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ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない  作者: 鶏冠 勇真
第二部:ガリ勉地味萌え令嬢は、腹黒王子などお呼びでない

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22話 起死回生の魔法

 

 いくら王太子の婚約者候補になったとはいえ、シャリーナはまだ正式には王族の一員ではない。国王の寝室に無断で入ることなど許されない。

 ……しかし、他人の目があるところで望んだお見舞いが、却下されるような立場でも決してなかった。


「少しでも変な動きをしたら君の首が飛ぶよ?妙なことを企んでるなら……」

「ロランド。口を慎みなさい」


 未来の義娘として、王太子の婚約者として国王を見舞うのだからと、別の部屋で王位継承者としての教育を受けていたらしいロランドも呼び出された。王妃とロランドの後に続き、寝室へと繋がる廊下を歩いていく。

 先程からロランドがぶつぶつと小声で文句を言ってきていたが、段々と声が大きくなってきたあたりで王妃が被せるようにそれを諫めた。

 

「母上!ですが、この女は……っ」

「二度は言いません」


 なおも言い募るロランドに、王妃がピシャリと言い放つ。しかし別にシャリーナを思いやってのことではない。体面を気にしているだけだ。

 せっかく“兄王子ではなくその弟をずっと慕っていた令嬢の想いに王妃が応えた”と美談でまとめたのに、当の弟王子の態度の悪さが露呈してしまったら台無しである。

 ロランド自身も今はその美談に乗っかっている方が得だと判断しているはずなのだが、身内である王妃が女狐にまんまと騙されている(と彼は思い込んでいる)状況が我慢ならないらしい。声が大きくなっていたことも無自覚だったようで、これではいつボロを出すかわからない。

 それでも王妃は貴賓室での実際の会話や、本当の狙いについてロランドに教える気は無いようだった。

 その場合まずロランドが根本的に間違いを犯しているという事実を指摘するところから始めなければならず、己が正しいと信じ込むことで立ち直った息子が再び壊れることを恐れているのだろう。


「……ここのところ、陛下の体調はあまり良くない。長居はできぬ」

「はい。存じております」


 振り返りざまにシャリーナを見下ろし、王妃が釘を刺す。

 国王の体調はあまり良くないどころか最悪の一言だろうが、いまだ表向きは命に別状はないことになっている。まあ、王宮内では公然の秘密状態であるが。


「……シャリーナちゃん、大丈夫か?」

「大丈夫です、トビアス」


 ピリピリした雰囲気の中、すぐ後ろを歩くトビアスが心配げにシャリーナの名を呼んだ。王妃がロランドを呼び寄せた時にトビアスもロランドに呼び出されていたのだ。


「トビアス!勝手なことを言うな!」

「……申し訳ございません」


 何かあったらフォローするからと小声で告げ、トビアスが後ろに下がる。右も左も敵ばかりの王宮で、味方がいるのはとても心強い。

 これ以上返事はするわけにはいかなかったのでただ小さく頷いて、シャリーナは改めて前を見据えた。






 ようやく辿り着いた国王の寝室。護衛に守られたその扉の先には、昼間だというのにどこか薄暗く、重苦しい空気が漂っていた。埃を被ってはいないものの、しばらく使われてもいないであろう最高級の家具が物寂しさを際立てている。


「……陛下の、お身体の調子は」


 部屋の中で唯一その役目を果たし続けている、天蓋付きベットの傍ら。国王の容態が急変したときのために、常に間をあけることなく配属されている宮廷医師の一人に、王妃は重々しく声をかけた。

 

「陛下のご容態は朝からお変わりなく、呼吸は落ち着いており、脈拍も正常でございます。しかし、予断は許されません」


 つまり朝から一度も目が覚めておらず、いつどうなるかわからないと。

 肥大化した魔石に魔力を奪われ枯渇状態が続くと、魔術師の身体は少しでも魔力を回復させる為睡眠時間を強制的に伸ばすようになる。典型的な魔物病の末期症状だ。いずれ一日に一時間も起きていられなくなり、最後は仮死状態となり、その後しばらくして眠るように息を引き取る。

 おそらくまだ仮死状態にこそなっていないものの、この様子だとそれも時間の問題だろう。個人差があるとはいえ、ここまで進行が早いのは相当珍しい。


「王妃様。どうか、陛下のご病気が治るようおまじないをする許可を頂けませんでしょうか?」


 つまりこの機会を逃せば、次は永遠に来ない可能性すらある。

 胸の前で両手を組み、シャリーナはそっと前に進み出た。痛ましげに眉を寄せ、潤んだ瞳で王妃を見つめる。


「妖精達のおまじないを、陛下に」


 初級光魔法、光鱗粉の陣。別名妖精達のおまじない。なんでも願いの叶う妖精の光の粉になぞらえたその名。治療に直接の効果はないが、『はやく良くなって欲しい』という想いを込めて病人の周りに発動させるそれは、貴族女性達の間ではごく一般的に行われているものだ。

