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嘘つき聖女と眠らない海賊  作者: 山本風碧
19/32

18 それぞれの正義

 起きると船はもぬけの殻。慌てて起き上がったは、するするとマストを登り見張り台にたどり着く。そして望遠鏡を取り出すと、港町をじっと見渡した。

 彼の良い目は、やがて波止場の露店の間を歩く二つの影を見つけた。とたん、肩を落とす。


 ブラッドは後ろを小動物のようについてくるアンジェラに歩調を合わせている。人混みをかき分け、アンジェラの盾になっていた。

 呪いが発動しないように、だと思いたかったが、どこか楽しげな雰囲気にはそれ以外の感情がにじみ出ているように思えて仕方がなかった。


「……調子に乗りやがって」


 やがて船の上に小さな声が落ちる。縁を握りしめた手はふるふると震えていた。



 *



「ん……あぁ???」


 がん、がん、という激しい音にジョシュアは飛び起きる。


「おや、いつにない早いお目覚めだな!」


 楽しげな声のする方を見ると、船員たちが船室の壁を修理していた。


「あれ……嵐は? ブラッドは──アンジェラは!?」


 思い出した。ジョシュアは海に投げ出されそうになったアンジェラをとっさに掴んで、意識が飛んだのだ。ロープがあるのはわかっていたというのに。


「ブラッドもアンジェラも無事。っていうかみんな無事さあ」


 思わず全身の力が抜ける。

 よく助かったな、と正直に言うと思った。


「三日前に過ぎ去った。ブラッドがやってくれたぜ。さすが無敵艦隊だ」


 その異名は久々に聞いたなと苦笑いをしつつ、ジョシュアは首を傾げた。


「三日前?」


 早すぎる。


「だから言ったろ。起きるの・・・・早すぎるよな? お前も呪い持ちだったかぁ?」


 そう言うのは勘違い野郎のサミーだ。彼がアンジェラに触れたときは、確か一週間は眠っていた。


「ちょろっとしか触らなかったからだろ。まぁ、俺も感触が思い出せないくらいだったが……惜しいことした。今度触るときはいっそがばっと行くぞ」

「……下手したら死ぬぞ」


 やれやれと思いつつも謎は消えない。

 横を見るとまだいびきをかいている男が一人。個人差があるのだろうか。……ふと、あの時ここに居たもう一人の姿が見えない事に気がついた。

 確か、彼もここで眠っていたはず。なぜなら、彼女を助けようとして一番最初に手を差し伸べていたから。


「あいつは?」

「街に降りていったよ。なんか怖い顔して急いでたけど」


 ジョシュアはなんだか嫌な予感がして、動かない体を叱咤して起き上がった。



 *



「居たぞ! 獲物だ!」


 見張り台から声が落ちるとともに、船が一気に慌ただしくなった。

 船は修理が終わったあと、南へと下った。狩場があるのだとは聞いていたけれど、これから行われる行為に対しては、アンジェラは何も想像していなかった。

 凶暴さがにじむ勝鬨の声を上げる船員たちを見渡して、アンジェラは体を硬直させた。


(獲物……そうだ、この人達って……海賊、よね)


 今までにそんな様子があまり見られなかったから、いい人のように思えていた。だが、人のものを不当に奪うのが彼らの家業。

 それが今から始まると思うと、逃げ出したくなる。


「怖い?」


 隣にいたジョシュアが尋ねる。アンジェラはうなずいた。


「なにしろ嵐のせいですっからかんだ。稼がなけりゃ、食っていけない」

「でも、奪われれば、……困る人がたくさんいると思うのです」


 修道院で育ち、人を慈しめと教えられたアンジェラにとって、人を害する行動はとうてい許すことができない。


「そうだよねえ。だけどアンジェラちゃんがここで食べたものは全部そうやって手に入れたものだよ?」

「それは、そうですけれど! だけど、もっと方法があるはずです」

「方法って?」

「…………」

「その方法がわからないんじゃあ、きれいごとだよなあ。だって海賊なんてお尋ね者、今更正当な方法では稼げない。ごろつきに生まれた以上、一生ごろつきでいるしかないんだよ、帝国(この国)じゃあ。アンジェラちゃん、俺たちに死ねって言ってんの?」


