17話 死の宣告
「ローズ・ガーデンが解散ですって!」
「ロザリンヌ様も他の方も皆お休みされてるみたい……やっぱり本当のことだったのね……!」
「どなたかへの嫌がらせがバレて、一昨日のパーティで殿下から直々に解散を命じられたと言うのは」
翌日。学園は朝から大騒ぎであった。いつぞやの新入生歓迎パーティの時とは比べ物にならないくらいに。
ローズ・ガーデンメンバーが全員いないことをいいことに、皆ここぞとばかりに言いたい放題である。
「では、レオナルド殿下の婚約者の座は完全に宙に浮いて」
「待って!ロザリンヌ様達が嫌がらせをしたという子がいるわ。ローズ・ガーデンに目をつけられ、殿下が庇うくらい殿下と親しくしてるらしいって子が!」
「まさか……前にちょっと噂になったあの女じゃないでしょうね?」
シャリーナに突き刺さる視線も前とは比べ物にならない。
ガッチリ固められてると思っていた第一王子の婚約者の座が、一夜にしてぽっかりと空いたのだ。正妃の椅子が一気に現実味を増し、欲が出る程ライバルへの敵意も強くなる。
ライバルも何も、シャリーナに取ってはそんな椅子に座るくらいなら空気椅子の方がずっといいのだが。
「ちょっと、貴女。クレイ……何でしたっけ?ごめんなさいね、田舎のことには疎くて」
そんな刺々しい空気の中で、一学年の教室にズカズカと入ってくる者がいた。周囲が一斉に道を開けていることから、ただ上級生というだけでなく、おそらくかなり位の高い家の出だろう。
「一昨日のパーティのことで聞きたいことがあるのですけど……ああ、やだわ私ったら。貴女は招待されていないから、パーティと言ってもわかりませんわね。気が利かなくてごめんなさい。レオナルド殿下の成人祝いのパーティのことですの。まさかあんなことが起こるなんて……ああ、またやってしまったわ。出席されてない貴女には分からないことですのに」
しかし本題に入るまでが長い。
周りのヒソヒソ声から察するに、ローズ・ガーデンメンバーに引けを取らない家柄で、ローズ・ガーデン亡き今最も新しい婚約者に近い人物、らしい。
数年前からあともう少しでローズ・ガーデンの一員になってたとかいないとか。自称第二のローズ・ガーデンとか何とか。
「何でも、殿下が親しくされている女性にローズ・ガーデンの方々が嫌がらせをして、殿下の怒りを買ったとか……その殿下と親しい女性というのが、貴女のことではないかと憶測が飛び交ってますの。以前ほんの少しだけ噂になったことがあったでしょう?」
「ええ、その通りです」
「……は?」
そんなローズ・ガーデンの自称補欠に向き直り、シャリーナは笑顔で言った。
昨日のアンジェリカを交えた作戦会議で取り決めた答えを。
「以前ほんの少しだけ噂になってしまったので、誤解を生んでしまって……そもそも以前の噂だって誤解なので、今回のことは誤解に誤解が重なった結果で」
「……どういうことですの?」
警戒するように扇子をきつく握り締め、キッと睨みつけてくるローズ・ガーデンの自称二軍。
「私が殿下と親しいなど、全くの誤解ということです。ただ、以前の新入生歓迎パーティの時に流れた噂のせいで、ローズ・ガーデンの方々に誤解をされてしまって……少々厳しく追及されたところに偶然殿下が居合わせて、殿下が“何の関係のない一人の生徒を大勢で責め立てている”と判断されたのです。誤解のせいとはいえ、皆様厳しい口調になっていましたから……殿下にとっては、それが許せなかったのでしょう」
あくまで。あくまでレオナルドは、ローズ・ガーデンメンバーの行いに腹を立てたのであって、一人の特定の少女に肩入れをしたわけではないと。
ローズ・ガーデンの、ただの誤解で誰かを責め立てるような軽率な行いを妃として相応しくないと判断しただけで、責め立てられた誰かさんを妃にしようとしたわけではない……と、いうことにしようと昨日リオルに言われた。
「私は殿下から一度として名を呼ばれたことすらありません。そんな私が何故殿下と親しいなど言えましょうか。ええ、全くの誤解です」
「まあ……まあ、そうですの。それはそれはお可哀想に。殿下は聡明でいらっしゃるから、少しでも付き合いがあれば名前くらい、当然覚えていただけますのに……」
