10話 地に伏したのは
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アンジェリカ・カークライトは覚悟を決めた。もう、耳を塞ぎはしないと。どんな痛みも苦しみも受け止めようと。
「君の敗因を教えてあげよう。それはね、たった一度の手合わせで僕の全てを見切った気になっていたことと、己の策を見抜かれていることに気づかなかったことだよ」
「……まだ勝負は始まっていませんが」
眼下に広がる各ステージでは、次々に選手達が闘いを始めている。
この国の第二王子であるロランド・ルイス・ユリシア・エルガシア、親友の想い人であるリオル・グレンも例に漏れず。
「フフッ、始まっていない……ね。残念だけど、もう勝負はついてるよ?君が気づいてないだけでね」
「どちらかが降参するか、戦闘不能になるか、このステージから出るかしないと勝敗はつきません。先程教師の説明でもあったでしょう」
二人が何やら話をしているであろうことは目視でわかるが、他にも試合中の選手がいて、応援や雑談の止まない観客席からそのさして大きくないただの話し声を聞き取るのは難しい。
「わかってないなあ。もう間も無く君がその状態になることが、決まりきっているから言ってるんだよ?察しが悪過ぎて呆れるね」
しかし。アンジェリカだけは二人が何を話しているか正確に把握できた。
左隣に座るトビアスがロランドの台詞を、右隣に座るシャリーナがリオルの台詞を復唱してくれているからだ。
「最初の一撃くらいは、無詠唱なんて味気ない真似はやめておこう。折角の喜劇だからね。楽しまなくっちゃ」
ロランドのターンが長い。きつい。喜劇とか言い出した。だいぶきつい。人差し指を立てて小首を傾げてる。本当にきつい。
「君が何の魔法で無様に膝をつくことになるのか……鈍感な君でもちゃんとわかるように、しっかり聞かせてあげるよ」
全てを見透かしたように、相手を遥か下に見下したように、楽しそうに、笑顔で涼しげに毒を吐く。恋愛小説の中ではあんなに格好良く思えた腹黒毒舌ヒーローの言動そのままのはずなのに、一ミリ足りとも格好良いと思えない。何故だ、何が違う。何もかもだ。どこだ、どこから間違ってた。最初からだ。
「さあ、清き静寂よ、色無き世界よ、その片鱗を示せ――アクア・ボール!」
胸がキリキリ痛むような長口上ののち。ついにロランドが攻撃に出た。パチンと指を鳴らす動作をして、呪文を唱えるロランド。
次の瞬間リオルの足元に水の初級魔法の陣が浮かんだ。
「えっ?」
初級魔法。初級魔法である。トビアスを通じて聞いた呪文と目の前の光景。どちらもロランドが放った魔法が、ただの水の初級魔法であることを示していた。
「え、ええ?」
あれだけ格好つけておいて、あれだけ長々と語っておいてただの初級魔法。そのあまりの釣り合わなさに、アンジェリカは困惑して両目を瞬かせた。だって確かあの王子は水の上級魔法の中でも難しい、水槍の魔法を使えるのではなかったか。
「フフッ、水の槍でなくて驚いたかな?知ってるよ、君の狙いは。相手に何発も何発も上級魔法を打たせて疲弊させたところで、魔法陣を巨大化させるとかいう護符で根こそぎ魔力を奪ってトドメを刺す……全く、馬鹿の一つ覚えとはこのことだね」
通常より巨大ではあるが、何の殺傷力も無さそうな水のボール。それを上空に浮かばせただけのロランドは、しかし自信満々に演説を続けている。チッチッチ、と人差し指を左右に揺らす鬱陶しい動作と共に。
「あの日僕の水の槍を受け、そしてトビアスからも僕の得意魔法がそれであるという情報を仕入れた君は……僕が大会でもそれを使用してくると思い込んだ。それが罠であることも知らずに」
ロランドのターンが終わらない。先程から台詞を口にしているのはトビアスだけだ。リオル担当のシャリーナは何も言っていない。
つまり、ロランドだけが一方的に話をし、リオルが何も言い返していないということ。
「残念だったね?今日僕が使うのはこの初級魔法だけ。いくら打ち消そうと、僕の魔力が尽きる前に君の札が尽きる」
たかが初級魔法で何ができると言うのか。なのに何故リオルは言い返さないのか。自信満々なロランドの様子に、アンジェリカの不安が募っていく。
「そして……君の切り札である魔法陣巨大化の護符は、僕の魔力が魔法の途中で尽きるという確信がないと使えない……何故なら魔力が尽きなければ魔法はかき消えず、巨大化した魔法の餌食になるだけだからね。君の負けだよ、リオル・グレン」
