4話 期待の新星作家の正体
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「というわけで第二王子が新たな敵になりそうだったけどトビアスさんが食い止めてくれるみたいで」
「ええええええ第二王子まであれとかこの国どうなんの」
「大丈夫、今回は従者がまともだ。あと第三王子もいる」
「大丈夫と言いながら第二王子切り捨ててんじゃんリオルくーん」
放課後。
シャリーナはリオルと共に王都のアンジェリカ宅にお呼ばれし、三人でテーブルを囲んでいた。
「まあ優秀だと信じてた兄が失脚したって話を聞かされて、すぐに信じられない気持ちもわかる。まだ第二王子もまともじゃないと決まったわけではない……はず」
「少なくとも従者の方はとても良い人ですしね」
いつもは授業で分からなかったところをアンジェリカと共にリオルに教えてもらったり、アンジェリカのお勧めの恋愛小説の話を聞いたり色々だが、今日の話題は第二王子一色である。
「でも、そのトビアスって人も最初はロランド殿下の言うことを信じてシャリー達のこと偵察に来たんでしょ?……偵察バレたから味方になったフリしただけで、実はまだ向こう側だったり」
ティーカップをソーサーにおき、アンジェリカが心配そうに言う。どうやらまだトビアスを信頼しきれないらしい。
「いや、違う。トビアスさんはロランド殿下の言うことを信じたわけじゃないんだ。ロランド殿下の言うことがよくわからないままとりあえず裏庭に来たというか、えーと」
「え?ロランド殿下にシャリーが悪女である証拠を探って来いって言われたから来たんじゃないの?」
「えっとねアンジェ、要約するとそうなんだけどね」
アンジェリカの当然と言えば当然な疑問に、シャリーナとリオルが口ごもる。ロランドの台詞を要約しか伝えてなかったのだから確かにそう思うだろう。
「その……ロランド殿下はかなり変わった言い回しをされる方だったみたいで、トビアスさんはよく理解できなかったみたいなの」
「従者が理解できないくらい変わった言い回し……?あ、もしかして普段は古代語を使ってるとか!?いつ何時盗聴されるかわからないからみたいなっ」
何かの琴線に触れたのか、アンジェリカがパッと顔を輝かせた。
「前に読んだ小説でそんな話があったよっ!悪のヒーローが部下に指示を出す時に敢えてそういう」
「あ、いや、違うんだ。紛うことなき現代語だ。現代語なんだ……」
「ええ?じゃあ何で伝わらないの?」
言いにくそうに、とても言いにくそうに否定するリオル。
この流れは一から十まで説明するしかないだろう。第二王子の言葉が何故従者に伝わらなかったかを。
「あのね……その時のロランド殿下のお言葉を再現するとね……」
トビアス・ガーディナーはこれを言う時によく真顔でいられたなと、シャリーナは震える唇を引き結んだ。
「ちょっと失礼……笑顔で毒を吐く腹黒ヒーロー系の本を処分してくるね……」
十数分後。
途中でリオルと交代しつつシャリーナがロランド王子語録を無事言い終えると、アンジェリカは静かにカップを置いて立ち上がった。
「待ってアンジェ!この前俺様王子系の小説全部処分したら本棚が寂しくなったって嘆いてたばかりじゃない!」
「早まらないでくれカークライトさん本に罪は無い、本に罪は無いから!」
かつてレオナルシストに俺様王子の夢を打ち壊された時と同じくらい絶望した顔で部屋を出て行こうとするアンジェリカを、リオルとシャリーナが必死で引き留める。
「だって何これ……全然かっこよくないじゃん……もう純粋な気持ちで読めないじゃん……」
「いや今回の敗因は最初にそれを言った相手に全く伝わらずに明後日な解釈をされてしまったせいもあるし」
「そうよちゃんと伝わってたらこんなに痛々しいことにはならなかったわ!ロランド殿下だけが悪いわけじゃあないじゃない?」
構わず出て行こうとする家主、止める客。
「じゃあせめて分からなかったらその場で聞き返せば良かったじゃん、何でそんな明後日解釈しちゃったのトビアスって人は!」
「それが……聞き返したら『足りない頭を使って少しは考えてみたらどうだい?』って言われたから自分で考えた結果がこれみたい……待って待って待って」
「まんま同じ台詞言ってるやつあるぅー!無理!アレだけでも捨てる!」
本にもアンジェリカにも罪は無いのに。かつては好きだったものを捨てさせてしまうのは忍びない。そう思って頑張って止めていたのだが、逆にトドメを刺してしまったようだ。
「ところで創作と言えばロランド殿下達が見たっていう劇におかしいところが多々あって」
