6話 ダンスパーティの誘い 後編
ダンスパーティを二日後に控えた日の朝。
「……え?」
いつものように朝早く起き、まだ皆が眠ってる時間に既に身支度を終えたシャリーナがドアを開ける。
その一拍後。ドアのすぐ横に転がったとある物を見て、ひゅっと息を呑んだ。
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「リオル!リオルっ!」
「どうした?何かあったのか?」
女子寮と男子寮の交差点を走り抜け、男子寮の門まで一目散に駆け抜ける。
丁度寮の玄関を出ようとしてるリオルを視界に入れたシャリーナは、上がった息を整えることもなく必死でその名を呼んだ。
必死さが伝わったようで、リオルも急いで駆け寄ってきてくれた。
「あ、朝、部屋のドアを開けたらすぐ近くにこれが……!」
「……これは」
シャリーナがこんなにも急いで男子寮の門まで走った理由。それは今シャリーナの手に持つとあるものにあった。
「金の葉に、青い薔薇のコサージュ……」
差し出したそれを見た途端、リオルも表情を強張らせた。おそらく同じことを考えているのだろう。あのナルシスト王子。
「アレか」
「アレです」
やりやがった。
二人の心が今一つになった。
「何もないとは思ってなかったけどな……」
はぁああと深い溜息をつき、リオルがぐったりと眉間を押さえる。
「不気味なくらい姿を見せなかったのはこのせいか。君がそっちのコサージュをしているところを目に入れないためだろう」
「そっちのとは、リオルがくれた方のコサージュのことですか?」
「ああ」
正式な作法でもない、ファラ・ルビア学園内だけの慣習とはいえ。パートナーが既に決まっていると暗にアピールしている令嬢に、横入りで申し込むのはマナー違反もいいところだ。
そして勿論パートナーが既に決まっている令嬢が、後から来た男に乗り換えるのだってマナー違反である。いくら王子からの申し込みでも、それを理由にシャリーナが断わろうとギリギリ反感を買わない程度には。
「あの世界は自分を中心に回ってると思ってる馬鹿でも、流石に今の君に申し込めないことはわかったんだな」
「リオルの怒ると声は荒げないのにさらっと口が悪くなるところクールで好きです」
「そういうの今はいいから」
先約があること、更にその先約を周囲にアピールしていること。王子の申し込みを“致し方なく”断ったところで、非があるとされるのはパートナーがいるとわかっていて申し込んだ側だ。
「でも。学年も違う、会ってもいない。ならアレが君の先約を知らなくても“仕方ない”んだ」
横入りはマナー違反。しかしこれが先約を知らずに申し込んだパターンだと、少々話が違ってくる。マナー違反とまではならず、知らなかった故のただの失敗になってしまうのだ。
だから。
「何とかアレが一人になったところを狙わないと……」
「いや。おそらく今日も明日も、アレが一人になることはない」
シャリーナがこの申し込みを断ることは、申し込んだレオナルドの失敗を指摘するということだ。レオナルドが取り巻きを連れているところでそんなことを言えば、大勢の前で恥をかかせることになる。
かといって申し込みを断らずに当日を迎えれば、当然レオナルドが迎えに来てしまうわけで。
「明後日までに王子と話ができないと踏んだ君は、俺に事情を説明して俺のコサージュを返却し、王子のコサージュを付けて迎えを待つ。っていう筋書きだろう、アレの中では」
「口にコサージュ詰め込んで窒息すればいいのに……」
「君も見た目に似合わず結構遠慮ないとこあるよなあ。嫌いじゃないけど」
社交界の正式なパーティなら、そもそも直前に申し込むこと自体非常識だった。しかしこれはあくまで学校行事である。
また、同じ生徒同士身分は関係ないという学園方針がただの建前でなければ、普通に断っても問題なかった。しかし建前はあくまで建前である。
中途半端な学園事情がことごとく都合の悪い方に働いた結果、こんなことに。
「……では、もう、体調を崩して寝込むしかありませんね」
他の男の手を取ってパーティに臨むくらいなら、体調不良と偽って欠席する方がよっぽどいい。
