21話 作戦開始
学園での授業が終わったら王宮にて泊まり込みの妃教育。登園もロランドと同じ馬車で、ロランドによるいかに自分が全てを見抜いてるかいかに他の者達が愚かなピエロかという演説を聞かされながら行く。
抵抗もせず、ボロを出さないように極力口をつぐみ、操り人形のように過ごし、一週間が経った。
「フフッ、他の生徒達も君の本性に気付き始めてるようだね……」
学園に着き、馬車を降りる。当然ながら一人で降りる。ロランドの手を借りることはない。ロランドの方とてシャリーナに手を差し出す気はないようで、シャリーナは内心ほっとしていた。金と権力目当てでロランドを慕うフリをする令嬢を演じる身としては、もし形式的にでも手を差し出されては振り払うことは難しいからだ。
まあ、慕うフリをする令嬢を演じるという二重の演技も難しいにも程があるが。
「シャリーナちゃん……っ」
己の名を呼ぶ小さな声が聞こえ、シャリーナが声がした方向を振り返る。そこには、青ざめた顔をしたクラスメイト、ケイト・フェアフィールドがいた。
「ロ、ロランド殿下、い、いまお話しても、よろしいでしょうか、か、彼女は……っ」
「ケイト!」
シャリーナが止める前に、アンジェリカがその肩を掴んだ。そして強引にケイトを引き下げ、その前に進み出る。
「登園の邪魔をしてしまい申し訳ございません、殿下。友人には私から言っておきますので……」
「アンジェリカちゃん!何で!」
ロランドが見下したように鼻を鳴らせば、遠巻きに見ていた生徒達も気まずげに目を逸らす。
「あの赤毛の子は君の親友だったかな?残念、親友にも見捨てられちゃったか」
ロランドの婚約者筆頭候補として発表されてから、シャリーナに近づく生徒は殆どいなくなった。
「……仕方のないことです。ダリア・ガーデンの栄えある一人目になったのですから」
遠巻きにしながら、ヒソヒソと互いに囁き合う生徒達。
それをロランドは皆がシャリーナを怪しみ、嫌悪しているからだと解釈してとても嬉しそうにしている。
実際はロランドや王族への不信感も大きく、ロランド自身も避けられているのだが……本人は気づいていないようである。多分畏怖されているとか都合良く考えているのだろう。
学園の外にいる成人貴族達は殆どが王妃のお触れ書きに納得したが、かつてリオルと共にいた時の幸せ全開のシャリーナを知っている生徒達は、今の人形のようなシャリーナを見てむしろ更に不信感を募らせているらしい。
教師達は全力で王妃に都合の良く事実を捻じ曲げ、ロランドはロランドで捻じ曲がった妄想を事実と思い込んでいるので、王妃の耳には『学園内も外と同様、王妃の美談はおおむね信じられロランド殿下の評判も回復しつつある』という報告しか入ってないが。
「それでは殿下、私はこれで」
感情の込もらない礼をして、シャリーナが踵を返す。教室まで送ってもらうということは勿論ない。あった方が困るので助かっているが。
「ああ、そうそう。言い忘れてたよ」
いつも通りであればロランドはこの別れの挨拶を華麗に無視して立ち去るはずであったが、今日は勝手が違ったようである。シャリーナが歩き始めて数歩、背後から呼び止める声がした。
「あれからずっと引き篭もっているようだね?君の手駒だった少年は。お見舞いに行かなくていいのかな?」
振り返れば、積年の恨みを果たせて大満足かのように、勝ち誇ったロランドの姿があった。
「……私が行ったところで、何もできませんから」
既に水の魔石は作れるだけ作った。もし足りなければアンジェリカとトビアスが協力してくれることになっている。
今シャリーナにできることは、来たる日まで王子の望み通りに動いて疑問を持たせず、王妃に反抗の意思を悟られないよう人形に徹することである。
「フフッ、そう言うと思ったよ。もう彼は君にとって何の利用価値もない、何もできない男……引き篭もるのも無理はないね。哀れ過ぎて涙が出てくるよ」
少し前まで引き篭もってたのは自分の方だったはずだが、立場が逆転してよっぽど嬉しいようだ。ニンマリと満足げな笑みを浮かべ、ロランドは悠々と去って行く。
トビアスを通し、リオルから手紙で護符が完成したこと、その使用方法、細かい作戦内容がシャリーナに伝えられたのは、その日の昼休みのことであった。
「エルガシア国の遥か北方に位置するノースティーリア国は王都を含め一年の三分の一は雪に覆われる寒冷地であり、またその更に北方に有する永久凍土から産出される氷魔石は我が国の氷魔石輸入量の七割以上を占め——」
