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ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない  作者: 鶏冠 勇真
第二部:ガリ勉地味萌え令嬢は、腹黒王子などお呼びでない

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6話 刃物を持った子供

「ああ、小賢しい君達のことだから、暴行罪だとか何とか言って教師に訴えようとでも考えてるのかな?“次の授業のために裏庭で魔法の練習をしようと思ったら、人がいることに気付かなくてうっかり当たりそうになってしまった”だけのことを」


 まだシャリーナもリオルも何も言っていないのに何故か勝ち誇った顔をして、大袈裟に両手を広げて歩いてくるロランド・ルイス・ユリシア・エルガシア。

 教師に告げ口したとしても、そう言い訳するから無駄だと言いたいのだろう。


「何を仰っているのですか殿下!今の魔法を偶然というにはあまりにも無理がありますよ!練習ならば人がいないことを確認するのは基本中の基本、百歩譲って確認を怠ったとしてこの広さで二連続で人に直撃しそうになるなんてどんな確率だとお思いで!?」

「え、あの、トビアスさん?」

「更に貴方は先程ご自分で“兄を倒した実力を確認しようとした”と自白したばかり!」

「トビアスさん待ってください今のはですね」

「その上その光魔法の魔道具であるブローチ……それを発動させわざわざ姿を消していたこと、これがリオル達を隠れて攻撃しようとしていたから以外の何です!?」

「トビアスさん!!」


 しかし。その“暗に告げる”手法は、正直を地で行くトビアスには全く伝わらなかったらしい。ロランドが無理のある嘘をついたという、ただそれだけとしか受け取れなかったようだ。


「違いますトビアスさん、ロランド殿下が仰りたいのは、もしこのことを俺やシャリーナが教師に告げ口したとしても、先程の説明をするから無駄だということで……」


 リオルがトビアスの服を引っ張り、小声で補足する。これでは他人の滑ったギャグを解説してあげてるようなものである。


「……フン。察しの悪い従者を持つと苦労するね」

「殿下、それでは!ご自身の罪を隠蔽し、何の償いもせず逃げるというおつもりですか!」

「トビアスさん!!」


 間違ってない。言ってることは間違ってない。むしろどストレートの偽らざる真実である。何でこんな良い従者がいるのに主はこんなことになってしまったのだろう。


「ふぅ。察しが悪い上に、簡単に敵に寝返る従者とはね」


 しかしロランドは怯むどころか、わざとらしく溜息をつき、大袈裟に肩を竦めただけだった。メンタル強過ぎである。


「今まで大目に見てあげたけど、さすがに手に負えなくなってきたよ」


 貴方は手遅れですよね、という偽らざる本音は喉の奥に飲み込む。辛うじて耐えたが、シャリーナもトビアスの正直さにつられてうっかり言ってしまうところだった。


「そこまで言うなら言い方を変えよう。“来月の魔術大会で最大のライバルになるであろう相手に、手合わせを願っただけ”。はい、これで満足かい?」

「何を……?」


 剣の柄から手を離さぬまま、トビアスが低い声で言う。今更ながら主に対しての態度が完全に敵相手のそれである。大丈夫なのだろうか。


「では、リオル・グレン。来月にあの場所で会えることを楽しみにしているよ。尤も、殆ど言葉を交わすことなく君は地に伏せることになるだろうけど……ね」


 くるりと背を向け、ロランドが悠々と去っていく。


「あ、そうそう。さすがにそんなに臆病者とは思いたくはないけど……逃げたらどうなるか、わかってるよね?」


 最後に振り返ってニッコリと笑いかけてきたが、ひたすらに気持ち悪かった。確かアンジェリカが前に邪悪な笑みがどうの黒い笑顔がどうのと小説を片手に語っていたが、それに近いものかもしれない。

 と、シャリーナが親友の言葉を思い出していると。


「本当に……面目ねぇ……二人共……」


 剣の柄から手を離すや否や、ガバリとトビアスが地に伏せた。最大限まで頭を下げた、いわゆる土下座。


「うみゃっ」


 しかしいつのまにかまた頭の上によじ登っていた猫が見事にバランスを取りつつ胸を張っているので、全く緊張感が無い。


「俺の主が本当にとんでもないことを……!教師にも陛下にも俺から報告する。丸腰の相手に明確な殺意を持って魔道具まで使用して計画的に犯行に及んだんだ、たとえ未遂でも複数人の殺人未遂とまでなればいくら王太子とはいえ罰を受けざるを得な」

