8話 腹黒策士
生徒同士腕を競い合い、切磋琢磨するという目的のもと開かれる魔術大会。参加希望者は事前にエントリーシートを提出し、教師達がそれをもとに試合を組む。
「そろそろトーナメント表が張り出されるな。リオルが殿下と当たる前に俺と当たることがなければいーけど」
「それはないから大丈夫だろう」
トーナメントのブロックが学年別やクラス別に分かれることはない。一回戦目で最高学年と一年生が当たることもある。
「え?いや、ランダムなんだから充分ありえんじゃねーか」
「ランダムじゃないからあり得ないんだよ」
学年も魔力量も調整されることなく作られるトーナメント表。それは同じ志を持つ者同士歳も成績も関係ないから……というのは建前で、実際は『高位の子息が一回戦負けしないように』『寄付金の多い家の子が勝ち進めるように』等々の調整が優先された結果である。
「なんだいつのまにランダムじゃなくなったんだ?俺が入学式で聞いた時は確かランダムだって」
「いえ、私達の入学式でも同じ説明です。表向きは今も昔もランダムですね。裏は違うというだけで」
早朝のまだ誰もいない教室。
シャリーナの座る席の隣にリオルが、二人の席の前の机にトビアスが腰掛け、間近に迫った魔術大会について話していた。
「ああー、アレか、建前とかいうやつか。それならそうと言ってくれなきゃわかんねぇよ」
「言ってしまったら建前として意味がなくなりますし……」
ここ最近、朝のこの時間に三人で話すことが多くなった。シャリーナとリオルが早朝に登校してると知ったトビアスが、同じく早めに登校してリオルの教室を訪ね、リオルを連れてシャリーナの教室に来るようになったのだ。
「まあ、この学園の“同じ学び舎にいる者同士身分の上下はない”って方針自体建前なんだから今更だろ」
「えっそれ建前だったのか!?」
「今更かよ」
一度従者なのにこんなに主と離れていて大丈夫かと聞いてはみたが、からっとした笑顔で『殿下も二人と仲良くしてこいって言ってたから大丈夫だ』と返された。どんなやり取りがあったかは知らないが、また何かしらの嫌味をどストレート解釈してないことを祈るばかりである。
そのあとリオルとの『せいぜいあの二人と仲良しこよししてればいいさ、とでも言われたか……』『よくわかったな!』という会話が繰り広げられていた気がするが、何はともあれ祈るばかりである。祈ることしかできない。
「あ、話戻すけどそれがどうして俺とリオルが先に当たらないことに繋がるんだ?」
「俺とロランド殿下が一回戦で当たるからだ。エントリーシート提出した時の教師の焦りようは見ただろ。トーナメント表組む時に真っ先にこの組み合わせが決まったはずだ」
シャリーナが少し過去を振り返っていたところで、話が魔術大会に戻ってきた。
「俺が一回戦負けして殿下と当たらないなんてことになったら、殿下が納得しないだろうからな」
リオルの説明に、トビアスが成る程と頷く。すかさずシャリーナが「エントリーすると決めた時点でここまで想定してるリオルって凄いですよね」と言えば「だな!」と間髪入れず同意が返ってくる。本当に良い仲間を得た。
このようなやり取りももう十回目くらいになるが、片手を超えたあたりでリオルも何も言わなくなった。ただちょっと眉間を手で押さえてるだけで。
「トビアスも今回が初出場ですか?」
「ああ。ずっと出てみたかったから楽しみだぜ。こっち入学してすぐロランド殿下に着いてって留学で、一年二年の時は居なかったからな」
こうして雑談を続けてるうちに、誰もいなかった教室に少しずつ人が増えてくる。皆第二王子の従者であるトビアスにチラチラと視線を送り話しかけたそうにしてはいるが、今のところ誰も何も言ってこない。
「じゃ、俺はそろそろ戻るわ。行こうぜリオル」
「ああ」
更に人は増え、教室の席の三分の一程度が埋まった。
いつもこのあたりでトビアスはリオルを連れて帰っていく。
「じゃーな、シャリーナちゃん」
「またな、シャリーナ」
「はい、また」
教室を出て行く二人をシャリーナが小さく手を振って見送る。騎士科と魔術研究科の教室はそれぞれ反対方向にあるが、二人が向かう方向は同じだ。
「シャリー、おはよう!さっきリオルくんとトビアスとすれ違ったよ。また来てたんだね」
「おはようアンジェ。ええ、またというかもう毎日だもの」
