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ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない  作者: 鶏冠 勇真
第二部:ガリ勉地味萌え令嬢は、腹黒王子などお呼びでない

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15話 舞台裏の事情


「陛下のご容態が悪いのかもしれない」

「え?」


 魔術大会六日目の朝。

 会場までの道が生徒達の馬車でごった返しの大混雑になっているのを横目で見ながら、リオルがぽつりと呟いた。


「いきなりどうしたんです?リオル。確かにあんなことがあって、国王陛下が過労で倒れられたという話も一時期聞きましたが……今は既に快復されているはずでは?」

「ロランド殿下がこのまま引き篭もってしまったら大問題とはいえ、教師達がここまでするのは何か差し迫った理由があるんじゃないかって、考えてみたんだ」


 昨日の試合での怒涛の出来事。不正の証拠の捏造、試合開始直前での公開処刑、シャリーナやトビアスの証言も無視して強引に事を進めようとしたこと。

 リオルが訝しむのも尤もである。新王太子の名誉回復のためとはいえ、あまりに性急であった。


「もっと穏便に済ませることだってできたはずなんだ。大会が終わってから殿下の魔道具に細工がされていたと発表して、しばらく犯人探しをする姿勢を見せるだけでも良かった。ロランド殿下が負けたのは何者かの妨害のせいだと周知するだけでも、魔術研究科一年に無様に負けたって評価はなくせるだろう」

「確かに……あまり大事にしては嘘をつく教師達のリスクも上がりますし、敢えて過激な手段を取る必要は無いですよね」

「それか、逆にもっと念入りに準備して潰すかだ。似た細工をした魔道具を複数用意して、俺の寮の部屋から『試作品』が出てきたことにしたり、一部の生徒を買収して証言者にしたり、もっと確実な方法はあった」


 もっと時間を置けば、時間をかければ。あまり事を大きくせず緩やかにロランドの名誉を回復するか、もしくはリオルをより確実に潰すことができた。

 そのどちらもせず、教師達が昨日のようなリスクが大きく確実性も低い方法を選んだのは何故か。まるでほんの数日も待てる時間がなかったかのように。

 というわけで、冒頭の呟きに戻るのである。


「もし陛下が快復されたというのが……いや、そもそもただの過労だったという話自体が嘘で、本当は明日をも知れぬ命だったとしたら、教師達が焦るのもわかる。新王太子が引き篭ってる間に陛下の容態が急変したら大問題だ」


 国王が病床に臥し、新王太子が公の場に姿を現さないとなれば国民の不信感はどれほどになるか。そして貴族の忠誠心はどうなるか。いくら代替わりしてすぐに政務に就くわけではないとはいえ、戴冠式にも出られない王太子などそれ以前の問題である。


「……王太子派と、第三王子派と、王弟派で泥沼の戦いが繰り広げられますね」


 王位継承権第一位だが引き篭もったままの王子。王位継承権第二位で引き篭もってはいないが御年十三歳で、正妃ではなく側室の子である第三王子。序列は王子に劣るものの、現在国王の右腕となって政務を担っている王弟。

 誰を次の王として推すか、それはもう揉めに揉めそうである。何人か血を見てもおかしくない。

 

「濡れ衣の一枚や二枚くらい喜んで被るべきだったかもしれない」

「そんな、リオルは何も悪くないのに!理不尽過ぎます!」

「招いた結果が重過ぎた」


 片腕に抱えた本を両腕に抱え直し、リオルがボソリと言う。しかしすぐに首を横に振った。


「……いや、やっぱり駄目だ。ただの不正じゃなくて王太子の持ち物に危険な細工をした罪だ、退学じゃあ済まない……素直に被ってたら今度こそ国外追放になるところだったかもしれない」

「そんなことになったら私はリオルと一緒に砂漠の国に向かう行商人に水樽要員として雇って貰い、ある程度お金が貯まったら移民に歓迎的な街で二人で小さな家を借りて定住しアストライアー直伝の氷ジュースで屋台を出し生計を立てます」

「具体的な生き残り方法を立てるなうっかりちょっといいかもとか思うところだったぞ」


 備えあれば憂いなし。三ヶ月前の事件を踏まえ、もし本当に国外追放になっていた場合のシミュレーションをしていたのが功を奏した。

 リオルが再び本を片腕に抱え直したのを見て、シャリーナがほっと胸を撫で下ろす。

 おそらく本人は無意識なのだろうが、不安な時、自信が無い時、悩んだ時、体調が悪い時、何かしら精神的にマイナスな時リオルはいつも持っている本を両腕に抱える癖がある。あまり感情を表に出すことのない愛しい人の、可愛らしい癖だ。


