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かりそめの妻でよかったはず、なのに  作者: しきみ彰


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 長い長い沈黙の後。


「……シエナ、どうしてだ?」


 イライアスは、引き絞るような声でそう告げた。その表情は今にも泣きそうな、それでいてどことなく怒っているような、怖い表情をしている。

 セレスティアと喧嘩をする際に時々見せていたが、シエナに見せるのは初めてだ。そもそも、イライアスと本気で喧嘩をしたことはないのだから。

 なのでそれを新鮮に思いつつも、シエナは決めていた理由を言う。それも、はっきりと。


「イライアス。私はね、貴方と夫婦でい続ける想像ができないの。私にとって、イライアスは弟のような存在だから」

「それ、は!」

「もっと言えば……親友のままでいたいのよ。……分かってくれるでしょう?」


 そう言えば、イライアスは大きく目を見開いて見せた。


(本当に、私はずるい)


 こう言えば、イライアスが動揺すると分かっていて、敢えて言った。


(でもでないと、彼は納得しないから)


 それに、嘘は混ざっているが本当の気持ちも込めた。

 シエナは、イライアスと親友のままでいたいのだ。それが死んだセレスティアに対しての、そしてイライアスに対しての最低限の誠意だと思ったからだ。


(療養期間はなんとかなっていたけれど……王都に戻った後。この気持ちが暴れ出さないとも限らないもの)


 そしてシエナは、恋という感情がいかに人の人生を狂わせるか、よくよく知っていた。

 ヴィヴィアンヌと、セレスティアを殺した令息を思い出し、シエナは嫌悪感をにじませた。

同時に、ああだけはなりたくないのだ。


 それでも、イライアスは首を縦には振らず、ぎゅっと唇を噛み締めながらじっとシエナのことを見つめている。


「……シエナ」

「なあに、イライアス」

「俺は……結婚前にシエナに仲を取り持ってもらってから、セレスティアと夫婦になるとはどういうことだろう? ってお互いにすり合わせながら、たくさん出かけてきた」

「ええ、知っているわ」


 だってシエナが姉や義姉、母などに聞いてからセレスティアに提案したことなのだから。そしてそのときに襲われたことも、知っている。それがどうしたのだろう。

 するとイライアスは、一歩シエナに近づいてきた。


「想像できないというなら……あのときと同じく、これからすり合わせていくことはできるんじゃないか?」

「……イライアス」


 まさか、粘るとは思わなかった。シエナは少なからず驚く。


(……彼を、傷つけたくはなかったのだけれど……)


 それでも、それしか方法がないというのであればシエナは、喜んで世間で噂されているような悪女になろう。

 ――この時限式の恋が破裂してイライアスの人生をめちゃくちゃにするより、ずっとマシだろうから。

 だからシエナは、意を決して口を開いた。


「……じゃあイライアス。貴方は私のこと、抱ける?」

「……え」

「私ももう若くはないわ。二人のときみたいに若ければ、それもありでしょうけれど……夫人としての最低限の威厳を保つのであれば、子どもが必要になってくる。それも、できる限り早急に」

「それ、は、」

「そうなればきっと、気持ちが追いつく前に夫婦の営みが必要になってくるわ。だから……イライアス。貴方は今、私のことを抱けるの?」


 そう問えば、彼は進めようとしていた歩を止め、ぎゅっとこぶしを握り締める。

 そのことに、シエナは少なからず安心していた。


(そう、近づいちゃだめ。セレスティアを差し置いて、イライアスのそばにいつまでもいるわけにはいかないから)


 そばにいるだけで、幸せだ。この上なく。しかしそれでは罰にならない。だから、離れなくてはならない。

 そう思うのに、これから先彼を抱き締めることも、その背をさすることもないのだと思うと、寂しさがこみ上げてくる。なんて勝手な女なのだろうか。

 自嘲しそうになるのをこらえながら、シエナは先ほどよりも声のトーンを緩めた。


「意地悪な言い方をして申し訳なかったわ。でも、これから王都に戻るのであれば直面する現実だってことを、覚えておいて」

「……シエナ」

「さ、夕食にしましょ。明日は早朝に出るのだから、早く寝ないとね」


 何か言いたげなイライアスを敢えて無視してから、シエナはそう微笑んだのだった。



 *



 それから、王都に戻るまでには一週間ほどかかった。

 道中宿に泊まることもあったが、シエナが敢えて部屋を別にして遠回しな拒絶を表す。対するイライアスは、何か言いたげな表情をしていたが、何も言わないまま気まずい一週間が過ぎ去っていった。


