1話 そして再び幕は上がる
「さあ!寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!旅の劇団、硝子星一座の新作だよ!」
買い物帰りの主婦や追いかけっこをする子供達、屋台で声を張り上げる店主とその客。沢山の人々で賑わう広場で、一際大きな声で呼び込みをする男がいた。
男のすぐ後ろには、劇の演目が描かれた立看板と大きなテントの入り口があり、一人、また一人と興味を惹かれた通行人達が中を覗いていく。
「もうすぐ開幕!観劇料はたったの銀貨二枚!そこのイケメンなお坊っちゃん!どうだい寄ってかない?」
「僕今金貨しか持ってないんだけど。お釣りはある?」
看板にチラリと視線を向けた十代半ばか後半くらいであろう少年に、呼び込み男がすかさず声を掛ける。見るからに金持ちそうな服を着た、お世辞でなく見目のいい少年。
しかし相当親から甘やかされてるのだろう。一度も働いたことのなさそうな生白い手、幼い言動が目立つ。
「ありますあります!でも『釣りはいらないぜ』って言わせる自信もありますよ!」
「ふうん。まあ、ジャラジャラお釣り受け取るのも面倒だしね」
首にかけた料金箱を持ち上げながら、男が内心しめしめと舌舐めずりをした。金持ちの子供が小金貨しか持ち歩いていないのは珍しくない。そして、銀貨で釣りを受け取るのを面倒くさがることも。
「それで、この劇ってどんな物語なんだい?」
「よくぞ聞いてくれました。貴族の子息達が通う魔法学園を舞台にした、美しく天真爛漫な伯爵家の娘と、貧乏な男爵家ながら賢く勇気ある少年の身分を超えた愛の物語です!二人を引き裂こうとする悪辣非道な王子にどう立ち向かうのか!」
小金貨一枚は銀貨二十枚分。釣りがいらなければこの客一人で十人分儲けられる。これを逃す手はない。
「へぇ、面白そうな設定だね。原作は誰が書いたのかな?もう出版されてる本とかじゃあなさそうだね」
「へへっ、実はこの国の前に訪ねた大国で、とある若き天才作家から出版前に買い取ったものでして……本としてはまだどこにも売ってません。てなわけでうちの劇以外じゃあ見れませんよ」
ここぞとばかりにたたみかければ、金持ちの少年ははたと目を見開いた。
「成る程、それは是非見てみなきゃね。釣りはいらないよ」
「ありがとうございます!」
少年が料金箱へチャリンと硬貨を落とした。手に隠れて殆ど見えなかったが、金色の輝きだけは隠しきれずその隙間から零れていた。
「伯爵家の娘と貧乏男爵の息子、悪辣非道な王子……ね」
本来であれば誤魔化されないよう硬貨は入れる前に確認させてもらうところだが、客の身なりからしてそこまで警戒する必要はないだろう。
それに今更わざわざ箱を開けて確認して、せっかくの太客の機嫌を損ねてしまう方が惜しい。
「はい、是非お楽しみください!二人の愛は果たして王子に打ち勝つことができるのか……っ」
「フフッ。二人の愛……ね。ま、ほんとにそんなのが存在したらの話だけど」
「え?」
「果たして本当の悪役はどっちだったのかな……ってね」
すれ違い際。テントへ向かう少年がおかしげに呟いた。
「ああ、最後に確認するけど。君達が前にいた国って、エルガシアって国だよね?」
「へ?」
確認すると言いながら、こちらが返事をする間も無く少年がテントの中へ消える。その前の台詞といい、一体何の意図があるのか。
「あ、そこの男前のお兄さん!あと五分で劇が始まるよ!見ていかないかい?」
まあ、金持ちには変わった人物が多い。金払いが良ければ何も問題はない。
男は気を取り直し、呼び込みを続けた。
二時間後。
「ふぅー、やれやれ。いやはや全く素晴らしい劇だったよ」
楽しげに劇の感想を言い合いながら歩く客達に混じり、先程の金持ちの子供が大袈裟に首を振りながらテントを出てきた。
「気に入っていただけましたか!ありがとうございます!」