「待ってください罪が重過ぎて揉み消されます俺達が」


 暴行未遂からさらっと用意周到な殺人鬼になってしまった。まあやったことだけを見ればその通りなのだが、多分あの殿下はそこまで考えてはいないだろう。


「恐らく殺人未遂とまで言ってしまうと、誰も動いてはくれないでしょう。ただでさえ第一王子の件で王家への信頼が揺らいでいるのに、次に王太子に定めた第二王子が帰国早々に殺人未遂を犯したとなればもう目も当てられません。上の人達は俺達を揉み消す方を選ぶと思います」


 レオナルドの時は公的な決闘で、数百人の貴族の目撃者、国宝の魔道具という、どう頑張っても揉み消しようがない証拠があった。しかし今回は昼休みの他に誰もいない裏庭での出来事、証言者は三人だけ。比べるまでもない。


「な、なら、暴行未遂としてだけでも……おそらく数日の謹慎で済むだろうけど、せめて」

「それも難しいです。ロランド殿下はそうした場合の言い訳を既に用意してるので……こちらが大袈裟に騒ぎ立てたと、逆に難癖をつけられる可能性があります」

「くっ、それじゃ、何のお咎めも無しに!」


 面目ねぇ、ともう一度呟いて、トビアスが両の拳を握り締めた。

 シャリーナとて悔しい。リオルに大怪我を負わせようとした男が、何の罰も無くのうのうと生きれるなんて。


「リオル、殿下が使っていたあの魔道具と同じものがあれば、ちょっと闇討ちくらいはできますかね……?最近屋上に続く階段の手すりの一部が脆くなってまして殿下がそこを通る時を狙って階段部分に空箱を設置してそれを魔道具で見えなくすれば」

「ちょっとどころじゃない具体的な復讐計画を立てるな」


 少しくらい仕返しできればと思ったが駄目だった。ちょっとと言いつつうっかり殺意が籠り過ぎてたせいかもしれない。シャリーナは反省して他に何か手はないかと考え込んだ。


「じゃあこのままリオルもシャリーナちゃんも黙ってるって言うのか……?」


 中々いい考えが浮かばず、シャリーナが思い悩んでいると。


「ええ、でもそれだと腹立たしいので」


 地面に座り込んだまま俯くトビアスの肩に手を置き、リオルがさらりと言った。


「ほんの少しくらいは恥をかいてもらいましょう」





 ファラ・ルビア学園の年間行事の一つ、魔術大会。学園所有の闘技場にて六日間に渡り開催される。

 今まで学んできたことを活かし、生徒同士清く正しく競い合おうという主旨の催し。

 学園の生徒であれば学年学科性別は問わず、簡単なエントリーシートを書いて担任の教師に提出するだけで参加できる。


「魔術大会で決着をつけると言われた!?ロランド殿下から!?」


 学園の生徒であれば学年学科性別は問わない。ただし、女子生徒や魔導師科騎士科魔術研究科の三科のうち一科は学園創設以来ほぼ誰も参加したことはないという注釈がつく。


「はい。なので出場しないわけにはいかなくなりました」


 昼休み終了前、校舎の教員室の近く。リオルが教師にとある一枚の紙を差し出すところを、シャリーナは半歩下がって見ていた。


「本当に殿下がそんなことを……」


 おそらく疑いの言葉を口に出そうとし、リオルの隣に立つトビアス・ガーディナーを見て教師が言い淀む。トビアスが件の第二王子の従者を務めてるということを、教師が知らないわけがない。


