第三王子の戦い
ガリ勉地味萌え令嬢シリーズの2巻『ガリ勉地味萌え令嬢は腹黒王子などお呼びでない』
TOブックスより2021年1月20日(水)に発売です!
単行本には『婚前デート』『旅一座硝子星の幸運と大国エルガシアの不運』『この一言を』など全部で3本、合計2万字以上の書き下ろしを収録しています。さらに電子書籍限定書き下ろしやストア特典も!詳しくは活動報告をお読みください!
↓本編終盤第二王子謹慎後のエルガシア国第三王子の話です。第一王子の破滅後立て続けに第二王子が自滅、突然の王座が第三王子を襲う…!
「おはようございますセヴァン殿下。次期国王最有力候補となられましたこと、心よりお慶び申し上げます」
「初耳〜」
「というわけで今日から授業時間が倍になりましたが頑張りましょうね」
「待ってくれソフィア聞いてない、聞いてないなーその重大な情報俺聞いてないよ?ねぇ?」
エルガシア国王宮敷地内、本邸から少し離れた別邸にて。エルガシア国第三王子であるセヴァンが、いつもの授業が始まるや否や信頼する教育係へ質問のため手を上げた。
「学ばなければならないことが一気に増えましたからね。いきなり倍は大変でしょうが、私も精一杯務めさせていただきますので」
「そっちじゃない、そっちは別にいい!いつのまにか王座が間近に迫ってきてる方のことを聞いてるんだけど!?」
「あら?聡明な殿下のことですから、そちらはもう既に察していらっしゃるかと。第二の防波堤が早々にお崩れあそばされたのですから……」
「うぁああ持ち堪えてくれー!早いわ!早すぎるわ!第一が突破されてからまだ全然経ってねぇよ!」
セヴァン・ケイシー・エレイン・エルガシア、今年で14歳。現国王の側室エレインの長男にして、エルガシア国第三王子。
ついこの間までは正妃の子である第一王子と第二王子がいるおかげで、王座とはほぼ無縁の状態でいた。
「まだだ……まだ諦めるには早い……!保ってくれ第二防波堤!」
「教科書の準備はよろしいですか?52ページを開いてください」
「待って心の準備ができてない」
そう、ついこの間まで無縁の状態でいた。
今セヴァンの前で教鞭を執るのはソフィア・ブライトウェル侯爵家長女、21歳。こんなに年若い教育係が就いているのもそれが理由である。第一王子第二王子を差し置いて、側室の第三王子にあまり優秀になられては困るから。
「無理だって……俺なんかに王とか無理だって……」
かといって愚かすぎては今度は傀儡の王を求める輩に担ぎ上げられる可能性もあるので、ある程度の教育はしなければならない。
セヴァンもその辺の大人の事情はわかっていた。だから今まで目立たず騒がず“そこそこ優秀だが上二人と比べてパッとしない”くらいをキープしてきたのだ。それでずっと歯痒い思いを……したことはただの一度もなく、セヴァンの性分からしてこの気楽なポジションは大歓迎であったのに。
「大丈夫ですセヴァン殿下、殿下はやればできる人だと私知ってます」
「ソフィア……」
ダークブロンドに灰青色の目。広義の意味では金髪碧眼だが暗い印象が拭えない見た目に、王族としては平均程度の魔力量。
ただ、その二点こそ上二人程の派手さ華やかさはなかったが、その他の点でセヴァンが劣っていることはなかった。
たまに本邸に呼ばれた時、有力貴族と顔を合わせた時、他の教育係による授業の時、自身も負けていないことをアピールしようと思えばできた。
「やればできる奴は!やらないからできない奴でもあるんだ!そして俺は後者だ!」
でもやらなかった。だって面倒くさいから。やらないのはできないと同じである。
「己を過信せず客観的に評価することができる。素晴らしいです」
「うわー人として当たり前のことが評価されてしまうー!全然嬉しくねぇえー!」
セヴァンに王に相応しくない点があるとすれば、権力欲より怠惰欲がはるかに高いという点だろう。
上二人と比べていくら馬鹿にされようとその分王座が遠ざかるなら万々歳だと思っていたくらいには、富とか名声とかプライドとかより気楽に生きることの方が大事だった。
「王様になったらいい事も沢山ありますよ。例えばどんな女の子も選び放題とか……王妃の座に興味のない女はいないでしょう」
嫌がり続けるセヴァンに、ソフィアが仕方ないとばかりに教本を閉じ、国王になるメリットを語る。
