第26話 夜のはじまりさ
尊敬するのは両親です。大人になってから両親の偉大さを思い知らされました―― そんな台詞をギルドの面接会場で気後れすることなく口にできる同年代の人らが、違う星の生き物のように見えたものだ。
ぼくは無難に、過去にいくつもの地下魔構を踏破した王認冒険者の名前を口にしたけど、たぶん面接官の受けは前者の方が良かったはずだ。それが原因であったかどうかはわからない。ただ、はっきりしているのは、ぼくは一次面接で落選したってこと。《宵闇の防人》。ぼくの第一希望先った大手ギルド。《星の金貨》は、実は第八希望だった。
《宵闇の防人》。あそこに入っていれば、なにか変わったのか。
少なくとも、ベル・ラックベルの同僚にはならずに済んだはずだ。電視台で彼女の功績を称えるニュースが流れても、「ふぅん、そうか」で流せたはずだ。
そんな毎日を送ることが、ぼくにとって幸せであるかどうかはわからない。
ただひとつ言えるのは、他人はおろか自分すらも心の底から愛する術を知らないまま育ったぼくにとって、ベル・ラックベルは真夏の太陽のように眩しい存在だった。不用意に近づけば、自らを焼き尽くすしてしまうほどに。
彼女は愛を知っている。彼女の「愛する力」を成長させたのは、きっと彼女の両親の真心だ。幼少期の頃から小さな成功体験を何度も何度も積ませ、自信過剰の芽を摘み取りながら褒めて伸ばし、自分たちが娘にとっての帰る場所であるように務めた。そういった努力を怠らなかった、優れた両親だったに違いない。これはぼくの妄想じゃない。確信的推測というやつなのさ。
人の過去は、その人の日頃の振る舞いから滲み出る。周囲の人とどういったコミュニケーションを取っているか。そこに、その人の人格形成の痕跡を見ることができる。
ぼくは、だから人見知りになった。ぼくという人間の本性を他人の前に曝け出すことを恐れた。 誰かから視線を向けられると、胸の辺りを冷たい金属の棒で押されている気分になった。そんな息苦しさに耐えられなくて、世のあらゆることを自分に都合良く解釈してきた。それは、他人から向けられる好意に対してもそうだ。「ただの勘違いだ」「どうせ幻滅されるんだ」と、自分勝手に納得させて……気づいた時、ぼくの心は、自分でもどう壊せばいいかわからない分厚い殻に覆われていた。
ぼくは愛された存在ではないし、これから先も、誰かを心の底から愛せる自信なんかない。そんな自分が大嫌いだ。両親を心の底から敬愛できない自分が、大嫌いだ――頑なな殻の内側で反響させてきたお決まりのフレーズが、それだった。
それはいま、この時もそうだ。フレーズは木槌だ。それに心をぶっ叩かれる度に、背筋は曲がり、目元は落ち窪んで、愛想の仮面に磨きがかかる。
ぼくはますます社会が……他人が怖くなっていった。でも、その原因を誰に頼まれたわけでもないのに量産しているのがぼく自身だというのだから、これは本当に笑えない事態だった。
暗闇の世界で、ぼくはしばらく、なにをするでもなく、ただそうしていた。ベルやクレイたちのことも、思い出せそうで思い出せない。だから、これといった抵抗もせず、策も練らず、時のなすがままにしていると、ぼくを産んだ人の像が、勝手に脳内で結ばれはじめた。
その拍子に、胃の辺りに猛烈な不快感がはしった。きゅっと喉奥が狭まり、呼吸が浅くなっていく。異空間が身体に及ぼす精神錯乱が、身体に反応されているのかもしれない。母を想い出したせいだろうか? まったく、なんだってあの人は、ぼくのことを産んだのだろうか。
