第三王子の戦い3
TOブックスより書籍2巻『ガリ勉地味萌え令嬢は、腹黒王子などお呼びでない』が明日の1/20(水)に発売です!書き下ろし等の詳細は活動報告をお読みください(*´∀`*)よろしくお願いします!
第一部の初期のリオル視点の書き下ろし小説を収録したコミカライズ1巻も発売中です。
↓前回の『第三王子の戦い2』から一年後、リオルにとっては三回目、セヴァンにとっては二回目の魔術大会の話です。
「言質取ったのに……今度こそ言質取ったのに……」
「まさか二年連続で表彰台に上れないとは……」
「梨と梨のようなものがありますがどっちがいいです?」
「梨のようなものの方で」
闘技場にて魔術大会上位入賞者の表彰式が行われている頃。医務室のベッドにて、この国の第三王子にして今大会準優勝者であるセヴァンは絶望の淵を漂っていた。
「普通の梨より柔らかいんだな」
「はい、より動きが素早いもの程実が柔らかくなるとガブリエラも言ってました」
「うん?」
隣のベッドでは今大会優勝者がその婚約者の剥いてくれた梨……のようなものを頬張っている。今動きが素早いとか聞こえた気がする。本当に梨なのだろうか?
「味は美味い……味は美味いんだよないつも……」
「良かったです。今回はガブリエラも少し苦戦したみたいで、一番美味しそうなものには逃げられたと悔しがっていたので」
「なんだって?」
本当に梨なのだろうか?
「セヴァン殿下もお一ついかがですか?」
「え、あ、お、おお……」
いや今はその果物の正体が梨か否かなど(そもそも果物か否かも怪しいが)些末な問題である。今セヴァンが考えるべき問題はまたもや大会優勝を目前で逃したこと、大会優勝の際のご褒美を逃したことである。
「あー……いや、その、今はあんまり食欲が……」
「恋愛運アップの効果もありまして」
「ありがたくいただきます」
昨年の同じ時期、セヴァンは教育係であり想い人であり婚約者(一応)であるソフィアと約束をした。魔術大会で一番になったら、ほっぺにチューをしてくれると。
しかし決勝戦にて一学年上のリオル・グレンに敗れ、ついでに言質の取り方が甘く優勝していたとしてもさらっと反故にされてただろうことを同じくリオルに指摘され、枕を涙で濡らした。
「……美味しい……梨のような梨……」
そして今年こそはとガッチガチに言質を取り、死ぬ気で勝ち進み、本日迎えた決勝戦。相手は昨年敗れた魔術研究科の星。
「これの成る木のオスとメス同士が仲が良ければ良い程甘い実が成るのでガブリエラの故郷では恋人同士の記念日に食べたりするみたいでして」
「木にあるまじき説明が聞こえた気がするけど美味しい……」
負けた。また新しい護符が出てきて負けた。セヴァンが巨大土魔法でリオル側のステージ半分を覆い、大地震を起こして倒すという作戦を決行した瞬間、魔法陣が逆立ちしてひっくり返ってセヴァン側のステージを覆った。でんぐり返しみたいに来た。何アレほんともう。試合後『予想外でしたよ殿下』と手を差し伸べてきた勝者が憎らしい。うるせぇどう考えてもお前が予想外である。
「次はブドウのようなものでも出て来そうだな」
「いえ、ブドウのようなものはとてもレアなのでガブリエラでも中々」
「あるのかよ」
そして昨年同様その肩を借りてステージを降り、途中で意識を失い、一緒に転がり落ちてまたもや医務室行き、表彰式欠席となったのである。今頃は広々とした表彰台で三位の生徒が盛大に祝われていることだろう。
「来年は手加減とかは……」
「すみません俺も婚約者に格好良いところを見せたいので」
「きゃあー!格好良いですリオル!」
もう勝てる気がしない。駄目元で手心を求めるもあっさり断られた。
「いや君の婚約者なら君がどんな状態だろうと格好良いって言うじゃないか!」
「それは否定しませんけども……」
「畜生!!」
勝てる気がしない。試合においても恋愛においても何も勝てる気がしない。
「勿論リオルはどんな時でもどんな状態でも格好良いです大会決勝戦の最後巨大な魔法陣に覆われるも見事ひっくり返してみせた時は勿論、今ベッドに座って体力回復に努めているこの瞬間だって」
「後で聞こう、今は殿下の前だ」
「はい!分かりました!」
シャクシャクと梨のようなものを咀嚼しながら、流れるように話し出した婚約者をさらりと止めるリオル・グレン。完全に勝ち組である。愛の言葉の一つや二つ、今止めたところで後でいくらでも聞ける者の余裕。
というか『殿下の前だ』って何?婚約者から愛してもらえない可哀想な男の前だからやめてあげよう的な?
