お怒りです!『我が社の最新装備を、Cランク4人分、丸ごと強奪されるとは、一体どういう管理体制だ! 株価も下がっている。損害賠償ものだぞ』と!」


 世間からの「無能」の烙印。

 大スポンサーからの「損失補填」の要求。


 二重の圧力に晒され、良善はイライラする。


 部下が成功したら指示を出した自分の手柄。部下が失敗したら部下の責任。が信条の彼にとって、この展開は非常に腹立たしい。


 その時、静かに光聖が入室した。

 配信の最後、項垂れていた絶望とは裏腹に、その表情は氷のように冷静だった。


 良善は、世間とヒメノからの全ての圧力を、はけ口を見つけたかのように光聖一人に向けた。


「光聖ィ! お前のせいだ! お前が不甲斐ないから、私が! この御門家が笑い者にされている! どう責任を取るつもりだ!」


 わめき散らす父に対し、光聖は静かに口を開いた。


「――責任は取ります。ですが、その前に『敗因』の分析を」


 光聖は、理事たちの前で、あの「生身作戦」の概要を淡々と説明した。


「生身だと!? そんなものはルール違反だ! 想定できるか!」

「いいえ、想定できます」


 騒ぐ理事を、光聖は一蹴した。


「そして、『解法』もあります」


 氷のような声に、室内が静まり返る。


「生身の人間は、モンスター以上に脆弱です。私の聖剣が躊躇われたなら、『麻痺属性』の飛び道具を使えばいい。Aランクの私なら、Cランク4人を守りながらでも、敵の『生身』だけを狙い、無力化することは可能です」

「な……」

「全員を麻痺で制圧後、拘束。安全エリアまで運び、通報する。……手順さえ間違えなければ、完遂できます」


 光聖は理事たちを見回した。


「――次はありません」


 その「解法」と「自信」に、良善は一瞬安堵し、だが、すぐに自らの保身のために恫喝を再開した。


「そ、そうか! 解法があるなら、なぜ最初からやらん! やはりお前の失敗だ! 『責任』を取れ! 『全責任』を!」

「ええ」


 光聖は、父を真っ直ぐに見据えた。


「全責任を取ります」


「二度の失敗の『責任』は、全て私が取ります。――その代わり、第三次攻略に関する『全権限』を、私に委譲していただきます」

「なっ……!?」


 光聖は、その場にいる理事全員に言い渡した。


「『責任』を取れと要求するならば、その責任を全うするための『権限』を認めていただく。装備、攻略ルート、作戦の全てを、私が決定し、実行します。よろしいですね?」


 理事会は沈黙した。

 現状、「世間」からも「ヒメノ」からも追い詰められている。この状況で「解法がある」と断言する光聖の提案を、もはや誰も拒否できなかった。


 良善は、屈辱に顔を歪めながら、絞り出すように……頷くことしかできなかった。


 光聖は、理事長室を退室する。

 廊下に一人、冷たい光が差し込む。


(父さん、あなたが望んだ『責任』だ)


 光聖は、初めて自らの意志で「戦いの主導権」を握った。


(これで、俺が『責任を取った』ら、その時は、『理事会が何もかも間違えていた』という証拠になる)


 あの場では言わなかったが、光聖にも狙いはある。


(まず、俺個人で配信するか。『次の探索は、理事会は関係ない。俺の意思と戦略で攻略する』と。まず宣言する必要がある)


 それがないと、次に『大成功』を達成したとしても、それが『理事会が本気を出した』という評価になり、『理事会の印象が向上するだけ』だ。


 探索専門学校プロジェクトは、端的に言えば、大人が子供を管理している。


 フリーの探索者とは違うのだ。


 それゆえに、現場の動きに、大人がいつも関わる。


 だが、『次』は違う。


(エリートとして、世間には、見せなければならないものがある)


 光聖の足取りに、迷いはなかった。

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