第三王子の戦い5
お久しぶりです。
前話の第三王子の戦い4から一、二カ月後くらいの話です。リオル達が4年生、セヴァンが3年生。
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『ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない』コミックス3巻2021/9/10(金)発売です!描き下ろし漫画&イラスト、書き下ろし小説も収録!
書き下ろし小説はグレン家でお兄ちゃん達と過ごすリオシャリの話です(*´∇`*)リオルの幼少期の話も明らかに…!よろしくお願いします!
「リオル、今年の夏季休暇、もし良ければ俺に君の研究を手伝わせてくれないか」
夏休みを来月に控え、帰省の予定や遊びの誘いが飛び交うファラ・ルビア学園。その例に漏れず、長期休暇を利用したとある計画を立てていたセヴァンは、昼休みの廊下にて丁度教室から出てきた目当ての人物に話しかけた。
「なるほど休み明けの魔術大会で優勝して婚約者殿から今度こそご褒美をもらうためになんとかして今まで負け続けてる俺の護符の弱点を探りたいと」
「正確に翻訳してくる〜」
かつて魔法と護符の理論の根本をひっくり返し、不治の病をも治す偉業を成し遂げ、その後も次々と有用な護符を開発する魔術研究科の星、リオル・グレン。
そのこれからも大きく国の発展に寄与するであろう素晴らしい研究を是非間近で見、微力ながら力になりたい……という建前は建てる前に撤去された。
「一を言って十を理解してくるじゃん……」
「いやまあもう副音声で聞こえてくるレベルなんで……」
セヴァンにとってリオルはかつて王族がかけた迷惑を思えばいまだ頭の上がらない相手であり、頼れる相談相手であり、どうしても勝ちたい相手である。今のところ二年連続負け越している魔術大会連覇者。
「すみませんセヴァン殿下のことは魔術大会においてはライバルだと思ってますので敵に塩は送れません」
「塩ならもういくらでも受け取ってるんだ!ソフィアから!塩対応を!これ以上いらない!!」
セヴァンには婚約者がいる。この年に一度の魔術大会で優勝すればご褒美に頬にキスしてくれると言う婚約者が。
そしてそれ以外ではキスはおろか手を繋ぐことすら望めない、今もセヴァンの正妃候補探しに精を出している婚約者兼教育係のソフィア・ブライトウェルが。
「頼む助手にしてくれもうそれしかないんだ、そのためならこの場で土下座も五体投地も三点倒立もバック宙返りも何だって厭わない……!」
「さすがに厭うてくださいあなた次期国王でしょう!」
「この恋の前には奴隷だ」
「振り幅が激しい」
王座を目指すことを条件に、長年の片想い相手の教育係と婚約を取り付けてから早三年。ソフィアの正妃候補探しと身を引く準備がとどまるところを知らず、セヴァンはいよいよ焦っていた。
「もう三回回ってわんと鳴いてもいい……」
「いややめてください本当に、ただでさえ俺いまだに兄王子殿下達の件で『ロイヤルキリングブラック』とかふざけたあだ名がついちゃってるんでこれ以上は」
「そんなポーカーの最強手みたいな」
今のところの情勢は若干セヴァンに不利に傾いている。空気扱いだった昔と違い、次期国王最有力候補にのし上がってしまったが故に、どんどんセヴァンに娘を嫁がせたがる貴族が増えてきた。
「魔術大会優勝以外にも手はないんですか?もっと正攻法でとか」
「手は毎日のように打ってる……この前も俺の妃候補の会、リリー・ガーデン発足を阻止したばかりだ。大層な名称を与えながらその実将来を確約するわけでもなく、次期国王という立場を笠にきて適齢期の令嬢をいたずらに縛り付ける悪しき風習だとして」
「ああ、それは良いですね」
「まあソフィアに『妃候補を最初から国内有力貴族の数人に絞るのではなくもっと広く可能性を残し、国外にも目を向けるため』って理由も付け足されたけど……」
「逆手に取られてるじゃないですか……」
実際にセヴァンより少し年下の娘を持つ貴族達がいそいそとやる気を出し、娘本人からもアプローチを受けるようになってきてしまった。このままではソフィアが空き時間に見どころのある令嬢の家庭教師を引き受けるのも時間の問題。
というか既にそれを仄めかされ、空き時間が出ないようセヴァンが必死に授業時間を引き伸ばしている次第である。ソフィアは『殿下が更に勉強熱心になられて教育係として嬉しいですわ』ととても満足げに笑っていた。
「それは殿下の授業を増やすとこまで彼女の手のひらの上では」