(今まで一緒についてきてくれていたメイドと従者には悪いけれど……必要な時間なの)


 少なくとも、療養期間中のようにかいがいしく世話をするような距離感でいるわけにはいかない。そのため、唐突に距離の開いた夫婦に困惑する使用人たちの空気こそ感じ取っていたものの、シエナはそれに気づかないふりをした。


 ――そうして気まずい一週間が過ぎ去り、ようやく王都に到着する。


(療養期間中も、数回来てはいたけれど。ここの空気は本当に変わらないのね)


 きらびやかで目がくらむような華やかさの代わりに、人々の欲望と悪意が渦巻いている。それがシエナにとっての王都だ。

 重苦しくてあまり好きではないがそれでも、ここは幼少期の大半を過ごした場所だ。そのためいい思い出もたくさん詰まっている。……セレスティアとイライアスとの記憶も。

 だから一概に、そのすべてを嫌うことはできなかった。

 それでも。


(……イライアスは再び王都に戻ってきて、大丈夫かしら)


 彼が今にも壊れそうだったときのことを思うと、どうしても心配になってしまう。しかしシエナの役割は、療養の際で終わったのだ。だから決して彼を心配するそぶりは見せないよう、細心の注意を払う。

 そうして名ばかりのかりそめの夫婦は、クルーニー伯爵家へとやってきたのだった。





「おかえりなさい、イライアス。そして本当にありがとう、シエナさん」


 クルーニー伯爵大夫人、エヴァンナはそう言って、玄関で二人を歓迎してくれた。そのそばには、クルーニー伯爵でありイライアスの父であるディランもいる。彼は言葉数こそ多くなかったものの微笑み、イライアスとシエナの帰りを喜んでいるようだった。

 そして二人はリビングに通される。


「二人が帰ってくるということで、東に二人の屋敷を用意した。戻ってきたばかりでまだ慣れないこともあるだろうから、そこで二人過ごしてくれ」

「ありがとうございます、父上」

「ああ。それと……イライアス。明日からは教育を再開するが、構わないか?」

「もちろんです。すべて覚悟の上で、王都に戻ってきました。決して失望させたりはしません」

「……そうか。お前のその覚悟、しかと受け止めよう」


 そんな親子のやりとりに、シエナは少なからず安心する。イライアスが無理をしている感じはしなかったからだ。むしろやる気に満ちているように思う。

 すると、エヴァンナがシエナを見た。


「シエナさんにも、夫人としての仕事をきちんとお教えするわね」

「はい、お義母様。それで、早速で大変恐縮なのですが……お義母様の人脈をお借りして、招待状を都合してくださいませんか? 規模はそんなに大きくなくて構わないのですが、社交の場に一度顔を出しておきたくて」

「もちろんよ。近々、シエナさんの世代の方々が参加するガーデンパーティーが開かれたはず。主催者の方とは知り合いだから、用意してもらうわ」

「ありがとうございます、お義母様」


 いくら離婚する予定があるからといっても、戻ってきた以上社交の場には顔を出さなければならない。それが、貴族の夫人としての仕事の一環だ。

 何より、イライアスはこれから知識を詰め込んでいく。その過程でどうしてもおろそかになりがちな人間関係を少しでもフォローしてあげたい。その一心で、シエナはエヴァンナにお願いをした。なので、すんなりと受け入れてもらえてほっとする。


(それに、五年も経っていれば流行も変わっているはず。その辺りもお義母様に聞いて、友人も頼って、きちんと確認しなければ……)


 シエナ本人が馬鹿にされるのは構わないが、それでクルーニー伯爵家の品格を疑われることは避けたい。そう考えている自分に気づき、シエナは内心苦笑する。


(これから、離婚するつもりなのに。結局、イライアスのことばかり考えてしまうわね……)


 そのことに苦笑しつつも、シエナは恐れる。それが、恋から来るものであるならば尚更だ。だから彼女は一刻でも早く離婚しようと考えたのだった。

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