「そう思い込んで破滅したのが上二人では!?」
「よく気がつきました。偉い偉い」
「だから嬉しくねぇー!」
しかしセヴァンは引っかからなかった。なにせ自分がその王の座に興味がないのだ。王妃の座に興味がない貴族令嬢がいたっておかしくないことくらい簡単にわかる。
というか何故こんなに簡単なことが上の王子達はわからなかったのかがわからないレベルだ。
「……ですが、多くの女性が憧れるのは確かです。私も幼い頃からの夢でした」
「え?」
「勿論今の夢は殿下が立派に成長してくれることですが……」
教壇に本を置き、ソフィアがセヴァンの隣まで歩いてくる。
「殿下が王となられるのなら、こんなに嬉しいことはございません。どうかこの不肖な教育係の夢を叶えていただけませんか?」
そしてドレスの裾が汚れるのも厭わず身を屈め、セヴァンを見上げるようにして言った。
「どうか私に、ずっと、殿下のお側で、この国の未来と殿下を支えていけるお役目を」
「なっ……」
雷が落ちた。
この時のセヴァンの衝撃を例えるとしたらそれである。
「そ、れは、ええと……つまり……」
「では教本52ページを開いてください」
「待ってくれ切り替えが早い!いややる!やるけど!?」
やればできる。しかしやらないからできない。そんなセヴァンの怠惰欲に、とある他の欲が打ち勝った瞬間であった。
◆◆◆
俄然やる気を出した教え子を眺め、ソフィア・ブライトウェルが目を細める。
「ここまでで質問はありますか?」
「いや、大丈夫だ。ソフィアの授業はわかりやすい。次に進めてくれ」
この王子様が己に懸想していることに、ソフィアは前から気がついていた。
ソフィアは鈍感ではない。不美人でもない。そしてこの年代の少年が大人の女性に憧れることがそう珍しくないことも知っている。
他の教育係から「もう少しやる気を出してくれれば」と言われるセヴァンが己の授業の時は遺憾無くその実力を発揮すること、授業が長引こうが増えようがまるで嫌がらないことを見ればまあ想像がつくというものである。
「凄いです殿下。もう今日の分の課題が終わりましたよ」
それにしても効果抜群だ。思わず微笑ましくなってしまう。
まあ、将来本当に今セヴァンが期待していることが叶うことはないけども。
「学ばなければならないことはまだまだ沢山あるんだろう?残った時間は明日の分までやるよ」
「まあ!素晴らしい、その意気です殿下!」
憧れはただの憧れだ。いつか思い出として昇華されるもの。あと数年もすればこんなただの口約束など忘れてしまう時がくる。
そのために明言はしなかった。王妃にしてほしいとも、結婚してほしいとも、ソフィアは一言も言っていない。ただ『側で支えたい』とだけ。己の職務のことを考えれば、『教育係として支えたい』という意味で十分通る。
「では、明日からはもっと早く進めてもよろしいでしょうか?」
「勿論、俺はやればできる男だからな!」
いつかセヴァンを誰もが認める王位継承者として育てられたら、この口約束は後者の意味だったことにして、自分は父に適当に嫁ぎ先を見繕って貰う予定だ。
ただでさえ行き遅れに片足を突っ込んでいる今、数年も経てば完全に両足を突っ込むことになるが、元々結婚に夢は抱いていない。後妻としてならまだ需要も残っているはず。
「将来が楽しみですわ、セヴァン殿下」
「ああ、楽しみにしていてくれ。お、俺も、君が隣にいてくれる未来が、楽しみだ……」
まあ今セヴァンが想像している未来とソフィアの想定する未来はまったく違うけども。敢えて訂正することはない。
「ふふふ、早く大人になってくださいね」
「何歳から大人だろうか?必ずしも成人の歳からってことはないんじゃないか?精神的に成熟していればその今からだって……」
優秀だった兄達からは殆ど存在を無視され、周囲の貴族達からもずっと軽んじられてきたセヴァン。
しかしやる気を出せば、やる気さえ出せばその素質はあの兄王子達さえ上回ると、出会ったときから思っていたのだ。
見る目のない輩にこれ以上大事な教え子を馬鹿にさせてやるものか。
「そうですねえ……では、国王陛下から正式に継承者として指名されたらでしょうか」
「わ、わかった……!」
