3話 ルリオとリシャーナ
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美しく天真爛漫な少女、リシャーナ・ディアクレイ。珍しいストロベリーブロンドの髪と明るい空色の目を持つ、由緒正しき伯爵家のお嬢様。優しい両親とお茶目な使用人達、仲の良い幼馴染と遊ぶ毎日で、年頃にも関わらずまだ恋を知らなかった。
勇気ある聡明な少年、ルリオ・グラン。漆黒の髪と深い緑色の目を持つ、貧しい男爵家の三男。財政に余裕の無い家の負担にならないようにと、授業料免除の特待生の枠を勝ち取るため日々勉学に励んでいた。
そんな二人の運命が、ある日突然交差する。
『危ない、それは血吸い花だ。触れてはその美しい手が傷ついてしまう』
『まあ、なんてご親切に……どうか貴方のお名前を教えてください』
学園の裏庭、誰も知らない秘密の花園で出会った二人。
お互いに一目で恋に落ち、恋人となるのにそう時間はかからなかった。
『ルリオ、今日のサンドイッチの味はどうですか?』
『君の作るものなら何だって美味しいよ』
しかし楽しい時間はすぐに終わりを告げる。同じく学園に通う傲慢で醜悪な王子レオポルトが、リシャーナの美しさと料理の腕に目をつけたのだ。
『ほう、中々美味いサンドイッチじゃないか。気に入ったぞ。命令だ、リシャーナ・ディアクレイ。俺様の女になれ』
王子の特権を振りかざし、あの手この手汚い手でリシャーナへ迫るレオポルト。
『リシャーナ!こっちだ!』
『ルリオ!』
そんな王子の魔の手を叩き落とし、リシャーナを守るルリオ。レオポルトの思惑とは裏腹に、二人の絆はどんどん強まっていく。
『おのれぇ!小汚いドブネズミ風情が!』
幾度も失敗し悔しがる王子。
二人はこのまま逃げ切れるかのように思えた。しかし——。
『フハーッハッハッ!ルリオ・グラン!貴様はもう終わりだ!俺様が貴様の弱点を知らないとでも思ったか!』
中々自分のものにならないリシャーナに業を煮やした王子が、最悪の手段に出た。
リシャーナを賭け、ルリオに自身と魔導師として決闘するよう命令したのだ。
……ルリオが貴族として致命的な、魔法を使えないという弱点を持つと知りながら。
『駄目ですルリオ!こんなの貴方が死んでしまう!二人で逃げましょう、貴方とならたとえ砂漠の果てにだって……っ』
『そんな必要は無いよ、リシャーナ。俺は必ず勝つ。君のために』
そして運命の日はやってくる。
『勝者、ルリオ!ルリオ・グラン——!』
死闘を制し、地に立っていたのはルリオであった。
襲い来る数々の魔法を護符で防ぎ、最後の最後でレオポルトを挑発して罠に嵌めたのだ。
『くっ……』
しかし防ぎきれなかった魔法が彼の身体にいくつもの傷を負わせた。
『ルリオ!しっかりして、ルリオ!』
血を流し倒れるルリオ。駆け寄るリシャーナ。最早ルリオの命は長くない、会場の誰もがそう思った。
『すまない……君を幸せにすると誓ったのに、守れそうにない……』
『ルリオ……!いや!死なないで!』
リシャーナの透き通った涙がルリオの赤く染まった胸に落ちる。
その時、奇跡が起きた。
『え……?』
落ちた涙が光り輝き、ルリオの身体を包む。その淡く優しい光がおさまった後、ルリオの命を脅かしていた傷は全て癒えていた——。
「なんて素敵なお話……」
「ちょっと待ってください最後本当にそんな話だったんですか」
数十分後。
トビアスが留学先の国で見たという、とある旅の一座の新作劇の話を聞き、シャリーナは目尻に浮かんだ涙を指で拭った。なんと感動的な物語だろうか。
「そして悪辣非道の王子は王宮の地下牢に幽閉され、ルリオとリシャーナはすぐさま結婚式を挙げいつまでも幸せに暮らしたとさ」
本当になんと感動的な物語だろう。何よりヒーローのルリオ・グランがとても格好いい。勿論リオルには及ばないが、話を聞く限りかなり似ている気がする。魔法は使えなくとも知識と機転で敵を打ち負かすその格好良さとか、それでいて全く驕ることのない謙虚さとか。
特にリシャーナがレオポルトに空に攫われルリオに助けられるシーンなんて、ただの劇とは思えない程臨場感に溢れていた。
