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ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない  作者: 鶏冠 勇真
第一部:ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない

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16話 火急の知らせ


「現代魔道具と古代魔道具の一番の違いは?」

「はい!魔法陣が付与されているかいないかです!」


 手紙を受け取ってから数日後。例年通りであればそろそろ雨期が明けるらしい日。

 シャリーナは今日も今日とてグレン領に来てから恒例となったリオルの授業を受けていた。


「正解。では、古代魔道具には魔法陣が付与されてない理由は?」

「あれ?えっと……」

「古代の人々はそもそも魔法に陣を必要としなかった。陣がなくても魔法が使えたんだ。この点は魔物にも通ずるところがあって、古代民は姿形は人間でも現代の人間とは性質が違ったのだと言われてる。そして古代民しか使えなかった魔法を現代民も使えるようにしたのが、今の陣を介した魔法」

「きゃあああ!今さりげなく髪を耳にかけたの格好良いです!もう一度!」

「よって古代民と比較すると現代民の魔法はかなり制限される。特に道具に陣を定着させる付与魔法より、その場で発動させる魔法でそれは顕著である。通常現代魔法は陣の内部かつ垂直線上、つまり魔法陣を底面とした円柱の中でのみ術者の自由が効き、陣外に出た風土火水をコントロールすることは難しく——」


 ガン無視で授業続行である。そんなクールなところも格好良い。

 

「リオル〜シャリーナちゃーん休憩にしましょう?マフィンを焼いたの、一緒にお茶しましょ」


 と、これまた恒例のやり取りをしていたその時。

 コンコンと控えめに部屋のドアがノックされ、グレン夫人の誘う声が聞こえた。


「お義母様!喜んで!」


 すかさずシャリーナが返事をして立ち上がり。


「前から思ってたけど君の俺の家族の呼び方が何か……何か含みがあるような……まあいいか」


 リオルも若干の疑問があったようだが振り払い、教科書を閉じてそれに続いた。


「シャリーナさーん!勉強終わった!?今日は鹿を仕留めたから今夜は鹿パで」

「馬鹿、女の子に血塗れの生肉を見せようとするな止まれ!」


 また続いてドタバタと廊下を走る二人分の足音も聞こえてきて、お茶会の参加者が増えたことを察する。そして今夜のメニューは鹿鍋だろうこともわかった。


 雨期が終わるのであれば、グレン領で過ごす日々も残り僅か。

 この日もこうしてあっという間に過ぎていったのだった。





 


「シャリーナちゃん、また来てね!絶対絶対また来てね!」

「シャリーナさんこれお土産の熊の干し肉!いくらでも持っていっていいぜうぼぁ!?」

「馬鹿兄貴!女の子にそれはないじゃんもっと洒落たもんあるでしょ何か!」

「ドリー、諦めろ。我が領にそんな洒落たものなんてない」

「にゃむぅうう、にゃむぅうううう」

 

 シトシトと途切れ途切れの小雨が降る朝。土砂降りの雨の勢いは昨日の昼頃にようやく収まり、雲の合間から射す陽の光が雨期の終わりを告げていた。


「はい!是非!また来ます!ありがとうございます、お世話になりました」


 父、母、長男、次男、猫。

 リオルとアポロンと共にゴンドラに乗り込んだシャリーナは、少しずつ高くなる視界の中、グレン家総出の見送りを受けていた。


「ふんにゅああぁああっ」

「ルシェ、待て、危ない飛び乗ろうとするな兄さんしっかり押さえててくれ!」

「そいじゃあお世話になりやしたぁー!」


 リオル達も各々挨拶をしているところで、ぐうんとゴンドラが高く舞い上がる。


「キューッキュルッキューッ」


 久しぶりの飛行にテンションの上がったギガントイーグルが、可愛らしい鳴き声と共に一層激しく翼をはばたかせた。あっという間に地上が遙か遠くなっていく。


「うぐっ」

「リオル!なるべく遠くを、遠くの景色を見てください!」


 その浮遊感に早くも顔色を青くしたリオルがぐらりと身体を傾け、シャリーナがすかさずその肩を支えた。


「さあ!帰りますぜお嬢、坊ちゃん!王都までひとっ飛びでさぁ!」

「ひとっ飛びはきついから小まめに途中休憩は入れてね」

「ちょっとくらいカッコつけて言ったっていいじゃないですかお嬢~」


 久しぶりの飛行でテンションが上がってるのは飼い主も同じだったらしい。


「なあ!キュルッピー、お前もそう思うだろ!」

「キューッ!キューキュキューキュルッキュッキュー!」


 アポロンの掛け声に応えるように、嬉しそうな鳴き声が空に響く。

 他の調教師とは違い、アポロンはまるで弟分や妹分に接するかのように獣達と戯れたりする。こういうところが警戒心の強い、プライドの高い魔物の心も溶かすのだろうかとシャリーナは考えた。