「だが君は魔術研究科だろう。いくら殿下に言われたからと言って無理に出場することは……」


 面倒なことになった。教師の顔にははっきりとその文字が描かれていた。

 第二王子が実の兄である第一王子を失脚させた相手に宣戦布告。王子が何らかの仕返しをしようと考えているであろうことは火を見るより明らか。


「殿下には私も共に謝罪してあげよう。無謀な勝負に出て怪我をするより、潔く負けを認めるのも必要なことで」


 もしロランドが魔術大会で必要以上にリオルを痛めつけようとしているとしたら、審判である教師は止めなければならない。

 しかし表向きは生徒同士力を競うだけの健全な大会。大事に至る前に止めればその審判は『ロランドが逆恨みで対戦相手を害すると邪推して止めた』と言われ、大事に至ってしまえば『何故止めなかった』と責められる可能性が高い。どっちに転んでも大怪我である。


「ロランド殿下だって素直に謝る者に追い打ちをかけるようなことはしないはず」

「殿下には今日の昼休みにお会いしましたが」


 目を彷徨わせながらなんとか説得の言葉を探しているらしい教師を、リオルがまっすぐに見上げて言った。


「すぐさま手合わせを願われるくらい、大会が待ちきれないご様子でした」

「は?」

「なのに俺はまともに名乗ることもできず、礼を欠いてしまったので……その上再戦の約束も果たせないとなれば、いくらお優しい殿下とはいえお怒りになるかもしれないと」

「……」


 エントリーシートを握り締め、教師が黙り込む。リオルの出場を認めた場合と認めなかった場合、どちらの方が面倒なことになるか考えているのだろう。

 再戦が叶わなかったロランドが学園内でリオルに勝負をふっかけた場合のことを。


「……わかった。ただし、危ないと思ったらすぐに降参すること。たとえ負けても成績に関係はしないのだから、くれぐれも無理はしないように。いいか、大事に至る前に、すぐに降参するんだぞ」

「勿論です。怪我をする気はありません」


 魔術大会エントリーシートを握り締め、苦渋の表情で言う教師に、リオルが涼しい顔で答えた。






「……リオル」


 何事もなかったように教室へと歩くリオルをシャリーナが呼び止める。トビアスとは少し前に別れ、廊下には誰も居ないので今は二人きりだ。


「どうした?」


 振り返ったリオルの優しい声に、シャリーナは思わず言葉に詰まってしまった。


「そんなに心配そうな声で呼ばれたら、こっちの方が心配するだろ。まあ、何が言いたいのかはわかるけど」

「え?ま、まだ何もっ」


 もうすぐ授業が始まる。戸惑っている時間は無い。


「怪我はしないでください、貴方が勝つことは信じています、無理はしないで……私のせいでごめんなさい、だろ」

「そんな!リオルはひとの心が読めるんですか!?」


 今まさに言おうとしていた台詞を全て先に言われ、シャリーナは驚きの声を上げた。その通り過ぎて自分が言ったのかと思ったくらいである。


「まあ多少は」

「読めるんですか!?」

「凄いです、さすがリオルって言うんだろ」

「凄いです、さすがリ……っ」


 台詞が二重奏になってると思ったら、またリオルに先に言われていた。ということは本当に心を。


「いや本気にするなよ冗談だよ」

「えっ?でも今」

「君が言いそうなことを予想しただけだ」


 言うだろうと思ったら本当に言うんだもんなと、リオルが可笑しそうに言う。ほんの少しだが、普段あまり動くことのない口角が上がっているのが見てとれた。


「心配いらない。怪我する気も負ける気もない。だから安心して観客席で見ていてくれ」

「勿論!徹夜してでも最前席を取ります!ですが……ロランド殿下の、魔法は」


 あの王族一の魔力量を誇るレオナルドを倒したリオルだ。今回だって何か策があるはずだと分かる、それでも。


「もしロランド殿下が、もっと早く槍を撃てるとしたら……」


 脳裏をよぎるあの水の槍。十数本の槍が形成され一斉に襲いかかってきた瞬間のことを思い出す。

 リオルお手製、魔法の発動を阻害する護符はタイムラグがある。魔法発動前に全てを止める従来の護符とは違い、発動後数秒してから搔き消す。もしその数秒が命取りになってしまったら。