「シャリーナとリシャーナはまあそこまで変わらないとして俺の美化が激し過ぎる……」
「え?何ですか?」
しかし話の余韻に浸っていたところで、リオルが隣で頭を抱えていることに気づく。感動的なラブロマンス物語を聞いたリアクションとしては少々おかしい。趣味に合わなかったのだろうか。
「そもそもどこからそんな詳細まで漏れたんだ?しかも劇にまでなるとか早過ぎだろ」
何はともあれ思案するリオルはやっぱり格好良いなあとシャリーナが考えていると。
「やっぱこれは二人をモデルにした話だったんだな。いやあ、ロランド殿下のことだから、相変わらず変なこと言ってんなとしか思ってなかったんだけどよ」
「ロランド殿下?何故急に第二王子のお名前が?」
ロランド・ルイス・ユリシア・エルガシア。エルガシア国の第二王子。今女子生徒達の間で最も上がることの多いその名が急に出てきて、シャリーナが不思議に思いトビアスに尋ねた。
「あー、今話した劇の話がさ、つい数ヶ月前にこの学園で起こった話を元にしてるっつーんだよ。俺が今仕えてる我が国の第二王子様が」
「そんなことが……あら?でもよく考えたら聞いたことのあるシーンがたくさん」
「だいぶ脚色されてるし実際には無いシーンも追加されてるけど、大元は俺達の話だったじゃないか。気づかなかったのか?」
言われてみれば。やけに臨場感溢れる話だと思ったが、本当に臨場していたようだ。思い返すはラストの結婚式。厳かな教会で永遠の愛を誓う二人。健やかなる時も病める時も——
「つまり……私は既にリオルと結婚していた……?」
「実際には無いシーンも追加されてるけど」
「新婚旅行の船旅で身を乗り出す私を支えるリオル」
「劇にすら無いシーンを追加するな」
エルガシア国の結婚可能年齢は男女共に十八歳だったはずだが、ルールには抜け道が付き物である。
「という冗談はさておき」
「君の冗談は本当に冗談に聞こえないからやめてくれ……」
確か砂漠のとある国では十五歳で結婚可能だったな、という豆知識もさておき。
あと船旅だとリオルが船酔いしてしまいそうなので、やっぱり陸路の方がいいかもしれない。要検討である。
「はは、仲良いんだな。ロランド殿下はリシャーナは魔女だのルリオは使い魔だの、わけわかんねーこと言うんだよ。しかも魔女の化粧のコツを探ってこいとかなんとか」
「お化粧のコツ?私は夜会の時くらいしかしませんが、口紅は指で馴染ませると自然に仕上がるとかそういうコツのことですかね?」
「そうそう!そういう裏技的な!良かったこれで殿下にいい報告ができるぜ」
「いや確実に違うだろそれ」
今時は男性も化粧をすると聞く。というわけで特に疑問に思わずトビアスの質問に答えたシャリーナだったが。
「あ、いや、申し訳ございません。トビアス様の人柄が親しみやすくつい砕けた口調になってしまいました」
急にリオルがトビアスに対して敬語が崩れ、慌てたように取り繕った。こんな些細なミスをするリオルは珍しい。でも取り繕い方も格好良い。
「いいっていいって!タメ口でも何でも!最初にも言ったけどほんとに呼び捨てで構わねーから」
「……寛大なお言葉感謝します、トビアスさん」
敬語のリオルも格好良い。
様付けからさん付けへの切り替えのタイミングも良い。
それに『感謝いたします』ではなく『感謝します』なあたり、敬語レベルも一段下げてるようだ。いきなりタメ口はきけないが、本気で気楽でいいと言ってる相手にあまりにへり下るのも失礼だろうから。
「けど、確実に違うって何がだ?」
「多分ですけど、ロランド殿下は他にも何か仰ってませんでしたか?その、魔女の化粧に関して、もう少し他の言い方で」
そしてまた何かに気づいたらしい。リオルがこのように言う時は、もう答えが見えている時だ。
「あ、ああ……それは……そうだけど」
「教えてもらえませんか。なるべく詳しく」
「う……うーん……あんまり覚えてねぇからな……」
リオルの追及に、トビアスが気まずげに口を濁した。目を逸らして頰をかき、明らかに狼狽えている。
「覚えているものだけでいいので全部教えてください」
