11話 不穏
今日から連載再開です!またよろしくお願いします(⌒▽⌒)
「リオル!凄く凄く格好良かったです!一から説明しますとまずステージへと向かうその足取りからしっかりとして乱れなくクールでさらりと揺れる黒髪が陽の光を反射し幻想的に輝き」
「語りきるまでに日が暮れそうだな」
「いえ日を跨ぐ所存です」
「所存するな」
次々と決着がついていき、闘い終えた第一グループの選手達が観客席にやって来た。最速で試合を終えたリオルも同じく観客席に来て、シャリーナの隣に座った。
「トビアスは?試合は午後からだったはずだけど」
「ああ、殿下の様子を見に行ったよ。後は観戦も殿下に付き添うことになるから、一緒に見れなくてごめんって」
「そうか」
リオルの問いにアンジェリカが答える。トビアスが言伝を残し医務室に向かったのは少し前のこと。
「大丈夫かなあ、ロランド殿下に八つ当たりで嫌味言われてたりしてるんじゃない?」
「それで気に病むようなタイプじゃないだろう。というか、嫌味にも気付かない可能性すらある」
「それもそうだね」
試合を終えた選手は、他の選手の試合を観戦をするのが決まりである。選手同士切磋琢磨し、健闘を称え合い、負けた者も選手で無い者も勝ち残った者を応援する。魔術大会という名であるがあくまで学園行事の一環であり、闘うことだけが目的ではないのだ。
「……そして誰もが魔道具を使ったロランド殿下の登場に驚く中、ただ一人少しの動揺も見せなかったリオルの冷静さ真っ直ぐに前を見通し最初から殿下がそこにいたことを見抜いていたその洞察力……」
「そろそろ第二グループの試合始まるからストップ」
「はい!」
シャリーナが延々とリオルへの賞賛を紡いでるうちに、第一グループ最後の組の決着がついたようだ。誰も居なくなったステージの上に、第二グループの選手達が上っていく。
「あれ?殿下はまだ来ないみたいだね」
そんな中観客席を見渡したアンジェリカがふと呟く。
「負けたとはいえ、殿下が来れば周りの女子がキャーキャー言うだろうからすぐわかると思ったんだけど」
「確かに……まだ起き上がれない程重症ってことはないよな?」
「お手洗いですかね?」
シャリーナとてもし復活したロランドがリオルに文句を付けて来たらと警戒していた。しかし一向にあの男が姿を現す気配は無く、警戒心が緩んできたあたりで。
「……みんな……」
不意にどんよりとした低い声が斜め上方向から降りてきた。
「ひゃっ、トビアスじゃん!びっくりした」
「あら?どうしたんですか?」
「あれ、殿下は一緒じゃないのか?」
そこに居たのは負けた主を迎えに行ったはずの従者、トビアス。しかし隣には誰もいない。
「それが……」
トビアスにしては珍しく歯切れが悪い。どう言えばいいのかわからないように、困惑した表情で視線を彷徨かせている。
「殿下が、寮の部屋に引き篭もって出てこねぇ……何度呼んでも返事もねぇ」
「え?」
「はい?」
そうしてようやく出てきた言葉にリオルとシャリーナは二人揃ってポカンとして、
「あっ、それもそっかぁ……」
アンジェリカは何かに納得したように目を伏せた。
「俺と一緒に行きたくないだけかと思って部屋の前から離れてみても、一向に出て来ねぇんだ」
「そんなまさか……」
何度退けても不死鳥のように蘇る。どんなに都合が悪いことがあってもとんでも解釈で都合良く塗り替える。前王太子レオナルドの性質を、現王太子ロランドもしっかり持っていると思っていた。
「本当に引き篭もっているのか?具合が悪くて伏せってるわけじゃなく?」
「ああ、医者からはもう何も問題無いって言われたんだ。で会場に向かおうと思ったら殿下がいきなり寮に走って帰っちまって」
「それから返事も無いということですか」
並んで席に座り、肩を落として語るトビアス。その告げられた事実にシャリーナは少なからず衝撃を受けていた。
「まあね、あれだけカッコつけてあれだけカッコ悪く負けたらそりゃ出てこれないよね……」
ただ一人アンジェリカだけはすんなり納得していたが。
「負けたからって観戦も放棄したら、それこそ格好悪いだけなのに……」
「まさかこのままずっと出て来ないってことはな……いや、あるのか?」
魔術大会の目的は、生徒同士清く正しく競い合い、称え合い、成長の糧にするというものである。勝った負けたは二の次で、それでしこりを残すことになってはもっての外。勿論負けた悔しさはあるだろうが、あからさまにそれを表に出すのは貴族として頂けない。