「まあ、これはあくまでただの推測であって本当にそうと決まったわけじゃないしな。縁起の悪いことは言うべきじゃあなかっ……」


 と、リオルが言いかけたところで。


「リオル!シャリーナちゃん!」


 背後から猛スピードで駆けつけてくる足音。シャリーナとリオルが同時に振り返ると、そこには息を切らせて立つトビアスがいた。


「……どうかしたのか?」


 この程度の距離を走っただけで体力自慢のトビアスの呼吸が荒くなるとは考えにくい。よく見れば額に汗もかいている。走って疲れたからと言うよりは、走り出す前からもう切羽詰まった状況だったかのような。


「ここじゃ駄目だ、場所を移そう。誰かに聞かれちゃまずい」


 そのただならぬ様子にシャリーナもごくりと息を呑み込む。嫌な予感が駆け巡る。

 まだ秋だというのに、三人を囲む空気だけ急速に冷えていくような気がした。






「陛下は……魔物病だ」


 普段使われない空き教室の更に隅で、トビアスが重々しく口を開く。

 その一言だけでこれから何が起こるかをシャリーナは悟った。


「進行もかなり早いらしくて、あと一年持つかどうか……」

「……昨日の証言を取り消すように指示があったんだな」

「……ああ」


 トビアスが本題に入る前に、確信を持って問うリオルと、悔しげに頷くトビアス。


「でも教師も直球で取り消せなんて言わないだろうし、昨日の証言は本当だったのか、場の空気に流されただけではないか、何か勘違いをしてないか、従者が主人の不利になることを言っていいと思ってるのか――って感じで遠回しに言われただろうに、よくそうと分かったな?」

「いや、それで『本当だ』『空気に流されたことなんて今まで一度もない』『そっちこそ勘違いしてないか』『真実を言うことが何故殿下の不利になるのか』って答え続けてたら直球で言われた」


 みなまで言わずとも……わかるな?と遠回し続ける教師陣と遠回ったまま決してゴールに辿りつかないトビアスの光景が容易に想像でき、シャリーナは少しだけ胸がスッとした。多分最後の方は教師達も半ばヤケになってたことだろう。


「それで、教師の一人が最後ヤケになって『あああもう!だから昨日の証言を取り消せっつってんだよ!陛下が亡くなる前にロランド殿下がせめて表に出られるくらいにならないと国が終わるんだよ!』って暴れ回って暴露してきた」


 想像以上にヤケになってた。


「ですがロランド殿下が王位に就いてもそれはそれで国が終わるんじゃないですかね……」


 言ってしまってからその従者の前で言っていいことではなかったと後悔して口を押さえる。元を辿ればロランドが引き篭ってしまった原因はシャリーナにもあるわけで。


「前王が急逝してろくに準備が整ってないまま王太子が王位に就いた場合は、実際に権力を振るうのはしばらくは前王の側近達だ。たとえ若くまだ未熟な王でもそれだけで国は荒れない」


 なるほどこれがオブラートかと感銘を受け、シャリーナはリオルの言葉を心のノートに書き留めた。

 王になる準備が整ってないだけ。別に新王自身が悪いとは言ってない、悪いのは準備。

 王としての器が足りないとは言ってない。ただ『若く』て『まだ』未熟なだけ、いつ成熟するとは言わないが。


「ただ……殆どお飾りの王だとしても、文字通り王座に座れもしない王が認められるかと言ったらなぁ……」


 問題はそこである。常に引き篭り、誰にも会わず、王座を空けたままのお飾りの王。そんなものどこに飾れると言えるだろうか。最早どこでも持ち運び自由で飾れる分ハリボテの方がマシというレベルである。


「まず殿下の型を取るのはどうでしょうか?」

「精巧なお飾りを作ろうとするな」


 かつてリオルの石像を作ろうとして技術がなく断念したが、国中の石工職人を集めれば王様一人の石像くらい余裕だろう。それを飾っておけばいいのではないかというシャリーナの案はみなまで言う前に却下された。