「い、いや、なんか誤解があったと思うんだよ。リシャーナ……シャリーナちゃんの白粉が面の上十センチあるとか、み、醜い素顔とか、それを暴くとか。お、俺は全然本気にしてなかったぞ?」
「……成る程」
トビアスの答えを聞き、シャリーナもようやくこれが第二王子が化粧に興味があるとかいう話ではなかったことを悟った。
「あの、もしかして、私が厚化粧でレオナルド殿下を誑かしたと思われてるのでしょうか」
考えてみれば当然だ。第二王子からしたら、留学先で『優秀だった兄が女に狂って破滅した』といきなり伝えられたのだ。悪い女に騙されたのだと疑っても仕方がない。
「お化粧で絶世の美女に化けた私が殿下を誑かしたのだとかそういう疑いを……?」
「いや。化粧云々はただの比喩だ」
ただしこの答えは違ったようで、リオルが首を振る。
「もしかしてリオル、ロランド殿下の言いたいことがわかるのか?俺にはさっぱりで」
「断片的な言葉だけだと限界はありますが」
「わ、わかった!全部話す!今思い出すから待っててくれ。えーと、一から話すとなると……」
代わってトビアスが身を乗り出し、事の次第について語り始めた。
「つまりロランド殿下は、レオナルド殿下がある女子生徒に横恋慕し恋敵を葬り去ろうとして返り討ちに遭い王位継承権を剥奪されたという国からの報告に、何か裏があると思ったんでしょう。考えた末、女子生徒は実は魔女のように狡猾な女で、レオナルド殿下を誑かし、更に手先を使って殿下を罠に嵌めたというのが真相ではないかと疑っている。ただしその目的と手段が分からないし証拠も無いから、それを探って来いとトビアスさんに命じられた……要約するとこんな感じですね」
「マジで!?化粧はどこいった!?」
「騙すとか誑かすとか、正体を隠してるとかの比喩として使ったんでしょう」
トビアスが全てを語り終えた後。こめかみを押さえたリオルが淡々と述べた。
「ということは……ロランド殿下は……」
覚えがある。この無駄に格好つけた言い回し。こちらの話を聞く前に、頭から決めつけてるこの感じ。
数ヶ月前の出来事を思い出し、シャリーナは気が遠くなっていくのを感じた。
「ロランド殿下は何を言ってんだ?レオナルド殿下がリオルを殺そうとしたのは事実なんだろ。シャリーナちゃんが悪女とかいう証拠も何も無いんだろ。そんなのただの難癖じゃねーか」
「はい?」
「えっ」
ロランドの従者であるトビアスに、どうやって無実を証明しようかと考えていたところで。
「嫌な思いさせて悪かった。殿下には俺がちゃんと伝えとく。リオルもシャリーナちゃんも二人共いい奴で、裏も何もねぇってな」
「え、えっと」
「あ、はい」
一瞬何を言われたのかわからなかった。あまりにもまともなことを言われたせいで。
「あ……ありがとうございます……」
「助かります……」
話が。話が通じる。言葉が通じる。いや当たり前のことだけども。驚く方がおかしかったけども。
「今日にでも殿下に話して、誤解を解いてくる。どうなったか報告したいから明日またここに来ていいか?二人はいつもここで昼飯食ってんだよな?」
「は、はい、お昼休みは毎日ここに居ます」
今日初めて会ったばかりだが、トビアスの人柄からして話せば分かってくれるのではと思っていた。しかしまさかこうも一瞬で分かってくれるとは。理解が早過ぎて理解が追いつかなかった。
「有り難いお話ですが、トビアスさんはそれでいいのですか?主であるロランド殿下の考えを、真っ向から否定してしまうことになりますが」
「何だ、そんなこと。問題なんてあるわけないだろ?」
リオルの言葉を聞いたトビアスが何てことのないように答える。
そして右手で握り拳を作り、自身の心臓に当てた。
「騎士が剣を抜くべき時は、主を守る時と主が道を違えた時。ガーディナー家の家訓だ」
きっぱりと言い切る深い青色の目には、一切の曇りはなく。
「主が間違ってるなら俺が正さなくてどうすんだ?このまま間違った道を行かせる方が従者としても騎士としても大問題だ」
もしこの人が第二王子ではなく、第一王子の従者だったら。第一王子がこれ程までに道を誤ることはなかったかもしれないと思う程、その姿は頼もしさに溢れていた。