 不穏な言葉を吐く割に、ジョシュアはのほほんとしている。

 アンジェラは唇を噛んだ。


 彼にとっては今の生活が正義なのだ。

 そしてアンジェラは今まで修道院という箱庭の中で、守られてぬくぬくと生きていただけ。

 たまたま、修道院に捨てられたというだけなのだ。もしそうでなかったら、海賊船に捨てられていたなら──彼らと同じように奪って生きていたかもしれない。

 とても反論が思い浮かばなかった。


 海賊がまともな生活をするために、アンジェラにはできることがなにもない。

 自分の世間知らずさに絶望していると、ジョシュアがニヤリといたずらっぽく笑った。


「ちょっといじわるだったかな……まあ、見てなって。俺は《アイツの答え》は割と気に入ってる」

「え」


 アンジェラが目を見張ったときだった。


「今だ、打て──!!」


 ブラッドの声がした直後、大砲の音が空気を震わせた。


「え!? な、なに──大砲!?」


 そんな物騒なものが載っていたとは思いもしなかった。いや、海賊が家業であるならば当たり前なのかもしれないけれど。

 ブラッドが舵輪を右に、左に回すと、そのたびに船が大きく揺れる。そして一気に視界に別の船が現れる。いつここまで近づいたのだろうと思うくらいの速さだった。

 そして、ブラッドは舵輪をジーンに任せると、自らは刀を抜いて隣の船に飛び乗った。アンジェラは目を疑う。

 隣に現れた船には、おどろおどろしい髑髏を象った旗がなびいていたからだった。

 そして船の上には薄汚れたボロ布を体に巻いてギラギラとした目をした、いかにも《ならず者》たちの姿があった。


(え、こういうのが、海賊っていうんじゃ……)


 アンジェラの頭の中の海賊のイメージと現実が初めて合致した。


「ど、どういう、こと?」

「俺たちは義賊だ。ブラッドが略奪を許さないから。海賊から取り返して、報酬を受け取る」

「ぎ、ぞく……?」


 目を白黒させるアンジェラの隣で、ジョシュアは楽しげに叫ぶ。


「おらー、みんな! 稼げ! 全部残らず没収!」


 船員たちはいきいきとしていた。一方、相手の船の船員はブラッドを見たあと「うそ、だろ……ライゼンテ号? あのブラッド・ホートリーの率いる?」と、なぜか戦意を喪失した様子だった。


「船長! なんで戦わないんっすか!」


 ジーンくらいだろうか。十代くらいの若い海賊だけが粘っている。だが船長らしき海賊帽をかぶった男は「こいつらとは昔やりあったことがある。命が惜しけりゃ降伏するしかない」と絶望を顔に貼り付かせている。

 ブラッドがそんな船長に近づく。

 船長は一気に老け込んだ様子で、顔は蒼白だった。


「あんた……二十年前のまま……やっぱりそうなのか・・・・・


 ブラッドは「なんのことだ?」と小さく笑う。


「頼むよ見逃してくれ。あんただって知ってるだろ。俺たち海賊は帝国にくみしたくねえ。だからこうするしかねえんだ。奴らは俺達、セヴァールから奪った。だから奪い返してるだけだ! それの何が悪い」


 すがるような船長に対しても、ブラッドは冷淡に返した。


「たとえ帝国が悪だとしても、帝国の民は悪ではないと思うんだが? お前たちの奪っているのは、帝国のものではない、俺達と同じ・・・・・庶民のものだ・・・・・・


 船長の目が威嚇するようにブラッドを見た。


「いやっすよ、そんなの俺は! 船長だって言ってるじゃないっすか。これはもともとはセヴァールのものだって。簡単にわたしてたまるもんか──」


 海賊の刀が、ぎらりと光り、ブラッドの背に突き立てられる。アンジェラは悲鳴をあげた。


「ブラッド!!!!」


 だが、船員たちはうわあ、と顔をしかめるだけ。誰も慌てない。


「痛いな」


 つぶやいたブラッドは、軽々と背の刀を抜いた。そして、まるでかすり傷だとでも言うような顔をして振り向いた。


「な、な……な……ばけもの……」


 わなわなと震えたかと思うと、腰が抜けたのか海賊はその場にへたりこんだ。


(あぁ……死なないって、こういう……)


 アンジェラは思わず声を失ったあと、ふっと気が遠くなった。




「アンジェラちゃん」


 目が覚めるとアンジェラは甲板の上で寝かされていた。

 船の上は未だ騒々しく、大きな掛け声とともに荷物が次々に甲板に運び込まれている。

 それをぼんやりと眺めていると、心配そうな顔をしたジョシュア、それからパーシヴァルの顔が視界に入った。

 とたん、アンジェラは気を失う前のことを思い出す。


「あ、わたし……」

「ちょっと刺激が強すぎたかなあ。ちゃんと話したことはなかったもんね、ごめん」

「あの……ブラッドさんは?」


 パーシヴァルがアンジェラから視線を逸らす。彼の視線の先を見ると、そこではブラッドがテキパキと船員に指示を出していた。まるでさっきの出来事が嘘みたいに。

 呆然とするアンジェラに向けてパーシヴァルは、静かに口を開いた。


「あの方は、死なない。そして、老いない」


 ジョシュアは悲しげに顔を歪めた。


「そんな誰もが夢見るあの力を、あいつは《呪い》と呼ぶんだよ」

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