セヴァンが事情を吐露すれば、リオルは表情も変えずに核心をついてくる。
「わかってる!わかっているが空き時間ができたら本当に他のご令嬢の教育に行くのがソフィアだ!」
セヴァンを立派な王にするためならこちらの恋心を容赦なく利用してくるのがソフィア・ブライトウェルという女である。セヴァンとてそれはよくわかっている。そんな手段を選ばない強かなところも好きだ。
「せめてもう少し飴があったらいいんですけどねぇ」
「飴……飴か……まあ無くはないんだ……少し前のことだけど」
とはいえこんな鞭ばかりではどんな強靭な恋心だって音をあげるというもの。ソフィアもそれはわかっているようで、たまに、本当にごくたまには飴をくれる。
「先週のことだ。授業時間も課題も更に増えて疲れていた俺は、授業終わりについうたた寝をしてしまった。そんな俺にソフィアがそっと近づいて、頭を撫でてくれながら『いつも頑張っている殿下が好きです』と言って……」
ただでさえ学園の授業に加えて帰ってからも授業、それが更に増えて余暇や睡眠時間が減って参りかけていたが、その一言だけで報われるというもの。
そんな一言をソフィアが言ってくれる、
「……という夢を見たんだ」
「どうしてそうさっきから律儀に話にオチをつけるんです?」
「勘違いしないでくれ俺がつけたくてつけるんじゃない!オチが勝手についてくるだけだ!」
とまあ現実はそこまで甘くはなかった。ただし。
「まあ……実際はハッと目を覚ました俺にソフィアが『私、いつも頑張っている方が好きです』と言って俺が無限に頑張り続けるというちょっとした飴だった」
「それは飴に含まれますかね?鼻先に吊るされたニンジンの間違いでは?」
「ソフィアの口から『好き』って言葉を聞けただけでも……あれ?今暗に俺を馬って言ってる?」
このように燃料切れになりそうなタイミングを見計らうかのように補給されては今に至る。
「そんなことよりもっとその夢を現実にする方向に頑張るとか」
「ああ、それは俺も考えていたんだ。あの時はソフィアが教壇にいるうちに自分で起きてしまったから全部夢だとわかったが、もしソフィアに起こされるまで寝てその夢を見ていれば目を覚ましたときどこから夢でどこから現実かの境目が曖昧に」
「夢を現実に寄せる方向じゃなくてですね」
セヴァンだって頑張っているのだ。
つい最近もまた一人ソフィアが目をつけてる妃候補と他の令息との仲を取り持ち、第二王子派残党がヤケクソのように仕掛けてきたハニトラを潰し、今だって次の魔術大会優勝のご褒美獲得のためにライバルに頭を下げにやって来たところである。
頑張ってはいるのだ。実らないだけで。
「もう一度聞くが護符の研究の手伝いは」
「駄目です」
まあ研究の手伝いをする件は駄目元ではあった。リオル・グレンは一見クールなようで、その婚約者シャリーナ・クレイディアに格好良いところを見せることに関しては貪欲である。去年も一昨年の魔術大会も手加減は一切なく、王族に対する忖度とか全然なかった。
「……次からは前払い制にしてみてはどうです?」
「え?」
しかし婚約者に愛されている勝ち組として負け組に同情くらいはしてくれても……と項垂れるセヴァンにリオルが言う。
「婚約者殿が何かしらのご褒美と条件を持ち出す時は、殿下を立派な王にするためにそれを達成してほしい時です。なんだかんだで躱して中々ご褒美をくれないのは今後も同じもので引っ張れるだけ引っ張りたいからですね。ただ、彼女の目論見としてはそろそろ殿下が同年代のご令嬢に目移りする時期で、自分のご褒美で引っ張れるのもこのあたりが限界だと考えていると思います。そうでなきゃこの期に及んで殿下の正妃候補探しに更に力を入れるなんてことはしないでしょう」
「つまり……?」
「魔術大会優勝以外で彼女が次に何かの条件を出した時、その条件より更に上の結果を出すことを約してご褒美を前払いにしてもらえるよう交渉してみてはどうですか?彼女にとってはそろそろ効力がなくなると思ってるご褒美で、最後に期待以上の成果を出せそうなら一考してもらえるかと」
声を潜めたリオルによる詳しい説明を聞き、セヴァンの両目に光が戻ってきた。ソフィアが次に出す条件の内容にもよるが、これは試してみる価値はある。
「ありがとう!次の機会で必ずやってみよう!」
「健闘を祈ります」
魔術大会においては天高く立ちはだかる強大な壁であるが、いつもなんだかんだで有用なアドバイスをくれる頼れる相談相手。やはり頭が上がらない。
「まあ、そんなことしなくても一番の近道はあるんですけども……」
感謝の握手のため手を差し出すセヴァンにリオルが何かを呟いたその時、廊下の端から誰かが走ってくる足音がした。
