断捨離アンジェリカ こぼれ話
「そうだシャリー、この本読んでみない?」
「なあにアンジェ。えっと、おてんば男爵令嬢クランベリカの甘酸っぱい恋の果実……?」
「リオル君に似てるキャラが出てくるよ」
「読むわありがとう」
三人でカフェに行った次の日の朝。
学園の教室でアンジェリカがカバンから数冊の本を取り出し、シャリーナの机に置いた。
「何巻まであるの?……あら?1巻だけないけど……」
「ごめん1巻は焼き捨てたの」
「焼き捨てたの??」
あまりにも痛々しくて耐えきれなくてと溢すアンジェリカに、一瞬『何故そんな問題作を勧めようと……?』と不思議そうな表情を浮かべたシャリーナだったが、しかしすぐに『まあリオルに似た人が出てくるなら問題ないわ』と自己解決する。
「火事には気をつけてねアンジェ」
「わかってるよ。ちゃんと水を用意して燃えカスが再燃焼しないように水かけて絨毯も水浸しにしたから」
片付けが大変だったと語るのを聞きながら『何故そんな苦労をしてまで燃やそうと……?』と怪訝な顔をしたシャリーナだったが、しかしすぐに『まあリオルに似た人が出てくる巻が無事なら問題ないわ』と思い直す。
「ああでも、1巻読まないとわからないところもあるから今からかいつまんで内容教えるね」
「わかったわ。どんなお話か楽しみね」
「うん。ただ、ちょっとショックが大きいかもしれないから心して聞いてね……」
ゆっくりと深呼吸をし、眉をひそめ、引き絞るような声で告げるアンジェリカ。
「わかったわ……」
その真剣な雰囲気にゴクリと唾を呑んだシャリーナは『女の子向けの恋愛小説で何故そんな覚悟を……?』と訝しみながらも、すぐに『まあリオルに似た人が出てくるなら何があっても問題ないわ』と覚悟を決めた。
翌日。
「素敵な本をありがとう、アンジェ。とても面白かったわ。どうしてクランベリカがライムを選ばなかったのは謎だったけど、人の好みはそれぞれだからとやかくは言えないわね。とても変わっているけれど」
「うん……そうだね……」
ほんの一月か二月か前なら『いやいや変わってるのはシャリーでしょ!』と言い返していたはずの親友の台詞に大人しく頷いて、アンジェリカが貸していた本を受け取る。
「常に冷静に先を見通す聡明さ、幼馴染を心から案じ憎まれ役になってでも何度も忠告をする優しさ、彼女の幸せを願い身を引いた潔さ、そして三巻のラストでクランベリカとラズベリーナの命を救った深い知識と確かな観察眼と優れた判断力と卓越した行動力」
「いや命までは救ってないけどね」
「あの怪我がもとで出血多量で命を落とす可能性もあったわ」
「本気の目じゃん……やっぱり似てるよ二人……ラズベリーナとシャリー……」
一つの揺れもない目で本の感想を語るシャリーナと本の中のラズベリーナが重なる。実はモデルだと言われても驚かない。
「ただ度々容姿が良くないと言われてるけど、重たい髪とか暗い緑の目とか同年代の女子と同じくらい細くて小さいとか、褒める描写も多いわよね。ちょっと設定がブレてるのかしら?」
「うんシャリーがズレてるだけだね」
「でもたとえ容姿が良くなかったとしてライムが格好良いことには変わりないわ。勿論リオルの方が格好良いけれど……あ、でもいくらリオルの見た目が良いからってそれだけで好きになったわけじゃなくて確かに一目惚れだったけれどきっかけは血吸い花の魔の手から命を救ってくれたからで」
「うんうんわかるわかる~ライム君格好良いよね!」
血吸い花にそんな威力は無いと思いながらも、いつものことなので軽くスルーして相槌を打つ。伊達に十年幼馴染をやってない。まあシャリーナがこうなったのはここ数ヶ月のことだが。
「ところでこのシリーズの続きはまだある?ライムが出てくる巻は全部読みたいわ」
「うん、結構長編のシリーズだからまだあるよ。また明日持ってくるね」
「ありがとう!」
こんなに早く読み終わるなら今日持って来ても良かったなと思いつつ、アンジェリカがカバンに本をしまう。
「六巻ではライム君とラズベリーナの番外編があってね」
「まぁ!それは楽しみ!」
シャリーナに恋愛小説を勧めるのはこれが初めてではない。昔からアンジェリカは面白いと思った小説、感動した演劇を親友とも共有したくて、度々勧めていた。