ぼくの母は地方の魔術史家の流れを汲む血筋の人で、小さな魔導教育校で教鞭を取っていた。彼女には、ほかに男の兄弟が三人いた。長男は冒険者専用の鍛冶屋を一代で築き上げ、次男は父親――つまりぼくの祖父と大喧嘩をした挙句、超大手ギルドへの入局推薦を蹴って芸術家の道を選び、南方のラウリア諸島へ移住した。もう長いこと連絡を取ってない。
そして三男。母より七つ下の弟。彼女がいちばん、愛情と憎しみを募らせている人物。幼い頃に重度の病に侵され、母曰く「命がけの看病」を経て奇跡的に恢復したのちに猛勉強に励み、いまではシュワルティア北部地方の大病院で魔導医総長の座に就いている。特に記憶領域の臨床研究で名が知られていて、過酷な地下魔構探索で精神に変調を来たした冒険者たちの治療に励む、魔導救命医療センター長も兼任している。
二人の間に、どういう出来事があったかは分からない。詳細は気になったけど、いくら身内でも触れてはならない最後の一線というのはあって、母も叔父さんも、そこには絶対に誰一人として立ち入らせようとはしなかった。
ただはっきりしているのは、母は名誉と地位を得た弟の凄さを自慢げに語る一方で、ときおり、まるで気でも触れたかのように悪口を言ったものだった。対して叔父さんといえば、実の姉であるからそれなりに母のことを気にかけてはいるものの、相手をするのも億劫だという態度が、当時子供だったぼくにも伝わってきた。年の終わりと始まりに集まる母方の親戚の総会で、叔父さんを見かけないときは幾度かあった。そういう時、母は決まって不満げな表情をしていた。
いや……いまにして思えば、母はきっと、あらゆることに不満を覚えていたのだろう。魔術史家の出でありながら、研究者の道を進む才能もなく、教師という立場に甘んじ、ついには何者にも成れなかった自分自身に苛立ちを抱きつつも、なんとか理性を保つために、あれこれと言い訳をする毎日。そうした挙句に、たいして好きでもない男と世間体のために見合い結婚し、教師の職を辞して家庭に入ってからの母は、きっと父のことも憎んでいたに違いなかった。
父は、商工ギルドに属する職人だった。冒険者や一般市民が利用する国用獣車の部品を作るのが、父の仕事だった。
優しい父だった。家族のために必死に働く人だった。朝早くに家を出て仕事場へ向かい、顔や手を煤煙で真っ黒に汚しながら黙々と汗水流して働く。そうして家に帰りついたころには、ぼくも母も寝床についた深夜の頃合いだった。休日も仕事詰めで、遊んでもらった記憶はほとんどない。ぼくの教育に口を出すこともなかった。ぼくが、ちょっとしたいたずらで家のものを壊してしまったり、学校の友達と喧嘩をして顔に傷をつけたときも、父はぼくの方をちらと見るだけで、とくにこれといった言葉をかける人ではなかった。
きっと父にとっての子供の教育というのは、母親の仕事であると割り切っていたのだろう。そんな父に、母はときおり、口にすべきではない言葉をぶつけて追い詰めていた。毎晩ぼくが寝静まった頃、二人が大声でぼくの事柄に関するさまざまなことを言い合っていた。ぼくは耳を塞ぎ目を瞑りながら、自分がふたりにとってどういう存在であるかを、十二歳のときに思い知らされた。
自分は、愛し合う両親から生まれた息子ではなかったのだ。
父が精神に変調を来し、叔父の運営する医療センターへ入院したのちに限界療養施設へ隔離されてからの母は、人が変わったかのように明るくなった。不機嫌さは鳴りを潜め、人生の暇つぶしの相手にぼくを選んだ。
――あなたは冒険者になるの。叔父さんは体が弱いからなれなかったけど、その代わり、あなたがなるのよ。立派な養成学校を出て、立派なギルドに入って、立派な冒険者になるの。そう決まっているの。
あれ?
おかしいな。
ぼくは、なりたくて冒険者になったんじゃないのか?
じゃあ、なんで冒険局で踏ん張っていたんだろう?