ファラ・ルビア学園の教室と同じくらい広い部屋。しかし生徒はシャリーナ一人しかいない。
「氷の精霊に愛された国と呼ばれ、国民全体が氷の精霊を信仰する宗教国家であり、王族の中で銀の髪と紫水晶の瞳を持つ者が精霊の愛し子として王位継承権を持つという特色が」
ただっ広い部屋の中央にポツンと置かれた机。ここが本当に教室だったら贅沢を通り越して新手の虐めだ。お前の席しかねぇから状態である。
「その国の成り立ちから精霊術の研究が盛んで、我が国からも多くの留学生を——」
リオルからの手紙と作戦を授けられた次の日。シャリーナは今日も今日とてエルガシア城にて専属教師による妃教育を受けていた。
学園は休みの日であるが、シャリーナに休日はない。遅れに遅れた妃教育を少しでも進めるため、学園の休日は一日中授業が詰め込まれるのだ。
本日の授業は、エルガシア国と関係の深い諸外国の文化についてだった。主要貿易国であるとか、逆に緊張状態にある国とかそういう。
「ここまでで質問はありますか?」
「はい、精霊の愛し子についてですが、かの国では何か特別な力があるわけではなくともその髪と目の色のみでそう称されるのですか?」
「いい質問ですね」
きちんと授業を聞いていたことがわかり、かつ教師が答えやすいであろう質問を選んで発する。その方が印象がいいからだ。
「……授業は順調であるか?」
と、その時。
重厚な教室の扉が開け放たれ、きつくまとめた金髪と鋭利な青い瞳の女性が顔を出した。
「陛下!」
「王妃陛下。ご機嫌麗しゅう」
瞬時に姿勢を正した教師の隣で、シャリーナもすぐに立ち上がり礼をする。
王宮での授業中、このように王妃が様子を見にくることは珍しくなかった。
「順調かと聞いている」
「は、はい!クレイディア嬢は素晴らしく優秀であらせられます。私の担当する諸外国の文化と歴史も既に教本を一冊終わらせまして」
表向きはシャリーナを応援するためとしているが、望まぬ妃教育を強いられているだけのシャリーナが王妃の応援を励みにするはずがないことくらい、王妃とてわかっているはずである。
まあアレらの親なので『はしかのような恋が冷めればいずれロランドの正妃の座を狙うようになるだろうから、そこまでは思い上がらせぬようにしなくては』などという懸念を抱いていても驚かないが、流石に今の時点でシャリーナが完全に心変わりしてるとまでは思ってないだろう。
「だが、本来であれば幼少の頃より積み上げていくべきであったもの。少しでも遅れを取り戻せるよう、驕らず励むように」
「はい。精一杯努力致します」
担当教師が微笑ましく見守る中、シャリーナが恭しく頭を下げる。こうさせることで王妃は『シャリーナが王妃様のお慈悲と熱意に応えるため厳しい妃教育に励んでいる』という印象を少しでも強めたいのだ。
不意打ちで顔を出すことで、いつ王妃が聞いているかわからないとシャリーナに思わせ、行動を抑止するという監視の意味もある。
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
「よい。そなたを婚約者候補にと推薦した責任は果たそうぞ」
いつもであれば不愉快極まりない来訪であるが、しかし今日に限っては別であった。むしろよく来てくれた。わざわざ面会の許可を取り付けて話を切り出す手間が省けた。
「陛下は多忙でいらっしゃるのに、私などの為にお時間を割いていただいて……」
「遠慮するでない。ロランドの婚約者候補であるなら、そなたは我の未来の娘でもあるのだからな」
反吐が出るようなやり取り。
ただ今日はこれだけでは終わらせない。
「それでは……お優しい陛下に、未来の娘として一つお願いをしてもよろしいでしょうか」
「何?」
頭を下げ、自身の足元を見つめながら、シャリーナが唇を引き締める。
大丈夫、不自然じゃない。忙しい中様子を見に来てくれた未来の義母に、義理の娘がちょっとしたお願いをするくらい。
「殿下の婚約者候補となったのに、未来のお義父様にいまだご挨拶をできておりません」
心の痛みに耐えきれないかのように、不義理を詫びるように目を伏せて、ここで一旦言葉を切る。
「なので、国王陛下の、お見舞いをさせていただきたく」
そしてゆっくりと王妃を見上げ、シャリーナは健気に可愛らしく両の手を組んで言った。