おかしいですわねぇ、とにんまりと笑みを浮かべ、サブ・ローズ・ガーデンが勝ち誇ったようにバッサバッサと扇を広げる。
「ではローズ・ガーデンの方々も、なんて馬鹿なことをしたのでしょう。こんな名前すら覚えてもらえないような、田舎臭い女が殿下と親しいなどありもしない誤解をして……ああ、お気になさらず。独り言ですのよ。おーほっほっほ!」
満足げに腰をフリフリ去っていく、ローズ・ガーデン・セカンド。
いいぞ!もっと言え!と内心の喝采はおくびにも出さず、シャリーナはただそれを見送った。
独り言と言いながら教室を超えて響き渡りそうなくらいの声量だったので、今日の昼頃までには学年中に広がってることだろう。一人一人に弁解していく手間が省けた。
「……シャリー」
「アンジェ、耐えて。馬鹿にされた方が都合がいいわ」
「わかってるけど!わかってるけど、もう!」
思惑通りあっという間に噂が塗り替えられ、シャリーナに突き刺さる視線が怒りや嫉妬から蔑みのそれになったところで。
「腹立つもんは腹立つでしょ!」
作戦のため助け船を出したくても出せず、隣に座っていたアンジェリカが小声で言う。
「アレと親しいと思われた方が、よっぽどはらわた煮えくり返るわ」
そんな親友をなだめるため……ではなく、心からの本音でシャリーナは答えた。
『とにかく回避に専念しろ。上手く噂を否定できても、話しかけられたところを誰かに見られたら終わりだ。多分アレは昼休みに裏庭に来るだろうからそこには行くなよ、連れ去られる可能性がある。昼は教室で取って、授業が終わったら速攻で帰る。しばらくそうするしかないな』
「はぁ……」
教室の席でサンドイッチを齧りながら、シャリーナが溜息を吐く。本当だったら裏庭でリオルと二人でこれを食べてるはずだったのに。
今までのレオナルドの行動から、一学年の教室に訪ねて来ることはないだろうというのがリオルの見解である。
『アレはどうもカッコつけというか、派手な演出を好んでるところがある。特に今回は大きな障害だったローズ・ガーデンを解散させた後の感動の再会だ。昼休みに君が見つからなかったからって教室を訪ねるとか、地味な再会にしようとは思わないはず』
昨日の作戦会議でリオルに言われたことを頭の中で繰り返し、わかってはいても寂しいものは寂しい。少し前までグレン領で、朝から晩まで一緒だっただけに。
『まあ……かといってこっちも逃げるだけじゃ、何も解決しないんだけど……』
前髪をかき分けながら、歯痒げに言うリオルはとても格好良かった。悩ましげに寄せられた眉、伏せられた両の目、僅かに震わせた口元、その全体にかかる漆黒の髪。
「シャリー、ぼーっとしてないで早く行くよ。どうせリオルくんのことでも考えてるんだろうけど」
「えっ?」
アンジェリカに声をかけられ、物思いに耽っていたシャリーナがパッと顔を上げる。
「あら……?」
見れば、教室は二人以外誰もいなくがらんとしていた。昼休みも終わりに近づき、食堂やカフェに行っていた生徒が段々戻ってきたところだったのに。
意識が飛んでいた数分の間にいったい何が。
「その顔はやっぱり聞いてなかったでしょ。緊急全校集会をやるから1階ホールに集合って、さっき放送入ってたんだよ」
全く聞いてなかった。考え事に忙しくて。
「もー、置いてくよ!早く!」
「あ、待って待って、今行くわ!」
呆れたように髪を翻し教室の出口に向かう親友に続き、シャリーナも急いで立ち上がった。
「全校集会なんて長期休み前とかにしかないのに、緊急って何だろうね?」
「さあ……裏庭の池にスノウアザラシが出たとか?」
「それで緊急家族集会やるのはあんたの家だけでしょ」
入学以来初めての事態に首を傾げながら、とりあえず自分の経験に即して予想してみたが。間髪いれずばっさり否定されてしまった。
「嫌な予感しかしないぞ」
全校生徒がひしめくホールに足を踏み入れるや否や、視界に入ったさらりと流れる黒髪。
「リオル!お久しぶりです!」
「今日の朝一緒に登校しただろ」
一目散に駆け寄り再会を喜ぶも、リオルは相変わらずクールであった。
