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第1話 予算消滅! しかも場所代が年間100万!

 ダンジョンが出現して半世紀。


 その後の研究で作られた『アバターシステム』により、命の危険がなくなった今も、世界は様々な楽しみ方がある。


 翠星(すいせい)高校の体育館。

 そこでは、男子六人、女子一人の、部員七人の小さな部活が、バスケットボールを弾ませている。


「おりゃ!」


 赤いスパイキーショートの少年、黒川海斗(くろかわかいと)がレイアップシュートを放つ。

 だが、ゴールに当たってボールが弾かれた。


「海斗のバーカ! また外した!」

「うるせえ! ちょっとノれてないだけだ!」


 紫のメッシュを入れた佐竹翼(さたけつばさ)が、海斗にヤジを飛ばす。

 ここぞとばかりに、と言った表現が適しているほど馬鹿にしているが、海斗の反応もいつも通りと言ったところか。


 リバウンドボールを掴んだのは、巨漢の山城剛(やましろつよし)


「ふっ」


 とったボールを、コートの隅にいる一人の生徒にパスした。


「んー……」


 受け取ったのは、天崎刃多(あまさきじんた)


 一言で言おう。美少女だ。


 ……いや、生物学上、紛れもなく男子の高校一年生で間違いない。


 ただ、アッシュブロンドのマッシュウルフ。色素の薄い白い肌。その華奢な体躯は、バスケ部員というより『美少女』と呼ぶ方が適している。


 体操服なので、白い腕や足が見えているが、普段からとてもケアをしているかのように白く綺麗だ。


 ボールを受け取った刃多は、コートをほぼみていない。

 ボールも、他の生徒も見ずに、高速ドリブルを開始する。


「フフッ、刃多、今日こそ止めて――」


 そこに、美男子が割り込んできた。


 神秘的な印象がある貴公子と言っていい雰囲気で、長い銀髪を後ろで束ねたっ高身長の男。岸航(きしわたる)