「それで、話を戻すけどトビアスは教師に昨日の証言を取り消せって指示されたんだよな?早朝の誰もいない学園内で、一度か二度俺から目を離したことがあると言え、とか」

「……その通りだ。毎日教室まで送ってたとはいえ一度くらいは目を離しただろう、撒かれたことがあるだろう、姿を眩ませたリオルが殿下の教室から出てきたところを見ただろうと。そう言えと言われた」

「そこまで直球になるまでに二、三十回くらいの遠回りがあったんだろうなぁ」

「ああ、最初は『最近目の調子が悪いとは思わないかね?』だったからな」


 随分な遠回りである。教師達の無駄な努力が計り知れない。


「どうにかして今日までに何とかしたかったんだろうな……ただの大会最終日じゃない、王妃様が観戦に来られる日だ。これで殿下が来ないとなったらもう挽回できない」

「そう、みたいだ。なんとしてでも今日までには殿下に出て来てもらわなきゃ駄目だって必死になってた。それで……そのためには、リオルが卑怯な手を使ったと全生徒に知らしめないと駄目なんだと」

「何を……っなんとしてでもと言うなら、ドアを壊して引きずってでも連れ出せばいいじゃないですか!そこまでリオルの評判を落とすことに固執するのは何故っ」

「殿下のご希望だろう」


 思わず声を荒げたシャリーナをリオルが冷静に止める。


「殿下からそう指示があった、違うか?」

「……その通りだ……」


 リオルの半ば断定するかのような問いに、トビアスががっくりと肩を落として答えた。


「リオルが魔道具に細工をしたっていう筋書きも、その細工をした魔道具を用意したのも殿下らしい。ずっと部屋に引き篭ってたと思ってたけど、連絡鳥使って学園長に指示してたみてぇだ」

「最初から俺とシャリーナが悪者だってのが殿下の筋書きだからな。どうしてもその通りにしたいんだろう。素直に反省してくれるとは思ってなかったけど……」


 ここまで悪足掻きするとは見抜けなかったと、独りごちるリオル。


「ロランド殿下は証拠を集めるんじゃなくて作るタイプだったこと忘れてたな」

「本っ当に申し訳ねぇ……」

「でも、トビアスは協力を断ったんですから、トビアスの証言が崩せない以上、あちらも何もできないのでは?」


 あまりの理不尽さに全く納得いかないながらも、シャリーナが問いかけた。教師達がここまでぶちまけてトビアスを取り込もうとしたのも、裏を返せばそれしか手がなかったからでは。誠実と正直の権化であるトビアスが寝返る可能性が皆無な以上、向こうもどうしようもないはず。


「俺達がトビアスを買収してるとか騙してるとかでっち上げてくるだろうな、それなら」

「そ、そんなっ!」

「トビアス。この計画を聞いて、真っ先に俺達に知らせてくれたわけだけど……その後はどうするつもりだった?」

「それは勿論、殿下を説得して、あと全生徒にもこのことを広めて回るつもりだ。今日の試合前に観客席で今回の計画の全てを」


 トビアスの性格を考えれば、罪のない生徒を陥れるという計画を知って何もしないわけがない。自らの主人の悪行を暴露するという、保身も後先も考えないことくらい簡単にやってのけるだろう。


「主人の敵にそこまで肩入れするのはおかしい、何か裏がある、もしかして逆にガーディナー家はロランド殿下と折り合いが悪いのではないか、彼が王位に就いたら不都合な何かがあるのでは……だから一度王太子を離宮に追いやった奴と手を組んだのか、って攻めてくるつもりなんじゃないか?学園長は」

「なっ!?」

「あとは『我々が本当にそんなことを企んでいたとして、それを馬鹿正直に一生徒に暴露するわけがないだろう、嘘をつくにしてもお粗末過ぎるぞ』ってところだろうな、台本は」


 淡々と語るリオルの言葉を聞きながら、シャリーナの背中につーっと冷たい汗が流れる。おそらくトビアスも同じ気持ちになっていることだろう。教師達がトビアスに計画を暴露したのはただのヤケではなかった。跳ね除けられた場合の計画も立てていたのだ。


「け、けどよ、敵に肩入れするのはおかしいとか何か不都合がとかあるのかとか、それこそ全部あやふやな推測じゃねぇか!俺達より教師の話を信じる奴の方が多いと決まったわけじゃ」

「教師の話より、トビアスの話を信じると言ってしまえば、それは殿下を詐欺師呼ばわりするのと同じことだ。明確な……いや、王族すら覆せないレベルの絶対的な証拠でも無い限り、そんなリスクを敢えて侵す貴族なんてそういないさ」