「リオル〜!迎えにきました!」
「ああ、シャリーナ。遅れてすまない、もしかして裏庭で待ってたか?」
「いえリオルがまだ校舎内にいる気配がしたので授業が終わってそのまま来ました」
「気配?」
ふわふわのストロベリーブロンドを靡かせ、軽やかに走り寄ってきたリオルの婚約者。リオルの分も入ってるのであろうランチボックスを片手に嬉しそうにリオルに話しかけている。
「あ、申し訳ありませんセヴァン殿下、お話中だったでしょうか?」
「いいや、丁度今終わったところだ。こちらこそ二人の昼休みを邪魔してすまない。失礼するよ」
仲睦まじい恋人同士の逢瀬に水を差すわけにはいかない。セヴァンはさらりと片手をあげリオルとシャリーナに背を向けた。
「はい、失礼致します、殿下」
遠ざかっていく二人分の足音。完全に聞こえなくなる前にそっと振り返れば、校舎内だというのに手を繋いで歩く二人の後ろ姿があった。
「……畜生……!」
それを見届けてから教室の角を曲がり、非常口しかないスペースで周囲から死角になった場所で崩れ落ちるセヴァン。
リオルが最後に言いかけた言葉の続きはわかっている。こんなあれこれ策を練らなくてもご褒美を貰える一番の近道、それは婚約者と両想いになることだと言うんだろう。
「それが出来たら……それが出来たらなぁ!」
それが出来たら苦労しない。それが出来たらこんなに苦労して策を弄してない。これだから最初から婚約者に愛されてる勝ち組は。
セヴァンの戦いはまだまだ始まったばかり……ではないが、夢見るゴールへの道のりは果てしなく遠かった。
◆◆◆
「大丈夫ですかね、セヴァン殿下」
「こればかりは殿下が自分で決心してもらうしかないからなぁ」
すっかり二人の場所となっている裏庭——元々利用者はいなかったが今や学園中で二人の昼食デートの場所だと認識されている——へ手を繋いで向かいながら、リオルとシャリーナがお互い顔を見合わせる。最近の心配事は専ら第三王子セヴァンとその最有力婚約者候補のこと。
「婚約者殿の気持ちもわかるんだ。自分では相応しくない、こんなに素敵な人ならいつか然るべき相手が見つかるだろうって俺も思ったから」
「リオル……」
「でももう誰にも譲りたくないと思っている。君が諦めないでいてくれたおかげだ、ありがとう」
「そんなの!当たり前のことです!」
かつて自分も好ましく想う相手から好意を向けられても尚身を引こうと思っていたことがある故、リオルはソフィアの気持ちもわかった。ただでさえセヴァンの進む道は敵が多い。セヴァンを守る盾になるどころか、格好の攻撃の的になってしまうと思って何としてでも身を引こうとしてるのだろう。
「彼女を失うことだってセヴァン殿下にとって傷になるんだと、彼女にわかってもらえればいいんだけど」
「うーん……どうにもその教育係の方はセヴァン殿下から見たご自身の価値を低く見積もり過ぎですよね……」
「そうなんだよな。あれこれ遠回りな策を打つより、まずそこをどうにかしないといけないんだけど」
解決策はわかっている。とてもシンプルだが一番効果的なもの。
「遠回りするから向こうも余計なことを考える。表面上の損得ばかりに気を取られる。そんなことを考える暇もないように、真正面から好きだと伝えればいいんだ」
「私がリオルにそうしたようにですね!」
「……ああ、あれは効いた」
セヴァンは気づいていないようだが。普通いくら大事な教え子とはいえ、己の婚期もその後の人生も犠牲にして尽くそうとは思わないだろう。飴と鞭を上手く使ってるようで、頬にキス程度のご褒美を頑なに避け続けるのも、本当は別の理由もあるとリオルは踏んでいる。
「やっぱり私からセヴァン殿下にお話しましょうか?好きならアタックあるのみですと!」
「それだとまた殿下が羨ま死しそうでな……」
さすが婚約者に愛される勝ち組の男だなと血の涙を流すセヴァンが目に浮かぶようである。
客観的には身分や魔力的にもセヴァンの方がよっぽど勝ち組ではあるのだが、まあそんなものよりシャリーナが己を好いてくれることの方がよっぽど価値があると思っているのでリオルも否定はしない。
「難儀ですねぇ」
「難儀だなぁ」
正面の道に踏み込む勇気を出せず遠回りな道ばかり行くセヴァン。セヴァンが遠回りをしているうちに逃げ道を固めるソフィア。でもずっと視線はお互いにしか向けていないのだ。
早くこの二人の道が交わってくれれば国の将来も安泰なのになと、サンドイッチを食べながらリオル達は思いを馳せたのだった。
案外ちょっとしたきっかけさえあれば…。




