第三王子の戦い2
前回の『第三王子の戦い』から約一年後。
セヴァンが一年生、リオル達が二年生になった年の魔術大会決勝戦です。
生半可な魔力量では初手で吸い尽くされる。
魔道具で補おうものなら起点にされる。
大技を控え小回りを効かそうにもすぐにコントロールを奪われる。
これまで幾人もの選手がこの男の前に成す術なく破れてきた。
「これでどうだ……っ!」
ステージ上に散らばった何十枚もの札。愚直に何十発も初級中級魔法を打っては打ち消されを繰り返し、セヴァンは最後の賭けに出た。
それまで顔色一つ変えていなかった男がその長い前髪の奥にある目を見開く。一学年上の、今大会唯一の魔術研究科リオル・グレン。かつて半分血の繋がった兄達のことで多大な迷惑をかけ、いまだ頭の上がらない彼が今は倒すべき敵である。
「……!」
この試合が始まってからずっと、魔法を繰り返し打ち出しては打ち消されながら、裏で無詠唱魔法を組み立てていた。
一つ二つじゃない。何十もの魔法陣が一気にリオルの周りに展開する。
もう決勝戦の終盤。この数を全て打ち消す程の札も、暇も無いはず!
「はっ?」
何十もの土槍の魔法。一斉に放って寸前で止めて降参させるつもりだった。
「……お見事です、殿下」
「打ち消して言う!!??」
しかし寸前どころか数センチ動いたところで全ての土槍が消えた。キラキラと舞う魔法陣の残滓の中で悠然と佇む男。どう考えてもお前がお見事である。魔力切れで霞む視界の中セヴァンが渾身の突っ込みを入れた。
「いや待っ……なんで……この数の護符なんて……もう何十枚も使い捨て……」
ステージ上に散らばる使用済みの護符。既に一度使って効果は切れたはずのただの紙切れ。これ程の枚数を消費させたのにどうして。
「使い捨ててなんかいませんよ」
「え?」
その紙切れ達を見渡して、頬にかかる黒髪を耳にかけながらリオルが言う。
「再利用しました」
護符の効果は一度きり。まるでそんな常識なんて知らないかのように、こともなげに。
「そ……んなのありかよ……!」
またこの男は、涼しい顔して世紀の大発明を。
崩れ落ちたセヴァンの耳に、対戦相手の勝利を告げる審判の声が突き刺さった。
「うぇあああ、うぁああああと一歩で、あと一歩でぇええええ!」
ステージ上に倒れ伏したまま血が滲む程拳を握り締めセヴァンが咽び泣く。身体は重くて動かない、吐き気も倦怠感も高まる一方。しかしこのまま担架で運ばれるのは嫌だった。
「肩をお貸しましょうか、殿下」
「うぅう……」
負けた相手の肩を借りてなんとか立ち上がる。それも格好良いとは言えないが担架よりはマシ。
「ソフィアには……ソフィアには俺は最後まで立派に戦ったと伝えてくれ……」
「すみません俺はその方にお会いする機会は無いと思うのでご自分で」
「どうにか温情をくれないかと……」
「申し訳ないですご自分で」
決勝戦だった。あと一歩だった。この日のためにどれだけ特訓したことか。大会前に病院送りになりそうになったことも一度や二度ではない。
大会のエントリー期間に入ってすぐの頃は、そこそこの成績でいいし程々に手を抜こうと思っていたけれど。
『もし殿下が大会で一番になったところを見ることができたら、私嬉しくて思わず頬に口付けしてしまうかもしれません』
死ぬ気で取り組むことになった。あの日学園での授業を終えた後、城での授業終わりに教育係が呟いたその言葉によって。
「素晴らしい試合でしたわー!お二人共ー!」
「セヴァン殿下……あんなに一生懸命な方だったんですのね……!」
「掴みどころのない方だと思ってたけど、あんな風に悔しがることもあるんだなぁ」
「リオルー!凄いです格好いいですリオルー!」
観客席からは勝者であるリオルと敗者のセヴァン、両方を讃える声が溢れてくる。しかし今のセヴァンにそれに手を振り返す気力は残っていなかった。目前で逃したものが大き過ぎて立ち直れる気がしない。
「リオルー!こっち向いてくださいリオルー!もしくは私がこのまま飛び降」
「やめろ待ってろそこから動くなよ!」
一方リオルは観客席から身体ごと降ってきそうな声に冷静に言い返している。
これが勝者の余裕か。婚約者と両想いという勝ち組の男の余裕。向こうからこっちに来てくれるというのに断るなんて、今機会を逃しても次もその次もあると確信があるからこそ言えることである。
大会で一番にならなければ婚約者らしい行為の一つも望めないセヴァンとは大違いだった。
「いやまだだ……まだ『同学年の中で一番』や『魔道師科の中で一番』になったで通す道もある……!」
「どこに繋がる道なんですかねそれは」
どうにかして揚げ足を取れないだろうか?屁理屈でもいいから何とか捏ね回せないだろうか?せめて残念賞として何か!