「すみません、そんなつもりは……」
心を読まれたようである。目は口程に物を言ってしまった。
「あの、セヴァン殿下。この梨のようなもの、恋愛運アップの効果ですが好きな相手と二人で食べるとより効くと言われているので良かったらお土産に」
「ありがとうクレイディア嬢……」
一見梨に見える果物(?)が入ったバスケットを差し出され、セヴァンは涙ながらにそれを受け取った。
今までコツコツ言質を取ったり裏で手を回したりしているセヴァンであるが、実はこういった恋愛成就のおまじない系には目がない。砂消しのカバーの裏にはソフィアの名前があるし利き手の手首に赤いミサンガもある。
「すみません殿下、来年も手加減することはできないですが……」
いくら向こうから釣ってくるとはいえ。相手に本当にまったくその気がないのに外堀を埋めて結婚するのは駄目だろうとセヴァンもわかっている。
「……何だ」
だから外堀作業と並行して、ほんの少しでも自分を好きになってもらえるように頑張っているのだ。神頼みを。
「どんなに優れた策よりも、ただ真っ直ぐな言葉が胸を打つものですよ」
「っ!」
そんなセヴァンに、大会優勝、婚約者とも仲睦まじい、完全なる勝者からのアドバイス。
「そんなこと言ったって……っ」
経験者は語る。その凄まじい説得力に後光が差して見える。窓側はこっちなのに。
「直球で言って!直球でお断りされたらどうするんだ!!」
わかっている。わかっているのだ。ソフィアがこんなにもあからさまな釣り餌を垂らしつつ逃げ道を用意できるのは、セヴァンが餌に釣られつつも直球勝負はしないからだ。いくらソフィアでもセヴァンが真正面からプロポーズをすれば躱しようがない。受けるか、断るかの二択である。
「……間違った。仮にも王族である俺からはっきりと求婚してしまったらソフィアも立場を気にして受けざるを得ないかもしれない。だからソフィアにその気がないとわかっている今そんなことはできない」
「そうですか……」
絶対さっきのが本音だっただろという顔をして、リオルが「難儀ですね」と気遣うように言う。いやその通りだけども。
「……じゃあ、もう充分休んだし、俺は帰ることにするよ……貴重な梨ありがとう、大事に食べるよ」
これ以上ここにいたらどんどんボロを出しそうである。相思相愛カップルのラブラブオーラに当てられて死ぬ。
「あ、はい、お気をつけて」
「お大事にしてください、殿下」
お土産に貰った恋愛運アップの効果のある梨のようなものを抱え、セヴァンはフラフラと医務室を後にした。
◆◆◆
「お帰りなさいませ、セヴァン殿下。魔術大会準優勝おめでとうございます」
王城へ到着後。
満身創痍のセヴァンを出迎えたのは、とても良い笑顔を浮かべた教育係であった。
「……まだ結果は言ってないけど」
「あら、でも殿下のご様子を見れば、とても素晴らしい戦果を挙げられたことは分かりますよ。優勝には至らなくともそれに最も近いと」
その通りである。目前で逃したからこそのこの惨状だ。優勝していたらそれはもう喜び勇んで帰ってきていたし、準決以下で敗れていたらまだ諦めもついた。
「負けを悔しむ必要はございません、殿下。大切なのはこの負けを次に活かすこと、そして全力を出した自分を讃えることです」
セヴァンがどうしてこんなに優勝を逃したのが悔しいのかわかっていてこの言いよう。
「改めて準優勝おめでとうございます」
「……ああ……」
人の心が無いのだろうか。でもこの手慣れた女感溢れる余裕の笑顔も好きだから怒れない。恋は好きになった方が負けとはまさにこのこと。
「そうだソフィア、これ貰い物の珍しい果物……果物?まあ果物で……良かったら一緒に食べないか。今剥いてもらうから」
「まあ!よろしいのですか?では喜んで」
せめてこの恋愛運アップの効果があるという果物を一緒に食べよう。あの仲睦まじい婚約者達にあやかって。
とまあその部分は伏せてセヴァンが誘えば、ソフィアは意外にもあっさりと頷いた。
「なんという名前の果物なのですか?」
いつもであればソフィアはそう簡単にセヴァンと同じテーブルにつこうとしないのだが、まあ恐らく今大会でボロボロになって帰ってきたセヴァンにちょっとは飴をくれてやるつもりなのだろう。
「え?あ、あー、えーと、梨のようなものって言ってたなあ?」
そんなお情けの飴とわかってて食らうなど……なんて強がってもいいことは無いのでありがたく頂く。
「……?ようなものとは?」
「あ、いや、怪しいものではないんだ怪しいものでは!」
ヤバい。得体の知れないものと思われてはソフィアどころかセヴァンも食べる許可が下りない可能性が。せっかくの恋愛成就の御利益が。
「あのクレイディア嬢の実家のメイドの故郷で有名な果物らしくてとても美味しくて」
なんとか誤魔化さなくては。名称が不明瞭であることは置いといて、セヴァンは焦って説明を続けた。
「中々収穫が難しくてオスの木とメスの木……じゃない、受粉が難しいらしくて!」
あの時聞いた話を繰り返そうとして、これは説明した方が得体が知れなくなると思い軌道修正する。
「好きな人と一緒に食べると恋愛運アップの効果もあって!」
シャリーナには見慣れた果物だったようであるし、あの時リオルも食べていたのだ、まさか毒ということはないだろう。
「まあとにかく凄く美味しいからソフィアも一緒に食べよう!」
ほっぺにチューは逃してしまったのだ。せめて一緒にお茶くらいは!