これ、誰の声だろう。
そうだ、母の声だ。
幻聴か? そうじゃない。
きっと、《囀り》に奪われたベル・ラックベルに関する記憶に引きずられるかたちで、昔の記憶が鮮明に蘇っているのだろう。
そこから逃げることはできない。過去から逃げることは、誰にも…………
ぼくは母の言われた通りの人生を送るしかなかった。どこかで母のことを恐れていたのだろうか。あるいは、憐れんでいたのかもしれない。母に逆らうという選択肢は、なぜだろうか、ぼくの中にはなかった。どうしようもない親だけど、それでも血の繋がった人だから、ぼくは彼女の期待に応えようと必死になった。
なにひとつ、母の願いを叶えることはできなかった。
それでも、母はぼくをあきらめてはくれなかった。王立養成学校の入学試験に失敗し、一流の大手ギルドへの入局試験にも失敗したぼくを待っていたのは『とにかくいま入った冒険局で一番の成績を上げなさい』という、愛情を人質に取った母の脅迫だった。
でも、それすらもぼくは叶えることができなかった。
人生に失敗した母の復讐の道具として育てられ、自分自身の人生について考える力を失くしたぼくは、本当の意味での落伍者だ。だから、ぼくは自分が嫌いだ。親の敷いたレールを外れて、往く当てもなくさまよい歩きながら、人生の意味について真剣に考えられない自分が嫌いだ。
……………………でも。
…………それでも。
……ベル・ラックベルといっしょに仕事をしているときだけは。
そんな自分を、少しだけ赦せることができたんだ。
「返せよ」
光すら届かない暗闇の異空間で、気づけば拳を握りしめていた。 上も下も前後左右もわからない。身体感覚の基準がすべて剝ぎ取られていて、ぼくは、どこに立っているのかさえ分からない。膝があるはずの場所に膝がなく、足裏の下には地面がない。落ちているのか浮いているのかも定かじゃないのに、内臓だけは重力を覚えていて、ずっと真下へ引っ張られている。
だからこそ、懸命に手を伸ばす。
「返せよ!」
喉が張り裂けるほどの声を張り上げても、音は自分の耳にすら届かなかった。声帯が振動している感触だけが生々しく残って、虚無の空間はそれをあっさりと呑み込む。肺が酸欠で焼ける。息を吸っても吸っても、胸が膨らまない。脳に酸素が回らず、目の前にチカチカと光点が瞬く。
悪夢から現実へ目覚めるときの、喉の奥が苦しみにもがくような感覚に襲われても。
四肢は鉛のように重く、それでいて、見えない鎖で逆方向に引きちぎられているみたいに痛んだ。筋肉という筋肉が攣り、歯を食いしばると顎関節が悲鳴を上げる。頭蓋の内側で、誰かがガラスを割り続けている。パリン、パリンと。記憶の破片を打ち砕き、別の破片を無理やり差し込もうとする音。
それでもきっと、闇の向こうに光は見えている。そのはずだ。ぼくが知らないだけで。
暗闇が、ぬるい泥水のように肺の中にまで入り込んでくる錯覚に、何度も何度も『ここでやめてしまえ』という誘惑が頭をもたげる。
もう叫ばなくてもいい。もう伸ばさなくていい。
もう何も、思い出さなくていい――。
そんな甘言に、指先がほどけそうになるたび、胸のどこかを鋭い棘が内側から刺し貫いた。
ベル・ラックベルという名の棘が。
もう、自分を憐れむのは終わりにしよう。
「ぼくを、返せ!」
すさまじい向かい風が、はるか遠くの虚無から吹き荒れてきた。皮膚がはがれる勢いで闇の風が頬を打ち、背中を鞭打ち、眼球を乾かしにかかる。涙も唾も、声も、ぜんぶ風に剝ぎ取られていく。
それでも、負けじと必死に手を伸ばし続けていると。
ぼくの右手が、たしかに何かを掴んだ。
▲▲▲
叫喚――右腕を中心に、からだの細胞ひとつひとつが震えるような感覚に襲われ、ぼくは目覚めた。
視界を覆うのは、逆光。沈みゆく太陽を背に、巨大な影がぼくを包み込んでいる。