「そうだな」
リオルがこくりと頷く。
「昨晩から熱を出して寝込んだことにしよう、それで」
目尻に悔し涙を溜めて、シャリーナが青薔薇のコサージュを花びらが潰れる程強く握り締める。
「それで、今日一日休んで治ったことにしろ。明後日のパーティには何も影響しない」
「え?」
それじゃ意味が無いのではとシャリーナが言いかけるも。
振り向きざまに「そこで待っていろ」とだけ言って、リオルは寮に駆け戻っていった。
「ねぇねぇ、シャリーの部屋の前にも青薔薇のコサージュあった?」
「え、ええ、あったわ」
翌日。昨日体調を崩して一日休んだ設定のシャリーナがいつもより遅れて教室に入ると、パッと顔を輝かせたアンジェリカが駆け寄ってきた。
「持ってきてない?見せて見せて!今他の子にも見せてもらってたとこなんだ」
「持ってきてるわ。ほら」
「わーいありが……って随分ボロボロだけど!?」
「床にあったからうっかり踏んじゃって」
正確には握り潰したせいでボロボロなのだが、わざわざ正直に言うこともないだろう。
「犯人も随分凝ったことするんだね。これを一年生寮の全員にでしょ?大変じゃない」
「……そうね。大変よ」
ボロボロになってはいるが元はちゃんとしていたであろう薔薇のコサージュを手に取り、アンジェリカは感心したように言った。
「シャリーは昨日一日寮に居たんだよね?怪しい人とか見なかった?」
「うーん、一日中寝込んでたからわからないわ。ごめんなさい」
「いやいや、謝ることじゃないって!」
昨日、シャリーナが体調を崩したというていで部屋に閉じこもっていた時。部屋の外、寮内では結構な騒ぎが起きていたのだ。
「何のためにこんな悪戯したんだろう?何か目的があって陽動のためって意見もあるけど、今のところ何か盗まれたわけでも誰かの部屋に侵入された形跡があるわけでもないって話だよね」
一年生から四年生まで学年別に四棟ある女子寮のうちの、一年生寮。そこに学校が終わった寮生達が戻ると、全員の部屋の前に青い薔薇のコサージュが置かれていたのだ。朝部屋を出る時は何もなく、寮の管理人も覚えがないというのに。
つまり、日中に何者かが管理人の目を盗んで寮に侵入し、犯行に及んだということ。
「悪戯に目的なんてないわ。強いて言えば皆を驚かせたかっただけじゃないかしら?今日一日皆の話題の中心になるくらい」
「愉快犯ってことかあ。じゃあこんな大騒ぎになって今頃ほくそ笑んでるかな?」
「そうね。案外近くで見てるかもしれないわ」
「ちょっと~怖いこと言わないでよ!」
流石に完全な部外者であれば寮どころか学園敷地内に侵入することも難しいので、生徒か学園関係者の悪戯だろうということで片付けられようとしている。悪戯の内容がこの時期に女子生徒に花飾りを贈るという、学園の慣習に因んだものであることもその推測に拍車をかけた。
「明日のダンスパーティに意中の子を誘えなかった男子生徒が自棄になってやったとかいう噂もあるんだよ」
「あら、誘いたいなら堂々と誘えばいいのに、こんな回りくどいことしかできないなんて意気地の無い方ね」
「あはは、シャリーってば厳しい~」
そう、堂々と誘ってくれていれば。正面から申し込んでくれていれば。こちらもこんな回りくどい断り方をせずに済んだのである。
こんな……リオルの内職で納期前の白薔薇のコサージュを、美術の授業用の水彩絵の具と水属性初級魔法の一つである浸透魔法で染色し、学校を休んだシャリーナが日中誰もいない間にこっそりと全員の部屋の前に配置するという、木を隠すなら森の中作戦を。
「せっかく綺麗なコサージュなのに勿体ないねー。犯人もこんな大変な思いをしてただ皆を騒がせたかっただけなんて、理解できないし」
本当に大変だった。昨日の早朝に青薔薇のコサージュを発見してからリオルに報告するまで十分。リオルが寮に駆け戻ってから紙袋一杯の白薔薇のコサージュを持って出てくるまで二分。詳しい話は後だとひたすらコサージュを青く染め続けて五分。女子寮に戻りながら作戦の説明を受けて十分。
計二七分、何とか誰も起きてこないうちに準備を終わらせることができた。