「本来会えるはずだったお昼休みの一時間に会えなかったので体感的に41年7ヶ月1週間ぶりです」
「一日千秋の思いを一時間換算するなよ」
折角久しぶりに会えたのにやっぱりドライである。勿論そんなところも格好いいのだけど。
「シャリー、リオルくん!学園長の話始まるよ、静かにしないと」
「ああ、悪い」
「はーい」
シャリーナが駆け出す前に居た場所からアンジェリカの注意が飛ぶ。
そうこうしてるうちに前方のステージへ学園長が登っていくのが見えた。ステージ中央の台に白い布が被せられた何かがあったがそれはスルーし、空気を振動させ声を拡大する風魔法が施された拡声器、マイクの前に立ち、ゴホンと咳払いを一つ。
「えー、今日お集まりいただいたのは、皆さんに殿下から大事な話があるからです。私語は慎み、姿勢を正して聞くように。それではレオナルド殿下、どうぞ」
マイクテストもそこそこに告げられた学園長からの言葉。
「は?」
「……え?」
そこに嫌な予感しかしない名前が出てきたことに、シャリーナとリオルが思わず身を固くすると。
「……全員、揃ったようだな」
コツ、コツ、コツ、と無駄に鋭い足音を響き渡らせ、今日の騒ぎの大元凶、レオナルド・ランドール・ユリシア・エルガシアが姿を現した。
「静まれ」
その瞬間女子生徒達から甲高い声が上がりかけ、レオナルドの一言でしんと静まり返る。シャリーナとリオルに至っては最早一言も発せないでいた。
来る、絶対何か来る。とんでもないことが今から起こる、それだけは確かで。
「既に殆どの者が知っているだろうが。先日のパーティにて、ローズ・ガーデンに解散を命じた。そのことで多くの者が勘違いしているようなので言っておく」
この場にいる生徒達、特に女子生徒達が固唾を飲むのが気配でわかった。期待と緊張が入り混じったような妙な空気が広がっていく。
「この俺の妃の座が空いたと考える者のなんと多いことよ。確かに間違ってはいない。ローズ・ガーデンが解散すれば、その座は空くのは当然のこと……だが!」
ステージ上のレオナルドが、こちらに向かってビシッと指を突き出した。
「これは、たった一人のために空けられたものだ。彼女以外に、そこに座らせる気はない!」
途端、各所で声に出ない悲鳴が上がった。中にはショックで倒れる生徒も出、またシャリーナの周辺では期待で目を輝かせている者もいた。ただ一人シャリーナの目は死んでいたが。
「だが……彼女をそこに座らせるには、まだ障害がある。俺にまとわりつくローズ・ガーデンという障害と同じように……彼女にまとわりつく障害」
何を言い出す気だ。
演説の矛先がリオルに向けられたことを悟り、シャリーナがハッと息を呑む。
「——第一学年魔術研究科のリオル・グレン!俺の未来の妃、シャリーナ・クレイディアにまとわりつく鼠め!俺は今ここに、お前に決闘を申し込むッ!!」
会場が、落とした一本の針の音すら聞こえる程に静まり返り……ほんの数秒後、一気に騒然となった。
「俺が勝てば、お前は身一つで永久国外追放とする!我が妃に付き纏った罪、一生をかけて償うがいい!」
我に返った教師陣が場を収めようとするも焼け石に水。たった今国の次期最高権力から決闘宣告を受けた生徒の顔を一目見ようと、全学年の生徒がごった返す。
「そ、んな……ことって……」
あり得ない。嘘だ、まさか。いくら何でもそんな。
とんでもないことになってしまった。大好きな人の人生を、台無しにしてしまうことに。
「あ……」
全身から力が抜けていき、みるみる体温が下がっていく。指先から足まで小刻みに震え、とても立っていられる状態ではなくなり。
「しっかりしろ、シャリーナ」
ふらりと後方に倒れそうになったところを、誰かにしっかりと抱き止められた。
「丁度良かった。逃げてても何の解決にならないって言ってただろ」
「……リオ、ル……」
男性にしては細い、しかし世界で一番頼りになる、その腕の中から見上げた顔は。
「まさか向こうから解決策を提示してくれるなんて、願ったりかなったりじゃないか」
まるで何かとてもいいことがあった時のように、薄っすらと笑っていた。




