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かりそめの妻でよかったはず、なのに  作者: しきみ彰


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13

 翌日。その日は、あいにくの曇り空だった。

 まるで今のイライアスの気持ちを表しているかのようだ。

 そう思いながらも、イライアスはラベンダーの花束を持ち、馬車である場所に向かう。

 それは――セレスティアが眠る墓場だった。


(……大丈夫だ)


 彼女の墓地がある場所まで歩きながら、イライアスは自分に言い聞かせる。それでも心なしか、息が乱れる。おかしい、走っているわけではないのに。

 指先が、冷たい。視界がぶれる。もう、だめかもしれない。そう思ったとき、ふと声がした。


『大丈夫よ、イライアス』


 死にたくなったときにいつも聞こえてきた、シエナの声だ。イライアスにとってそれは、救いの手であり温かな抱擁だった。

 すると、今にも挫けそうになっていた心が落ち着き、イライアスは苦笑する。


(……もうこんなにも、シエナの存在は俺にとってなくてはならないものになっているのに)


 どうしてシエナは、イライアスから離れていこうとするんだろう。

 そう思いながら歩いていると、いつの間にか目的地に着いていた。


『セレスティア・レニエ、ここに眠る』


 そう書かれた墓石を見て、イライアスは改めてセレスティアがもうこの世にいないことを実感した。

 だが想像していたよりも苦しくない。むしろ、ようやく会えたというような、そんなとても穏やかな気持ちだ。


「……葬儀にも、命日にも、来られなくてごめん、セレスティア」


 そう言ってから、イライアスはラベンダーの花束を墓石に供えた。


(……なあ、セレスティア。俺、シエナと結婚したよ)


 それも、すべてイライアスのためだ。もしセレスティアがそれを聞けば、どう思うのだろうか。そう考え、イライアスは笑う。


(きっと、『シエナと結婚したんなら、もっとちゃんとしなさい!』だとか『幸せにする気、あるの!?』とか言われそうだな)


 それくらい、セレスティアはシエナのことが大好きだったし。シエナもセレスティアのことが大好きで、とても大切にしていた。そんなセレスティアが見たら、きっと今のイライアスの状況を不甲斐ないと憤ることだろう。


(でもセレスティア……俺はもう、どうしたらいいのか分からないんだよ)


 今のシエナはまるで、別人だ。十年以上一緒に過ごしてきたが、そのどれにも該当しない。どちらかと言えば、噂の中の『悪女』と呼ばれる彼女に近いかもしれない。


 しかしイライアスはそれがただの噂だということも知っているし、今更それを信じるほど短い付き合いではないのだ。だからシエナが冷たい態度を取るのには、何か理由があるのではないかと思っていた。

 だが、それがなんなのかまったく分からない。


 挙句、キャンベル公爵令嬢の件で何があったのか聞いたが誤魔化され、他人だとでも言いたげな態度を取るシエナに腹が立ち、ひどい捨て台詞を言ってしまった。

 セレスティアの墓の前に座り込み、イライアスはため息をつく。


「セレスティア……俺、どうしたらいいんだろう。シエナが……まともに、俺と話し合おうとしてくれないんだ」


 イライアスとて、シエナが行動を起こしたのであればきっとキャンベル公爵令嬢が何かしたせいだろうと思う。それくらい、彼女にはいい思い出がないから。

 かと言って聞いても答えてくれないようでは何もしようがないし、彼女が離婚を決めてしまっている以上、それを覆すことは無理なのではないかと思えてくる。


(話し合えば分かると思ったのに……そもそもシエナがそれを望んでいないなら、俺はどうしたらいいのだろう)


そう思いながら、イライアスは墓標を見上げる。


「……セレスティア。君がいればシエナも、本音を話してくれたのかな」

「……ふふ」


 墓標の前で誰に問うでもなく話しかけていたら、背後から笑い声が聞こえてきた。イライアスはばっと背後を見る。

 するとそこにいたのは、レニエ侯爵夫人であるモニカだった。その姿を見て、イライアスは慌てて立ち上がる。


(ど、どうしてここに……!)


 そう思ったが、自身が事前に手紙を送り、墓参りに行った後訪問させて欲しいとを伝えていたからだろうと、イライアスは瞬時に判断した。

 そう分かっても、どちらにせよ恥ずかしいし情けない。同時に、とても失礼だ。そう思った彼は顔を赤くしつつも謝罪する。


「も、申し訳ございません、レニエ侯爵夫人……! セレスティアの墓前で大変失礼を……!」

「いえ、いいのよ。ただシエナさんも同じように、セレスティアの墓標の前でよくあの子に話しかけていたから……似ていて笑ってしまったの。ごめんなさいね」


 その話を聞いて、イライアスは目を見開いた。


(……シエナが?)


 しかし、いつ。

 だってシエナはこの五年間、ずっとイライアスのそばにいたはず。

 そのため、わけが分からず呆然としていると、モニカが首を傾げる。


「……あら? その様子では、知らなかったみたいね?」

「あ……その、はい。仰る通りで……」

「そう」


 すると、モニカは何か考える素振りを見せた。一方のイライアスは、盛大に狂ってしまった予定をどうしようかと内心慌てる。


(セレスティアの墓参りに行ってから、夫人には改めてセレスティアを守れなかったことを謝ろうと思っていたのに……)


 もうどのタイミングで謝ればいいのか、分からない。ぐるぐると思考が巡る。

 するとモニカは微笑み、指を指した。


「こんな場所で話すのもなんでしょう。イライアスさん、どうぞ我が家にいらしてくださいな」

次回も数話まとめて更新します。

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