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かりそめの妻でよかったはず、なのに  作者: しきみ彰


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 王都に帰還してから一週間後。

イライアスは父に連れられて、王城へと足を運んでいた。国王陛下に謁見をするためである。

 理由は、クルーニー伯爵家の次期当主として問題ない状態なのか、示すためだ。


 貴族とは本当に面倒くさいものだと、イライアスは思う。

 それでも戻ってこようと決めたのは、もちろん今まで面倒を見て愛してくれた両親のためでもあったが――それ以上に、シエナのことを幸せにしたいと思ったからだった。


(離婚を提案されたとき、シエナには言えなかったが……俺は別に、彼女に触れられると思った)


 だってこの五年間でイライアスは少なからず、シエナをただの幼馴染としてではなく、異性として見ていたから。


 ――この五年間は、イライアスにとって地獄そのものだった。

 突如として押し寄せてくる不安感と、焦燥感。そして希死念慮や罪悪感。意識は大抵ぼんやりしていて、ずっと霧の中を彷徨っているような心地だった。


 景色を見ていても、以前のように色がなく、モノクロに見える。食事をしても味を感じず、生きているのか死んでいるのか分からないのに、苦しみだけはじくじくと痛みを訴え、侵食していくのだ。

 そんな中で何回も死にたくなって自分を傷つけ、謝罪し、泣き続けてもギリギリのところで踏ん張れていたのは、となりにシエナがいてくれたからだ。


『大丈夫、大丈夫よ、イライアス』


 彼女の、落ち着いているが柔らかい声と体温。そして唯一色を帯びて見えた彼女の赤い髪と、オレンジ色の瞳のおかげだった。


 あたたかくてやさしい、生命の色。


 それがなければ今頃、イライアスはここにはいなかっただろう。

 そして彼は、シエナを愛するようになった。

 こんな場所から早く抜け出して、彼女を幸せにしたいと。笑って欲しいと思うようになった。


『誰かを幸せにしたい、幸せになって欲しい。笑顔が見たい。それって最上級の愛ね』


 それは、結婚前に二人で愛について考えるために様々なことをして辿り着いた、セレスティアの言葉だ。――そしてそれが、イライアスが聞いた最期の言葉だった。


 昔はセレスティアとの記憶を思い出すだけで体が拒絶反応を示したけれど、今はイライアスにとってなくてはならない芯として、色鮮やかに残っている。彼も当時、その通りだと……セレスティアを幸せにしたいと、思っていたからだ。

だからこそシエナに対しても同じような感情を抱いたとき、イライアスは自分が彼女を愛しているのだと自覚した。


 それでも言えなかったのは、言ってしまえばシエナが離れていってしまうような気がしたからだ。

 実際、シエナにとってイライアスは弟のような存在らしい。


(確かに俺は歳下で、この五年間まったく格好良くなかったかもしれないけれど……はっきり言われると、傷つく)


 同時に、自分が今まで努力してきたことがすべて無駄だったような気がして、イライアスは落ち込んでいた。

 しかしそれでも、謁見はしなければならない。

 そんなふうに憂鬱な気持ちを抱えていると、父であるディランがイライアスを一瞥する。


「どうした、イライアス。シエナさんと何かあったのか?」

「何か、というか……ありましたが」

「なんだ、また怒らせたのか」

「またとはなんですか。それに、今回は怒らせてはいません」


 言ってから、イライアスはどうしたらいいのかと再度頭を悩ませた。

 現在、イライアスは当主教育や五年間の間で抜け落ちていた常識や知識、情報などを必死になって覚えたり、把握しているところだ。なのでシエナとはすれ違ってばかりの生活を送っている。

 しかしイライアスはセレスティアのときに、それがいけないことだと骨身に染みて理解しているのだ。


(だからできる限り早く時間を作って、シエナとしっかり話し合わなければ……)


 それにシエナは離婚と言っていたが、離婚することは彼女にとっても不利だ。女性の結婚適齢期は二十三歳辺り。確かにシエナの実家であるガルシア伯爵家であれば人脈を駆使して相手くらい見つかるかもしれないが、結婚適齢期外の令嬢を受け入れる者は変わり者ばかりだろう。それなら、イライアスと結婚したままのほうがいい。確かに子どもは必要だが、それを理由にシエナを切るのはなんだか間違っているような気がした。

 それなのに、シエナは離婚したいと頑なに言っている。


(……何か他に理由があるのか?)