「リオルー!リオルリオルリオルー!」
「はいはい」
婚約者への愛に溢れる愛らしい声が降ってくる中、隣を歩く男が当然のようにそれを受け取る。
いや羨ましい。これが両想いか。これが愛する人に愛されるということか。羨まし死で死にそうである。
こんな愛情のほんの一部でもソフィアも持っていてくれたら。
「一欠片だけでいいから分けてくれ……」
「駄目です」
「一振りでもいいから……」
「一粒も駄目です」
うわごとのように呟く敗者セヴァンに、愛に恵まれた勝者は無情にも首を横に振った。
「そうですか……婚約者の方とそんな約束を」
「前にもお話しされていた方のことですよね」
闘技場にて魔術大会表彰式が行われる中。大会準優勝者セヴァンは、大会優勝者のリオルと並びベッドに横たわっていた。リオルのベッドの隣の椅子にはシャリーナが座っている。
「ああ……婚約者と言っても本人には本当に結婚する気はなくて正式な約束はことごとく躱されていてでも俺が彼女を婚約者だと勘違いするには充分な状況ではある状態を作っている婚約者だけど……」
「婚約者の定義が揺らぎますね」
「一旦辞書で引きましょうか」
あの後セヴァンはタイミングの悪いことにステージを降りる途中完全に意識を失い、リオルも意識を失った人間を支える程の力はなく共に階段を転げ落ちてしまったのだ。そして医務室で二人一緒に手当てを受け、リオルの婚約者であるシャリーナも飛んできて今に至る。
「うぅう来年こそは……来年こそは……!」
「すみません俺も婚約者に格好良いところを見せたいので来年も手は抜けないです」
「そこをなんとか!」
「リオルはいついかなる時も今この瞬間も絶え間なく格好いいです!」
「ほら彼女もこう言っていることだし!」
今頃闘技場では広々とした表彰台で三位の生徒が盛大に祝われているところだろう。
「あぁあ優勝さえすれば……」
「殿下、とても言いづらいことですが」
「え?」
目が覚めてから何度もそう繰り返すセヴァンに、リオルがどこか気の毒そうに口を挟む。
「その方は『殿下が大会で一番になったところを見ることができたら』と言ってらしたんですよね?でも観戦には来ていない……殿下が一番になるところを『見る』ことはできない……なのでもし殿下が優勝されていた場合でも……」
「あ」
言われてみればそうであった。いつだって逃げ道を用意するソフィアのことである。少し考えればわかることだった。
「畜生!!」
あんまりにも豪華すぎるご褒美に目が眩んでこんな単純なロジックにも気づけなかった。一生の不覚である。ソフィアは嘘は言わない、嘘は言わないが『嘘は言ってない』なことは多々ある。
「リンゴを剥きましょうかリオル、普通のリンゴとガブリエラが獲ってきてアポロンが送ってくれたまるでリンゴのようなものがありますけどどっちがいいです?」
「まるでリンゴのようなものの方で」
「わかりました!リオルが冒険するのは珍しいですね」
「さすがに好奇心が勝った」
来年こそはもっとちゃんと言質を取ってから臨まなければ。いやその前にあの新しい護符の対策法も考えなければ優勝もできない。
いつのまにか二人の世界に入ってしまった仲睦まじい婚約者達を眺めながら、いつか自分達もあんなふうになってやるとセヴァンは決意を固めたのだった。
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