18話 拐われた姫
初めてレビューをいただきました!!ありがとうございます!!嬉しいです!!(*≧∀≦*)めちゃくちゃ面白そうなレビューで恐縮です…!レビュー負けしないように頑張ります(`・∀・´)
「なっ……」
急速に周囲の喧騒が遠ざかっていく中で、その声だけははっきりと聞こえる。
「受ける気ですかリオル!?駄目です、絶対駄目です!」
王都から遥かに遠いグレン領なら、王子に多少嫌われたくらいじゃあ特に影響は無いと言っていたリオル。しかし決闘を申し込まれたとなれば話は別。それ程の一大事なら国中に広がるだろうし、たとえ受けなくとも決闘から逃げた情け無い男として一生後ろ指を指されることに。
「こんなの、死刑と変わりないじゃないですか……!」
だが決闘を受けた場合はもっと悪い。永久国外追放、しかも身一つでとなれば生きていく術は無いに等しい。他国に亡命だって簡単ではないのだ。良くて緩やかな餓死、悪くて魔物に喰い殺される。
「勝手に殺すな。死ぬ気は無いぞ」
しかし真っ青になって止めるシャリーナに、リオルはいつものごとく呆れたように答えただけだった。
「……此の期に及んで貴様ッ!その汚い手を離せ!」
「へ?」
一瞬、ここがどこだか忘れていた。マイク越しにビリビリと響いた怒声に急に現実に引き戻される。
次の瞬間、リオルの足元に風の魔法陣が現れるも。
「おっと」
「きゃっ!?」
僅かに風が舞っただけで、次の瞬間には崩れるようにしてかき消えた。
「くっ、どこまでも卑怯な鼠め!」
何も起こらなかった故に何が起こったかわからない。レオナルドが何を言ってるのかもわからない。
混乱したシャリーナが足元から上に視線を動かすと、目が合ったリオルが答え合わせをするように制服のポケットを叩いた。
「あっ」
そこから僅かに見える、リオル特製、魔法の発動を阻害する護符。
成る程理解した。あの馬鹿王子がリオルを攻撃しようとして発動した魔法を、リオルが護符で防いだのだ。
「まあいい、全ては決闘にて決めてやる!貴様がどれ程姑息な手を使おうと最早どうにもできまい!」
姑息も何も。不意打ちの攻撃を華麗に防いだようにしか見えなかったのだが。
「勝負は一週間後の今日、時刻は正午。学園の闘技場にて行う!武器は無し、持ち込んでいいものは魔法に関するもののみ、魔導師として正々堂々魔法での勝負だ!証人はこの場にいる生徒全てッ!そして審判は——!」
ついさっき速攻勝負で負けたことなどまるでなかったことのように。大仰に腕を広げ、ホール全体を見渡し、レオナルドが自信満々に高らかに宣言した。
「審判は、この『裁きの天秤』で行う!」
そう言いながら、レオナルドがそれまでスルーされていたステージ中央の白布をばさりと放りさった。
布の下から現れたのは、何やら古めかしい、重苦しいオーラを纏った天秤。
何かしらの魔道具であることは確かであるが、どこかで見たことがあるような。
「なっ!?裁きの天秤!?」
「最後に使われたのはもう二百年以上前だって話ではっ」
「何ということだ、本物なのか……っ」
その天秤を見た途端、生徒を収める側だった教師陣すら職務を放り出した。特に歴史を担当する教師の驚きようは凄まじく。
「……昔、戦争や王位継承権を巡る者同士の決闘で使われていた魔道具だ。歴史の授業で習っただろ」
「!」
それを聞いてシャリーナもようやく思い出した。古代の人々が作り上げたという魔道具で、しかしその危険性故王宮の宝物庫の奥底に封じられたものの数々を。
裁きの天秤は、そういった秘宝のうちの一つだ。教科書の挿絵で見たことがある。
「話は以上だ。皆速やかに教室に戻るように」
ばさりと上着を翻し、コツ、コツ、コツ、と登場時と同じように無駄に大きな足音を響き渡らせ、会場を去るレオナルド。
「リオル……」
「大丈夫だ。俺は負けない」
シャリーナが思わずその名を呼べば、静かに、しかし芯の通った声が返ってきた。
リオルが言うならその通りだ。きっと大丈夫。
いつのまにか身体の震えは止まっていた。そもそも危険なのはリオルだというのに、己が震えていて何になる。
「そうです、万が一国外追放になっても、その時は私も一緒に駆け落ちすればいいんです!野鳥や野ウサギの捌き方の心得はあります!」
「だから負けないって言ってるだろ……って、そんな技術身につける機会がいつあったんだ!?」
「実家のメイドのガブリエラから教わりました」
たとえ国外追放になったって、地獄の果てまで付いていく。そう心に決めて、シャリーナはしっかりと愛しい人の手を取った。
「水さえあれば当面は生きていけますよね私の得意属性が水で良かったです。ちょっと反則かもですがアポロンに頼んで砂漠の国まで運んでもらって水不足に悩んでるキャラバンに潜り込」
「具体的な生き残り方を模索するなよ負けないって言ってるだろ」
