最終話 変わらぬ日常
決闘から、三週間が経った。
「リオル、おはようございます!今日のお弁当は期待しててください。パンの代わりに焼き固めたライスを使ってサンドイッチを作ってみました!」
「それは最早サンドイッチと呼んでいいのだろうか」
男子寮と女子寮の中間のいつもの待ち合わせ場所で、シャリーナがバスケットを持ち上げて誇らしげに言った。
リオルのために作ったサンドイッチは今日も今日とて自信作である。
「実はこのお米は去年うちで収穫したものでして、アストライアーがお米の炊き方の説明書と一緒に送ってくれたんです。田んぼの水やりでは私もかなり活躍したので、このお米の一粒一粒に私のリオルへの想いが浸透してると言って過言ではな」
「過言だ」
その時まだ俺と会ってなかっただろ、とあっさりと言うリオル。
「想いが時を超えたのです」
「かっこよく言っても変わらないから」
相変わらずクールである。そんなところも格好いい。やっといつもの日常が戻ってきたとしみじみと感じる。
決闘が終わってからしばらく、本当に怒涛の展開だった。
まず一番のおおごとは、本当にあの王子、レオナルドの王位継承権が剥奪されたことだろう。外遊先から国王夫妻が戻ってきた日、王宮はそれはそれは大騒ぎになったらしい。
ローズ・ガーデンの解散、私情による貴族令息国外追放未遂、禁忌とされていた国宝の無断使用、決闘、そして返り討ちで受けた呪い。
第一王子のやらかしたことがあまりに多過ぎて、あまりに酷過ぎて、揉み消しようがなく。
外遊先で事の次第の報告を受けていた国王は、帰国早々にレオナルドへ廃嫡を言い渡したのだ。
「そういえば、もうあの王子はいないんだからこんなに朝早く登校する必要は無いんだよな」
「ではリオルの登校したい時間に合わせます。朝早くの方が周りに誰もいなくて私は好きですが……」
「まぁもうこの時間で慣れたしわざわざ変える必要も無いけど」
ただし。大騒ぎになったのは王宮の中でも一部だけで、他は淡々と手続きを進めたようだが。
上層部のうちかなり多くの者、例えば元ローズ・ガーデンメンバーの家に絞っても。アーリアローゼ家以外全て反王子派になり、レオナルドを廃嫡に追い込むための話し合いを秘密裏に進めていたというのだから驚きだ。
「ありがとうございますリオル、大好きです!」
「……知ってる」
実は突然のローズ・ガーデンへの解散命令で不信感を抱いていた上位貴族達が、更にレオナルドが一生徒へ決闘宣言をしたことを聞いて一気に見切りをつけたという。
全てが明らかになった後リオルと話すも「だから言っただろ、向こうから解決策を提示してくれたって。自爆だ」とさらりと言われめちゃくちゃ惚れ直した。格好いいにも程がある。
「好きですリオル。初めて会った時からずっと」
「だから知ってるって」
ただリオル曰く、レオナルドの廃嫡を目論んだ上層部は、この度の決闘を止めるどころか利用しようとしていたとのこと。
いくらど田舎の貧乏男爵家三男とはいえ仮にも貴族令息。それを全くの私情で明らかに自身に有利な決闘をふっかけ、一方的に国外追放に処すとなればあまりにも横暴。
その『横暴の事例』を以ってして、レオナルドの王位継承を反対しようという魂胆だったのであろうと。
「リーオールー」
「……何だよ」
シャリーナが王宮に軟禁された時に、不気味な程誰からも接触がなかったのはこのためだ。上層部の中に一人くらい王子を止める者がいてもいいではないかと思っていたけれど。
実は多くが反王子派となったうえで、敢えて決闘を遂行させようとしていたのだ。成人し国王代理の座に就いてしまったレオナルドを失脚させるには、並大抵の理由では足りないから。
「リオルの気持ちはどうですか?」
「え?ああ、気持ちのいい朝だな?」
近過ぎた故盲目になり過ぎたアーリアローゼ家、中枢から遠かったり、貴族の中でも鈍感であった者、まだ子供であった学園の生徒達はともかく。
国の中枢に近い有力貴族の大人達は次々に目を覚ましていたらしい。
「……リオル。わかって言ってますね」
「……君だってわかって聞いてるだろ」
というわけで過程は変わったもののレオナルドは無事廃嫡され、しばらく王宮で謹慎生活を送ることになったのだ。
「わかりません!言ってくれないとわかりません!」
「そう言う時点でもうわかってるだろ……!」
国の上層部連中がリオルを生贄にしようとしていたことは納得いかないが、リオルが怒っていないのにシャリーナが出しゃばるわけにはいかない。全て推測の域を出ないから文句のつけようも無いと、リオルからも止められてしまった。
「大体!一回は言った!一回は!」