この調子で王座まで一直線に走らせてやる。そしてゴールが見えたあたりで自分はお役目御免だ。セヴァンを誰にも馬鹿にさせたくないのに、年増の王妃を貰っただのと自分がその汚点になってしまったら本末転倒。
「言質取ったからなソフィア、その言葉忘れるなよ……!」
「ええ、女に二言はありませんわ、セヴァン殿下」
ぶら下げた餌で王座まで誘導しながら、結局食わせはしない卑怯者などと罵るなかれ。どうせその頃には美しく成長した同年代の令嬢達が婚約者候補として押し寄せてきて、セヴァンがソフィアを振り返る余裕もなくなるだろう。
いつかその相応しい相手が現れるまで、この未来の王を立派に育て上げるのが己の役目だと、ソフィアは決意を新たにした。
◆◆◆
と、己の愛しい教育係が考えているであろうことはセヴァンはわかっていた。
「急に呼び出してすまない、ブライトウェル卿」
「いえいえ殿下のお呼びとなれば、光栄の極みに存じます」
セヴァンとてソフィアがまったくそのつもりもなく、純粋に『教育係として支えたい』という意味しか想定せずに言ったならそう受け取るつもりでいた。
だが違う。ソフィアはそんな天然な女ではない。というかこんな勘違いさせるような台詞を天然で言う女がいたとしたらただの馬鹿である。
「私は駆け引きは苦手だ。単刀直入に言おう」
では何故ソフィアがそんなことを言ったか。それはまさにセヴァンにそう勘違いさせることが目的だからだ。王になれば王妃としてソフィアがついてくると。セヴァンの気持ちを知っていて、そのやる気を引き出すために。
「ブライトウェル卿。どうか叔父ではなく、私の味方になってくれ」
ならば……ならばその思惑通りまんまと勘違いした馬鹿な男が、舞い上がって彼女の父親に直談判をしても致し方ないことである!
「はは、何を仰いますセヴァン殿下」
ニコラス・ブライトウェル。ブライトウェル侯爵家当主。かつて自分の娘を第一王子の婚約者候補の会、ローズ・ガーデンに入れようと画策し、あえなく失敗した男。
第一第二王子が共に失脚した今、中立を保ってはいるがどちらかというと王弟寄り。
現国王と一回り以上歳が離れている王弟は、現国王が病から復帰した今でも次期王として推す者が多い。そして王弟はいまだ独身。ニコラスが今度こそ自分の娘を妃にと考えているだろうことは想像に難くない。
そんな男に、王弟と王位を争う第三王子が『味方になってほしい』と言う意味。
「勿論わたくしどもは王家に忠誠を誓った身であり……」
「貴方の言いたいことはわかる。叔父と比べ、私はまだまだ未熟だ……だから」
今ニコラスの頭では、王弟側につくこと、第三王子側につくことのそれぞれのメリットが天秤に載せられ揺れているはず。
「……王妃にはそんな私を教え導いてくれる女性がいいと考えている」
「!」
その天秤をこちら側の地につける。それが今回セヴァンがニコラスを呼び出した目的であった。
「これまでも私の手を引いてくれたソフィア嬢に、これからもずっと、一生、一番近くで支えてもらえたら、私はきっと良き王になれると思うのだ」
「そ、それは……!」
要約。どうか娘さんをください。
おそらくニコラスには『王になれた暁にはお前の娘を正妃に迎えてやる』的な意味で聞こえたことだろう。
「殿下がそこまでの覚悟をされていたとは……!いやはや幼き頃より殿下を見守ってきた身として嬉しく思いますぞ」
「ブライトウェル卿、それでは」
これでソフィアの逃げ道は一つ塞いだ。少なくとも数年後に後妻を求める条件の良い男が現れたとしても、ニコラスがソフィアを嫁に出そうと考えることはない。
「ええ、ええ。勿論これまでもこれからも、殿下の味方でいましょう。どうか我が娘をよろしくお願い致します」
「勿論だとも!」
本人に黙って外堀を埋めるなど卑怯者以外の何者でもない。それは重々承知している。
だがしかし、最初に人の恋心を利用するという卑怯な手を使ってきたのはソフィアだ。ぶら下げた餌に食いつかれることをまったく想定してなかったなど言わせない。
王位だけならばいらなかった。しかし王妃がついてくるなら話は別。
すっかり勢いはなくしたがまだいるにはいる第二王子派、第一王子が生まれる前から根強い王弟派、あれらにみすみす取られるわけにはいかない。
第三王子セヴァンの戦いは今始まったばかりである。




