目撃者パトリック・ウォーディントン
この度、拙作『ガリ勉地味萌え令嬢は俺様王子などお呼びでない』が、TOブックス様より書籍化&スクウェア・エニックス様(ガンガンONLINE)よりコミカライズ決定致しました!皆様の応援のおかけです。ありがとうございます!
発売日や特典などの詳細情報、カバーイラストを活動報告にて記載しております。是非ご覧ください。
↓番外編、本編中盤あたりの話です。
「どこかいい場所……空いてるとこは……」
長い授業を終えた昼休み。ファラ・ルビア学園の敷地内で、一人の男がふらふらと彷徨っていた。
男の名はパトリック・ウォーディントン。ウォーディントン辺境伯の一人息子である。男なら強くあれ、正しくあれと厳しかった父親の元を離れ、束の間の気楽な学園生活を満喫中であった。
「そうだ、裏庭なら誰もいないだろ」
懐に今日の昼食を抱えたパトリックが良いことを思いついたとばかりに外へと向かう。
怖い父親もいなく、厳し過ぎる訓練もなく、楽しい学園生活で一つだけ不満があったのは食事事情であった。学園の食堂やカフェテリアで出される食事が、どれもこれもパトリックにとってはお上品で繊細過ぎて物足りなかったのだ。もっとガツンとシンプルで腹にたまるものが良い。
というわけで、塩を振って焼いただけの肉とパンだけの昼食を抱え、食べられる場所を探して今に至るのである。上品な他生徒の多いところでこれを広げるとちょっと視線が痛いのだ。
「いやぁ、盲点盲点……ん?」
食堂、カフェテリア、ガゼボが並んだ中庭。どこも昼休みは人で溢れているが、裏庭に行く者はいないだろう。給仕もテーブルも無く、地べたに座って食べる貴族子女など中々いない。
と、思って裏庭まで来たパトリックだったが。
「今日のサンドイッチはハンバーグを二段重ねにしてチーズとベーコンを三枚にしてみました」
「今日も大ボリュームだなぁ」
「リオルがサンドイッチは一つで充分だと言っていたので一つにまとめようと」
「個数の問題じゃない」
前方から聞こえてきた二人の男女の声にふと足を止めた。辺境の血筋か環境か、パトリックは耳が良いのだ。多少離れた距離でも普通の話し声ならば難なく拾える。
「先客がいたか……」
物陰からうかがえば、裏庭の大きな木の下で一人の女子生徒が隣に座る男子生徒へ何かを差し出しているのが見えた。男子生徒の顔は物陰に隠れたままだとギリギリ死角になって見えないが、その何かを受け取った手は見えた。
「なっ……あれは……!」
男子生徒が受け取った何か。それは大きな肉の塊をパンで上下に挟んだサンドイッチだった。
学園のカフェテリアで見かけるような、薄い具を薄いパンで挟んだだけの、指でつまめる程度のちんまりとしたサンドイッチとはわけが違う。
「アストライアーは『いくら野菜でバランスを整えようがソースを凝ろうが若い男には無意味、肉がデカい以上に美味い料理は無い』って言ってましたがリオルはどうですか?」
「シェフにあるまじき言葉だな?」
完璧ではないか!