 実際、昨日の観客席でも、疑惑を抱いていそうな生徒はそれなりにいた。今だってリオル達は腫れもの扱いはされても、レオナルドのときのような針の筵にはなっていない。それこそ皆が皆リオル不正説を鵜呑みにしているわけではない証拠だ。

 それでも、せいぜい沈黙して中立を守るだけで精一杯なのだ。トビアスと教師が明確に対立し、どちらを信じるかと迫られれば、王族に目を付けられたくない一心で教師側に、ロランドに都合のいいことを言う生徒は増えるだろう。

 危険を承知で、何の見返りもなくド田舎の貧乏男爵の肩を持とうとする方がおかしいのだ。


「それじゃ、俺は……くそっ!まんまと利用されるところだったってのか……っ」

「そうと決まったわけじゃない。俺の話だって全部推測だ。ただどっちにしろ、俺達を陥れるために彼らがなりふり構わなくなってる事実に変わりはないからな……」


 トビアスが悔しげに床を踏みしめ、唇を噛み締める。無理もない。濡れ衣を晴らすための行動が、逆に濡れ衣を被せることへの加担になるところだったのだ。フォローに回るリオルの声にも覇気は無く、それきり重たい沈黙が降りる。

 

「そ、それでも!何はともあれその罠は回避できたんですから、よかったじゃないですか!」


 そんな暗く淀みかけた空気を吹き飛ばすように、シャリーナが声を張り上げた。


「それに、こんな状況でも冷静に先の先を読めるリオルはやっぱり凄いです!殿下や先生達がまた何か企んでたって、きっと跳ね除けられます!」

「シャリーナ……」

「シャリーナちゃん……そうだな。落ち込んでたって仕方ねえよな」


 教師達はもうどうしようもないが、彼らが敵に回っているという事実は昨日の時点で既にわかっていたこと。何はともあれ最悪の事態は避けられたのだ。また次の手は打ってくるだろうが、今この瞬間は回避した安心感の方が大きかった。


「そういや今何時だ?まだ試合は始まってないはずだけど」

「あ、大変ですアンジェとの約束の時間はとっくに過ぎてます」

「うわ、やべぇ!王妃様が来るのに遅刻するわけには!」


 ふと気づくといつのまにか結構な時間が経っていた。だいぶ余裕を持って寮を出ていたのだが、今からではかなり走らなければ開会式に間に合わない。


「昨日のアレがあって遅刻は俺もヤバい、走るぞ!」

「はい!」

「おう!」


 リオルの一声を皮切りに全員が走り出す。当然ながらトビアスが一番速く、速過ぎて一旦振り返って速度を落としてくれた。


「その本とバスケット俺が持つわ、2人は走ることに集中!」

「ど、どうも」

「ありがとうございます」


 そして目にも留まらぬ速さでリオルとシャリーナの荷物を取り上げ先導してくれる。それでいて汗一つかいていない。やはり最初に追いかけて来た時に息を切らせていたのは、疲労ではなく焦りや緊張のためだったのだろう。


「……俺がリオルを担いで走った方が速いか?」


 ただ隣を走る愛しい人がもう息を切らせているのは、純粋に疲労のためだろう。


「やはり人は一つ二つ苦手なものがあった方が人間味があって長所が引き立ちますよねそれに運動が苦手なところをその分学問で補うリオルは努力家で素晴らしく」

「悪い今つっこんでる余裕がない……!」


 疲れて余裕のない姿すら格好良い。

 短所すらも格好良いなんて、こんなに完璧な人は世界中探しても他に誰もいないと確信し、シャリーナは力強く頷いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] トビアスwww グレン一家に混ざったら「最初からここの家の子ですか何か?」くらいに違和感無さそうですね。 [一言] 最低最悪の未来を想像しても『グレン一家とクレイディア一家が一緒に国外亡命…
[良い点] 精神が不安定な時は両手で本を持つ癖、気づきませんでした。 ちょっと一巻を読み返してきます! リオルの先読み頭脳すごいです! トビアスと教師のやり取りも、まるで見てきたかのよう! シャリー…
[良い点] これからどうなるのかハラハラドキドキしていますが、 同時に、大変な状況でもシャリーナがまったくブレないので、 とても安心してほっこりしました。 シャリーナ、かっこいいです。 [一言] いつ…
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