グレン家往復書簡
グレン領から帰った後、リオルと実家の兄との手紙のやりとり。
親愛なる弟、リオルへ
お前達がギガントイーグルに乗って帰ってから、早いものでもう二日。今頃はまだ空の上だろうか?俺は今、空へ飛んで行くお前達の姿を思い出しながら、自分の部屋でこの手紙を書いている。
あ、あの後ルシェが一瞬の隙をついてお前を追いかけて駆け出して行ったけど俺とドリーと親父のトライアングル作戦で捕まえたから心配しなくていいからな。もう日課みたいなもんだ。
まあそんなことは置いといて、今回、三度の飯抜きより机に向かうことが苦手な俺が筆を取ったのはわけがある。今から伝えることはとても重要なことだ。本当に重要だぞ。グレン家の将来を左右する大事な話だ。決して他に漏らすことのないように。手紙は読み終えたら爆発する仕掛けになっているから心して読め。
嘘です。爆発はしません。言ってみたかっただけです。
本当に前置きはこのくらいにして、本題に入る。
リオル。お前が望むなら、俺はグレン家の後継の座をお前に譲ろうと思う。どうせ俺はこの年になっても嫁のあてもなく、書類仕事も苦手で、長男ってことしか取り柄の無い後継だ。お前の方がよっぽど相応しいとは前から……6歳のお前に学園の宿題を手伝ってもらってたあの時から思ってたんだ。俺学園に通う必要ないんじゃないかって。俺には紙にペン走らせるより熊にオノ振り回してる方がずっと向いてるんだって……いや話が逸れたな、すまない。
本当はこのことはお前が卒業してから言うつもりだったんだが、事情が変わった。だってリオルが家に女の子連れて来るなんて!しかもあんなに可愛い良い子で!いやあよくやったリオル!絶対離すなよ!うかうかしてたら他の奴にとられちまうぞ!
で、シャリーナさんは伯爵家の子なんだろ?婚約するとなったら、せめて男爵家の後継じゃあないと格好つかないじゃないか。まあリオルが婿に行くってんなら別だけど、その時はまた交代すりゃいい話だし?あ、でも母さんがシャリーナさんを凄い気に入ってたから、二人が遠くに行っちまったら悲しむかなあ。
それにしてもあのリオルが……ちっちゃい頃から本が友達で恋人だったリオルが……雨の日に外出ただけですぐ熱出してぬいぐるみじゃなくて本抱いて寝てたリオルが……まさか人間の女の子のお嫁さん連れて帰って来るなんてお兄ちゃんほんとに嬉しいぞ。うん、人間だよな?本物の人間の女の子だよな?一体どうやって仲良くなったんだ……?リオルお前ちゃんと話せてるのか?一緒にいる時本ばかり読んでないか?気の利いた台詞一つも言わずに本の話ばかりしてないか?お前が意地でも本を離さない姿が目に浮かぶぞ……全くもう食事の時くらい本は置いてきなさいっていつも言ってるだろこの本の虫!秀才!努力家!
ってまた話が逸れたな。後継の話だった。
そう、シャリーナさんのためにも、リオルのためにも、俺は後継の座を譲ろう。このことはもう父さんと母さんにも話してある。後はお前の気持ち次第だ。
まあ、でも俺も完全にタダで譲る程お人好しじゃあないからな。一つだけ条件をつけよう。いわゆる対価だ。と言っても難しいものでも高価なものでも何もない。とっても簡単なことだ。
この手紙の返信で、シャリーナさんとの馴れ初めを書くこと!便箋二枚三枚とか酷なことは言わない、一枚でいい。出来る限りでいい。でも行数は上から下まで詰めること。以上だ。
じゃあ父さんも母さんもドリーも楽しみにしてるからな。期待してるぞ。
そうだ、ペラペラ鳥の伝言サービスは安いけど今回は使うなよ。なにせ前に使った時熊パの誘いが親父の訃報に変わったくらいだからな。
兄クラウドより。
親愛なる兄様へ
眩しい日差しに木立の陰が恋しくなる今日この頃、兄様におかれましてはご壮健で暑さを乗り切っていらっしゃることと存じます。
さて、雨模様の残る故郷の空を発ち、王都の晴れた空の下、舞い散るワスレナグサと共に受け取った兄様からの便りを、夏も本番に迎えた今日に至るまで忘却の彼方に葬り去っていたこと深くお詫び申し上げます。決して故意に返事をしなかったわけではないのです。忙しなく過ぎ行く日々に流され、このような大事な約束すらも記憶の隅に追いやってしまっていました。
先日王都へ赴いた際に偶然故郷によく似た景色が描かれたポストカードを見つけ、今更ながら思い出した次第です。どうか不義理をお許しください。反省の意を込めて、思い出すきっかけとなってくれたこのポストカードにて返事を書こうと思います。
と、ここまで書いたところでもうスペースがなくなってしまいました。重ね重ね申し訳ございませんあとこのポストカード代と郵送代で今月の食費が底を尽きそうなのでまたしばらく連絡が取れませんあしからず。
リオルより。
無駄に口が回る弟、リオルへ
お前ほんとそういうとこあるよな。確かに一枚でいいと言った。出来る限りでいいと言った。行数を上から下まで詰めればそれでいいと言った。俺だって譲歩したんだぞ?なんでそう逆手に取るかなー??しかもあれだろ?これ以上は食費が尽きるって?これ以上問い詰めたらハンガーストライキするってことだろ全くもうお前はー!悪かったよ面白がって!もうからかわないからごめんって!馴れ初めの返信来たらしばらくネタにしてやれとか思っててごめんなさい。額縁に入れて飾ろうとか思っててごめんなさい。リオルのことだから全部わかってたんだな。本当にお前は俺に似ず賢い弟だよ……。
いつも言い負かされてばかりの兄より。
リオルが恋心を自覚した時期についてよく質問をいただくので、ここでお答えしようと思います。
リオルは出会った時からどんどんシャリーナに惹かれていましたが、恋愛感情には疎かったので長い間無自覚でした。
ダンスパーティの後、ただの責任感や昼食の恩返しのためではなく、自分自身が彼女を失いたくないから守るのだとは自覚しましたが、それでも何故失いたくないのかはわかってなかった鈍感野郎です。
はっきりとこれが恋だと自覚したのは、決闘宣告後シャリーナが連れ去られ、取り戻すために昼夜問わず何百枚もの護符を書き続けていた時です。
誰を敵に回そうと、どんな危険が待ってようと、疲労も痛みも吹き飛ばしてこの身体を動かし続ける原動力が恋であるとやっと思い知りました。
というわけで兄が最初の手紙を書いている時のリオルはまだ無自覚、返信を書いてるリオルは自覚済みです。