人の頭の数倍程度の大きさの、ふよふよと浮かぶだけの水の塊。目にも止まらぬ速さで操れる上級魔法の水の槍と違って、そこまでの速度は出せない。ぶつけたところで大したダメージは無いはず。それなのにロランドはもう既に勝った気でいるようである。
「さて、説明はこれくらいにして、メインイベントを始めようか。観客の皆もお待ちかねだ……さあ、歌え、踊れ、哀れなピエロよ――もがき苦しめ!」
ロランドが高々と両手を上げると同時に、上空に浮かぶ水球がリオルの頭に向かって落ちてきた。
「リっ……リオルくん!」
その瞬間アンジェリカは理解した。ロランドの狙いを。
水球で頭を包み込んで、息をできなくさせる気だ。たとえリオルが護符でそれを打ち消そうと、連続で発動させて息継ぎを許さない。上級魔法では難しいが、初級魔法ならさして間を置かず連発できるし、予選用のせまいステージでは走って逃げ続けるにも限界がある。ただでさえ体力の無いリオルが、息切れと体力切れで倒れるのも時間の問題だろう。
ついさっき意味深に言っていた『最初の一撃くらいは、無詠唱なんて味気ない真似はやめておこう』とは、そういうことだったのだ。
「さーてと。何分、いや、何十秒持つかな?フフッ、精々楽しませてね、哀れなピエロさゴボォウ!?」
リオルの魔法陣破壊の護符は、敢えて魔法を少し発動させてから打ち消すためタイムラグがある。その僅かな弱点を突いた見事な作戦だと、アンジェリカが戦慄し……あれ今ゴボウ?なんか最後ゴボウとか言わなかったかとポカンとしたところで。
「ガッゴボッ!ゴボボボボゥ!」
一瞬で形勢が逆転していた。リオルの頭を覆っていた水球が、何故か今はロランドの頭を覆っている。見れば魔法陣もリオルの足元からロランドの元へと移動していた。
「ゴボバブボゥゴボババブブゥガババババババ」
頭を振り、水球から逃れようとするロランド。しかし無情にも水球はどんどん大きくなり、ロランドの首、肩、上半身まで浸食していく。ついには人ひとり全身を包み込む丸い水槽のように。
「ガボッゴボッ!き、きさま、何をっ!ガボォ!」
必死な様子で水をかき、ロランドが水球の外へ顔を出すが、次の瞬間には水球がロランドを追ってあっさりと取り込んでしまう。
「……貴方の敗因は」
何が。何が起こったのか。混乱するアンジェリカの右隣で、それまで沈黙していたシャリーナが口を開き、リオルの台詞を復唱していく。
「たった一度の決闘で俺の全てを見切った気になっていたことと、己の策を見抜かれていることに気づかなかったことですよ」
そこでアンジェリカは思い出した。夏休みにリオルが新しく開発したという護符の効果を。シャリーナが大興奮で伝えてきたそれを。
人以外から魔力を吸い取って魔法を強化する護符。ただし供給源に向かって魔法陣が移動してしまうのが難点だと開発者が言い……そんなこと難点のうちに入らないと力説してきた親友を。
思い出して、何が起こったか全て理解した。
「あの光の魔道具が、起点かあ……」
リオルは全てわかっていたのだ。ロランドが護符の弱点を突いた作戦を立ててくることも、格好つけのためにあのブローチ型の魔道具を着けて来るであろうことも。
「ガボッ!ふざけるなよ貴様ゴボボボボッ!この程度でこのゴボボ僕にガババッ!ただで済むとゴボゥなガボッホホ!聞いてるのかゴベベッ!」
因みにこれらのロランドの台詞も全てトビアスが復唱してくれているので、彼が溺れながら必死で悪態をつく様子が観客席のアンジェリカにもとても詳細に伝わっている。
主君の惨状に全く動揺することなく忠実に再現し続ける騎士様の姿はとてもシュールだった。
「ゴベッゴハハッ!か、風よ!すがっ姿無き旅ビビッブブゥ!」
今更水球から逃れるために魔法を使うという考えに至ったようだが、詠唱の途中で咽せてしまっている。レオナルドだけでなくロランドも無詠唱魔法を使えたはずだが、無詠唱は通常の魔法の何倍もの集中力と事前の精神統一が必要なのだ。とても溺れながら出来るような代物ではない。
既にその哀れなピエロであるロランド……略してピエロランドに勝ち目は無いだろう。もはや勝敗は、完全に決まっていた。
「リオル!素敵です!格好良いです!リオルーー!」
気づけば台詞の復唱をやめたシャリーナが席から立ち上がり、観客席の柵からギリギリまで身を乗り出して手を振っていた。
今回ばかりはアンジェリカもそれに続きかけ、ギリギリで耐える。己の役目はこの暴走しがちな親友を止めることである。
「リオル!リオルーー!こっち向いてくださいリオルーー!」
「もう、シャリー!乗り出し過ぎだよ危ないったら!」
今にも飛び降りそうな親友へと駆け寄り、その腕を掴む。