皆が学校へ行っている間にコサージュを配置する作業は、管理人に見つからないようにしながらも幾分時間に余裕はあったが。
「昨日の夕方にはもう女子寮では凄い騒ぎになってたんでしょ?私は昨日はすぐに帰ったから今朝まで知らなかったけど」
今日までに四学年の王子にも伝わる程度の騒ぎになってくれればと思っていた。それが予想以上に大騒ぎになり、すぐさま管理人が校内の教師達に報告に行き、他の生徒達も聞きつけ、その日のうちに男子寮まで騒ぎの様子が届いたようだった。
「ええ、びっくりするくらい凄い騒ぎだったわ……」
何はともあれこれで昨日の早朝シャリーナの部屋の前に置かれ、今アンジェリカが片手に持っている青薔薇のコサージュが、王子からのダンスの申し込みではなく愉快犯の悪戯になった。
少なくともシャリーナがそう解釈しても仕方ない状態にはなっている。
「でも青薔薇に金の葉だから、私なら殿下からの申し込みだと思って舞い上がっちゃってたかも」
「そんな、他の部屋の前にもずらっとあるのよ?あり得ないってすぐわかるわ。それに」
自身の桃色がかった金髪をつまんで、薄い青の目を瞬かせたシャリーナが言う。
「金髪に青い目なんて、貴族なら掃いて捨てるほどいるでしょう?」
「貴族を掃いて捨てちゃ駄目でしょ……」
燃え盛る火のような赤毛と同じ色の目を持つアンジェリカが、苦笑しながらそれに答えた。
「まあ、君の友人が言うことも尤もなんだけどな」
「え?」
その日の昼休み。裏庭で一日ぶりのハンバーグサンドを食べながら、リオルが無表情に言う。
「犯人が王子かもしれないって思ってるから、学園側も本気で調査なんかしないんだ」
フライにしたポテトをつまみながら、シャリーナはポカンと首を傾げた。
「金髪に青い目というだけでですか?学園内だけでも掃いて捨てるほどいるのに?そもそも、これがダンスパーティの慣習を模したものだとも限らないのに」
「君は何回貴族を掃き掃除すれば気が済むんだ?」
目論見通り『一年女子寮に花配りの愉快犯が現れた』とクラス中で噂になってることを伝え、ついでにアンジェリカの話を出したところ、リオルは笑うでもなく当然のように頷いた。
「生徒の悪戯の可能性が高いとはいえ、万が一部外者の犯行だったら大問題だ。普通ならもっと本格的に犯人探しするだろ」
「言われてみれば……」
リオルが言うことも尤もである。考えてみれば、シャリーナは犯行があったとされるその日一日寮にいたのだから、もっと詳しく事情聴取をされてもおかしくなかった。それなのに今日の朝軽く「部屋を出ていないか」「誰も見ていないか」と形ばかりの質問をされただけで、すぐに解放してもらえた。
「犯人が王子なら、部外者の侵入を許したわけではないからそこまで問題はない。むしろ王子が女子寮に侵入したなんて暴いてしまったらそっちの方が大問題だ。たとえ何かしらの証拠を掴んでも大抵の教師は無かったことにするさ」
「少なくとも告発した教師の首は飛びますものね……表向きは一身上の都合ということにされて。理不尽極まりないですが」
理不尽極まり無いが、王族の恨みを買うとはそういうことである。今回の犯行が王子によるものだと思った学園上層部が、本格的な調査をしたがらなくても頷ける。だって証拠が出てきてしまった方が困るのだ。
「ですが、何故教師達は皆今回のことがあのレオナルシストの仕業だと思ってるのですか?」
「さらっと改名してやるなよ。確かにナルシストだけど」
ダンスパーティの慣習通り、金の葉と青薔薇のコサージュが髪と目を現しているとして。金髪青目なら他にいくらでもいる。それだけでレオナルドだと決めつけるのは早計過ぎる。
「途中までは確かにレオナルシストの仕業だからだ。男子禁制の女子寮に侵入して、一人の女子生徒の部屋の前にコサージュを置いたところまではな」
「成る程レオナルシストの」
「寮の管理人は一度、アレの侵入を見逃してるはずなんだ。でなければアレも君の部屋の前にコサージュなんて置けない」
ハンバーグサンドを食べ終わったリオルがデザート代わりに抹茶の氷ジュースを啜っている。両手で水筒を持つところがとても可愛い。
「ナルシスト本人が来たのですか?従者には頼まずに」