「それに、今回は、リオルに何のメリットも無いのでは……」


 かつてシャリーナがレオナルドに狙われていた時。リオルは『君が王子に盗られることの方がマイナスだ』と言って助けてくれた。しかし今回のロランドには別に狙われているわけではないのでそんな恐れはない。いや、そんな恐れはない方がいいのだが。


「もしかして、私が馬鹿な復讐を企てていたから、見兼ねて代わりにやり返そうとしてくれてるのかと」


 たった数十分前の自分の言動が恥ずかしい。あれでは完全犯罪には程遠い。

 きっとリオルは自身のことより、シャリーナが攻撃されたことを怒っているのであろうことは、自惚れでなくとも分かる。正直に言えばその気持ちは嬉しい。

 しかしそのせいでリオルが何のメリットも無い、ただ怪我をする危険がある大会に出るとなれば話は別だ。


「まあそれもあるけど、どの道殿下の中では俺と闘うことが決定事項になっているんだ。あんな、自分が殺人未遂をしでかしたことにさえ無自覚で無責任な奴を野放しにするよりは、正々堂々迎え撃つ方が一番安全だ」

「あ……」


 リオルの淡々とした冷静な言葉に、シャリーナは今更自分があの時本当に殺されていたかもしれないという事実を思い出した。

 傷一つ負わずにすんだこととロランドのふざけた言動のせいでいまいち実感が湧かなかったが、リオルとトビアス、2人の行動がほんの数秒でも遅れていたら、冗談抜きで自分達は今ここに居られなかったかもしれないのだ。

 そしてその元凶である子供殿下には、良くも悪くもそこまでの悪意や殺意は無かった。自分の行動が自分の想定を超えてどんな惨事を引き起こすものなのか全く想像していない。

 まるで、無邪気に刃物を振り回して遊ぼうとする子供そのもの。

 レオナルドとはまた別の、しかし確実にレオナルドに勝るとも劣らないタチの悪い男に目を付けられてしまっていることをあらためて自覚する。


「すみませんリオル、私ったら全然危機感が足りてなくて……え、あ、でも、それなら尚更リオルだけが危ない目に!」

「落ち着け、大丈夫だから。さっきも言った通り、闇討ちじゃなくちゃんと審判のいる、ルールに則った試合ならいくらでも対策のしようがある。怪我をしないで勝つ方法もちゃんと考えてるよ」


 苦笑しながら、宥めるように、何てことないように言ってのけるリオル。それが嘘でも強がりでもないことは、シャリーナが一番わかっている。いつだって、どんな絶望的な状況にいたって、こうやって当たり前のように乗り越えてしまうのだ。世界で一番頼りになるこの人は。


「……それに、メリットだって、ちゃんとあるから」

「え?」


 リオルへの信頼や過去の感動を再確認しじんわりと気分が上昇していたシャリーナに、それまで涼しい顔で話していたリオルが、ふいと目を逸らして呟いた。そして数秒の沈黙が降りる。


「……君に格好良いところを見せられる」

「っ!?」

 

 斜め下の床に向かって呟かれた台詞は、しかししっかりシャリーナの耳にも届いた。


「そんな!リオルはいつだって格好良いです!」


 魔術大会。どんな手を使ってでも最前列を確保しよう。たとえこの手を血に染めてでも。

 おおよそただの学園行事の席取りにはそぐわない重々しい決意をして、シャリーナは胸の前でしっかりと両手を硬く握り締めた。

この国の行方を心配するコメントを多くいただくので補足しておきます。

第三王子はまともです。

ちょっと怠惰なところはありますが根は常識人で苦労人のまともな子です。

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― 新着の感想 ―
[一言] むしろアホ二号放置していたほうが王家へのダメージ拡大するんだがこの国の上層部はマジでマトモな損切判断できないのか? 第三王子云々以前にこの時点でヤバイよ もう下剋上で王家と高位貴族お掃除して…
[一言] トピアスがピエロランドの言っている意味を分かってなくて正論を言ったとこに笑った。
[一言] はい、あのバカ、リオルくんを怒らせました〜!しかもリオルくんたぶんガチギレですよね!あー終わったな〜 リオルくんてたぶん怒らせると一番怖いタイプそうだからどうなるのか
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