 王太子の婚約者候補として、未来の父の健康を精一杯願いたい。そんな健気な未来の娘の申し出として、表向きには不自然な部分は何もなかった。


「おまじない?そんな意味のないこと……」

「……よい。ロランド、少し静かにしていなさい」


 一瞬の逡巡の後。王妃が僅かに苛立ちの滲む声で許可を出した。

 反抗こそしなかったものの、今まで人形のように命令に従うだけだったシャリーナが、この一日で急に積極的なアピールをしだしたことに流石に不信感を抱き始めているらしい。

 しかしトビアスや専属医師などの他人の目がある場所で、王妃がこの申し出を簡単に跳ね除けるわけにはいかないことはわかっている。ロランドも、王妃の許可が出てしまえばそれ以上は邪魔することは出来ない。この時点でシャリーナの勝ちだ。


「それでは、失礼致します——」


 健気で殊勝な婚約者候補の仮面を維持したまま、シャリーナは寝台のすぐ側へゆっくりと歩み寄る。苦々しく口元を歪ませたロランドの真横を抜き去る瞬間「こんなことで僕に取り入れると思ったら大間違いだよ……」などという大間違いな忠告を囁かれたが軽く無視した。

 横たわる王の目は固く閉じられ、晒された顔や腕には、いたるところに魔石が痛ましく浮かび上がっている。


「光よ、天の導きよ、平等の女神よ、ひとときの微笑みを我に与えたまえ——ルーメン・プルウィス——」


 透き通ったライトイエローの魔法陣がシャリーナの両の手のひらの上に浮かぶ。そこからきらきらと溢れ降り注ぐ光の粉。

 その円の中心が国王の身体の中心に重なるように僅かに動いたことは、その場にいた誰も気づかなかった。


「なっ、何だ、この光は!?」


 それもそのはず。優しく小さな光の粉達が、その一瞬で目も開けていられない程の強く大きい光の刃となって、噴水のように飛び散ったからだ。


「ぐっ……な、何のつもりだ、シャリーナ・クレイディア!ええい、早ようこの光を止めよ!」


 両手で目を覆った王妃が叫ぶ。かなり狼狽しているが無理もない。視界を奪った隙に、自棄になったシャリーナが愛する者と引き離された恨みを晴らそうとしているとでも考えたのかもしれない。


「いいえ、できません」


 だがそれは杞憂である。シャリーナとてこの強い光の中、両腕で目を覆っていることしかできない。国王、王妃、王太子を害するなどできるはずもない。


「国王陛下のご病気が治るようにと心を込めたおまじないです。途中でやめるなんてそんなこと」

「白々しい嘘を吐くな!貴様、まさか一刻も早く父上が亡くなることを望んで……!?馬鹿なことを!それで僕の戴冠が早まったところで、そんなことをしでかした女が王妃になれるとでも」


 妄想力逞しい王太子の相手をしている余裕もない。こっちは策が上手くいくか否かの瀬戸際なのだ。結果はこの光が収まってからわかる。


「……っ」


 思ったより光が強い。この分だとこの部屋どころかこの階中まで魔法陣が広がってるかもしれない。


「ええい、騎士達よ、この者を捕えよ!」


 王妃も王妃で、すっかりシャリーナが反逆しようとしてると思い込んだようだ。喉が張りさけんばかりの悲鳴を上げ、扉の外に控えている護衛の騎士達に助けを求めた。

 慌てて部屋に飛び込んで来た騎士達がガシャガシャと近付いてくる足音が聞こえる。この眩しい光の中必死に目を開けているのだろう、立派なことである。しかしその刃がシャリーナの喉元に突き付けられる前に、ガキンとそれが折れる音がした。