「毎日?そんなに?」
トビアスが毎朝リオルを連れ、他の生徒が集まってくるまでシャリーナの教室で過ごす理由。教室からの帰り道も、当然のように魔術研究科の教室へと向かう理由。
「あれ、従者ってそんなに暇だったっけ?」
「いいえ、彼は騎士よ」
「え?」
万が一にもまたロランドに危害を加えられることのないよう、シャリーナやリオルが一人にならないようにしてくれているのだ、あの情に厚い騎士様は。
「今日のお昼はハンバーグサンドイッチ三種とポテトフライに加え、タマネギを揚げたものも用意してみました。口直しに抹茶のクッキーと氷ジュースもあります」
「日に日に豪勢になっていくなぁ」
「私にできることはこのくらいしかないので……」
その日の昼休み。シャリーナは新作メニューを加えた自信作達をバスケットから取り出して、中庭のテーブルの上に並べた。
ちなみにいつもの裏庭ではなく中庭なのは、トビアスからもし自分が側につけない日の昼食は人目の多い場所で取ってほしいと頼まれたからである。
「大会に向けて、少しでも力をつけられるようにと!アストライアー直伝です!」
実家の料理長のアストライアーに手紙で食べて元気になる料理はないかと相談したところ『なら野菜も採った方がいい』とこのタマネギフライを伝授してくれたのだ。サクサクして食べやすくて美味しい、そしてハンバーグサンドイッチにとても合う。まるで最初からセットであったかのように。
「あ、間違えました手紙を介してるので直伝ではないですね……間接伝?ギガントイーグル伝?」
「いやそこは別に明確にしなくていいから」
手紙にはそろそろ新メニューのレシピが溜まってきたのでレシピ本の出版を考えてるとも書いてあった。勿論即行で予約をとりつけた。先着十名には直筆サインもしてくれるとのこと。
「それにしても君のとこの料理長は凄いな。名前からして凄いけど」
「はい、なんでも初めて包丁を持ったのは5歳の時らしいです。次々と新しい料理やお菓子を考案し実家の料理屋を盛り立て、兄夫婦が実家を継いだ後は流浪の旅に出て、途中出会ったとある商人の娘さんの偏食を野菜を使ったお菓子で直したり、立ち寄った村で病に冒された村長さんのために美味しい病人食を作って元気を取り戻させたりと行く先々で感謝されていたという話で」
「経歴も凄かったか」
輪のままフライにしたタマネギを片手でつまんで口に運び、サクサクと食べ進めるリオル。気に入ってくれたようだ。
「美味い」
「よかったです!また作ってきますね」
自分も食べながら、視線はリオルに向けたままシャリーナがさっそく明日以降の昼食のメニューを組み立てる。タマネギフライは美味しいとはいえ続けばくどくなりそうなので、サンドイッチの方をあっさり系でまとめてバランスを取るか。
「……シャリーナ」
「はい!何ですか?」
そう考えてる途中にちらりとリオルがこちらを振り返ってきて、視線が重なった。
そして名前を呼んでくれる、それだけで飛び上がるほど嬉しい。
「その、大会で……もし、俺が……」
最近気づいたことであるが、前は『君』と呼ばれることの方が多かったのに、今は『シャリーナ』と呼んでくれることの方が多くなった。たったそれだけのことでも、どこか特別になれたような気がしてとても嬉しい。
「……いや、やっぱり何でもない」
「?そうですか?何かあったら言ってくださいね」
何かを言いかけたリオルが、しかし何度か口を開いては止めて目を逸らす。
「大会のことで、何か私が力になれることがあるのならすぐに言ってください。もし遠慮して言い淀んだのだったら」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだ、違う、その……今のは俺の度胸が足りなかっただけで……」
「そんな!リオルに足りないものなどありません!」
「そういう話でもなくて」
大会までの数日は、このようにして平和に過ぎていった。
そして予想通り。後日発表されたトーナメント表には、ロランド・ルイス・ユリシア・エルガシアの名の隣に、リオル・グレンの名がしっかりと載っていた。
魔術大会は六日間に渡って開催される。学園の男子生徒の大半が参加するのだ、一日で全試合が終わるわけがない。タイムスケジュールとしても午前の部、午後の部一、午後の部二と間に短い休憩があるだけで、全日ほぼ一日中試合となる。