「シャリー……リオルくん……」
てっきり野次馬に押し潰されて無事教室に帰れないかと思いきや。教師陣の必死の誘導もあり、また、他の大勢の生徒達の前で下手に接触できないと考えたのか、シャリーナとリオルの周りだけぽっかりと円ができていた。
「アンジェ!顔が真っ青よ、大丈夫?」
「カークライトさん。心配いらないから安心してくれ」
そのドーナツ状の人混みを掻き分けて、フラフラと転がり出てきた女子生徒が一人。最後の一歩で躓いて床に手の平と膝をつき、泣きそうな表情で顔を上げた。
「そんな、だって、決闘って……!リオルくんは魔術研究科でしょ!魔法が殆ど使えないんでしょ!殿下と一対一でどうやって勝つっていうの!?」
「殆どというか、どんなに小さい魔法陣でも発動できないから実質全くできないな」
「ちょっとお!」
教室に戻りなさい、速やかに戻りなさい、と張り上げられた教師達の声が遠くに聞こえる。
野次馬からは「あの野郎、終わったな」「魔術研究科に何ができる」「でもあの赤毛は誰だ?」「まさか横恋慕してるとか」「いやあり得ないだろ」と好き勝手にヒソヒソと話す声が、重なりに重なってザワザワと。
ところどころで「どういうことですのっ!」「何であんな田舎臭い女がっ!」と錯乱した甲高い悲鳴も聞こえるが、とても聞き覚えがあるような。今日の朝に聞いたばかりの声のような。確かジェネリック・ローズ・ガーデンとか何とか自称してたような。
「……君達も、早く教室に戻りなさい」
「はい、すみません先生。アンジェは大丈夫?」
「カークライトさん、立てるか?」
「たっ、立てるよ!」
何で私が心配される側!?と叫びながら、アンジェリカが飛び上がるようにして立ち上がった。
「そういえば天秤がステージに置き去りになったままですが、どうするんでしょうか?」
「国宝級の忘れ物とかおいそれと触れないな。本人が回収するしかないだろ」
「いやそんなこと気にしてる場合!?」
この後、教師陣の誘導の末ホールにいた全員が教室に戻ったが。生徒は勿論教師すら上の空であり、午後はまるで授業にならなかった。
「……シャリーナ・クレイディア嬢。迎えに上がった。どうぞこちらに」
「はい?」
放課後。好奇や嫉妬や忿怒の視線を一身に受けながら、誰も何も言えないでいる間にシャリーナが席を立つと。
「殿下からの御命令だ。今日からしばらくの間、貴女には王宮で暮らしてもらう」
「はい!?」
教室のドアを出てすぐに。苦虫を十匹くらい噛み潰したような顔で、レオナルドの従者、エドワード・アーリアローゼが控えていた。
「すみません、わけがわからないのですが……」
「今の貴女には充分な後ろ盾がない。突然殿下の婚約者に内定したことで多くの恨みを買ってるだろう。その身に何かあっては困るとの殿下のご配慮だ。そんなこともわからないのか?」
分かるわけあるかい。
「……婚約者に内定なんて、初めて聞きました」
「はっ。白々しいことを。こんなにも計算通りに事が進んで、さぞ鼻高々だろうに」
もうすっかり慣れたことだが。
レオナルドとその不愉快な仲間達は、『人の話を聞かない』という機能がデフォルト搭載されている。自身が一度そうだと思い込んだことは絶対に考え直さない。
ロザリンヌ然り、エドワード然り。『貴族令嬢ならば、一国の王子からの寵愛を喜ばないはずがない、求めないはずがない』と大前提が鎮座して動かないのだ。
「殿下も明日から寮ではなく王宮から登校される。と言っても、気安く会えると期待しないように。けじめの為、決闘を終えるまでは貴女には会わないと殿下は誓いを立てている」
「私から殿下にお会いしようなど、絶対に致しません」
「はっ。小賢しいことよ。口では何とでも言える。無駄口を叩いてないでさっさと馬車に乗れ」
この従者からしたら、シャリーナは姑息に猫を被って次期国王を騙くらかし、当初の婚約者達を罠に嵌め蹴落とした、権力に目が眩んだ悪女なのだ。しかもその蹴落とされた婚約者の筆頭が義姉で、このまま義姉が嫁に行かなかった場合、己が継ぐはずだった当主の座が危うくなる。
この憎しみ溢れる態度も然もありなんというところだろう。
「全く、どちらが女狐だ……!」
しかし本当にシャリーナが名実共にレオナルドの婚約者になったとしたら、この従者、エドワードの態度は問題大アリなのだが。怒りのあまり冷静さを失ってるのか、それとも何か考えがあるのか。
ただ推測しようにも本当にアレの婚約者になるという想像がおぞまし過ぎてそれ以上考えられず、シャリーナは思考を打ち切った。
「シャリーナ!」
「っ!リオル!」
今抵抗しても無駄だと悟り、促されるまま馬車へと向かったところで。背後から呼びかけられパッと振り返る。
そこには息を切らして膝に手をついたリオルがいた。
