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かりそめの妻でよかったはず、なのに  作者: しきみ彰


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3/20

 それから、シエナはいつもセレスティアとイライアスと一緒だった。

 遊ぶのだけでなく、勉強をするのも、行儀作法を習うのも、すべて一緒だった。


 最初のうちは呆れていたそれぞれの親たちは、しかし三人でやったほうが明らかに成績が上がり、上達が早まるのを見て何も言わなくなった。むしろ率先して三人でやれるように取り計らってくれたのだ。


 おしとやかな見た目とは裏腹に活動的で、突拍子もないことをしがちなセレスティアと、そんな彼女に呆れながらも一緒に行動するイライアス。

 本来であれば部屋で本を読んだり、手芸をしたり、お菓子を作ったり、というほうが好きなシエナにとって二人はまったく真逆と言っていいほど好みも趣味も違ったが、それでも苦ではなかった。


(だって二人はどんなに前に行っても、私を置いていくことなんてなかったから)


 それがどんなに嬉しいことなのか、二人には分からないだろう。

 ときには喧嘩することもあった二人だが、間に入ったシエナがとりなしたり、持ってきたお菓子を出せばすぐにつられて仲直りした。


 ずっとずっと、変わらない。変わらなければいいのに。

 そう思いながらも過ごしていたある日。


 ――シエナにとって、大きな変化が起きた。





「ねえ、二人とも。夏に新しく買った別荘に行くことになっているのだけど、一緒に行かない?」


 そしてそれが起きたのは、シエナが十三歳、セレスティアとイライアスが十一歳のときだった。

 セレスティアがそんなことを言ってきたのだ。


 今日も今日とて三人で勉強をし、課題を無事に終わらせた後のティータイムでのことだった。

 それを聞いたイライアスは、首を傾げる。


「あれ、でもレニエ夫人は今、お腹に子どもがいて、そろそろ出産だって言ってなかったか? そんな状況で別荘に行くのか?」


 そう言うと、セレスティアはぐっと唇を噛み締めて俯いた。


(ああ、これはまずい……)


 そう思ったシエナがこつんと靴先でイライアスの足をつつけば、彼はしまったという顔をした。


「あ、ああ! 別荘! いいな! 俺、行きたい!」


 あからさまな演技だが、今回ばかりは花丸だ。明日、彼が好きなチョコレートケーキを作ってあげよう。

 そう思いながらも、シエナは満面の笑みで頷いた。


「私もいいと思うわ。誘ってくれてありがとう、セレスティア」

「うん! 二人と一緒に行くの、楽しみにしてるわ!」


 先ほどの落ち込んだ顔とは打って変わり、満面の笑みを浮かべたセレスティアを見て、シエナは心の底から安堵したのだった。



 *



 翌日、シエナはチョコレートケーキを口実にしてイライアスを屋敷に呼んだ。

 庭の四阿でいざティータイム、となる前に、シエナは彼に釘を刺す。


「お菓子を食べる前に!……イライアス、これからはもっと考えて発言しなきゃだめよ。セレスティアにとって今、お腹の子どもの話は禁句なんだから」

「……はい、ごめんなさい、シエナ」


 そう、セレスティアにとってお腹の子どもに関する話題は、触れてはいけないものなのだ。

 というのもそれは、レニエ侯爵家の事情にある。


 レニエ侯爵家は長い間、セレスティア以外の子どもに恵まれなかったのだ。十歳の頃まで彼女が未だに一人っ子だったのもそれが理由である。

 しかし一年ほど前にようやく、待望の第二子を妊娠したのだ。そしてそろそろ出産ということで、レニエ侯爵家の人たちは皆、それにかかりきりになっている。それが、セレスティアに疎外感を与えていた。


『弟か妹ができるんだって。わたし、お姉さんになるんだって。……それってそんなにいいものなのかな』


 ぼんやりとした表情でそう語ったセレスティアは、それ以降明るくふるまってはいたものの、第二子の話題になると落ち込んだり機嫌を悪くするようになった。だからシエナは自分たちといる間はできるだけ、そのことに触れないようにしようと思っていたのだ。


(前に話をしたら、私のお姉様とお兄様も、同じ疎外感と不安を覚えたって言っていたし……)


 シエナには六歳年上の兄と、三歳年上の姉がいる。二人共、当時は今のセレスティアと同じ悩みを抱えていたらしい。

 しかし二人共、今となっては妹たちを溺愛していた。特に末っ子であるシエナのことを、二人は目に入れても痛くないくらい可愛がってくれていた。つまり、子どもが生まれれば、セレスティアの気持ちに変化が起きる可能性は十二分にあるのだ。


 それにレニエ侯爵も夫人も、子どもに対して差別するような人たちではない。子が生まれればきっと自然と問題は解決するはず。

 だからイライアスにも、「セレスティアの前ではできる限り触れないように」と事前に説明しておいたのにこれだ。


(この素直さが、イライアスのいいところでもあるのだけど……)


 そう思いつつも、シエナはしゅんと落ち込んでいる彼を見てくすりと笑った。


「……でもその後、すぐに話題を変えたのはえらかったわ。だからご褒美に、イライアスが大好きなチョコレートケーキを作ったのよ、食べる?」

「! う、うん!」

「ふふ。召し上がれ」


 そう言ってケーキを差し出せば、瞳をキラキラと輝かせたイライアスが、口いっぱいにケーキを頬張った。口の端にクリームがついてしまっているのが歳相応で可愛らしい。


(出会った頃よりも身長も伸びてずっと大人びたと思ってたけど、こういうところはまだまだ子どもよね)


 そう思いつつもシエナが口元をハンカチで拭ってやれば、イライアスは「自分でできるから」と顔を赤くしながらそっぽを向いた。


(ふふ、可愛い)

 シエナが頬を緩めていると、ケーキをちゃっかりお代わりしながらイライアスが言う。


「そ、そんなことより! じゃあさ、別荘ではセレスティアの好きなことをたくさんしようよ! たとえば、乗馬とか!」


 それを聞いた瞬間、シエナはぴきりと固まった。


(……乗馬……)


 確かに、セレスティアは乗馬が好きだ。というより、体を動かすこと全般が大好きだ。なので乗馬はもちろんのこと、ダンスも好きなのだが。


(私は逆に、体を動かすことが得意ではないのよね……)


 ダンスも乗馬もできるが、得意とは口が裂けても言えない。

 それにシエナはついこの間までポニーに乗っていて、最近になってようやく大人の馬に乗り始めたところなのだ。


 しかしセレスティアとイライアスは体を動かすことが好きなので、もう随分前から大人の馬を乗りこなしていたと聞く。そんな二人について行くのであれば、背の高い馬であることは確実だ。


(何より……この中で一番のお姉さんなのに一人だけポニーに乗るのは恥ずかしい……!)


 シエナは、イライアスが帰ったら早速、兄にお願いして訓練の時間を増やそうと思ったのだった。

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