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かりそめの妻でよかったはず、なのに  作者: しきみ彰


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 そうしてなし崩しに、イライアスはレニエ侯爵家の門をくぐることになってしまった。

 イライアスの想定では、もっとこう真面目な空気で訪問し、頭を下げようと思っていたのだが。


(もう、そんなシリアスな空気ではなくなってしまった……)


 通されたガゼボにはテーブルとチェア、そしてたくさんのお菓子と紅茶が並んでいて、完全にティータイムといった風だ。とてもではないがそんな雰囲気ではない。

 同時に、この独特のペースに懐かしさを覚えた。


(そうだ……セレスティアはいつもこうだった)


 気がついたらなんでもしていて、突拍子もない行動を取ってばかりだった。イライアスが彼女と友人になったのも、最初はそんな彼女について行けるくらい体力のある男友だち兼お目付け役が欲しくて、だったはず。

 そう思い、くすりと笑ってしまうと、モニカが微笑みを浮かべた。


「あら、よかった。ようやく笑ってくれましたね」

「……え……」

「お会いしてから、ずっと硬い表情でしたもの。せっかくお話するんですから、楽しく話しましょう」


 そう言われるが、イライアスはぐっと唇を引き結ぶ。


(……俺は本来、ここにいていい存在じゃない)


 セレスティアを守れなかったこと。怪我のせいで葬儀に参加できなかったこと。それどころか、あまりのことに精神が耐え切れなくなり、王都から逃げたこと。挙句、五年も墓参りに行けなかったこと。

 すべてすべて。許されていいことではない。


「……セレスティアさんを守れなくて……本当に申し訳ありませんでした」


 そう思い、イライアスが頭を下げると、少しおいてからモニカが口を開いた。


「イライアスさん、何度でも言うわ。あれは、貴方のせいではないの」

「……です、が」

「忘れないで。あれは、身勝手な気持ちで持つべきでない武器を持った挙句、それで人を傷つけた犯人のせいよ。だから、自分を責めるのはもうよして頂戴。……セレスティアも大親友たちが苦しむことを、決して望まないわ」


 大親友たち。

 それを聞き、イライアスは改めて墓前でのやりとりを思い出す。


『いえ、いいのよ。ただシエナさんも同じように、セレスティアの墓標の前でよくあの子に話しかけていたから……似ていて笑ってしまったの。ごめんなさいね』


 思い出すのと同時に、イライアスの口は自然に動いていた。


「今、大親友たち、と仰いましたが……シエナもここに来たことがあるのですか?」

「ええ」

「……シエナがセレスティアさんの墓参りに来たのは……いつでしょう?」

「多分、命日の少し後には、欠かさず来ていたのではないかしら。わたしたちがシエナさんが来ていたことに気がついたのは、一年目の命日の後だったから」


 命日の後、墓前を掃除しに来てみたら、そこに布とビーズで作られたラベンダーの花束が、いつも置かれていたのだ。

 気になって二年目は命日の後、毎日墓を見に行っていたら、そこにシエナがいたのだと言う。


「シエナさんも、イライアスさんのようにあの子のお墓の前で座り込んでね……どうしたらいいのかしらって相談しながら、泣いていたわ」

「……シエナが?」


 少なからず、イライアスは驚いた。だって彼女が泣く姿を見たことなど、一度もなかったからだ。


(だって俺の世話を焼いてくれていたときでさえ、シエナはずっと笑みを浮かべていたから)


 それ以前だって、彼女は恥ずかしがることはあっても、イライアスに涙を見せる姿など見せたことがなかった。だから想像できず、呆然とする。

 同時に、それすら知らないでいる自分が恥ずかしくなった。


(何が夫婦だ)


 思わず俯くと、モニカは苦笑した。


「そんな顔、しないでちょうだい。家族だって、全てを知っているわけじゃない。言葉を尽くして初めて、わたしたちは分かり合えるようになるのだから」

「……ですが俺は、今……言葉を交わすことすら許されていないんです」


 ぽろりと、自身の父親にすら言い出せなかった悩みを打ち明けてしまったのは、この場の空気がとても穏やかだったからだろうか。

 言ってからハッと我に返ったが、モニカはなんてことない顔をしてイライアスを見た。


「じゃあ、わたしが知っているシエナさんについて、話してあげるわ」

「……いいんですか?」

「もちろんよ」


 そう切り出すと、モニカはシエナと墓場で初めて会ったときのことを話し始めた――



 *



 セレスティアの命日から一年経った少し後に起きた異変に最初に気づいたのは、セレスティアの弟であるトレイシーだった。

 というのも、墓前に見たことがない布とビーズで作られた、ラベンダーの花束が置かれていたからだ。


「母上、これを作ったのはきっと、姉上のご友人ですよね?」

「そうね。確かシエナさんは、針仕事が得意だと聞いたわ」


 モニカは、その丁寧に作られたことが一目見て分かる品に愛を感じたが、一方のトレイシーは憤慨した様子だった。


「こんなものを置くよりも先に、僕たちのところに来て謝るべきでは?」

「トレイシー……」

「だってあの男は、姉上の葬儀にだって参列しなかったんですよ? それだけでも十分不誠実なのに、そのまま結婚して王都を離れて……許せるわけないじゃないですか!」


 モニカ自身、二人の結婚に思うところがないわけではなかった。だが、イライアスがあれ以降塞ぎ込み、かなり憔悴していることだけは聞いていたし、彼が被害者であることは分かっていたため、口を出さないことにしたのである。


 しかしトレイシーは、そのことに納得していなかったらしい。密かに胸の内側でくすぶっていた怒りは、シエナが作ったであろう造花のは花束を見て、再燃したのだ。

 それからトレイシーは、命日の後にくるであろうシエナをとっちめるために、毎年見張っていた。


 そして三年目の秋に、とうとうシエナを捕まえたのだ。

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