「――!」
どこからか吹いてきた風が、地上から響く仲間たちの声ごと、ぼくを浚った。暖かな手の感覚に、心の落ち着きを取り戻す。
「おいトム!」ダエラさんの張り上げる声が、すぐそばで聞こえる。「気ぃ張ってけ! お前、やったぞ!」
老練の冒険者に宙で拾われ、巨竜の背に乗せられたぼくは、心の底から待ち望んだ光景を目に留め、でもそれがすぐに現実のものだとは受け入れられなかった。
太古の時から目覚めた《魔王の遺産》――《囀り》が、崩壊をはじめている。
黒い巨躯が、ゆっくりと折れる。砲塔が落ち、腹部が見えない力に圧し潰されるようにひしゃげていく。全長百メートルを超える影が、空を覆いながら傾いでいく。まるで、夜そのものが街に堕ちてくるみたいに。
機関部から緊急警報音にも似た悲鳴が轟く。世界の秘密を暴くかのように黒い外装が雪のように舞い落ち、内部構造を次々に露出しながら、半壊の《嘲り》が落下速度の勢いを増していく。
もの凄い風圧が真正面から襲い掛かってきた。ダエラさんが四肢に力を込めながら、懸命に翼を羽ばたかせる《ワイズ》へと叱咤を飛ばす。ぼくといえば、両腕を目一杯に広げて巨竜の首元に抱き着くような態勢になりながら、ねじれる空気の荒縄を振り切るのに必死だった。
「ああ、でもまずい!」初めて聞く、ダエラさんの焦り。「このまま落下したら、被害がさらに広がっちまう!」
いよいよ完全なる崩落の兆しが見えたその時、《囀り》の中心から、巨大な感光膜を彷彿とさせる幾重もの光の帯が放たれた。帯は互い互いに複雑に絡まりながら、激しい渦を戦域全体へ拡散し、崩壊したズィータの街に虹色の雨を降らせた。
幸福の記憶だ――そう自然と呟いていた。
自ずとわかった。光の帯におぼろげに映り込む、名も知らない人々の朗らかな笑顔。髪の長い少女、オッドアイの青年、杖を持つ老人、背景に映り込む風景、建物、動物、植物たち……
幸福の記憶の持ち主の多くは、すでにこの世を去った後なのだろう。そうとは知らないのか。闇の奥深くに溜め込まれていた或日の幸せの奔流は、還るべき主を失くした哀しみに荒れ狂っていた。それは凄まじいエネルギーの嵐だった。眼下を見れば、地面が液体のように波打ち、砕かれた家屋は土ごと根こそぎ持ちあげられ、冒険者たちの顔や背中へ弾丸のように降りかかっていた。風の勢いは留まるところを知らず、小規模の竜巻を生み出すまでに至り、瓦礫や土埃が宙に浮かぶぼくらのほうにまで逆流してきた。
「なにか巨大な力でアレを吹き飛ばさねぇと、ズィータが――」
「大丈夫です。ダエラさん」
この期に及んでも、どこか落ち着き払った元E級冒険者の声を前に、SS級の熟練冒険者は怪訝そうに眉根を寄せて振り返るしかなかった。『こいつはなにを言ってんだ?』って感じの表情。おもわず苦笑した。
「なにか策があるのか?」
「そうでなかったら、大丈夫なんて言いませんよ」
ダエラさんが閉口した。
ぼくは巨竜の背に両腕でしがみつきながら、崩れていく古の巨像を竜の角越しに見つめた。
自分が冒険者として、誰のために、何を為すべきかはわかっていた。
《夜のはじまり》――選べなかった過去への屈辱と、ないものねだりの未来への執着。そして……なけなしの勇気。それらから成る、ぼくのたったひとつの武器。影響紡ぎを影響紡ぎたらしめている専用魔道具。
これを読んでいるみんなはご承知の通り、ぼくのそれは特別製。魔導移植手術を経て、このからだと直接接合されている。つまり、こいつは道具であり身体の一部。だから、自ずと感覚できた。異空間じみた《囀り》の構造内へ飛び込んだことで、腕部内部に格納された呪文刻印針が、異質な変性を遂げていることに。
だったらきっと、できるはずだ。
いや、無理でもやるんだ。