「はい!あの時の感動をもう一度!」
振り切るようにして足を早めるリオルをすかさず追いかけ、シャリーナがその腕を掴む。
お偉い様方々から呼び出されたりなど決闘後のゴタゴタがようやく落ち着いてからは、毎日この繰り返しであった。
「何故ですかリオル、あの時は言ってくれたのに!」
「あ、あの時は!あの時はやっとアレをどうにかできて君も戻って来て向かうところ敵無しくらいのテンションだったから……っ今はもうとっくに正気に戻ってるから!」
やっと、やっと両想いになれたと思っていたのに。あれ以来、一度もリオルはその言葉を口にしてくれていないのだ。
「そ、そんな……一時の気の迷いだったということですか……?」
それでもリオルが嘘をつくわけがないと。ようやくゴタゴタが落ち着いた今改めて気持ちを確認して、プロポーズをしようと思って。
「確かに……場の雰囲気に流されて良く見えてたものが日常に戻ったらそうでもないことはありますよね……家族旅行のテンションで買った模造刀が家に帰ったらめちゃくちゃ邪魔だったり……」
「そこは誰か止めろよ伯爵令嬢が模造刀なんていつ使うんだ」
「木製だったので今は物干し竿になり、そういえば前にドレスを染め直した際もそれで乾かしました」
「結構最近使ってるな!?」
しかし、リオルがやっぱり後悔してると言うなら話は別だ。場の空気にあてられてうっかり応えてしまっただけで、冷静になったらそこまででもなかったとか。
「すみません……調子に乗り過ぎてたようです……初心にかえって一から頑張ります……」
てっきりもう両想いになれたのだと思って、ここのところ毎日愛の言葉を催促してしまっていた。なんて迷惑なことをしてしまったのだろう。
「え?あ、いや、ちがっ」
しおしおと萎れたシャリーナが、それでも脳内ではめげずに『初心にかえってまず胃袋から落とそう作戦』のメニューを組み立てていると。
「そうじゃない、そうじゃなくて、その」
不意に焦ったような声で、リオルに腕を掴まれた。
「えっ目玉焼きハンバーグサンドイッチは駄目ですか」
「何の話だ??いや、そうじゃなくて!」
丁度一番最初に作ったハンバーグサンドイッチのことを考えているところだったのだが。
「……好きじゃないとは、言ってない……そもそも嫌いだったら最初からここまでしてない」
「リオル……」
目玉焼きハンバーグサンドの話かと思いかけて、どうやらそうじゃないらしいと悟る。さっきまでの話の流れからして、それは。
「ただ……ただ、言おうと思っても、まだ平常心じゃあ言えないだけなんだ……もう少し、心の準備をする時間をくれ……」
長い前髪に隠れ、俯いたその顔の表情がどうなっているかはわからない。
しかし垣間見える耳や首は、燃えるように赤く染まっていた。
「リオル……!それって、それって、つまり……!」
間違いない。完全に脈ありの反応だ。
「つまりまた私が同じようなピンチに陥ったところを助けてもらえば言ってくれるという」
「縁起でもないことを言うな!」
平常心でも言ってくれるようになるまで待たずとも、リオルの平常心をなくすような事態になれば。
「新たな敵でも現れればあるいは」
「だから縁起でもないこと言うなよ!?」
余談であるが王位継承第一位だった第一王子が廃嫡となった結果、現在他国に留学している第二王子の順位が繰り上がり、急遽呼び戻されることになったらしい。
「第二王子……いえ、第二の敵……」
「やめろこんなことで国を傾けようとするな貴重な後継者だぞ」
次期国王に匹敵する程の敵といえば同じく次期国王であろうが。まあ、これは全く関係ない話である。
「冗談です」
「君の冗談は冗談に聞こえない……」
そもそも好きな人に好きと言ってもらうのに他力本願ではいけない。
というか第二王子までアレになってしまったら、割とガチでこの国の未来がお先真っ暗である。
「大好きですリオル。これは冗談じゃないですからね」
「……知ってるよ」
真っ直ぐに好意を伝えれば、素直に受け取ってくれる。
出会った頃と比べたらこの答えだけでも大進歩だろうと。
いつかまたリオルから伝えてくれるようになるまで、何百回、何千回でも伝え続けようと心に決め、シャリーナはしっかりと愛しい人の手を取った。
そしてその手を、リオルもそっと握り返してくれた。
『ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない』
これにて完結です。
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第二部も予定しております。




