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墓前で座り込み涙を流すシエナを見て、モニカは思わず言葉を失ってしまった。
「セレスティア……今年も遅くなってしまって、ごめんなさい。……こんなものしか贈ってあげられなくて、ごめんなさい……」
悲嘆に暮れて謝罪をするシエナの姿は憔悴しきっていて、とてもではないが結婚して幸福な人生を送っている女性には見えなかったからだ。
しかし、トレイシーはそんな姿を見ても止まらなかった。
シエナのことを見つけたトレイシーは、目にも留まらぬ速さで彼女のところまで駆けた。
「なんであんたがここにいるんだよ!」
そして開口一番吐き捨てた一言を聞き、モニカは慌てる。まさか息子がそんなふうに暴走するとは思わなかったからだ。
「ちょ、ちょっとトレイシー! なんてことを……!」
そう叫んで、ドレスの裾を掴み駆けたが、距離が開きすぎて声は届かない。その間にもトレイシーの暴走は続く。
「あいつと結婚した女が何の用だ! 姉上はあんたを親友だと思っていたのに!」
「それは……!」
「帰れ! 姉上を裏切った女の顔なんて見たくない!」
トレイシーのひどい暴言に、喪服に身を包んだシエナは、ひどくショックを受けた顔をした。
そこで、ちょうど追いついたモニカが息を切らしながら叫ぶ。
「トレイシー! いい加減になさい!」
「ですが母上!」
「どんな理由があったとしても、そんな暴言を泣いている女性に言って良いわけがないでしょう!?」
そう憤るモニカに対して反論を述べたのは、トレイシーではなくシエナだった。
「いえ、いいんです。レニエ侯爵夫人。私が、人としての道理に反することを行なったのは事実です。本当に申し訳ありませんでした……」
シエナは、泣くでもなく怒るでもなく、ただ静かにそう言う。その瞳が涙に濡れながらも、しかし確かな光を灯した瞬間を、モニカは見た。
「ですがどうか……どうか、彼のことは嫌わないでくださいませんか? 彼は本当にセレスティアの死に心を痛めていたんです。そんな彼を見ていられなくて、そしてもう一人の親友を失うのが怖くて、私がわがままを言ったのがこの結婚の真相です。……そんな私がお墓参りになど来てしまい、申し訳ありませんでした」
「シエナさん……」
「……見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。私がここにいてもご不快でしょうから、そろそろ失礼しますね。……もう、ここには来ませんので……っ」
そう言って立ち去ろうとするシエナの片手を掴んで、モニカは止めた。
「待って! シエナさん!」
「っ……」
「ねえ、シエナさん。もし悪いと思っているのなら、わたしにセレスティアの話をしてくれないかしら?」
「……え……?」
ここでシエナを引き留めたのは、この機会がなければもう二度と彼女と話ができないと感じたからだ。何より、深く傷ついている愛娘の親友を放り出す選択など、モニカにはなかった。なのでどんな手段を使ってでも引き留めて、温かいところで話をしようと決意する。
トレイシーが何か言いたげな顔をしてこちらを見てきたがそれを視線で黙らせつつ、モニカは続けた。
「あの子が亡くなってから、家族の間でもあまり話さなくなってしまったの。でもわたしはそれが寂しくてね……どうかしら?」
「で、ですが、私でいいのでしょうか……」
「むしろ、あなた以外誰がいるの? だってあなたはセレスティアの大親友じゃない!」
戸惑った様子のシエナだったが、『大親友』という言葉を聞いた瞬間、ぼろりと涙をこぼす。
「ちょ、ちょっと、シエナさんっ?」
「も、申し訳ありません……もうしわけ……っ」
謝り続けるシエナ、堰ききったように止まらない涙。それに動揺するトレイシー。
パニックになってただただ謝り、涙を流すシエナを宥めながら、モニカは屋敷へと戻ったのである。
それからシエナを宥めたモニカは、理由をつけて彼女を泊まらせ、温かい風呂と食事を提供し、落ち着いたところであの手この手を使って彼女の事情を聞き出す。
その結果分かったのは、イライアスが自殺未遂を仕掛けたこと。シエナが結婚したのは、そんな彼が唯一心を許したのがシエナで、彼女自身がそれを望んだからだという。
いつも命日の後に墓参りに来ていたのは、それより以前だとイライアスの精神が不安定になるから。
「それでも、最近は大分回復したんです。だから今、王都に戻るために頑張っていて……」
「セレスティアのことも、忘れてなんていません。忘れられないから、彼はずっと苦しんでいるんです……」
シエナは、終始イライアスについて話し、彼がいかに努力をしているのかをモニカに語ってくれた。
モニカは言葉を失った。確かに憔悴しきっているという話は聞いたが、まさかそこまでの行動を起こそうとしたとは知らなかったからだ。
だが同時に、そんな不祥事をクルーニー伯爵家が黙っていたことに理解を示す。なんせイライアスは次期当主、そんな彼が自殺をするくらい追い詰められていると知られれば、息子にその資格がないと見なされる可能性が出てくるからだ。きっとモニカが同じ場面に遭遇したなら、彼女だってそれを隠そうとするだろう。
何より驚いたのは、シエナがそんなイライアスのために献身的な看病を続けているということだった。
一緒に話を聞いていたトレイシーも、思ってもいなかった事情を聞いて言葉を失っている。それくらい、今の彼には衝撃的な内容だったのだろう。
誤解が解けたことにほっとしながらも、モニカは気づいたのだ。シエナ自身も、セレスティアの死にひどく心を痛めていたということを。
「セレスティアのことを忘れていないのは、シエナさんも同じよね」
「……え?」
「だってあの子のことを考えてなかったら、墓前で涙を流したりなんてできないもの」
シエナが目を丸くする中、モニカはシエナをそっと抱き締める。
「あの子のことをずっと覚えていてくれて、忘れないでいてくれて、ありがとう。シエナさん」
「っ!!!!」
その言葉を抱擁を受けたシエナはボロボロと泣き続け、そしてそのまま泣き疲れて眠ってしまったのだ――




