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ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない  作者: 鶏冠 勇真
第一部:ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない

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15話 グレン領へようこそ

「シャリーナ・クレイディアと申します。先触れもなく、突然の訪問になってしまい申し訳ありません。リオル様には学園でとてもお世話になって——」

「……リ」

「久しぶり兄さん、父さんが倒れたって聞いて急いで帰って来た。父さんは今どこにいる?」

「リ……」


 シトシトと小雨の降る、のどかな田園が広がる町の奥の屋敷。一般の家と比べれば大きいが、貴族の屋敷と言うには小さいその建物に。


「リオルが女の子連れて帰ってきたああああ!!」


 とある男の悲鳴じみた声が響き渡った。





「さあ!さあどうぞシャリーナさん!椅子にクッション敷いたんで!あ、俺の名はクラウドで一番上の兄」

「そそそそ粗茶でしが!あ、ちが、粗茶ですが!次兄のドリーでっす初めまして!」

「えー、おほん、初めまして私がリオルの父でここの当主の」

「母です!何てお呼びしたらいいかしら、シャリーナちゃんでいいかしら?」

「にゃーむにゃむにゃむにゃむん」


 お祭り騒ぎとはまさにこのこと。裏山に狩りに出ていた長男、畑に出ていた父親、最近しょっちゅう脱走を繰り返すようになったらしいペットの猫まで呼び戻され、シャリーナの目の前にグレン家全員が大集合していた。アポロンも加え、総勢7人でテーブルを囲んでいる。


「脱走なんて何馬鹿なことしてるんだルシェ!危ないだろ!?」

「にゃむぅううう、にゃむぅうううう」


 そしてシャリーナのすぐ隣では、グレン家ペットの猫が何ヶ月も離れ離れになっていたご主人様のリオルと感動の再会を果たしていた。


「それにしても俺は『熊を倒した、熊パするから長期休みは帰ってこい』って送ったつもりだったんだけどなあ?それが『親父が倒れた、看取るから至急休んで帰ってこい』になるとは……安い伝言サービスは使うもんじゃねーな」

「まあまあ、そのおかげでシャリーナちゃんと会えたんだからいいじゃんいいじゃん」


 不思議そうに首を傾げるグレン家長男クラウド、明るくその背中を叩く次男ドリー。二人共相当に背が高く、がっしりとした体格の持ち主であった。成る程熊を倒したと聞いてもしっくりこそすれびっくりはしない。


「いやあ、おほん、まさかリオルにこんなに可愛らしい女の子のお友達ができてたなんて……手紙で良くしてくれる友達がいるとは聞いてたけども」

「とんでもありません、むしろ私の方がお世話になってばかりで」

「リオルも隅に置けないわねぇ?シャリーナちゃん、是非うちでゆっくりしていってね。実家のように遠慮なく過ごしてくれて構わないわええそう実家だと思って」

「はい!ありがとうございます!」


 ただ、こんなにいい人達を騙してると思うととても申し訳ない。全てが終わったらきちんと謝ろうと心に決め、シャリーナは愛しい人の家族を見渡した。

 大柄で日に焼けた逞しい父親に、線の細い優しげな母親。間違いなく上の二人が父親似でリオルが母親似だろう。


「にゃああうみゃんなぅううあにゃむんみぃいいぅるるるる」

「ルシェ、落ち着け、それは俺じゃなくて椅子の足だ」


 段々猫語からかけ離れていく鳴き声を放つ飼い猫のルシェは、全身真っ黒の毛並みに深緑色の目でリオルに似ている。とても可愛い。先程からリオルの足に頭を擦り付けるあまり勢いあまって椅子の足に頭をぶつけている。とても可愛い。そして飼い猫と戯れるリオルはとても絵になる。聖書のワンシーンでこんな感じの風景がありそうだ。タイトルはそう、『叡智の神の戯れ』とかそういう。


「小さい頃から本ばかり読んでたリオルに女の子の友達が……リオル、あなた小難しい本やら研究やらの話ばかりしてないわよね?」

「そう言えば初めて護符とやらを作ったのは12になったばかりの頃だったなあ。家族の誰もお前の話がわからんくて」

「え!?詳しく聞きたいですそのお話!」


 本当に叡智の神だった。幼い頃からのリオルの秀才ぶりが伺えるエピソードに、シャリーナが思わず身を乗り出した。


「そうだアポロンさんが飼い慣らしてるっていうあの鳥!ギガントイーグル?凄かったなあ、俺も乗りたいぜ。どう考えても鳥小屋には入りきらなそうだったのは焦ったけど」

「すいやせん、今はアイツも疲れてて……明日以降だともうこの雨が本降りになるんでしょう?小雨程度なら吹き飛ばしやすが、さすがに土砂降りには勝てねーんです。あと馬小屋占領しちまってすいやせん」