「やっぱりライム君は男爵家の自分じゃラズベリーナとは釣り合わないって思ってて」
「そんなことないわクランベリカ達の国フルタリアは大陸一の大国、ラズベリーナの国は隣国とはいえフルタリアに何十と接してる国の一つであるだけの小国。ライムは嫡男、ラズベリーナは王位継承権の順位で見ればまず回ってくるはずのない第四王女。そしてフルタリアから持ちかけた縁談なのにレモネードが突っぱねてしまったこともありラズベリーナが全く怒らずに他の貴族に嫁ぎたいと言うなら見合いを強行した上層部も安心するはず」
「分析が早い……」
しかしこんなにハマってくれたのはこれが初めてである。今までは恋愛小説だと言うのに料理の描写が美味しそうだったからアストライアーに再現してもらったとか、主人公のペットの猫が可愛かったとかズレた感想ばかりだったのに。ちなみにアストライアーの再現料理はとても美味しかった。
「ふふ、でも嬉しいな。シャリーが恋愛小説にハマってくれるなんて」
「正直なところクランベリカの趣味はわからなくてライムにしか興味無いけど……」
「うんまあそこは私も今は同じ気持ちだから申し訳なさそうにしなくて大丈夫」
まさかあの恋愛音痴だった親友と恋愛小説で同じ感想を抱く日が来ようとは。
「本当にライムはリオルに似て格好良いわ勿論リオルの方が格好良いけれど恋愛小説の主役達の中でだったらライムが一番かも」
「主役じゃなくて脇役だけどね」
「そうだったわ。つまり主役を乗っ取ってしまうくらい格好良いってことね」
「わかるわかる!レモネード王子とか目じゃないよ」
ただ、お気に入りの恋愛小説(一巻は無かったこととする)を同じように好きになって、同じ熱量で語れるのはとても嬉しい。ずっとこんなふうにシャリーナと小説談義がしたかったのだ。
「瞬時に人食いリリーとカラフルリリーを見分けた三巻のシーンは勿論だけど初登場の頃からずっと格好良いわ。確かに二巻では敢えてクランベリカとレモネードを邪魔する悪役のように描かれてるけどそれは彼が本当にクランベリカのためを思って厳しく言っていただけで」
「だよねー最初は私もただのお邪魔虫だと思ったんだけどラストはちょっと感動したし」
「お邪魔虫だなんて!むしろ彼こそが二巻の主役だわ!たとえ汚れ役になってでも幼馴染を想い何度も忠告し、その行末を案じ、自らの恋が叶わなくともクランベリカの幸せを願っていた優しい人」
「あ、う、うん」
同じ熱量で……同じ熱量だろうか?
「それに散々見た目は悪いと言われてるけど重たい髪が一房二房目にかかる様子とか俯いたら顔の半分が影に覆われるとか、ミステリアスで格好良い描写も多くてやっぱりライムは見た目も中身も格好良い素敵なヒーローで」
「な、なるほど……そういう取り方もできるよね」
同じ熱量……かは微妙になってきたが、何はともあれ好きなものを語り合える仲間ができたことには変わりない。
「あと何度も言ったけどやっぱり人食いリリーからクランベリカ達を救うところ……!運動が苦手らしいライムの脚力を考えたら校舎の窓からクランベリカ達を見てすぐに動かなければ間に合わなかっただろうしつまり一瞬で判断したということ、それ程長くない距離で肩で息をする程疲れていたのもそのくらい必死で走ってきてくれた証拠」
「凄い……足が遅いことと体力が無いことまでプラスに繋げるんだ……」
シャリーナによる行間を読みまくったライム賛辞はしばらく続き、アンジェリカはひたすら感心して頷いた。確かに言われてみれば少し情け無く見えたシーンにもライムの格好良さが隠れていた気がしないでもない。いや気がする。
「そうだね、ライム君めっちゃ格好良いじゃん!」
「ええ本当に。レモネード王子が塵のように霞むくらい格好良いわ!」
若干洗脳めいた気配がしないでもなかったが、暖かい日差しの差す朝の教室に、素敵な男性について語る二人の少女の声が楽しげに響いた。
……後日一部を聞いていたらしいリオルからかなり真剣な顔で「ライムとは誰だろうか」と相談を受け、アンジェリカはそっとクランベリカの恋の果実シリーズを差し出したのだった。
シャリーナはライム推し。
アンジェリカはライム&ラズベリーナ推し。
リオルはラズベリーナ推しになりました(言わないけど)。