おそるおそる、風の向きに逆らいながら、右腕を前方へ伸ばす。
ぜったいに、ここで終わらせるんだ。
彼女と、ぼくのために。
「闇は、夜に還してやるのが、いちばんです」
詠唱、そして指弾――【ディレクション】の魔導効果。
右手の五指それぞれから、細く鋭い光の線がほとばしり、直線の軌跡を描いて走る。ぼくがよく知る断絶空間形成の軌跡じゃない。
不発か? 違う。
《囀り》は、もはや崩落寸前。その巨躯を構成する部位は、とっくに分離しているのだ。ひとつひとつを拾い上げて空間内に押し留めるのは、現実的な作戦とは言えない。
だったら、発想を逆転すればいい。
《嘲り》を世界の中で【切取】するんじゃなく、この世界そのものから【切取】してやればいい。
「動きが……止まった……」
ダエラさんが唖然として呟きを落とす。異変に気付いた地上の冒険者たちが騒めいているのがわかった。
異常な力を手に入れた《夜のはじまり》。そこから放たれた光線に貫かれた拍子、凄まじい速度で地上へ落下していた《囀り》の動きが、嘘のように静止した。まるで、時間ごと存在を切り取られたかのように。
「よしっ……!」
いける。このまま【編集】で置換を実行すれば――
だが、動作を次に移そうとした刹那だった。
右腕から鼓膜を鋭く貫くような音が響いたかと思いきや、瞬きをするよりも早く、砕け散った。
しまった――!
負荷がかかりすぎたのか。
破片舞い散る《夜のはじまり》。あとほんの少しで勝利をつかみ損ねた、変わり果てた姿のぼくの武器。
右腕を襲う痛みに対してじゃなく、絶望に顔が引き攣る。涙すらも流れてはこなかった。
(なんでだ――!)
なんでいつもこうなんだ。
肝心なところで、どうしていつもぼくは――
でも、そのときふと、予感するものがあった。
ぼくの誇る最大の武器が、もうひとつあることを。
「バードウッド先輩!」
ほら、やっぱり。
宙に散らばる、力の残骸。折れた呪文刻印針の欠片。その向こうに、純白の背中と、それを守るようにして立つ白金の甲冑を見る。
「あとは……」「私たちに任せてください!」
新たなる人生の門出を迎えた二人の共同作業。拳と剣のそれぞれに込められた、圧倒的な魔導効果が、静止したままの《囀り》に向かって炸裂する。ベル・ラックベル……いや、ベル・オーガストの細く、しかし偉大な力を秘めた拳が空間を叩き、クレイ・オーガストの魔大剣が、黒い巨躯を構成していた装甲、内部機構、魔力回路をまとめて一刀両断する。
《囀り》の全身から、機械の悲鳴が轟く。
ぼくらは、たしかに目撃した。
激しい魔力の粒子に全身を包み込まれた暗黒の巨躯が、次第にその姿を細かな光の粒子へと変じさせるところを。
そうして――時代を超えた大魔王の悪意は、跡形もなく、この世界から消し飛んだのだった。
「や……」
やったぞ――――
エディ、キレート、ナタリア、《星の金貨》に《陽だまりの大樹》。急遽応援にかけつけてくれた、その他大勢のギルドの冒険者たちが、大地を震わせるほどの歓声を上げた。
互いに魔道具を捨てて抱き合う者。嬉しさを我慢できずに飛び跳ねる者。感極まって泣く者。ほっと胸を撫で下ろす者。騒ぎに気付いて目覚める負傷者。災厄の去ったズィータの街に、思うところありといった視線を投げる者……たくさんの反応を、ぼくはたしかにこの目で見た。
(ああ、そうか)
気づけば太陽は沈んでいる。空には、星が瞬き始めている。
脅威は確かに去ったのだ。それを確認できただけでも、良かった。
まぶたが重い。ダエラさんがなにか言ってる。
ベル・ラックベルが、宙を跳んでこっちに駆け寄ってくるのがわかる。
(きみに、伝えたいことがあるんだ)
でも、それはまた今度の機会でいいだろう。
ぼくは、静かに瞼を閉じた。
夜のはじまりに、迎えられるように。