つまり負けたからといってぶんむくれて引き篭もるというのは、あまりに幼稚で恥ずべき行為なのである。
「てっきり私、負けたことなどなかったかのように『まぁ、ギリギリ及第点をつけてあげてもいいかな?今日のところはこれくらいで勘弁してあげるよ』とか何とか言ってカッコつけ続けるのかと」
「そうだよなぁ、あんなにポジティブなお方が」
いつだって無駄に格好つけて、どんなにトビアスからド正論で言い返されようと全くめげなかったロランドが。この一回でそこまで打ちのめされて、自分で自分の首を締めるようなことをするなんてと。
「違うよシャリー、違うんだよ」
そう訝しむシャリーナの横で、アンジェリカが静かに首を振った。
「腹黒系はね……ああいう負け方したら一番駄目なんだよ……」
その、全てを悟ったかのような、どこか遠い目をした厳かな親友の言葉に。
「どういうこと?」
「何の話だ?」
一瞬何かを納得しかけ、やっぱり全然分からず首を傾げたのだった。
◆◆◆
翌日。魔術大会二日目。
六つ並んだステージの一角で向き合う二人の選手。片方は大柄な上級生で、何度も魔法を連発し今や肩で息をしている。もう片方は小柄な下級生。未だ一度も魔法は使っておらず、少しの息の乱れもない。
「くっ……なんでだ、なんでこんなにコントロールが効かない!?」
上級生の男は最初から一貫して小さな魔法だけを繰り出そうとしていた。事前情報から対戦相手の小柄な少年が、相手に上級魔法を連発させ護符を使って打ち消し疲弊させる戦法を取ると分かっていたからである。
なのに、男が繰り出す魔法陣は、最初の一瞬だけは小さくともすぐに大きくなり、男から余計な魔力を奪った上で消滅する。
「ぐっ……」
何故だ。対戦相手の護符は、魔法陣を打ち消す護符と、巨大化させる護符の二種類ではなかったか。巨大化させた上で打ち消すなど聞いてない。
「く、成る程……その新しい護符で、一回戦を勝ち上がったのだな……!」
この少年の一回戦目の相手はこの国の第二王子であった。運の悪いことに男の試合も同時にあったため、次なる対戦相手になるであろう二人の試合を盗み見る余裕は無かった。そして更に運の悪いことに、負けた方が王子であったたため、観客から情報収集しようにも『どのようにして王子が負けたか』などと口を割る者は中々おらず。
「いや、違うけど」
「なに!?」
大方王子が油断し過ぎたのだろうと当たりをつけて臨んだ今日の試合。少年が手をかざすたび、勝手に大きくなってはほんの少し発動しただけで搔き消える自身の魔法陣を何度も目の当たりにして、男は考えを改めた。
魔法陣を自在に操れるような新たな護符をこの少年が作ったのだと。
「一つの魔法陣に一種類の護符しか使えないって、誰が決めたんだ?」
「えっ……誰って、それが常識……」
ぐらりと傾く視界。込み上げる吐き気。まともに立つことも難しく、完全に魔力が尽きたことを悟る。
「——勝者、リオル・グレン!」
大理石のステージに倒れ込み、全身を苛む倦怠感と戦いながら。最後に聞いたのは、小柄な対戦相手の勝利を告げる審判の声だった。
◆◆◆
「ねぇ、ロランド殿下はまだお見えにならないのかしら?」
「もしかして昨日の試合でどこかお怪我をされたのでは……」
「でももう丸一日経ってますのよ?殿下が一日起き上がれない程の怪我をされたなら、もっと教師や医師達が大騒ぎしているはずですわ」
昼休み終了後、魔術大会二日目後半。午後の第一試合を直前にして、観客席はそこかしこでロランドに関する噂が囁かれていた。
「ええっと……昨日の負けがショックで、出て来れないのでは……」
「こらっ!貴女、滅多なこと言わないの!殿下ともあろう方がそんな幼稚なことをされるわけないでしょう?」
シャリーナ達が座る席の周辺も例に漏れず、上下左右からその名が聞こえてくる。
「ええ……でも、その、あんなふうに負けたら、その……」
その中の一人、何か言い淀んでいるとある女子生徒の声には聞き覚えがあった。昨日のロランドの試合に関して率直過ぎる感想を零し、両側の友人らしき子達から諌められていた子の声である。今日はその昨日の友人二人とは別の子と一緒にいるようだ。
「一度の敗北程度、何も恥ずべきことではなくてよ。私は残念ながら昨日は席が悪くて殿下の方はよく見えなかったけれど、殿下がそう簡単に負けたとは思いませんもの」