「…………この鳥、キュルッピーって名前だったのか……」


 青い顔で遠くの景色を眺めながら。出発してからしばらく無言であったリオルがボソリと呟いた。

 鳴き声に似合う、とても可愛らしい名前である。







「アポロン、長い間付き合ってくれてありがとう。特別手当を出してくれるようにお父様とお母様にお願いしておくわね」

「いやいや、お安い御用でさぁ」

「すみません……後日、改めてお礼、を……こんな状態で、申し訳、な」

「いやいや!坊ちゃんは早くベッドで休んでくだせぇ!礼なんて気にせんでいーですから!」


 二日後の夕方。途中休憩を挟みつつ長い空の旅を終え、シャリーナ達二人は懐かしの学園の地に降り立った。


「んじゃ俺はこのままクレイディア家に帰りますんで!」

「ええ、お父様達によろしくね」


 シャリーナ達を下ろしてすぐ、アポロンを乗せたゴンドラが再び舞い上がった。今度はさっきまでとは比べ物にならない速さで。「さあ!風になるぜぇえええ!」「キュルッキュゥウウウ!」と一人と一羽の声が空に消えていく。


「……え?大丈夫なのかアレ?」

「大丈夫です。ゴンドラには落下防止の風魔法の陣を付与してますし、アポロンはスピード狂なので、むしろ今までが彼にとって遅過ぎて物足りなかったくらいでしょうから」

「理解できない世界だ……」

 

 一人と一羽の姿が一つの点となり、完全に見えなくなるまで。シャリーナはいつものように、リオルは呆然とそれを見送ったのだった。

 

「ではリオル、早く寮に戻って休みましょう」

「あ、ああ」


 そして数秒後。未だに足元がおぼつかないリオルを支え直し、シャリーナが寮へと足を進めようとしたちょうどその時。


「シャリー!リオルくん!待って待って、ちょうど良かった!今帰ってきたんだね!」

「え?」


 寮の方向から、髪を振り乱して駆け寄ってくる赤い影があった。


「今日帰ってくるかと思って寮まで行ったらまだ二人共帰ってきてなくて!出直そうとしたらあの鳥が見えたからこの辺に居ると思って!」

「わ、わかった、わかったわアンジェ、落ち着いて!」


 よっぽど急いで来たのだろう。髪が四方八方に飛び、普段着のドレスの肩紐がズレ、肩で息を吐いている幼馴染。


「た、大変なことに、なったの、落ち着いて聞いて、シャリー、リオルくん……」

「……アンジェ?何、どうしたの?」

「まさか……パーティで何かあったのか?」


 その尋常でない雰囲気に、シャリーナの背にぞくりと冷や汗が落ちた。リオルも身を固くしたのが支える肩ごしに伝わる。

 この勝気な親友の、こんなに不安そうな顔を初めて見た。


「場所を変えよう。外じゃ誰に聞かれるかわからない。男子寮だと二人が、女子寮だと俺が入れないから、またカークライトさんの家に行ってもいいか?」


 青い顔のまま冷静にリオルが尋ねる。


「……うん。馬車で来てるから、二人共乗って」


 その言葉にようやく落ち着いたらしいアンジェリカが、息を整えてこくりと頷いた。







「今日が休日で良かったよ。まあ、学校があっても皆授業どころじゃないだろうけどね」

「パーティは昨夜だったよな?その、あの王子が何かとんでもないことをやらかしたってことでいいか」

「その通りだよ。もう、シャリーがいなくて本当によかったけど、それでも取り返しつかないくらい大変なことやらかしたんだよレオナルド殿下……」

「そ、そんな、一体何を?」


 いつぞやの応接間で。前回と同じくテーブルを囲んでソファに腰をかけ、各々に配られたお茶のカップを手に取りながら。


「まあ、何もないとは思ってなかったけど」

「ええ、何かしらやるとは思ってましたよね」


 シャリーナとアンジェリカには疲労回復効果の高いダージリン、リオルには吐き気を抑えるジンジャーティー。気の利くメイド達である。


「その予想の何倍も突き抜けちゃったんだよ。心して聞いてね、二人共」


 自身に供された紅茶を一口含み。どっと疲れたように肩を落として、アンジェリカが語り出した。

 昨晩の、エルガシア国第一王子の成人祝いパーティで起きた、とんでもない出来事を。





 ◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆


「わあ……!」


 生まれて初めて足を踏み入れる王宮の大広間。天井に設置された魔道具により宙に浮く大きなシャンデリア、宮廷音楽家達が奏でる優雅なメロディ、左右のテーブルにずらりと並んだ豪華な料理の数々。


