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ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない  作者: 鶏冠 勇真
第二部:ガリ勉地味萌え令嬢は、腹黒王子などお呼びでない

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18話 王妃の筋書き

本日ガンガンオンラインアプリのガリ勉地味萌え令嬢コミカライズ更新日です。よろしくお願いします!


「…………読みが、甘かった……」


 どうやって部屋を出たか覚えていない。気がついたらいつもの裏庭に来ていた。一人王妃のもとへ向かうシャリーナに、リオルが待ってると言ってくれた場所。


「ロランド殿下だけの名誉じゃなかった……回復したかったのは、王族全体の名誉だ……」


 そのリオルの顔色が、シャリーナと同じくらい青い。


「駄目だ、王妃様はわかって言ってる。君がロランド殿下を慕うなんてあるわけないことはわかってて、それでも、そういうことにするために言質を取ったんだ……」

「ごめんなさい……ごめんなさい、私、崩せなくて、何も、何を言っても、駄目だった……っ」


 王妃の狙いが読めずに、まんまと罠に嵌ったこと。気がついた時には完全に足を取られ、身動きが取れなくなったこと。最後にはなり振り構わずに本音を叫んだものの、不敬に問わない代わりにばっさりと切り捨てられたこと。全てを語り終えたシャリーナは、溢れ出そうになる涙を必死で押さえて肩を震わせた。


「……陛下の容態が本当に悪いんだ。王妃様も、なり振り構っていられないくらい」


 震える腕に、手に、リオルが自身の手を重ねてくれる。しかしその手だって僅かに震えていた。


「あの話題の伯爵令嬢が、失墜する前のレオナルド殿下を差し置いてロランド殿下を慕っていたことにすれば、ロランド殿下への期待は上がる。前王太子の横恋慕で多大な迷惑を被った令嬢の本当の恋を応援してやると言えば、詫びにもなるし粋な計らいにもなる……ど田舎の貧乏男爵家三男は第二王子を慕う健気なご令嬢のために協力してあげただけ……」


 王妃の狙いはただ一つ。国王が崩御する前に、少しでも王族の威信を取り戻しておくこと。前王太子のやらかしを全く防げなかったこと、アーリアローゼ家以外の元ローズ・ガーデンメンバーの家々からの忠誠を一気に失ったことは、いまだその治世に響いている。


「そんな……っ!あの方の狙いがそれだとしても、本当にみんな、みんな信じてしまうんでしょうか……?おかしいって思ってくれる人は!?」


 “王子に見初められて嬉しくないわけがない”と決めつけられ、誰もかれも話を聞いてくれなかったあの時。またあの時と同じことが起こるのか。


「ローズ・ガーデン解散騒動はともかく、学園外にいる国中の貴族達は、子供達の伝聞でしか決闘での出来事や学園の日常を知らない。……実際に君がロランド殿下の婚約者になって、夜会だの何だの連れ回されて、権力を盾に殿下を慕ってるような態度を強要されれば……“あのレオナルド殿下の騒動の真相はそういうことだったのか”と少しずつ、納得し始めるのは充分有り得る……王妃様はそれに賭けたんだろうな」


 当時誰もが憧れていた第一王子に見向きもせず、容姿や魔力に優れてるわけでもないど田舎の貧乏男爵家三男を選ぶということ自体、貴族であれば信じられないことだったのだからとリオルが言う。

 身分と血筋と財力と魔力と容姿。婚姻において貴族が重要視する全てが揃っていた王子と、何一つ平均にも届いてない落ちこぼれ。さすがに国宝を持ち出して決闘騒ぎを起こすような王子は論外であろうが、それが露呈する前から貧乏男爵三男の方を選ぶのだって、高位の貴族であればある程首を傾げる事態だったのだと。

 そんなわけない、その貴族達の見る目がないのだとシャリーナがいくら反論しようと、今回ばかりはリオルは黙って首を振るだけだった。


「後は頃合いを見て君が王妃教育に音を上げたとかまた尤もらしいことを言って、正妃候補から側室予定に格下げすれば完了だ」

「……そのまま他人まで格下げして解放してもらえたりは」

「それで君が俺と結婚でもしようものならせっかく騙せた貴族達がまた疑ってくるかもしれない。一度繋げた鎖は手放さないだろうよ」


 いつの間にか夕陽が落ち、だんだんと暗くなっていく大きな木の影。いつも暖かい裏庭に夜の冷たい風が忍び寄ってきた。


「こんなことなら早く婚約しておけばよかった。俺が不甲斐無かったせいだ、俺がもっと早くに……」

「違います!リオルのせいじゃありません!私がもっと上手く切り抜けられていたら!」


 婚約はしていないのだろうと、王妃に突きつけられた言葉が蘇る。シャリーナがロランドを慕っていたことにするにあたって、リオルといまだ婚約をしていなかった隙を突かれたのは確かだ。