一方真正面からの説得を諦めたらしいリオルが話題転換してうやむやにする方向に切り替えた。
「え?おかしいところって?」
あっさり引っかかったアンジェリカがテーブルに戻ってくる。シャリーナはほっと胸を撫で下ろした。
「一国の王子が決闘で負けて王位継承権を失ったとなれば、そりゃああっという間に話は広がる。あれだけ観客がいたんだ。決闘の詳細が漏れるのは当然だし、劇や小説のネタにされてもおかしくない」
「広まるというかもうあの時は毎日その話題一色だったもんねぇ」
「ロランド殿下が見た劇も、多分偶然その時にうちの国にいた旅一座がネタを仕入れて、劇にして他国で公開したんだろう。それはわかるんだけど……」
トビアスから聞いたその劇に関しては、シャリーナも疑問を抱いていた。とても良い劇だとは思ったが、ヒーローのモデルがリオルだと言うなら些か不満点がある。
「ええ、私も疑問に思いました……リオルをモデルにしたのならヒーローのルリオ・グランはもっと格好良く描写されてもいいのに……」
「決闘以外の日常の話とか、出会った日のこととか、そんなところの詳細まで漏れてるのはさすがにおかしいなと」
「……ん?ルリオ・グラン?」
大人しく耳を傾けていたアンジェリカが、何故か急にビクリと肩を強張らせた。
「待って。シャリー達をモデルにした劇って、ヒーローの名前ルリオ・グランになってるの?」
「ええ。ちなみに私はリシャーナ・ディアクレイだったわ」
「ひぇっ!?」
ルビー色の猫目をまん丸にして叫ぶアンジェリカ。そんなに驚くようなネーミングだっただろうか。
「それで何か害があるわけでもないけど、広めた覚えも無いのに知られたとしたら気味が悪」
「もしかして王子の名前はレオポルト?」
「え?ええ、そうよ。よくわかったわね」
何やら思い詰めた顔で、リオルの言葉を遮るように問うてきたアンジェリカに、不思議に思いながらもシャリーナが答えると。
「カークライトさん!?」
「ど、どうしたのアンジェ!?」
不意に目の前の親友がソファから消えた。
目にも留まらぬ速さで絨毯の上、シャリーナ達の足元に移動したのだ。
「え?」
「はい?」
そしてまるで手縄を待つ囚人のように両手首を合わせ、悲痛な声で一言。
「私がやりました……」
「つい出来心で……世に出すつもりは無かったのに……まさかこんなことになるなんて……」
お菓子の大皿が片付けられたテーブルの上に乗る一冊の本。表紙には血吸い花の模様と『本当の王子様〜伯爵令嬢リシャーナと貧乏男爵家ルリオの真実の愛〜』とのタイトルが踊っている。
「タイトルからして読むのが怖い」
「アンジェ、お願いその本貸して!いえ売って!」
アンジェリカの話を総合すると、こうだった。
二ヶ月半前の、リオルとレオナルドの決闘があった日。その晩中々寝付けなかったアンジェリカは、興奮冷めやらぬまま筆を執り、一編の小説を書き上げた。
「悪気はなかったんだよ……ただその時は本棚がだいぶ寂しくなっちゃってたからついほんと出来心で」
完成した小説を読み返し、アンジェリカは思った。ただの紙束じゃなくて、本にして読みたいと。
メイドの服を着て変装し、王都の外れにある本工房を訪ねたのはその数日後のこと。
ちなみに何故そんな変装をしたのかと尋ねたところ、万が一にも足がつかないようにと思ってのことらしい。もし貴族だとバレ、ファラ・ルビア学園の生徒だとバレた場合。製本作業で物語を読んでしまった人に、この話が空想の産物ではなく、学園で起こった王太子廃嫡一連の出来事を元にしてると気付かれてしまうかもしれないと思ったとのことで。
「工房の人に、小説家志望ならうちじゃなくて出版社だよって言われたけど、自分一人で楽しむために本にしたいだけだからって頼んで……」
いくらかかってもいいからと告げ、突貫で一冊だけ作ってもらったという。
「完成した本を受け取る時に、本当に売る気はないか、誰にも見せてないかって聞かれたんじゃないか?」
「う、うん。その通りだって答えたよ」
語り終えたアンジェリカが、しかし何故その内容が旅一座に漏れたのかは分からないと項垂れる。
「ただの小遣い稼ぎで横流しされただけだと思うぞ。すぐに王都を出て行く旅一座に、劇の脚本として売り込むくらいなら君にバレないと考えたんだろう。その製本作業を担当した人は」
「ああ、そっか……」
そしてリオルの説明を聞き、ガックリと肩を落とした。
「アンジェが悪いわけじゃないもの、落ち込む必要は無いわ。それよりその本はいくらで買えるかしらそれか工房の人に頼んでもう一冊作ってもらえないかしら」