「素敵!まるでお城みたい……ってそうか、お城だった!」


 物語で、演劇で、絵画で、何度も見ては想像してきた『お城のパーティ』そのものの光景に、アンジェリカのテンションはうなぎ上りであった。

 王宮で開かれるパーティはそれなりにあれど、特にこれと言った取柄もない、どちらかと言うと田舎寄りの伯爵家がおいそれと参列するには憚られるものばかり。今まで稀に当主である父が招待されることはあっても、その娘も、とは中々いかなかったのだ。


「ふふ、まだ一番の楽しみが残ってるぞ。あと暫くしたらレオナルド殿下に挨拶に行けるんだからな」

「えっ?あ、う、うん、そうだね!」


 それをこんな、記念すべき第一王子の成人祝いのパーティで。王子に憧れる娘の為にと、招待状をもぎ取ってきた父の頑張りは相当なものだっただろう。


「残念ながら順番は最後の方だが。直接話せることには変わりないさ」

「……うん」


 ただしその憧れはもう、残念ながら木っ端微塵になってしまったのだが。


「この度はご招待頂きまことに……」

「フン。俺が呼びたくて呼んだのではない」


 パーティが始まってから。王家に近しい者から順番に、本日の主役であるレオナルドに挨拶をしていっている。


「ご成人おめでとうございます、我が国の若き獅子様」

「おべっかは聞き飽きた。とっとと下がれ」


 今はちょうどローズ・ガーデンの令嬢達……レオナルドの婚約者候補達が代わる代わる祝いの言葉を述べているところだ。


「このめでたき日を心より慶び申し上げます。レオナルド殿下」

「くだらん。揃いも揃って判でついたように同じことを」


 普段より一層着飾った美しい婚約者候補達をバッサバッサと切り捨てるレオナルド・ランドール・ユリシア・エルガシア。本日めでたく成人した次期国王。


「おめでたいのはアイツの頭だけじゃん……」


 その光景を虚しい気持ちで眺めながら、アンジェリカは口の中だけで呟いた。

 アレが成人済みの男がやることか。ただのイキった痛い奴でないか。


「やれやれ、殿下の女嫌いには困ったものですな」

「正妃はローズ・ガーデンの誰かからという話だが、未だ誰も射止められないとは……」

「高潔過ぎるのも考えものですなぁ。お世継ぎのことを考えると」


 しかし同じ光景を見ながら他の人達は全く違う印象を抱いてるらしい。

 何が射止めるだ。何が高潔だ。

 しかしかく言うアンジェリカ自身も少し前まで「どんな美女にも靡かない殿下、素敵!」なんて思ってたわけで何も言えない。王子様という響きに目が眩む女達と同じように、男は男で次期国王という響きに目が眩むのだろう。


「うう、痛過ぎる……」


 と、アンジェリカが己の黒歴史を思い出し悶えていたところで。


「……全員揃ったようだな」


 不穏な声にふと顔を上げると。

 なんとレオナルドがローズ・ガーデンの全員を睨みつけ、ビシッと人差し指を突きつけてるところだった。

 