「どんな状況か大体想像はついた。いいか、絶対大人しくしてろ。脱出とか考えるな。変な気だけは起こすなよ!」
「……!わ、わかりました……!」
今は大人しく馬車に乗り込もうとしていたのに。王宮に着いたらカーテンでも伝って脱出しようと練っていた計画をあっさり見透かされ、シャリーナがびくっと肩を震わせた。
リオルが駄目と言うなら駄目なのだろう。危なかった。
「馬車を出せ!」
名残惜しく思いながらも馬車に乗り込むと、従者ことエドワードはこちらを一瞥もせずに御者へと出発を命じた。
「……クレイディア嬢。最初に言っておく。婚約者に内定したからといって、正妃になれるとまで思い上がらないように。側室、それも序列はかなり下がると思え。国の中枢に何のコネもない田舎の伯爵令嬢がなれるとしたらせいぜいこのくらいだ」
ここまで言われて、シャリーナもようやく納得がいった。エドワードが異常に高圧的だったのは全てこの為かと。
「たとえ無理に正妃となったとして苦労するだけだ。殿下は自身が最初から完璧だった故に、そうでない者がそうなるのがどれだけ大変かわかっていない。殿下に何を言われようと、正妃は辞退するのが身の為だ」
シャリーナを正妃にする気満々のレオナルドの説得を諦め、シャリーナから辞退するように仕向けたかったのだろう。
「殿下と貴女とでは、住む世界が違うのだ」
「ええ、仰る通りです」
「はっ。心にも無いことを……」
本音を言えば正妃どころか側室だって愛人だって友人だって知人だって辞退したいのだが。
何を言っても信じないのだろうなと、シャリーナは痛む頭を押さえた。
王宮で暮らせとは言われたが。まさか学園にも通えないとは思いもよらなかった。
「リオル……会いたい……」
王宮に拉致されてから三日目の夜。
天蓋つきのベッドに花柄のカーテン、フリフリのレースで飾られたソファ、大量の花の刺繍が施されたテーブルクロス。全てがピンクピンクピンクで統一された趣味の悪い部屋を見渡し、シャリーナが呟く。
「ベッドシーツ、カーテン、レース、テーブルクロス……」
初日にリオルから言い含められていなければ、とっくにこれらを全部繋げてロープを作っていたところだ。
「タオルケット、天幕、あ、この趣味の悪いタペストリーも破けばいけるかも」
まだ作ってはいない。リオルの言いつけ通り作ってはいない。まだ。
「絨毯は……うーん……」
王宮に来てからというもの、ずっと軟禁生活である。周囲からの嫉妬が云々、その身が危ない云々とかいう理由で。
嫉妬云々と言うなら王宮だってたかが伯爵家の娘が正妃になることが気にくわないお偉い様方がいそうなものだが、そういった人達からの接触は全くなかった。逆に不気味である。
「……はあ」
ずっと一人でいると考えてしまう。リオルは大丈夫なのか。今どうしているのか。決闘で怪我なんてしないか。
自分と出会ったことを、後悔してないか。
自分とさえ出会わなければ、こんなことに巻き込まれずに済んだのに。万が一負けてしまったら、せっかく特待で入った学び舎も、あの優しい家族達も、幸せになるはずだった将来も、全て捨てさせてしまうことに。
乗り越えたはずの不安がまた押し寄せ、目尻に浮かんだ涙を拭こうとし。
「……そこにいるか?俺の猫」
涙が一瞬で蒸発した。
「ああ、開けなくていい。そのまま聞いていろ」
開けるどころかバリケードに何を使おうか考えていたところである。決闘が終わるまで会わないとかいう誓いは何だったのか。もう真夜中だというのに一体何の用だ。
「全ての障害を取り除き、堂々とお前を迎えられるようになるまで、会わないようにしようと思っていた。だが……お前が塞ぎ込んで、体調も悪そうだと聞いてな。フッ、大方、決闘の日のことを考え俺を心配して夜も眠れなかった……と言ったところか」
もう、いいのではないか?今まで散々我慢したのだ。一度くらい飛び蹴りしても神も司法も許してくれるのではないか?
「安心しろ。万が一にもこの俺が鼠相手に怪我することはあり得ない。無傷のままあの憎き鼠を葬り去り、お前に完全なる勝利を捧げよう」
流石にドアごとは蹴破れない。ドアを開け、すかさず後方に飛び、相手が驚いた隙を突いて助走つけて足を振り上げて——。
『変な気だけは起こすなよ!』
しかしそのシミュレーションを実行に移す直前、頭の中で鳴り響いたリオルの言葉。
「では……な。次に会う時は、互いに何の障害もない時だ」
「……」
思えば今まで何度も飛び蹴りしたくなっては、その度リオルから止められてきた。ということは今回も、やっぱりするべきではなく。
「あっ」
なんて考え直しているうちに。
コツ、コツ、コツ、とドアの前から足音が遠ざかっていった。
逃した。タイムオーバーである。良かったのか悪かったのか。
「いえ……次こそは仕留める……!」
決闘の日まで、残り五日。