 それを探ろうにも、やはり時間が足りない。

 そのことに焦りを感じつつも、イライアスはまず目の前のことをきちんとこなそうと、気持ちを切り替えた。

 そしてイライアスは父と共に、玉座の間の扉をくぐる。


 瑠璃色は、王家の色だ。その色をまとった長い絨毯が奥まで続き、数段ある階段を上った先に、玉座がある。そこに、ブローテ国国王であるバーミリオン・アイギス・ブローテが鎮座していた。

 その斜め横には、王太子であるカーティス・セルベロス・ブローテが座っている。

 どちらも金髪碧眼。そしてそれこそが王家の色だと言われていた。

 久方ぶりに見た顔を改めて頭に入れ、情報を更新しつつ、イライアスは父に続いて片膝をつき頭を下げる。


「陛下。お時間をいただき、誠にありがとうございます」

「いや、そなたの息子が戻ってきたのだから、時間を取るのは当たり前だ。……してイライアス、調子のほどはどうだ?」


 その声音から試されているのだと悟ったイライアスは、顔を上げた。


「この通り、無事に完治いたしました、陛下。ご心配をおかけし大変申し訳ございません」

「そうかそうか、クルーニー伯爵家は、余も頼りにしているからな。その言葉を聞けて安心したよ」


 イライアスは笑みを浮かべてから、再度頭を下げる。

 息苦しいことこの上ない。

 しかしこれが貴族社会というものだった。

 各々が駆け引きをし、誰につくのか決め、そして陰謀術中を張り巡らせる。そうして家を守り、繁栄を促し、この国はやってきたのだ。


 そのことに不満こそないが、だが気が重い。シエナの件もあり、その気持ちは強かった。

 それからも何回かやりとりをし、イライアスは父と共にようやく玉座の間から出る。

 ふう、と息を吐いたときに視界の先にいたのは、見知った男性だった。


(……キャンベル公爵)


 ぎりっと、イライアスは歯を食いしばる。

 彼自身に対して特にこれといった感情はないが、彼の娘であるヴィヴィアンヌには、再三嫌な思いをさせられてきた。それは個人的にも、セレスティアの件もだ。


『イライアス様!』


 ヴィヴィアンヌは幼い頃から何かと、イライアスに絡んでくる令嬢だった。勝手に腕を絡めてくるのはもちろん、その猫撫で声が気色悪くて嫌で、ひどい嫌悪感を覚えていたことを思い出す。

 明るくてはつらつとしたセレスティアの声とも、穏やかでありながら柔らかいシエナの声とも違う。まとわりつくような声。

 それ故にずっと苦手だったが、死んだ後、セレスティアの悪口を言っていたというのを耳にした瞬間、嫌悪は憎悪へと変化した。


(いったい何を思って、故人を辱めるようなことを平気で言えるんだ)


 しかし、こんなところで食ってかかるわけにはいかない。そう思い、イライアスは努めて平静を装いながら彼とすれ違う。

 その姿が見えなくなった頃、ディランがようやく口を開いた。


「キャンベル公爵か。彼も謁見に来たということは、きっとまた娘と王太子の結婚を進めようと画策しているのだな」

「……結婚? 王太子殿下とキャンベル公爵令嬢に、そのような話があるのですか?」

「王家は乗り気ではないが、キャンベル公爵はどうにかして進めたがっているようだよ。まあ、あの親馬鹿だ。娘をいいところに嫁がせたいというのと、純粋に王家により深く干渉したいと思っているのだろうな」


 ブローテ王国の貴族社会におけるキャンベル公爵の影響力は、絶大だ。それは先代キャンベル公爵の手腕がダイヤモンド鉱山を掘り当てたことが起因だった。それにより多くの富を得た彼は率先して王家に出資し、そして発言力を得たという。その上、先代は宰相としてその知恵を使い、王家を幾度となく助けたという。


 今代はそこまでの知恵はないため宰相にはなれなかったが、それでも影響力は未だある。王家が未だに強く出られないのは、そのためだった。


(もしあの女が王太子妃にでもなれば……この国は荒れるな)


 そう思いつつも、イライアスが今どうにかできる問題でもない。しかしクルーニー伯爵家の後継者として、キャンベル公爵家にこれ以上有利にならない環境を作ることも必要だろう。


 そのため、父の発言を頭に入れつつも、イライアスは無事に謁見を終えたのだった。

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