「ロザリンヌ・アーリアローゼ!以下その取り巻き共よ!俺は今ここに、貴様らローズ・ガーデンの解散を命ずる!」


 そして。王家に近しい有力貴族達の目の前で。王子の成人を祝うパーティのド真ん中で。あまりに場違いな、高らかな宣言が響き渡った。


「……理由を、お聞かせ願ってもよろしいでしょうか」


 続いて、ロザリンヌの僅かに動揺した声も響き渡る。

 ローズ・ガーデン。代々名称を変えながら、その時代の王子の婚約者候補同士達で結成される集団。

 通常、正妃が選ばれるまで解散はない。それ以外で解散するとなると……全員との婚約解消以外にない。


「理由だと?フン、この期に及んでシラを切る気か。往生際の悪いことだ」


 その異様な空気に音楽隊も演奏の手を止め、水を打ったように静まり返る会場。

 何が何だかわからない。しかしこれではまるで公開処刑である。

 ロザリンヌ・アーリアローゼは気丈にもしっかりと背筋を伸ばし、真っ直ぐにレオナルドを見つめているが。他の候補達に至ってはもう気絶寸前のようだ。


「一人のいたいけな令嬢に対する数々の嫌がらせ……ロザリンヌ・アーリアローゼ。その筆頭たる貴様に、覚えがないとは言わせないぞ!」


 見ればレオナルドの側に控えていた従者、エドワード・アーリアローゼも真っ青な顔で固まっている。


「嫉妬に狂い、暴言を吐き、彼女にこの俺に近づくななどと身分を笠に勝手なことを言ったばかりか、思い通りにならないと見るや大勢で取り囲み恐喝。そんな心の醜い女が国母に相応しいわけがない!」


 これは、これは。もしかしなくてもその一人のいたいけな令嬢とは。アンジェリカの幼馴染兼親友、王子様への夢が覚めるきっかけかつ、このパーティに出席する理由である、シャリーナ・クレイディアという名の。


「待っ……待ってください、殿下、ロザリンヌ様はただ、彼女に忠告をしただけで」

「そ、そうです、元はと言えばあの身の程知らずの!」

「悪いのは身分も弁えず殿下に近づこうとするあの女ではありませんか……っ」

「黙れ!止めずに加担した貴様らも同罪だ。揃いも揃って性根の腐った醜い女狐共め」


 我に返ったローズ・ガーデンのメンバー達が弁解を始めるも、取り付く島もなく切り捨てるレオナルド。

 いやまあ、メンバー達が言ってることもそれはそれで間違っているのだけど。そもそもシャリーナからは一歩たりとて、いや半歩たりとてレオナルドに近づこうとなどしていないのだから。


「わかったらさっさと立ち去れ。二度とその顔を見せるな!」

「……お待ちください!」


 乱暴に会場の扉を指し示すレオナルドに、ロザリンヌが肩を震わせて答えた。


「……ローズ・ガーデンの結成は、伝統を元に、王家と、我がアーリアローゼ家、ロドリゲス家、ギアリー家、キャンベル家で取り決めたものです。更に今は両陛下が外遊のため不在。それではいくら殿下のご命令でも、そのたった一言で解散にできるものでは……」

「フン、何を言うかと思えば。この期に及んで家頼りの悪足掻きか。勿論父上達が帰り次第、正式な文書で通達しよう。アーリアローゼ、ロドリゲス、ギアリー、キャンベルの家の者よ!心しておけ!」


 会場中を睨みつけ、忌々しげに吐き捨てたレオナルドが踵を返す。


「うそでしょ……」


 順番的に、アンジェリカ親子だけでなく、他にもまだ祝いの言葉を述べていない者達はいたが。


「これは……挨拶どころではないな……」


 アンジェリカ父の言う通り。最早、それどころではなかった。


 ◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆





「……と、いうわけでね……」

「……」

「……」


 カチャリと静かにティーカップを置き、アンジェリカが話し終える。


「え、正気か?」

「リオル、落ち着いてください。アレが正気だったことなんて今まで一度でもないです」


 あまりのことに言葉を失っていたシャリーナとリオルが、ようやく口を開いた。


「シャリーがいなくて本当によかった……もしいたらあの中にシャリーが連れていかれて」

「地獄絵図だな」

「そんなの途中で回し蹴りしないでいられる自信がないです」


 甘かった。甘過ぎた。せいぜい、ローズ・ガーデンのメンバー達と一切踊らないとか、俺の猫が云々といつもの妄言を吐くとか、その程度かと。

 いくら王子とはいえ、いや、王子だからこそ、勝手に婚約解消など国王が許可するはずないと思っていた。まさかだからといって王の居ぬ間にやってのけるとは。

 これではいくら王が帰ってきて不許可を出そうとしても遅い。既にこれ以上ないくらいにローズ・ガーデンメンバーの各家は顔に泥を塗られた。


「でもこのままローズ・ガーデンが解散してしまったら、他に殿下の婚約者になれる人なんてすぐ見つかるでしょうか?」

「この状況で新婚約者に収まったら、元ローズ・ガーデンメンバーの家全部敵に回すぞ。無理だろ」

「ということは今まさにその新婚約者にされそうなシャリーは」


 それ以上は誰も何も言えず、重い沈黙が降りた。

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