「そう簡単に負けたのよ……」
「え?」
「ううん何でもないの何でも」
どうやらその子が今日一緒にいる子は、昨日のロランドの試合の詳細は知らないようである。一日目は十組以上の試合を一気に行う形式だったので、席によっては他の選手達が繰り出す魔法に隠れて目当ての選手が見れないこともあるのだ。
「それにしても残念でしたわ。負けてしまったとはいえ、殿下の試合を見届けられなかったのは」
「私も殿下が昨日の試合が原因で来られないんだとしたら残念だわ……」
ちなみに勿論シャリーナは事前にリオルから立ち位置を聞いて今日も昨日も最前最善の席を取っていたが。
「……」
「リオル?どうかしましたか?」
リオルの試合は午前の部であったため、今日はもう観戦するだけである。昼休みが終わってまた主を迎えに行くと言って戻っていったトビアスを除き、シャリーナは昨日と同じくリオルとアンジェリカと三人で並んで席に座っていた。
「いや……殿下が午後になっても来ないとなると、さすがに」
「リオルくんが気にすることないじゃん!あの方の自業自得だよ」
昨日に続いて今日もあんなにも華麗に勝利を収めたというのに、リオルの表情が暗い。ふとした瞬間口元に手をあて、目を伏せて考え込んでいる。とても格好良い。石像のモデルにして後世まで伝えないと人類の大きな損失である。
「何か、悪いことがあるんですか?ロランド殿下がいらっしゃらないことで」
と、人類の大きな損失を防ぐため石膏職人の手配を考えていたシャリーナだったが、その苦悩の表情にただの同情以外のものを感じ取り、声を潜めて尋ねた。
「……このまま、ずっと来なくなる可能性について考えてた」
少しだけ口籠る仕草をして、リオルが答える。
「このまま引き籠ってたら『負けて悔しいから出てこないんだ』って噂の信憑性がどんどん高まる。なのにまだ来ないとしたら、そんなことにも考えが及ばないくらい参ってるってことで……大会どころか、今後学園にも来なくなったり……」
そうなったとして自業自得なのではと言いかけて、それだけでリオルがこんなにも悩む様子を見せるわけないと思い直す。ただの王子への同情だけではないはずである。
「あ」
そうだ、王子だ。王太子だ。しかもつい数ヶ月前に前王太子が失脚し、新しくその座についたばかりの王太子だ。シャリーナは思わず手で口を押さえた。
「い、いえまだ第三王子がいます!ギリギリセーフです!」
「いやまだ第二王子が失脚すると決まったわけじゃないけども」
というかよく考えなくてもわかることであった。王太子、次期国王、国の後継者が引き籠りになってしまったら大問題である。ちょっと洒落にならない。
「……でもあの殿下が国王になるのもそれはそれで洒落にならないんじゃないかな」
ちょいちょいと制服の袖を引き、アンジェリカが小声で言ってきた。うっかりめちゃくちゃ深く頷きかけギリギリで止める。
「それでもこんな短期間で新王太子が失脚したらもっと洒落にならない。第三王子に変わるにしてもせめて数年は持ってくれないと」
「数ヶ月で交代はさすがに早いですもんね……」
第一王子が大失態を犯して王位継承権を剥奪され、離宮に謹慎という名の幽閉。次に王太子となった第二王子が早々に引き篭もりになり自らを幽閉。王家の株暴落待った無しである。
「……ちょっとやり過ぎたか」
「そんなことはないです!リオルは何も悪くありません!」
「うん、アレ殿下が自分でダメージでかくしただけだからね……自分で自分の首絞めただけだからね……余計なこと言わなきゃよかったんだよ……」
一日二日であればまだ体調不良、試合での身体的ダメージが抜け切らなかったで誤魔化せる。試合の詳細を知っている生徒も今のところ口を割ってない。しかし王妃が観戦に来る大会最終日まで欠席となれば、皆の不信感は一気に高まるだろう。
「トビアスが引き摺り出してくれることを祈るしかないか」
「そうですね……いっそ気を失わせて運んでくるのもアリだと思います」
「最終手段過ぎるよシャリー」
ふと下を見れば、午後の部の第一試合がもう始まっていた。この試合が終わるまでにロランドが来れば、とりあえず広がり始めた不信感だけは止めることはできるだろう。
「もしくは縄で縛って連れてくるとかですかね」
「不信感しか無い」
しかし皆の祈りも虚しく。二日目、更に三日目、四日目全ての試合が終わっても、かの王子が姿を見せることはなかった。