 婚約をしていなかったのは、家のお膳立てではなく自分自身の言葉によってそれを成したいとリオルが考えていてくれていたからだ。シャリーナもその気持ちがわかっていたからこそ彼の言葉を待っていた。

 レオナルドという大敵を退けた二人に、こんな短期間で別の恋人や伴侶を当てがおうとする者が出て来るとは思っていなかったというのもある。

 何が悪かったかと言えば、運が悪かったとしか言えない。


「王妃様のあの様子なら、婚約さえも無かったことにしてきたと思います……っ婚約があれば、それに合う台本を作ってくるだけで」


 それに、たとえ婚約が間に合っていたところで向こうは『助けた恩でつけ込まれ望まぬ婚約をする羽目になったものの本心ではロランドを慕い続けていた』とかなんとか、無理矢理辻褄を合わせてきたかもしれない。望まぬ婚約をする羽目になっていた令嬢に王妃が手を差し伸べたとか、更なる美談に仕立て上げられていたとしてもおかしくない。


「……俺が」


 ざぁっと一際強い風が木の枝を揺らし、小さく低い声が足元の草地に落ちる。


「俺がせめて、伯爵家以上の長男だったら。建国からの伝統のある家だったら。中央貴族に匹敵するくらいの財産があったら。誰もが目が眩むくらいの容姿を持ってたら」


 その俯いた顔は長く黒い前髪と影に隠れ、表情がよく見えない。


「……誰にも負けないくらいの魔力が、あったら。君が、俺を選んでも……」


 少しは説得力があったのにと、ともすれば消え入りそうな声で。王妃がこの賭けに出るのに多少躊躇するくらいには、説得力があったのにと。


「……私が説得します!」


 気がついたら、シャリーナはそう叫んでいた。


「貴方がどんなに素敵な人か、どんなに格好いいか、私がもっともっと広めます!王妃様が今日のことを公表する前に一人でも多くの人に語ります!寮の部屋を端から端までノックして出てきた人に語り尽くして不在の場合はドアの隙間にリオルの魅力レポートを突っ込みます!」

「お、おいそれはちょっと待て」

「以前お父様宛てに送ったレポートの控えがありますので」

「ちょっと待て!?」


 がばりとリオルが顔を上げた。焦った表情がとても格好良い。レポートに追記しようと心に決めた。


「というか、学園でも俺達に近しい人は皆、普段の君を繰り返し見てるんだ。君の趣味が相当変わってるんだとして一応納得してくれてるだろ。問題はその親や、学園に通う年代の子が居ない貴族達だ」

「つまり皆様のご実家にレポートを送り……」

「つけるな!」


 呆れ半分焦り半分の複雑な表情がとても格好良い。これもレポートに追記することにする。


「何度だって貴方に助けられてきたんです。私がリオルを好きになるのはおかしいと首を傾げる人がいるなら、その首を前に叩き折って頷かせてやります!」

「シャリーナ……物理はやめろ物理は」


 身分がどうした、魔力が無いから何だ。これが恋でないなら一体何が恋になる。肩書きや数値に恋をするのか?否だ。財力が足りなければある方が補えばいい、血なんて取り出してしまえば王族だろうが男爵だろうが見分けもつかない。

 ……まあ、容姿に関しては自身も一目惚れであるのでシャリーナもとやかく言えないが。


「もう、本当に今更だけど……君は俺が死ぬ程好きだよなぁ」

「何度生まれ変わっても好きです!リオルも来世でも私を見つけてくれますか?」

「ああ、勿論」


 その漆黒の髪の奥で、深緑の両の目が優しく細められる。

 いつの間にか手の震えは止まっていた。


「だけど今世の君も失いたくない。協力してくれるか?」

「勿論です!」


 リオルがこう言うということは、何か策があるということである。

 何度引き離されようと、何度だって取り戻してくれる。こんなに嬉しいことはない。


「国中に広めます!リオルがどんなに格好いい人なのかを!」

「そうだな、存分に広めてくれ」

「はいっ」

「ただし」

 さらりと頬にかかる黒髪を片手で後ろに払ったリオルが、内緒話をするように唇に人差し指を当てて言った。


「今から一ヶ月後にだ」


 ◆◆◆


「フッ、フフ、フフフフフ……やっぱり僕は間違っていなかった!僕は最初から見抜いていたよ、あの女が金と権力に目が眩んだ魔女だということは……!」


 ファラ・ルビア学園第三学年用男子寮の最上階。王族の為の特別仕様の寮部屋で、高笑いをする男。


「あの魔女の狙いは、最初からこれだったんだ……!既に有力な婚約者候補達がいた兄上では正妻の座は危うい。第一王子の末端の側室より、第二王子の正妻の座を狙っていた!こちらの方がより虚栄心を満たし、贅沢な暮らしができると踏んだんだ!」