「ほらもっと下がって、こらつま先立ちしない!」
ステージへと目をやれば、水球に囚われたロランドの前に立ったリオルが、濡れて額に張り付いた自身の黒髪を拭っているのが見える。
「きゃあああああ!水も滴る良い男とはあなたのためにある言葉ですリオルーー!」
シャリーナの声が届いたのだろう。こちらを振り返ったリオルがシャリーナを見据え、ほんの少しだけ表情を緩めた。
そしてそのパクパクと動いたその口が「飛び降りるなよ」と言っていることは、アンジェリカでもわかった。
「ブバべブバッ!くそっ!このゴボゥ!ガボボボッ!ゴボッ!ボイッ!ブベラバァッ!」
後ろの席ではまだトビアスがロランドの台詞を復唱しているが。もう悪態の体を成すことも困難なようで、殆どただの奇声になっている。
「アンジェ!アンジェアンジェ!見た!?リオルが私に手を!手を振ったわ!」
「ごふっ!……がぶっ!た、たすげっほげほげほ!……がぶぶっ!」
「あれっちょっと待ってそろそろ殿下ヤバくない?大丈夫?」
トビアスが律儀に忠実に再現する声の様子が、往生際悪くリオルを詰ろうとするものから情けなく助けを求めるものに変わってきているような。同情するわけではないが、さすがにこれ以上はヤバいのではないかと。
あとリオルは今手を振ったというよりは、またもや身を乗り出したシャリーナを手で制しただけに見える。
「ねぇ人ってどんくらい息止めてても平気だったっけ……」
「ええ、リオルはときめき過ぎて息が止まるくらい格好良いわ!」
「そういう話じゃなくて」
アンジェリカの懸念は、リオル達のブロックを担当する審判役の教師も同じく抱いたらしい。
少々慌てた様子でブロック内に駆け寄り、勢いよく片手をリオルの方向に突きつけた後、頭上に掲げた。勝者決定、試合終了のサインである。
勝利の条件は相手を降参させるか、ステージから出すか、戦闘不能な状態にすること。既にロランドに反撃の余地はなく、このまま溺れさせ続けるのはヤバイと判断したのだろう。
リオルはその合図を確認すると同時にロランドの前にさっと進み出ると、彼を包む水球に片手を突っ込み、キラリと光る何かを放り投げた。
次の瞬間それを追うようにして水球が移動する。まるで食事を終えたモンスターのように、べシャンとステージにロランドを吐き落とし取り残して。
「今のは……ああ、起点となっていた光の魔道具を投げたのか……」
いつの間にかトビアスも席から立ち上がってアンジェリカ達の隣に来ていた。
「い、生きてるよね?うん、生きてるよね?」
「よかった、息継ぎの頻度が少なくなってきたからこれ以上はヤバいと思ってたんだ」
さすがに主のことが心配だったらしい。とりあえず大事にはなっていないらしいロランドの様子を眺め、ほっと胸を撫で下ろしている。
「殿下もこれで反省してくれりゃいいんだけどなぁ」
応急処置の治癒魔法をかけられたのち、タンカに乗せられ運ばれていくロランド。そこまでするほどの重症ではないだろうが、念のためだろう。まあ別の意味では最初から重症であるが。
「いやああああっ!殿下!ロランド殿下ー!」
「そ、そんな、嘘ですわ、殿下が負けるなんてっっ!」
「マグレよ!マグレに決まってるわっ!それかあの男が何か卑怯な手を使ったのよ!」
ロランドを応援していた周囲の女子生徒達の悲鳴が聞こえる。まさかの一回戦負けとなり、当初少女達が計画していた『最終日に観戦に来られる王妃様の前でロランド殿下を懸命に応援する姿をお見せする』ができなくなったからだ。しかし。
「ねぇ……あの、あれ、どう思いました……?」
「なんか……あっという間に負けてしまいましたわね……ロランド殿下……」
「あんなに自信満々そうでしたのに……一瞬で返り討ちになって……」
同じくロランドを応援していたはずの女子生徒達の一部から、疑問や失望をはらんだヒソヒソ声も聞こえてきた。
「ご登場の仕方はあんなに格好良かったのに、その結果がこれってなんというか……その、間抜け……」
「ちょ、ちょっと貴女!それ以上は言っちゃ駄目!せめてもっと遠回しな表現にしなさい!」
「そ、そうよ駄目よそんなはっきりと言っては!ええっとほら『レオナルド殿下の時と同じね』とか他にも言いようがあるでしょう!」
口を滑らせた一人に焦って注意をする他の女子生徒達。しかし注意が注意になってない。
あの子達もようやく目が覚めたのかなと、アンジェリカは少し前の自分を重ねて苦笑した。
連続更新は一旦ここで終了です。
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