「なっ……」


 まるでそれが合図だったかのように、ようやく光が弱まっていく。

 ゆっくりと目蓋を上げれば、剣を構え、シャリーナと騎士の間に立つトビアスの姿があった。


「トビアス!何をしている、この女は王族を害そうと——」

「主治医!確認してくれ、陛下がお目覚めだ!」

「はっ!?」


 全員の視線が寝台へと集まる。そこには昨日と同じく虫の息で横たわっていた国王が。


「う……」


 顔中に浮き出ていた魔石がすっかりと消え、その両の目を開けていた。


「へ……陛下!?」

「父上!」


 そこからはもう、上を下への大騒ぎであった。






「陛下の病床で勝手な真似をしたこと、深くお詫び申し上げます。どのような処罰も受ける所存です」

「御託は良い。一体どんな魔法を使った」

「初級光魔法、光鱗粉の陣にございます」


 国王の身体を蝕んでいた魔石が全て消えた。駆けつけた医者の診断では、寝たきり生活によって衰えた体力さえ回復すればもう何も問題ないとのこと。


「光鱗粉……?まさかそんなものが有効だと言うのか?」

「あり得ん!何の関連性も無い!」

「しかし実際に魔石は消えた……奇跡や偶然で片付けられる話では」


 シャリーナの答えに出席者達が一層ざわめく。

 寝たきりであった国王の回復に、不治の病であった魔物病の治療方法の出現。急遽官僚と宮廷医を集めた会議が開かれ、シャリーナは重要参考人として招かれた。


「いえ、陛下のご病気を治したのはその魔法ではありません。魔法であれば、何でもよかったのです」

「……どういうことだ?」

「もっとも、四大元素属性の魔法ですとどんなものでも高威力になれば危険なので、必然的に光魔法か闇魔法、聖魔法になりますが……」


 今から治療法の秘密が語られるのかと、出席者達が息を呑む。

 豪華な椅子とテーブル以外にほぼ何もない広過ぎる部屋で、書記官がカリカリとペンを走らせる音だけが響いた。


「魔物病の魔石は体内に流れる魔力が結晶化したものです。なのでそれをなくすためには、当人が魔法を使い、魔石の魔力を全て使ってしまえばいいのです」

「馬鹿な!使う魔力の選択などできるはずがない!そもそも体内に流れる魔力を全て使い切っても、凝り固まった魔石からは魔力は取り出せな……」

「はい。魔法陣は流動魔力を求めます。そういう契約ですので」


 魔法は魔法陣に魔力を“流し込む”ことで発動する。しかし魔石に封じ込められた魔力は自然には流れ出ることはない。

 魔石からそのまま魔力を取り出せるのは、体内に魔法陣に似た回路を持ち、常に魔石内の魔力を循環させている魔物だけ。人間が魔石を利用するためには、加工した上で魔道具などの媒体と繋ぐなどの段階を踏む必要がある。

 だからこそ魔物病は不治の病とされてきたのだ。患者の皮膚や内臓と融合したそれに、そう簡単に人の手は加えられないから。


「ただし。魔法を発動させた後、流動魔力の回路を断ち、固定魔力とだけ繋げれば、魔法陣は固定魔力から必要な分の魔力を取っていきます。必要であれば“一欠片も残さず”に」


 慌てなくとも書記官がシャリーナの言葉を残しているだろうに、宮廷医達は皆自身の手帳にこぞってペンを走らせていた。


「待て、固定された魔力に繋がる魔法陣など聞いたことないぞ!?」

「新しい魔法陣を開発したというのか……?一体どうやって!」

「その魔法陣はどの程度の技術と魔力で描けるのだ?上手くいけば、国内の魔物病患者を皆治すことが……!」


 更なる情報を求め、血走った目が一斉にシャリーナへと向けられる。


「使用したのは新しい魔法陣ではなく、魔法陣に作用する護符です。魔法陣は先程述べたように、高威力になっても危険のないものなら何でも構いません」


 その答えに、出席者達から抑えきれない歓声が上がった。魔物病患者は一定以上の魔力を持つ者に限られる。初級魔法も使えない程度の魔力量で罹る者はいない。つまりその護符さえあれば、全ての患者が自分自身で治療するのも可能であるということ。


「では一刻も早くその護符の量産体制を整えねば!これは人命に関わることだ、製作方法の開示を!」

「申し訳ございません」


 しかし興奮して捲し立てる相手に、シャリーナは申し訳程度に目を伏せて冷静に答える。


「この護符を開発したのは私ではないのです。私はその手伝いをしたまでで、製作方法を一から説明することはできません」


 出席者達が驚きかけ、いやよく考えればそれも当然だと皆納得していく。まだ14か15のただの少女に、こんな発明ができるわけがないと。親や親族が投資した研究者か、各々が心当たりのある名を思い浮かべる。


「……その者の、名は」


 そんな中、確実な心当たりがあるであろう王妃が重々しく口を開く。


「……私の、大事な友人の」


 今、隣に彼はいない。けれどもう怖くない。胸元に隠した護符に手を添えれば、じんわりと優しい温かさが広がっていくように感じた。

 この偉大な護符を作り出した人。これを使ってどう行動すればいいか、何を言えばいいか、王妃達の行動を一歩先二歩先まで全て読んで指示をくれた、世界で一番頼りになる人。


「リオル・グレン。グレン男爵家御令息、ファラ・ルビア学園魔術研究科一年、特待生のリオル・グレンです」


 もう気圧されたりはしない。

 伏せていた目をしっかりと開き、シャリーナは王妃を射抜くようにして答えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 超! スッキリ! しました!
[良い点] トビアスかっけー! シャリーナかっけー!
[一言] 目を覚ました王様がマトモな人格でありますように!(*゜▽゜)ノ✨
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