そんなアンジェリカをシャリーナが慰め……というより交渉に入ろうとし。
「遅かれ早かれ広まってたことだ。カークライトさんが気にすることない。あと伝聞だと限界があるから俺も劇の元になったその本を読んでおきたいんだけど二、三日借りても」
同じくリオルも本に視線を落として言った。
「ううん、こんなのもう燃やしちゃった方がいいよ!工房の人にも抗議してどこの旅一座に売ったのかも聞き出して、どうにかして劇をやめさせないと!」
「待って待って待って燃やすくらいなら頂戴お願いだから!」
「待ってくれせめて一日!一日あれば書き写せ……いや読み終わるから!」
アンジェリカが本に手を伸ばすと同時に、全員の手が本の上に置かれる。著者一人と主人公のモデル二人、複雑な権利関係の中誰も手をどけることなく膠着状態に陥った。
「待ってシャリーは分かるけどリオルくんはなんで!?シャリーから聞いた話が元だもん、シャリーの心情もそのまま入れてるからリオルくんに見られるのは恥ずかしいって!」
「いや、まあ、うん、ああでも燃やすことはないだろう……!」
「じゃあ私は読んでいいのよねアンジェ!お願い燃やさないで!」
シャリーナとしては己の話が元とはいえ、リオルがモデルの本なら何としてでも手に入れたく。
「えっリオルくんが言い澱むの珍しくない……?あとシャリーはもうちょっと気にして」
「いや別に言い澱んだつもりはただ本当にせっかく書いた本を燃やすのは勿体ないと思って」
「譲ってくれるなら金貨何枚だって出すわ!」
すったもんだの話し合いの末。
まずリオルが一日借り、次にシャリーナが借り、最後にアンジェリカが燃やすという折衷案で落ち着いた。
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「リオルくん、リオルくんにだけちょっと話があるんだけど」
そろそろお開きということで、席を立つ二人の友人。しかし二人が部屋のドアへと向かったところで、アンジェリカはその一方を呼び止めた。
「えっどうして」
「シャリーは先に馬車に乗ってて。大丈夫、変な話じゃないから」
途端に不安に染まる幼馴染の顔。相変わらずとても分かりやすい。
「もう、変な話じゃないって言ってるじゃん。心配しないで」
「わ、わかったわ……じゃ、じゃあねアンジェ、また明日。ではリオル、馬車で待ってますね」
髪という髪を後ろに引かれているんだろうなぁと思う程のギクシャクした動きで、シャリーナが部屋を出ていく。
「リオルくん。単刀直入に聞くね」
パタンとドアが閉められ、部屋にはアンジェリカとリオルの二人が残された。
「……シャリーにまだ何も言ってない?」
何を、とは言わなかった。この賢い友人のことだ。はっきり言わなくても分かるだろう。
「……」
そして分かっているだろうに何も答えないということは、つまり。
沈黙は肯定。
「あれから何ヶ月経ったと思ってるのリオルくん……」
「さっ、三ヵ月はまだ経ってない!」
言えてないのだ。件の決闘から暫く経ち、何の障害も無くなったというのに。この往生際の悪い少年は、好きな女の子にたった一言好きだと言えてないのだ。
「夏休み終わったら必ずって言ってたじゃん!もう休み明けて一週間だよ!」
おかしいと思ったのだ。もし正真正銘の両想いになったのなら、親友が自分に報告しないわけがないと。
しかし夏休み明けに彼女が嬉しそうに報告してきたのは、ただの「聞いてアンジェ、リオルが夏休み中に新しい護符を開発したみたいでね!なんと魔道具とか魔植物とかの人以外のものから魔力を吸い取って魔法を大きくできるって護符で、リオルは魔力を吸い取る対象に向かって魔法陣が移動してしまうのが難点だって言ってたけどそんなこと全然気にすること無」という夏休みの自由研究結果報告だった。長いので途中で切ることとする。
「大体一回は言ったんでしょ、何をそんな怖気付くことあるの!」
「だから……平常心じゃ言えないんだって……あの時くらいテンション上がってないと無理なんだって!」
無意識にだろう、貸した本の背を握り締め、震える声で言い訳をするリオル・グレン。
どんな困難だって打ち返し、どんな苦境もひっくり返してきたあの勇姿はどこへ行ってしまったのか。
「……だからその本読んでテンション上げようと思ったの……?」
「……」
沈黙は肯定。再び。
「まあ……こんなのが役に立つなら嬉しいけどさあ……」
それを書いた時のことを思い出し、アンジェリカは微妙な気持ちで少年に抱えられた本を見つめたのだった。