 絹糸のようだった金髪には枝毛が目立ち、涼しげだと持て囃された、湖のように澄んでいた瞳は暗く淀んでいる。

 五日前の魔術大会初戦にて大恥をかき、昨日憎い仇を罠に嵌めようとして逃げられ、本日の決勝戦でも思った程に挽回しきれなかった、エルガシア国第二王子ロランド・ルイス・ユリシア・エルガシアである。


「でも、ちょっと読みが甘かったみたいだね……今や僕は第二王子ではなく王太子。田舎の伯爵家の娘が本当に正妻として認められるわけがないのに」


 このままではまずいと思案していたところ、降って湧いた朗報。否、自身の正しさを証明する報告。


「母上は騙されてしまったみたいだけど……あの魔女が僕を慕っているというのは魔女の嘘だ。あの女は金と権力しか見えていない。フフッ、ただ今はその嘘に乗ってあげた方がこっちも都合がいい……兄上の失態で、中央貴族達からの信頼が薄れているのは確かだからね」


 今日、実母である王妃が観戦に来ることはロランドも承知していた。だが驚いたことに、諸悪の根源であるあの魔女が、王妃に接触したようなのだ。そして詳しいやり取りは知らないが、ロランドの婚約者候補として王妃に認められたという。

 エルガシア国の伝統、王太子の婚約者候補の会。ダリア・ガーデンの一人目がシャリーナ・クレイディアに決まったとの伝言を受け、ロランドはついに魔女の正体を暴けたと確信していた。


「あの使い魔もすぐに魔女に切り捨てられるだろうね、いい気味だよ。この僕に不正を働いた罰だ。むしろこの程度で済んだことを感謝すべきだね」

「……お言葉ですが殿下」


 しかしロランドが気持ちよく語っていたところに、伝言を持ってきた従者が水を差す。


「リオル・グレンは不正はしていません。殿下の魔道具に彼が触れる機会はありませんでした。殿下以外に、魔道具に細工をできた者はおりません」

「フンッ!わかってないね、君は。ああそうさ、あの証拠は僕が作ったものだよ。けどリオル・グレンが不正をしたのは確かだ。そうでなければどうやってこの僕に勝てる?」


 せっかくのいい気分を台無しにされ、ロランドは不機嫌そうに顔を歪めた。


「不正をした選手をあれ以上勝ち上がらせるわけにはいかない。アイツが不正の証拠を巧妙に隠したせいで捕まえられなかったなんて言い訳してる場合じゃあないだろう?事実であることは間違いないに決まってるんだから、証拠は作ればいいんだよ」


 聞き分けのない子供に言い聞かせるように、やれやれと肩を竦める。


「たとえ偽物の証拠でも、捕らえる罪人が本物なら何も問題無いじゃないか。むしろそれが上に立つ者としての役目でもある。綺麗事だけじゃあ政治はできないんだよ?馬鹿正直者にはわからないかな」

「リオル・グレンは不正なんてしていない。シャリーナ・クレイディアは魔女じゃない。今回の王妃様からの伝言は真実とは言えない。嘘と悪事で政治をする気ですか、我が主」

「為政者には清濁合わせ飲む覚悟も必要。清廉潔白なだけじゃあ、ポーンやナイトにはなれてもキングにはなれない。よく覚えておくことだね」


 月明かりが射し込む薄暗い部屋で、次期国王がニンマリと笑う。

 跪いた正直者の騎士は、悔しげに唇を噛んだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] こんな奴が国王になったら国が半年で滅びちゃう
[良い点] 「君は俺が死ぬ程好きだよなぁ」 シャリーナがいるからリオルは頑張れるんですよね。 そして、どんな時であっても正しさを貫くトビアスかっこよすぎます!
[良い点] ヘイトが貯まって貯まって…、逆転が楽しみ…。(早く続きを…! [気になる点] リオルの策がなかったら婚約者として近づいて、そのまま暗殺しちゃう可能性とかあったかな? [一言] その罪人…
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