「一番前の席から応援してます。怪我だけはしないでください、リオル」
「頑張ってねリオルくん!策はあるんだよね?信じてるよ!」
「俺も午前中は観戦するぜ。シャリーナちゃんの見張りは任せとけよ」
魔術大会第一日目の朝。会場内、選手の控え室の近くにて。
シャリーナは緊張で両手を強く握り締めながら、リオルの前に立っていた。
「君が緊張してどうする。かすり傷だって負う気はないから安心してくれ」
声の震えは抑えたつもりだったが、僅かに肩が震えていたのがバレてしまったのだろう。リオルの手がそっとシャリーナの肩に置かれた。
「……はい。リオルが言うなら、絶対ですよね」
相手は姿を隠していきなり攻撃を仕掛けてきた卑怯な王子だ。また何か卑怯な手を使ってきたら、万が一リオルが怪我をしてしまったらと不安になっていた気持ちが、肩から伝わる体温でふわりと和らぐ。
男性にしては小さい、己とそう変わらない大きさの、その手の頼もしさはもう誰よりも知っているから。
「でも大丈夫?前も言ったけど、こっちの手の内は向こうにバレてるんだよね?」
「向こうの手の内もこっちにバレてるから大丈夫だ。ご丁寧に自分からバラしてくれたんだ、感謝しないと」
もうすぐ試合が始まる。教師達が忙しなく駆け回り、控え室から漏れ聞こえる選手達の声も大きくなってきた。
「……リオル。レオナルド殿下程ではないとはいえ、ロランド殿下は強い。そして容赦も無い。本当に危なくなったら、棄権も考えろよ」
そろそろ観客席に戻ろうとしたところで。不意にトビアスがそれまでの明るい様子から一転、真剣な表情で言った。
「……考えるだけなら」
リオルを馬鹿にしてるからでも、信頼していないからでもない。主である第二王子の実力と性格を考慮し、純粋な心配故の忠告。
それがわかるからだろう、無下にもできず少し拗ねたように答えるリオル。
「ふふっ」
「何だよ、何も面白いことは言ってないけど?」
いつも大人びている想い人の年相応な一面を見れた気がして、シャリーナは微笑ましい気持ちになった。
「楽しそうだね。僕も入れてくれない?」
微笑ましく、なったのも束の間。全くもってお呼びでない男が現れた。
「ロランド殿下。御用でしたら俺が」
すかさず前に進み出て、リオルとロランドの間に入るトビアス。
「楽しそうに騒ぐ声が聞こえたから、ちょっと挨拶しておこうと思っただけだよ。それにしても随分飼い慣らされたものだね、トビアス。もう彼の従者と名乗った方がいいんじゃない?」
「いいえ。俺は貴方の従者です。なので殿下がこの者達に危害を加えるなど過ちを犯すなら、命を賭けても止めねばなりません」
「ふぅ……この前のただの挨拶を、まだそう捻くれて解釈すると言い張るわけか。これも後ろの魔女達の入れ知恵かな?」
「……?魔女……?」
大真面目に『魔女なんてどこに?』と背後を確認し出したトビアスの袖を引き、リオルが「ほら前から殿下はシャリーナのことを魔女だなんだと言ってただろ」と小声で教えている。
今更ながらこの主人と従者は通訳無しで今までどうやって意思疎通をしていたのだろうか。八割くらい伝わってなかったのではなかろうか。
「しかも使い魔に盾に使われるなんて、騎士のガーディナー家も地に落ちたものだね」
大真面目に『使い魔なんてどこに?』と前後左右、何故か斜め上あたりを確認し出すトビアスの袖を引き、リオルが「コウモリのことじゃないから」と小声で言っている。成る程使い魔で飛行生物を連想して空中を探していたようだ。
「まっ、そうやって楽しく騒げるのも今のうちだからね。存分に仲良しこよししてればいいよ。次に会う時は……君は物も言わず地に伏しているのだから」
とても楽しそうな声で、とても楽しそうな表情で。全く似つかわしくないことを吐き捨てて、ロランドが背を向けた。
トビアスとシャリーナがその不吉な宣言に表情を引き締め、リオルは何てことないように受け流し、アンジェリカは……。
「うぇえ……無理……実際見たらもっと無理……笑顔で毒舌腹黒って言ってることが的外れだったらこんなにきついの……」
「アンジェ!?急にどうしたの、大丈夫!?」
何故か違う方向に多大なショックを受けたようで、込み上げる吐き気を耐えるかのように口元を押さえて蹲っていた。