盗み見を続けながら、パトリックはごくりと唾を飲み込んだ。
デカい肉をダブルで挟んだサンドイッチ。これ以上に美味い料理があるだろうか。野菜だのゼリーだのなんちゃらのなんちゃらソースがけだのよりずっと美味しそうである。己の弁当もよくできたと思っていたが、ダブルには敵わない。
「……美味い」
「良かったです!やっぱり大きければ大きい方がいいでしょうか?明日は三段にしてみましょうか……」
「俺の顎の限界も考えてくれ」
自分ならトリプルでもばっちこいだと考えて、小さく唸るパトリック。
羨ましい。羨まし過ぎる。会話から察するにあの料理は女子生徒の手作り。しかも毎日のように持って行っている模様。その嬉しそうな声から好意は明白であるし、なんとも仲睦まじい二人ではないか。きっと親同士仲がよく、幼い頃からの婚約者同士なのだろう。そのくらいの幸せオーラを感じる。
「ご一緒にポテトもどうぞ」
「どうも」
「ポテトフライを勧める時はこの言い方がベストだってアストライアーが言ってたのですが、何か意味があるんでしょうか?」
「……?料理人のジンクスか何かか?」
しかも女の子の方が結構可愛い。優雅に波打つストロベリーブロンドに、溢れんばかりの笑顔。絶世の美女というわけではないだろうが、遠目からでもその可愛らしさはわかった。
こんなに良い婚約者を持つ幸せ者の男は一体どんな顔をしているのかと、パトリックはもう少しだけ身を乗り出した。
「へ?」
身を乗り出して、ポカンと口を開けた。料理上手で献身的で、こんなに可愛い女の子が夢中になる婚約者様である。さぞ身分の高い、見目麗しい男子だろうと思ったのに。
「ただやっぱり私はお野菜もあった方が美味しいと思うんですよね……アストライアーは『野菜は理性。しかし肉の前にはどんな理性も崩れ去る』って言ってますけど」
「なんでそうシェフにあるまじき格言を残すんだ彼は」
肩につくかつかないかくらいの野暮ったい黒髪。生気の無い暗い顔色。細く頼りない体格に、座っているので正確にはわからないが、おそらく男にしては低い、女子と変わらないような身長。
「あ、いや彼じゃなくて彼女か?名前からすると」
「いえ、アストライアーの両親はかっこいい響きだと思って名付けただけで女神が由来だったとは知らなかったみたいです」
どこからどう見ても地味で根暗でひ弱そうなガリ勉少年である。多分街中で十人二十人とすれ違おうと誰一人振り返らない。
「マジか……」
そっと身を引っ込めて、パトリックは呆然と呟いた。美男子などお世辞でも言えない。
しかもあのどんよりと暗い顔には見覚えがあった。先月の入学式で散々話題になっていたリオル・グレンである。
実技は最低点のくせに筆記だけで特待生になった、学園の面汚し。学費免除でもなければここに通えなかったというド田舎の貧乏男爵家三男。新入生にそんな大外れがいるのだと、少々性格の悪い同輩が罵っていた。
「人の好みは……それぞれだな……」
制度の裏をついただの何だの言われようが特待生は特待生。悪口で盛り上がっているのは特待生になりたくてなれなかった者達であり、パトリック自身は特に気にしていなかった。良くは思ってないが悪くも思ってない、その程度。
しかしこんなにも可愛い女の子に想いを寄せられていたとは思いもよらない。
それにしても身分も見た目も魔法の腕もパッとしない、どころか全てにおいて平均以下なら、少女が夢中になる理由として残るは性格か。中身が素晴らしく良いとかだろうか。
「今日は何の本を読んでるんですか?」
「古代魔法理論とその歴史」
だが聞こえてくるやり取りだけではそんな素晴らしい性格はうかがえない。それどころかリオル・グレンの受け答えは終始素っ気ないというか、会話を盛り上げようという気概が微塵も感じられない。
「過去を学び未来に活かす……やはりリオルの勉学に対する真摯な姿勢はとても素晴らしく思」
「ちょっと黙って」
「はい!」
こんな気の利かない返事しかしていないのに、女の子の声は楽しそうだ。一体あのやり取りのどこに楽しい要素があるのだ。
「……」
「……」
リオルが黙ってと言ったからだろう、女の子の話し声がピタリと止む。
いやしかしそれはちょっと無碍にし過ぎではないか、せっかく彼女が楽しくお喋りをしようとしたんだろうにと、パトリックが再び二人の様子を窺うと。
「あ……」
笑顔だった。女の子はそれはもうニコニコの笑顔であった。隣にいられるただそれだけで幸せだと、こっちにまでその嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。
そして少年の方も声だけ聞いた時はクールにあしらったのだと思ったが、本を開いて少々不自然な態勢でそれを顔へ近づけていた。まるで彼女の視線から自分の顔を隠したいかのように。
端的に言うと、照れ隠ししてるようにしか見えなかった。
「はー……はいはいなるほど、お幸せに……」
昼食は食べていないがもうお腹いっぱいである。ここで無遠慮に乗り込んで、この微笑ましいカップルの邪魔をするなどできるわけがない。そんなことができるのは死ぬ程空気が読めない馬鹿だけだろう。
「あーあ、俺も可愛い恋人が欲しいなぁ」
そうしてこっそりと二人の幸せを祈り、パトリック・ウォーディントンはその場を後にした。