 刃多と比べて、20センチ近い身長差を感じさせるが……。


「んっ」


 刃多は、誰の方も見ずに、ボールを背面を通すノールックパスを放つ。


 その先には……。


「よし」


 暗めの青髪で、銀縁のメガネをかけた相田蓮(あいだれん)の手に渡った。


 刃多は彼に一度も視線を向けておらず、アイコンタクトは不可能。


 蓮の方が、『ここに行けば刃多はパスを出してくれる』といった推測で場所を取り、ボールを受け取ったのだ。


「それっ!」


 そのまま、蓮はシュートを放って、ボールはリングに入った。


「ナイスシュート!」


 コートから少し外れたところで、得点ボードに触れる美少女。

 ……こちらは生物学上もまぎれもなく女性だ。

 七瀬栞(ななせしおり)。艶のある黒髪を伸ばし、スタイル抜群の、整った顔立ちで、間違いなく美少女である。


「くそー! 俺のシュートが上手く入っとけば!」

「海斗はノれないときは本当に駄目だもんねー!」

「うるせえな翼!」


 海斗は悔しがり、翼は煽る。


「ふむ、刃多に集中すると、全体を見るのが難しいな」

「常に全体を見て……いや、見てるのか? 感じてるといった方がいいかもしれないけど」


 航が呆れ気味に言うと、蓮が頷く。


「……そろそろ時間か? 今日はもう十分だろう」

「うん」

「時計見てないよね?」

「30分前にチラッと見てるから」

「うーん。これはキモい」


 剛が時計を見て、バスケは終わりと判断し、刃多は頷いた……のだが、一度も時計を見ているように見えない。

 栞の疑問に対する返答から察するに、30分前にチラッと見たそうなので、あとは体内時計と合わせて判断したようだ。


 栞が言う通り、これはキモい。


「皆さん。お揃いですね」


 その時、体育館の入り口に、バスケ部顧問の教師、時任譲二(ときとうじょうじ)が立っている。


「いやぁ。参りました。皆さん。まず、部室の方に移動しましょうか」


 ★


 バスケ部の部室。


 部活棟(ぶかつとう)の一室が使われているが、その中の一つをバスケ部が使っている。


 普通の教室と同じような広さと構造だが……明らかにバスケとは関係のない物も多い。


 パソコンやモニター、プリンターなどの電子機器。

 何故か一つだけあるアンティーク調のチェア。

 使い古しのソファとローテーブル。

 なお、テーブルの上には、お菓子の袋やマンガ、ゲームのコントローラーが雑に置かれている。

 隅の方には、冷蔵庫、電子レンジ、電気ケトルなどの食料に関するものだが、一点、明らかに場違いな高級のティーカップがある。

 本棚には、マンガや参考書。そして美術書など、なかなか混沌としている。

 あと、部屋の隅に『鹿の頭部の剝製(はくせい)』があり、しかもツノには百円ショップのパーティーグッズのような『輪投げ』がかかっており、誰かが確実に遊んでいる。


 出入り口に近い場所には、体育館にあったものではなく、彼ら専用であろうボールやスコアボードなど、申し訳程度に『バスケ部』っぽい。


「さて、皆さん、これを見てください」


 そういって時任先生が取り出したのは、一枚の紙。


 『特別施設利用料(年間)』

 体育館:800,000円

 部室:200,000円

 合計:1,000,000円


「何これ!?」

「そういえば、この学校、『探索専門学校プロジェクト』が進んでるとか言っていたね。その一環で、『ダンジョン探索部』以外の部活に制限がかかるということか」


 翼は『年間100万円』という数字に驚き、航はフフッと微笑んだ。


「いや、いいのかこれ!? ほとんど言いがかりで100万円も出せって話だろ!?」

「校内の施設は探索関係部署の管轄になるとのこと。まぁ、事実上、退去通告と言ったところでしょうねぇ」

「ぐぬぬ……」


 海斗は叫んだが、時任先生の説明に唸った。


「いや、とりあえず落ち着こう」


 蓮がメガネのブリッジを押し上げると、論点を整理する。


「体育館は良い。そもそも、学校行事の都合で使えないこともあったし、市の教協体育館を使えばいい話だ」

「むぐっ、まぁ、遠くて行くのが面倒だが、仕方ないか。そもそも、毎日バスケしてるわけでもないし」


 現実的な話をすれば、体育館はまだいい。


「でも……」


 栞は汚い部屋……ではなく、部室を見る。


「ああ、ここだけは明け渡すわけにはいかない」

「そうだな。掃除するのめんどくせえし」

「そうだ! そうだ!」


 蓮が場を引き締めて、海斗がふざけて、翼がノった。


 まぁ、確かに、すっげぇ汚いのは、事実である。


「その通りだ。何より、ここは汚いからこそ美しいのだ」

「ちょっと受け入れるのに抵抗があるね」


 航が優雅に宣言し、刃多は小さくツッコんだ。


「そういえば、これまでは、バスケ部に15万の予算がついていたが、それもなくなるんだろう?」

「そうだな。そっちもこちらで稼ぐ必要がある」

「ぐぐぐ……最低で35万。いやでも、あの公共体育館。マジで行くのめんどいんだよなぁ。理想なら115万かぁ」


 年間で115万。

 高校生7人と分担するとなると、時間はそれ相応にかかる。

 さらに言えば、バイトでヘトヘトになったら、バスケや、この部屋で見え隠れする『趣味』が疎かになる。


 それに何より……。


「でもバイトは嫌だぞ。楽しくねえ」


 海斗は蓮に言った。


「稼がなきゃならねえのはいいさ。そもそもこの学校、『ダンジョン探索を重視する』ってパンフレットにも書いてて、その上で俺はここに入学したんだ。予算がつかねえのも、場所を使うのに場所代をとられるってのも、そこは構わねえ」


 しかし。


「だが、楽しく稼がなきゃ、この『溜まり場』の意味がねえぞ」

「それは重々承知だ」


 蓮はメガネのブリッジを上げる。


「さて、楽しくガッポリ稼ぐ方法だが、主に頑張るのは刃多だ」

「え、握手会でも開くの?」

「翼。助走付きでぶん殴られたくなかったら黙ってろ」

「ごめんなさい。いやでも女装付きなら……いやなんでもないです」


 素直……なのか? ちょっと欲望が混ざったが。


「ダンジョン探索だ。この近くに、刃多が活躍できる、うってつけのものがある」

「そんなのあったか?」

「ああ。文明型ダンジョン『霧とコンテナの廃港』だ」

「あそこはAランクだろう? 大丈夫なのか?」


 蓮の提案に、航は難易度を出しつつ確認する。


「ランクはSとAからF……上から、『人外』『天才』『上級』『中級上位』『中級下位』『初級』『新人』って感じだよね。刃多君って、天才が入るダンジョンに潜れるの?」

「僕、ダンジョンに入ったことない」


 栞が聞くと、刃多は首を横に振った。


「ただ、アバター免許は持ってるんだろ?」

「持ってる。お母さんが『持ってて損はないから』って、教習所にいった」

「となると、武器の扱いも一通り備わってるはずだ。そして、異常なほどの空間把握能力がある。文明型は洞窟型と違って、かなり開けた場所だが、むしろそっちの方が、刃多は活躍できるはずだ」


 蓮は考えを話す。

 それに対して、航は頷いた。


「ふむ……まあ、いろいろ気になる点はあるが、『玉砕覚悟でもいい』のではなく、『急にお金が必要になる』というこの事態で急に出すアイデアとして出てきたのなら、前々から考えていたはず、勝算はあるんだろう」

「あとは、刃多の気分次第だ」


 全員が、刃多を見る。

 それに対して、刃多は、全員に顔を向けたが、目線は合わせなかった。


 目を合わせない。

 それは、バスケ部においては、拒否を意味しない。


「……やる」

「そうか。端的に言うと、刃多が単独でダンジョンに潜り、『限定配信』を使って、僕たちが指示を出したりする。刃多にとっても良い遊び場だ。気楽にやればいい」

「わかった」


 ということで、方針は固まったようだ。


「まぁ楽しそうだからそれはそれでいいけど、学校が探索部に予算を集中させるから俺たちがピンチって時に、俺たちが稼ぐ手段がダンジョン探索って、どういう皮肉だ?」


 作戦が決まった直後、海斗が腕を組んで笑う。


「余計な茶々を入れるな。僕だって分かってて言ってるんだ」


 蓮が、その皮肉の重さを噛み締めるように答える。


「プロになるための探索と、遊びながら稼ぐための探索が同じとなったら怒られるぞ。認識は美しくあるべきだ」


 航が、優雅に髪をかき上げた。


「その美しくって『正しく』じゃないの? どういう変換が頭の中で起こってるの?」


 翼が素直な疑問を口にする。


「考えても無駄だ。航は入部した時からこんな感じだろう?」


 剛が、いつものことだと受け流す。


「確かに。『シンプルだが奥深い。だからこそバスケは面白い。まるでフェルマーの最終定理のようだ』って入部届に書いてたからな。意味は分かるが……」


 蓮のその言葉に、航は満足げに微笑んだ。

 刃多は、そんな仲間たちのワチャワチャした議論を、静かに聞いていた。


(……グダグダだなぁ)


 だが、その「グダグダした居場所」を守るために、彼の決意は、静かに、固く定まっていた。

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