第三王子の戦い4
TOブックスより書籍2巻本日発売です!よろしくお願いします!
「殿下、この度はお力添えいただき誠に……」
「構わない。無事にまとまったようで何よりだ」
「この縁を元に我が領も益々の発展を」
「ああ、期待しているぞ」
「気が早いですが、愚息の結婚式には是非殿下をお呼びしたく……」
「必ず出席しよう。楽しみにしている」
エルガシア国王宮内。普段は別邸にいる第三王子が顔を出すと、幾人もの重役達がその周りに集まった。我先にと声をかけようとするその者達は第三王子派。今日王位継承争いにて一番勢いのある派閥である。
長く平和に続いたエルガシア国の今代の王位継承問題は、現在少々ややこしい。
三年前に第一王子派が壊滅、それを吸収した第二王子派もほんの数ヶ月で自滅。これを機に第一王子が生まれる前から根強くいた王弟派が舵を取るかと思いきや、ほぼ空気と思われていた第三王子が急に頭角を現した。
「……くっ、また中立派だった家と第三王子派の者の縁談がまとまったか……」
「それだけではない。隣国の有力貴族とも着々と縁を結んでるようだ」
継承権剥奪まではされていないものの、第二王子が再起不能となり、順位で考えれば第三王子が最も王座に近いとされた当時。王弟派はそこまで焦ってはいなかった。あの幼く薄ぼんやりとした王子ならどうとでもできると。一応居た第三王子派の貴族達だって、真に第三王子を推していたというよりは、二十年前に正妃が子を産めぬからと既に女児を産んでいた側室側につき、しかし予想に反して先に正妃が男児に恵まれ、今更後戻りもできず後に生まれた第三王子につくしかなかっただけの者達である。
王弟派が最大派閥になるのも時間の問題、と思いきや。
「勢力を広げ、取り込んだ家が更に力をつけるように計らう……あの年で見事なものだ……」
第三王子はまず自身の教育係だったソフィア・ブライトウェルを通し、王弟派に傾きかけていたブライトウェル家を味方につけた。そしてそれを足がかりに他の中立派に手を伸ばしていき、僅かに残っていた第二王子派も掬い取り、虎視眈々と王弟派にも狙いを定めているようで。
最近は派閥内の貴族の有益になる縁談を積極的に取りまとめており、古典的な方法ではあるが着実に力を強めていっている。
「これ程の爪を隠していたか、若き鷹よ」
「王弟殿下!笑っている場合ではありませぬぞ!」
そんな第三王子派の勢いを目の当たりにし、その最大のライバルである王弟ギデオンは……悔しげに、ではなく、どこか楽しそうに口角を上げた。
◆◆◆
「ソフィアが……少しずつ作ってるんだ……」
「何をです?」
「俺の正妃候補リスト……」
「……それは」
「判明する度その候補に上がった子には派閥内の丁度釣り合う家の男とくっついてくれるよう手を回してるけど」
「だから最近殿下一部からこっそり恋のキューピッドって呼ばれてるんですね……」
ファラ・ルビア学園裏庭、凹んで周囲から死角になった校舎の壁沿いにて。今一番勢いのある第三王子セヴァン・ケイシー・エレイン・エルガシアが、壁に背を預けて体育座りでいじけていた。
「隣国の有力貴族とかにまで手を伸ばしててさ……まぁ丁度貿易関係でそこのツテを欲しがってた家んとこに回したよ」
「派閥の強化にもなっていいじゃないですか」
その隣で同じく体育座りをして、第三王子の相談役であるリオルが相槌を打つ。
「ソフィアが選ぶだけあって皆良い子だし、俺もどうにかいい男を選ぶし、今のところどのカップルもすんげぇ上手くいってラブラブだし、めっちゃ感謝されるし」
「何か問題でも?」
「他人の幸せが憎い」
「身も蓋もない」
ちなみにシャリーナはいない。セヴァンがこの状態の時、あまりシャリーナと二人でいるところは見せない方が良いとリオルが判断したからである。
「いやびっくりするほど身も蓋もないですね」
「一周回ってソフィアも憎い」
「ああ可愛さ余って憎さが百倍と」
「でも千倍好き」
「難儀」
第三王子セヴァンは、ちょっと年上の教育係であるソフィア・ブライトウェルに懸想している。
「正妃候補として駄目になっても派閥強化と俺の根回し力の向上は喜ぶソフィアは可愛いしすぐに次を探す切り替えの早さも尊敬する……でも憎い」
「まあ愛と憎しみは表裏一体と言いますから」
「いや憎しみという裏を覆い隠すくらいには愛の方が大きい」
「急に詩的になられても」
表向きは王座に就く後ろ盾としてセヴァンがブライトウェル侯爵家を頼り、その助力を条件に娘を娶ると約束をしたということになってるが、本当は逆だ。王座に就くことを条件に結婚してやるとソフィアに仄めかされたセヴァンが全力で釣られている状態である。
「ところで俺は今日は何をアドバイスすればいいのでしょうか」
「ああ、すまない。前置きが長くなったな」
この真相を知る者は当事者であるセヴァンとソフィアを除けばリオルとシャリーナだけである。結構重大な事実だが成り行きで知ってしまった。
「最近ソフィアを正妃候補から引きずり落とそうと裏で画策している輩がいて」
「それは物騒な話で」
「ソフィアがどの策に乗ろうか物色している」
「本当の敵は誰かって話してます?」
正式な発表は無いが、第一・第二王子派が潰れた当初、ブライトウェル家が第三王子派確立の根幹を担ったことから、その一人娘であるソフィアを娶る約束が交わされたのであろうことは明らか。
おそらく側室の一人に収まるだろう……と思われていた中、一向に他に妃候補が現れないことで、もしやソフィアがこのまま正妃に収まるのではと噂が強まっていた。