劇中は門番をしていた呼び込みの男がすかさずそれに答える。
「本当、実に素晴らしい“フェイク”だね。もう少しで大笑いしてしまうところだったよ」
「ん?ええ、はい、笑い有り涙有りの……」
一瞬その妙な言い回しを怪訝に思いつつ、創作物として素晴らしいと言いたいのだろうと判断し、男が気を取り直して賛同する。
ただ大笑いするシーンまではなかったはずだがと疑問を抱きながら。
「フフッ。でも、偽りの中にも真実はある。先に払った金貨も、情報料としては相応かな」
「は、はあ……」
ますますよくわからない言い回しに、男がきょとんと首を傾げる。
「ああ、ごめんね?君にはわからないか。ま、気にしなくていいよ。考えるだけ無駄だから」
ひらりと片手を振り去っていく少年。
結局男は最後まで少年が何を言ってるのかわからなかった。何やら馬鹿にされたことだけはわかる、という程度で。
「おーい、見習い!今日の入り数えんぞ!料金箱持ってこい!」
「は、はい!」
しかしいちいち腹を立ててはいられない。態度の悪い客などいくらでもいる。金払いが良ければ尚のこと怒る必要も無い。
「へへっ、団長、今日は最後の方に金持ちの子供が来ましてね。銀貨二枚のところを小金貨で……」
団長に呼ばれ、さっそく今日の手柄を報告しようと、呼び込み兼料金係の見習いの男が足取り軽く駆けていく。
「おお、でかしたじゃねぇか。どれ、さっそく確……認……」
「団長?どうかしましたか?」
最後の方の客なら、硬貨は料金箱の一番上にあるはず。団長も同じことを思い、箱のフタを開けたのだろうが。
「お、お前、これ小金貨じゃねぇぞ!」
「ええ!?」
箱の中を見るや否や、団長が驚愕の声を上げた。
「で、でも確かに金色で……あの身なりでまさか偽金なんて……っ」
手柄どころか大失態になってしまった。青ざめた見習いの男がオロオロと言い訳を重ねる。
「ち、ちげぇ!逆だ逆!」
「え?」
しかし、団長の驚きは、男が想定していたものとは全く逆であった。
「小金貨どころじゃねぇ!大金貨だ!金貨の倍だ!小金貨で言や十枚分だぞ!」
「えええええ!?」
団長の言葉に思わず取り落としそうになった箱を慌てて抱え直す見習いの男。
大金貨。金貨の倍。小金貨だと十枚分。つまり銀貨二百枚分……一人で客百人分を払ってもらったことになる。
「小金貨以上しか持ち歩かねぇ金持ちはまぁいる……けどまさか、大金貨しか持ち歩いてねぇとしたら……」
これ程の金を釣りはいらないと切り捨てられる。
余程の大貴族か。まさか、それ以上の。
「まさか……」
王族か、と呟いた言葉は、巻き上がった風にさらわれて消えた。
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一方その頃。
「美しい伯爵令嬢と賢い男爵令息、悪辣非道の王子……ね」
フッと意味深な笑みを浮かべ、少年が歩き続ける。
「醜い伯爵令嬢と馬鹿な男爵令息、罠に嵌まった王子……の、間違いじゃないかなあ?」
そしてテントからだいぶ離れたところで、やれやれと肩を竦めた。
「……偵察の必要がありそうだ」
ニコニコと無邪気に弧を描いていた口元が不意に邪悪さを帯びる。
「トビアス!トビアス ・ガーディナー!」
パンパンと両手を叩き、誰もいない周囲を見渡しながら誰かの名を呼ぶ少年。
「お呼びですか」
間も無くして、物陰からゆらりと大柄な青年が現れた。逆立った茶髪に鋭い目つき。腰に大振りの剣を下げた見るからに強そうな男。
「帰国したらすぐにやることがある。気配の消し方の訓練をもう一度やり直しておくこと。理由は後で説明する」
「承知しました。では、そのやることだけでも今説明してもらっていいですか」
「フフン、それはね」
無表情で尋ねる男に、少年が楽しそうに答える。
「醜い醜い魔女の化けの皮剥がし……ってとこかな?」
「はあ……?」
ある意味化け物退治とも言えるかなと、それはそれは楽しそうに。




