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かりそめの妻でよかったはず、なのに  作者: しきみ彰


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2/20

 シエナがイライアス・クルーニー伯爵令息とセレスティア・レニエ侯爵令嬢に出会ったのは、十歳の頃。王都にあるレニエ侯爵邸にある庭の一角でだった。


 ガルシア家の伯爵令嬢であった彼女が二歳下の二人と引き合わされることになったのは、ひとえにその容姿の華やかさのせいだった。


 赤髪に、オレンジ色の吊り目。

 その上、三歳年上の姉の気が強く、事あるごとに周囲と対立していたこともあり、シエナは周囲から穿った目で見られるようになっていた。


 歩いていただけで気の弱い令嬢からは遠巻きにされ、いかにもなグループからは毛を逆立てた猫のように威嚇される始末。

 本人は至って普通の感性を持っているのにそれでは、友人なんてできっこない。


 挙句、いじめの現場に遭遇して助けたとしても、助けた相手に怯えられてしまうのだ。何をどうやっても解けない誤解に疲れてしまったシエナは諦めて、他人の前では自分本位に振る舞い、家族にだけ素の姿を見せるようになっていった。

 だからシエナはいつも、外では一人きりだった。


 そしてそんなシエナを見兼ねた両親が、信頼できる家系の子どもを紹介してくれたのだ。

 それが、イライアスとセレスティアだった。


(また疑われてあることないこと言われるのは嫌)


 そう思い、警戒心を強めていたシエナに対し、セレスティアは目を輝かせながら言った。


「わあ……! 貴女、綺麗な赤い髪をしているのね!」


 シエナはぽかんとした。だって今まで、そんなふうに容姿を褒められたことなど、家族以外ではなかったからだ。


「それにとっても強そう!」

「……つ、強そう……?」

「ええ! きっと見た目でか弱そうに見られたりしないんでしょうね……」


 そう言うセレスティアは、銀髪に紫色のたれ目をした少女だった。まるで星屑が散っているような輝きを持つ銀髪は綺麗で、キラキラ輝いて見えた。瞳の色はまるでラベンダーのようだ。

そんな容姿だからか、セレスティアはとても儚げで、風が吹いたら攫われてしまいそうに見えた。しかしその口ぶりからは、その見た目のせいで穿った見方をされているようだ。


シエナは少なからず共感する。それもあり、彼女は普段とは違いとても素直に話ができた。


「……でも何もしていないのに、意地悪をしているって言われるわ。いじめていないのに怯えられるし……」

「そうなの? 皆、見た目で判断するのね……うんざりしちゃう」


 そしてその予感は的中する。

 セレスティアは、見た目よりもはきはきした少女だったのだ。


「本当にひどいと思わない? 見た目のせいで庇護欲が湧くとかで勝手に男の子が寄ってくるの。それなのに女の子同士の場でちょっときついことを言うと、『男の子の前で媚びてる!』って言われるのよ! 媚びてなんかないわ、ただ面倒臭いから男の子の前ではできる限り口を開かないでいるだけよ」


 むしろ口を開けば予想外の毒舌で、シエナは驚いてしまった。

 そんなセレスティアをたしなめるのはイライアスだ。


「セレスティア、落ち着けって。シエナは歳下だぞ、困らせるなって」

「あ、ごめんなさいね。つい思い出して憤っちゃった」


 ちろりと舌を出して肩をすくめるセレスティアは、シエナを見て微笑む。


「ねえ、シエナって呼んでもいい?」

「え? う、うん」

「ねえ、シエナ。わたしたち、とってもいい友人になれると思うの。貴女もそう思わない?」


 どこか確信したような口振りで、セレスティアは首を傾ける。普段のシエナだったら、それに対してつっけんどんとした態度を返していただろう。

 しかしこの日ばかりは違った。


(なんだろう。私も、彼女とはとってもいい友人になれる気がする……)


 初めての予感に、胸がドキドキと大きな音を立てて鳴っていた。

 この上ないくらいの期待感と、心にわずかばかり浮かぶ不安。

 しかしシエナはそれを振り払い、一歩前へと足を進める。


「……ええ、セレスティア。私もそう思うわ」


 瞬間、セレスティアの表情がまるでお日様のようにぱあっと明るくなった。

 そのあまりの眩しさに見惚れていると、ぐいっと手を引かれる。


「わっ!?」

「やったわ! じゃあわたしたち、これからは親友ね!」


 そう言うセレスティアは、シエナだけでなくイライアスの手も取ってぐんぐん前へ進んでいく。それこそ、シエナが躊躇っていたものなんておかまいなしに。

 足がもつれそうになるのをなんとかこらえながらそれに釣られていると、なんだか楽しくなってきた。

 だって、友人を飛び越えていきなり親友になってしまったのだ。しかし不思議と、それが全然嫌じゃなくって。


(……ほんと、おかしい)


 おかしいはずなのに、楽しくて、面白くてたまらない。シエナは声を上げて笑った。

 そんなセレスティアに連れられて向かったのは、庭だ。


「ここはね、わたしのとっておきなの!」


 それは、ラベンダーがこれでもかと植えられた庭だった。

 どことなく甘くてやわらかな香りと、視界いっぱいに広がる紫色の花畑に、シエナは目を細める。


(……きれい)


 ラベンダーは自身の屋敷でも見ているのに、今日見るこの庭は特に美しく見えた。それはきっと、セレスティアにとってのとっておきの場所を紹介してもらったこともあるのだろう。

 何より美しいのは――


「見て見て、シエナ! これを使って花冠を作りましょ!」

「いや、セレスティア。君は不器用なんだから、花冠より指輪を作ってみなよ。なんでも小さいことからコツコツと、だよ?」

「うるさいわね、イライアスのくせに!」

「イライアスのくせに、ってなんだよ!? 君が泣き出す前にアドバイスをしただけだろう!?」


 隠し事も遠慮も欠片もいらない、この空間だった。

 ずっと、シエナが欲しかったもの。


(この関係が、ずっと続きますように)


 そう願いながら。

 シエナは二人と一緒に花冠を作った。

 そしてその日摘んだ一輪のラベンダーは押し花にして、栞へと加工したのだ。

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