「え、ええ……では、テーブルの準備を……」
勢い任せであるがなんとか説得できたようで、セヴァンがほっと息をつく。そうと決まればソフィアの気が変わらないうちにと急いで侍女を呼び、バスケットの梨を剥いてきてくれるように頼み……。
気づかなかった。いつも余裕な態度を崩さないソフィアが、珍しく動揺していたことに。
◆◆◆
『好きな人と一緒に食べると恋愛運アップの効果もあって!』
信じられなかった。己がこんな些細なことで動揺してしまったことに。
ソフィア・ブライトウェルは、現在表面の皮一枚で平静を保ちながら、教え子であるセヴァンと同じテーブルについていた。
「それで、土の魔法陣でステージの半分を覆ったら、次の瞬間魔法陣がひっくり返ってきて」
「まあ、そんなことが」
生まれてこの方勉学一筋で生きてきた。5年前にこの国の第三王子セヴァンの教育係に正式に任命された時は、これぞ天職だと思った。この小さな王子を立派に育て上げるまで、自分のことに関しては全部後回しでいいと。そろそろ結婚について真剣に考えねばならない歳になっても、それは変わらず。
「魔法陣をひっくり返すなんて……一体どのような仕組みなのでしょう?」
むしろ結婚してその嫁入り先の意向でこの職を辞さねばならなくなってはたまらないと、極力男性との接点を持たないようにしていた程。
「彼が言うには、術者と魔法陣を繋ぐ魔力回路を一時的に収縮させるものだと」
そしてこの職に就く前は、父親がソフィアを第一王子の婚約者候補にしようと画策していたこともあって、他の男性との婚約話などはまったくなかった。
それなりに声がかかることはあったが、ソフィア自身もそういったことに興味がなく全て遠ざけてきた。
「本当に凄いよ、彼は……今度こそと思っても次の瞬間には予想もつかない方法で逆転されてしまう」
セヴァンに魔術大会決勝戦の話を聞きながら、そう冷静に己の恋愛遍歴を振り返り、ソフィアは一つの結論を導いた。少し、いやかなり信じがたい結論を。
「もう彼のことは来年から殿堂入りとして扱ってもいいんじゃないかな」
いや落ち着こう。今気づけて良かったではないか。この失敗は次に活かすためにある。信じがたいことであるが自分は。
「つまりその、もう彼は別格であって勝ち負けを争うとかそういう次元には無くて」
まったく男慣れしてなかった故、直球の『好き』にはめちゃくちゃ弱かったのである!
ついさっきセヴァンが言った『好きな人』という言葉が不意打ちで胸に突き刺さった、この事実は誤魔化しようがない。
「優勝者の席は実質彼の席と決まったようなもので他の参加者達は実質準優勝の席を巡って争うと言っても過言ではなく」
いつのまにかセヴァンが屁理屈モードに入ってくれていて助かった。この間に調子を整えられるし、先程の動揺もどうやら悟られていないようだ。
「準優勝を決める大会と言い換えれば……つまり準優勝とはいえ実質優勝……そもそも優勝とは……人は皆生きているだけでオンリーワンで……何を以って勝ちとするのか……」
哲学モードに入っていった。もうそろそろ止めた方がいいかもしれない。
「というわけで来年からは準優勝でも優勝と扱っていいと思うんだけどどうだろう?」
「殿下。負けて悔しむ必要は無いと申しましたが、結果をねじ曲げていいという意味ではありません」
だいぶ強引に着地したセヴァンに、ソフィアが気を取り直して笑みを向ける。
「はい……」
そしてガクリと肩を落とした教え子を眺めながら、その肩がいつのまにか昔より一回り広くなったなと、ふと、そんなことを思った。




