断捨離アンジェリカ こぼれ話のこぼれ話
断捨離アンジェリカこぼれ話のおまけです。シャリーナがアンジェリカと『ライム』という男が格好いいと話しているのを聞いてしまったリオルの話、アンジェリカ視点。
「……ライムとは誰だろうか」
「えっ」
アンジェリカがシャリーナにとある恋愛小説を薦め、二人楽しく語っていたある日のこと。放課後の帰り際、迎えの馬車のところに向かう途中アンジェリカは一人の少年に呼び止められた。
「ライム?ライム・グリーンのこと?」
その彼はいつもならこの時間はシャリーナと共に寮への帰り道を歩いているはずだった。こんなところに一人でいるとは珍しい。
「……ああ」
コクリと頷いた彼の名はリオル・グレン。
その一見頼りない見た目からは全く想像がつかないが、つい三週間前この国の王子との決闘で華麗に勝利し、拐われた恋人をその魔の手から救ったヒーローである。
しかし心なしかいつもよりその両腕に抱える本が重そうな気がする。顔色も普段以上に悪い。
「前に……カークライトさんとシャリーナが話しているのを聞いて、気になって」
「えっと……」
ただの質問にしては深刻な雰囲気である。
しかし何故毎日朝も昼も帰りも一緒にいるシャリーナに聞かず、わざわざ待ち伏せしてまでアンジェリカの方に聞くのか。
一瞬不思議に思ったアンジェリカだったが、その思い詰めたような表情を見てすぐに察した。
「え、何だ?」
そして黙ってカバンから一冊の本を取り出しリオルに差し出した。ちょうど今日シャリーナから返却を受けたばかりのその本を。
「ドキドキッ!意地悪なアイツは王子様!〜おてんば男爵令嬢クランベリカの甘酸っぱい恋の果実〜の二巻だよ」
「タイトルを聞いたわけでは……いや、この本は何なんだ?」
「読めば今リオル君が知りたいことがわかるから」
シャリーナ本人には聞くに聞けなかったのだろう。最悪の答えを直接聞かされるのが怖くて。
「一巻じゃなくて二巻?」
「ごめん一巻は焼き捨てたの」
「何で!?」
「私の火魔法で」
「手段を聞いたんじゃない」
少し考えればあのシャリーナが心変わりするわけないとわかりそうなものだが、まあ恋とは時に人を臆病にするものである。
「後始末がほんと大変だったなあ、部屋中水浸しになっちゃって」
「なんでそんな苦労をしてまで燃やそうと……?」
アンジェリカが目を逸らす。仕方ないだろう、己の黒歴史ごと消炭にしたかったのだ。
「ああでも、一巻を読まなきゃわからないところもあるからかいつまんで説明するね」
「あ、ああ」
「けど凄く気分が悪くなって場合によっては吐き気を催して夜眠れなくなるかもしれないから心して聞いてね」
「ホラー小説だったのか!?このタイトルで!?」
もう何がなんだかわからないといった顔でリオルが首を傾げる。
そんな顔を真正面に見ながら、アンジェリカはゆっくりと深呼吸をし、心して口を開いた。
翌日。
「……読み終わった」
差し出された本を受け取って、アンジェリカが改めてリオルを見る。
その顔色は昨日と比べてだいぶ明るさを取り戻し……と言っても元々が明るい顔とは言いがたいので重病人からちょっと風邪を拗らせた人程度の変化だが、心配事がなくなったのであろうことはわかった。
「どうだった?」
「……隣国の第四王女の趣味は変わってるな」
「そうだねぇ、誰かさんにそっくりで」
良かったね、と少し意地悪で言ってみると、リオルは気まずそうに視線を逸らした。つい昨日の自分の状態を思い出してるのだろう。あの時のリオルは本当に酷い顔をしていた。
「シャリーナには言わないでくれ」
「はいはい、わかってるよ」
圧倒的に不利な状況で、負けたら国外追放で、命がかかった決闘の時だって全く恐れていなかったのに。
一人の女の子に心変わりされるかもしれないということがそんなに怖かったのかと思うと少しおかしくなる。
「でも、言わないで済むかなあ?」
「え?」
魔導師科の教室に来ずにわざわざ正門で一人で待っていたのは、シャリーナにバレないようにだろう。
二人はいつも早朝に登校しているので、シャリーナが自分の教室に入った後リオルだけこっそりこちらに来たのであろうことはわかる。
だがしかし。
「リオル……アンジェ……?」
「っ!?」
弾かれたように後ろを振り返るリオルと、門の近くの木の裏から顔を出したシャリーナを見ながら、アンジェリカが肩を竦めた。
「あ……ええと、教室の窓からリオルが外を歩いているのが見えたから……どこへ行くのかと思って……」
震える声で言うシャリーナのその顔色は、昨日のリオルに負けず劣らず青い。もしかしなくともまあ同じような誤解をしているのが簡単に想像がつく。
「アンジェと待ち合わせをしていたのですか?私が一緒では駄目なことだったんでしょうか?ええと、その、どんな用事か聞いても……もしかして私には言いにくいことで」
「か、借りてた本を返しただけだ。わざわざ君を付き合わせることもないと思って」
早口で言い訳するリオルをシャリーナが思い詰めたような表情で見つめる。おそらくその頭の中は『いつのまに本の貸し借りを』『何故教室ではなくわざわざ正門まで』『まるで隠し事でもしてるみたいに』と疑問と不安でいっぱいなことだろう。
「リオル……私……ドレスだけでなく髪も自在に染める方法もガブリエラから習ってましてもしリオルが赤色の方が好きならいつだって私も」
「やめろ本当にそういう話じゃないから!」
さてこの賢い少年は真実を隠したままどう言い訳するのかと、アンジェリカは高みの見物を決め込んだ。