「あんまりなスキャンダルだと俺にも火の粉がかかるから、上手いこと正妃にはなれず側室候補に落とされる程度のダメージを受けられる策はないかと物色中みたいだソフィアは」
「まさかターゲットに品定めされてるとは思わないでしょうねその連中も」
「どうしたらソフィアを止められると思う?」
「本当にどっちが敵かわからない」
このまま噂が本当になってくれればと大歓迎のセヴァンであったが、そうは問屋が卸さなかった。ソフィアが正妃となることを快く思わない連中と、あと主にソフィアが。
「まあ……受け皿である側室候補が、正妃候補より旨味があると思わせればいいのでは?」
「?そんなことどうやって……」
今のところ水際で防いでいるが、ターゲットが乗り気な以上限界がある。このままでは本当にソフィアが正妃候補から降ろされ……いや自ら降りてしまう。
「ではもし権力を求める者が、自分の娘を他を押し除けて正妃にしようとして叶わず、側室になった場合、次に押し除けようとする者は誰ですか?」
「そりゃあ……正妃の子じゃないか?その子を押し除けて側室の産んだ子を次期王にしようと……あ!」
リオルの真意に気づいたセヴァンが顔を輝かせ、感動のままにその手を取った。
「ありがとう!その線で行く!」
「幸運を祈ります」
それからしばらく後。
王宮にて『第三王子セヴァンは自身が側室の子であるが故、コンプレックスがあり、王となった場合は正妃よりも側室を寵愛し、後継ぎにも側室の子を推すだろう』という噂が流れ、正妃候補を側室に落とそうと躍起になっていた者達が動きを止め、正妃候補がホゾを噛むのは少し先の話である。
◆◆◆
一方その頃、若き王弟ギデオンの執務室では。
「あの男がここまでするとはな……」
「ええ、殿下。それは認めざるを得ません。しかし所詮はヒヨッコ、王座には殿下が相応しく」
「アレをヒヨッコと呼ぶなら、我もあの年の頃はまだまだヒヨッコだったのだ。かの者に足りないものがあるとすれば経験と年だけ。しかしそれはこれから積み上げていけばいいだけのこと」
一時期確実と思えた王座が遠ざかり、いまだに逆転の芽がないこの情勢。敵は日ごとに強くなるばかり。しかしまるでそれを望んでいるかのようなギデオンの言葉に、その腹心であり王弟派筆頭である男が驚く。
「あの男が……セヴァンが本当は優秀であることはわかっていた。それでいてあの時まで決して目立とうとしなかったのは、己の立ち位置を弁えていたからだ」
「殿下?何を……」
「しかしそれだけでは王に相応しいとは言えぬ。優秀ではあるが、野心が足りぬと思っていた」
強欲な王は争いの元だが、無欲過ぎては頼りない。流されるままにではなく、自ら王座を欲し勝ち取る気概のある者でなければ。
その点において、ギデオンは当初セヴァンに王座は任せられないと思っていたのだ。
「だが……それも隠していたというだけのこと。考えてみれば当然のことだ。野心があると悟られていたら当時力のあった派閥に潰されていた。第一、第二が潰れ、我々が台頭する前にいち早く動いてみせたのだ、爪を出す機会を狙っていたのだろうよ」
「それは……その通りですが……かといって殿下がみすみす譲ってやる理由もなく……!」
隠し持っていた野心にも行動力にも気づかずに、あの王子の本質を全て見抜いた気になっていた。
「いいや。ソフィア・ブライトウェルを取り込まれた時点で、我々の負けは決まっていたのだよ」
ブライトウェル侯爵家を味方につける鍵であり、しかし若き王子に相応しい妃探しの枷にもなっているとされるソフィアであるが、実はソフィアを妃候補としたことはまったく間違いではない。王弟派の出鼻を挫く策としてそれはかなりの有効打であった。
「くっ、確かにそれは痛手でありましたが……」
ギデオンが王座に就くに当たって、王妃は誰を選ぶかという問題があった。現王である兄より二十近く年が離れているギデオンであるが、既に三十代。十代の娘とは年が離れ過ぎているし、その成人まで待つ数年も惜しい。かといって二十を過ぎた高位の貴族令嬢で婚約もしていない者などそう簡単に転がっていない。
そんな中、身分は申し分なく、父親の方針によって王妃教育と同等の教育を受け、後にも先にも一切の男の影がなかったソフィア・ブライトウェルは格好の嫁候補だったのである。
「そこまで読んでいたか、第三王子セヴァンよ……!」
あの男にならば王座を任せてもいいかもしれない。あの野心も先見の明も充分にある彼ならば。若さ故に足りない部分は自分がフォローすれば良い。
「王の右腕という立場も、彼が王となるなら悪くないかもしれぬ」
「殿下……!いえ、殿下がそう望まれるのであれば……」
それに、フォローならそれこそ長年教育係としてセヴァンを教え導いてきたソフィアこそ適任だろう。
あの年齢差でソフィアが正妃となればここぞとばかりに攻撃する輩も出るだろうが、逆に言えば年齢以外に欠点はない。
「まだしばらくは様子見はしよう。上手く行き過ぎて傲慢になられても困る。抑止力も必要だ」
「はっ……承知致しました」
もともと、ギデオンの望みは王になることそのものではなかった。この国の平和と発展に尽くせるのなら、己の役割は王だろうと家臣だろうと構わない。
「ふっ、将来が楽しみであるな……」
一時はどうなることかと思ったが。
若く有望な賢王と、その賢妃が采配を振るうこの国の未来はきっと明るいものに違いないと、ギデオンは満足気に口髭を撫でた。
まあ目的と手段が逆なだけでギデオンの推察も間違ってはないから…。