「こんなこと王子でもなければ見逃してもらえないだろ。あと、無詠唱で扉を傷つけずに内側から鍵を開けられるくらい細密な風の操作をできるのはアレくらいだ。多分本人は深夜にこっそり侵入して颯爽と立ち去ったつもりだろうけど」
「管理人さんにはバレてたってことですか……ああ、だから」
「そうだ。事件の前日に王子が侵入。下見か準備か、何かしら関係があると思うだろ」
淡々とジュースを飲みながら、ごく簡単なクイズの答え合わせでもするかのように言うリオル。あの短時間にここまで考えていたというのか。
「好きです」
「はいはい」
脈絡がないなと呆れたように言うその顔は、それでも少しだけ照れているように見えた。
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一方その頃。
「……妙だな」
「殿下?どうかなさいましたか?」
校舎の屋上に設置された温室にて。薔薇に囲まれたテーブルにつき、紅茶のカップを持ち上げたレオナルドがポツリと呟いた。
「紅茶の味が何か……すぐに淹れ直させます」
「いや、いい」
左隣に座る令嬢が執事を呼ぼうとするのを制し、レオナルドが静かに紅茶を啜る。テーブルには紅茶の他にサンドイッチや焼き菓子が並べられていたが、今のところ一つも手をつけていない。
「殿下、何かお召し上がりになりませんか?昨日は急なことで準備が及びませんでしたが、今日は全て殿下のお好きなもので揃えましたの」
右隣に座る令嬢がテーブルに並んだいかにも高級そうな菓子や料理を誇らしげに示すが、レオナルドはちらりと目を向けただけで何も答えなかった。
「ヴァイオレット様、無理強いはいけませんわ。殿下がこうしてこちらに来てくださっただけでも感謝しませんと。ねぇ、イメルダ様」
「そうですわ、カーミラ様の仰る通りですわ」
すかさず右斜めに座る令嬢――カーミラが料理を勧めた令嬢ヴァイオレットを諌め、左斜めに座るイメルダが嬉しそうに賛同する。
「……フン」
なんて中身のない会話だろうか。仮にも全員侯爵以上の家の出だろうに。
うんざりしたレオナルドが少々乱暴にカップをソーサーに置くと。
「殿下。何かお気に障りましたでしょうか?申し訳ございません」
正面に座るロザリンヌ・アーリアローゼ公爵令嬢が、いかにも申し訳なさそうな表情を作って口を開いた。
硬質なプラチナブロンドは一つの癖もなく、釣り気味の目は深海のように青い。美しいが、冷たくキツい印象が先立つ。
「フッ……」
同じ金髪碧眼と称してもこうも違うものか。
柔らかく、暖かな春を思わせるストロベリーブロンドと晴れた青空のような瞳の少女を思い浮かべ、レオナルドはクスリと笑った。
本当ならば今頃己の青薔薇を身に付け明日のダンスパーティに臨んでいたはずの少女。
猫に相応しいコサージュを用意している間に忌々しい黒鼠に先手を打たれてしまったが、猫とて鼠とダンスパーティなど本意ではないはず。
「殿下?何か気になることでも……」
鼠の誘いを断り切れなかった手のかかる猫のため。わざわざ回りくどい誘い方をして、鼠のエスコートを“致し方なく”というていで断り、こちらの手を取れる状況を作り出してやったというのに。
「殿下、ご気分が優れないようでしたら」
そう考え事をしていると、またもやロザリンヌが口を挟んできた。
「……いや、何でもない。昨日今日の騒ぎについて考えていただけだ」
気は進まないが煩く言われても敵わないので、仕方なくテーブルに並んだサンドイッチの一つに手を伸ばす。
「一年女子寮に侵入者が出たという話ですわね。何故か全員に青薔薇のコサージュを配ったという」
「こんなこと私達が入学してから初めてですもの。一年生の方々だけでなく、全学年でも騒がれていますわ」
「今回は特に被害はないにしても……気味が悪いことには変わりないですものねぇ」
「ああ。奇妙なものだ」
どこだかのシェフが腕によりをかけて作ったという、味気のないサンドイッチを咀嚼して、これまた味気のない紅茶で流し込む。
「……偶然が重なったとしても、出来過ぎだ」
カチリとカップをソーサーに置き、レオナルドが口の中だけで呟く。
「殿下?今なんと」
「何でもない。俺はもう教室に戻る。お前達は気にせず茶会を続けてくれ」
騒ぎの広がり具合もある程度確認できた。これ以上は時間の無駄と判断し、レオナルドは席を立った。
「殿下っ!?そんな!」
「お待ちくださいませっ、まだ何もっ!」
慌てた令嬢達が引き留めてきたが、振り返る価値も無く。甘ったるい香水と花の匂いを振り切って温室の扉を開けた。
「……待たせたな」
「いえ。殆ど待っておりません」
扉の隣に控えていた従者に声をかけると、従者は眉を顰めて首を振った。
「よろしいのですか?もう少しローズ・ガーデンの皆様とお話されなくても」
「これ以上あの甘ったるい匂いに耐えられるか。鼻が曲がる」
「ですが、彼女達と仲を深めるのは陛下からの命でもあります。定期的にこの茶会に出席するよう言われているのに足蹴にし続けて……昨日今日と久しぶりに出席されたと思いきや、今日は殆ど在席されなかっ」
「ええい、うるさい!昼休みをどこで過ごそうが俺の勝手だ」
ローズ・ガーデン。公爵令嬢ロザリンヌ・アーリアローゼを筆頭に、侯爵家以上の四人の令嬢達で結成された集団。別名、王子の婚約者候補達。
「殿下の将来のためを思って言っているのです。いつかは彼女達の中から正妃を、また側室を選ぶことになるのですから――」
「誰と結婚するかは自分で決める。他人に指図される謂れはない」
幼い頃から押し付けられたその婚約者候補達に、レオナルドは辟易していた。王子という地位に目が眩んだだけの何の面白味も無い女達。
「お前も義父に恩を売りたいのだろうが……あの中にお前の義姉がいるからって、特別扱いするつもりもない」
「そっ、そんなつもりは!私はただ殿下の将来のためを思って!」
今いる従者とて、娘を正妃にと目論むアーリアローゼ家が押し付けてきたのである。わざわざ遠い親族から引き取って養子にしたというこの男を。
それなりに使える奴ではあるが、この件に関しては信頼できない。大方アーリアローゼ家当主から、ロザリンヌを売り込むよう言われているのだろう。
「そんなことより、例の物は手に入ったか?」
「それは……ここにありますが、どうしてこんなものを」
「何だ。持っているなら早く言え」
話は終わっていないとばかりに従者は不満げに口を歪めたが、言い返す度胸もなかったのだろう。大人しく懐から例の物を取り出した。
「一年女子寮の出来事です。わざわざ殿下が犯人探しなどされなくても」
「俺に指図するつもりか?」
「はっ……失礼致しました」
昨晩のこと。 レオナルドは女子寮で事件があったと他生徒が騒ぐのを聞き、それが『シャリーナ・クレイディア伯爵令嬢が王子のものと思われる青薔薇を身につけている』ではなく『一年女子寮の寮生全員に何者かが青薔薇を配った』であったことに衝撃を受けた。
しかし瞬時に犯人に当たりをつけ、確認のため一年女子寮に置かれた薔薇のコサージュの一つを持ってくるようにと従者に命じたのだ。
「フン。思った通り、安物だな」
従者が差し出したそれは、貴族が身につけるとはとても思えないような安物のコサージュだった。レオナルドの想像通りの。
「……あの鼠の乏しい財力ではこれが限界か」
「殿下?何を……」
どんな手口を使ったかまではわからなくとも。動機を考えれば自ずと犯人は見えてくる。こんなことをして得をするのは誰かと言ったら――。
「……三度目は無いと言ったはずだぞ、黒鼠」
色褪せたコサージュをぐしゃりと握り潰し、レオナルドは不敵に笑った。
ちなみに。どんな手口を使おうが、そもそもリオルがレオナルドのコサージュの存在を知ってる時点でそれを告げた誰かがいるわけで、また、動機で考えればもっと犯人に近い少女がいるのだが。
「俺の猫にまとわりつくとは、身の程知らずな鼠め」
王族という生まれながらの勝者であり、常に数多の女からアプローチを受け続けていたレオナルド・ランドール・ユリシア・エルガシアは。
己が田舎の貧乏男爵家三男に完膚無きまでに負けているということも、自身のアプローチが本気で嫌がられているということも、夢にも思っていなかったのだ。