「いいっていいって!どーせ使ってなかったんだ、鳥小屋として生まれ変われて馬小屋も本望さ。ところで、あんな大きな鳥どうやって手懐けるんだ?餌は?訓練は?あのゴンドラ落としたりはしないのか?」


 またどうやら長男の方はギガントイーグルの方にも大いに興味があるらしく、目を輝かせてアポロンを質問攻めにしていた。


 シャリーナ達を運んできたギガントイーグルは、現在グレン家の馬小屋を借りて雨宿りしている。かつては何頭か移動用の馬を飼っていたとのことだが、数年前に最後の馬を亡くしてからもう新しく買いはせず、ずっと空き小屋になっていたという。主に金銭的な問題で。

 ちなみにそれで不便はなかったのかと問えば「年老いた馬よりは走った方が速いし」と当たり前のように答えられた。思わず「それもそうですね」と相槌を打つところであったがそんなわけあるまい。そんなわけあるまい。


「そうか、雨期が明けるまであの鳥さんは飛べないのか。じゃあ母さんの言う通り、遠慮しないでゆっくりしてってよ。実家だと思って寛いでくれていいからさ!」

「でもごめんねシャリーナちゃん、空いてる部屋があんまりないの。アポロンさんが1階の客室で、シャリーナちゃんがリオルの隣の部屋でもいいかしら?」

「大歓迎です!!」


 目を輝かせ食い気味で答えるシャリーナに、隣に座っていたリオルがもう何も言わずただ目頭を押さえていた。


「にゃあーむにゃあーむにゃむにゃむ」

「……ああ、ルシェは俺と一緒に寝ような」

「えっ」


 シャリーナが思わず勢いよく隣を振り返ると。いつのまにかリオルの膝に乗っていた黒猫のルシェが、心無しかドヤ顔で胸を張っていたのだった。







「そうそう、リオルは格好いいですよね。貴女はわかってくれるのね」

「にゃむんにゃむん」

「ただ自己評価が低過ぎるのが唯一の困った点で」

「んななー」

「まあ、やっぱり貴女も同じ思いで?」

「にゃむんにゃむん」

「ちょっと席外してる間に猫と自然に会話成立させてるなよ」


 その日の夜。熊の干し肉のスープ、燻製ポテトサラダ、ベーコンを挟んだパンに巨大なソーセージ。ずらりと並んだ熊肉料理に舌鼓を打ち、家族達からリオルの幼い頃の思い出話を聞きながら楽しい晩餐を過ごし、シャリーナは与えられた客室……ではなくその隣のリオルの部屋に来ていた。

 今はリオルが就寝前のホットミルクを作りに部屋を出て行き、戻って来たところである。


「ほら、君の分」

「ありがとうございます。すみません、至れり尽くせりで」


 マグカップを受け取りながら、シャリーナが礼を言った。熊肉パーティでもてなされ、寝巻きも貸してもらい、何から何まで至れり尽くせりである。


「お義母様もお義父様もお義兄様達も、とても良くしてくれて……表向きはリオルの為に私が家のギガントイーグルを貸し出したことになってるからだと思うと申し訳なく」

「いや、単純に俺が女の子を連れ帰ってきたことに皆浮かれてるだけだ。どんな理由でも大歓迎だっただろうから気にすることない」


 ベッドに腰掛け、リオルがホットミルクを一口すする。


「それに言っただろ。君を守るのは俺の為でもあるって。だから君が俺の為にギガントイーグルを貸し出してくれたって言うのも嘘じゃあない。気にするな」

「……はい」


 マグカップを持つ指先から、心の底から、じんわりと身体が温まっていく。


「ただ、あの馬鹿王子がパーティで何もしないとも思えないけどな……とりあえずローズ・ガーデンメンバーの家族が総出席してる場で、アレが君をダンスに誘う最悪の事態は避けられたけど」

「え?それさえ避けられれば大丈夫ではないですか?アレが何かしようにも、流石にその場にいない人には何もできないでしょうし」

「うーん……例えば誰とも踊らない理由として君の名前を出すとか」


 シャリーナの脳内に、成人を祝う婚約者候補達を前にして『フン、おべっかは聞き飽きた。ダンス?勝手に踊っていろ。……俺が手を取るのは、あの猫だけだ……シャリーナ・クレイディアという名のな』とのたまうレオナルシスト馬鹿王子が浮かんだ。鳥肌が立った。


「……いや、その程度なら普段から婚約者候補達を邪険にしてた王子が、ダンスを断る方便として適当な令嬢の名を挙げただけで済むか。というか、そういうことにしないと困る周囲が全力でそうするだろう」


 せっかくホットミルクで温まっていたのに、あのレオナルシスト勘違い馬鹿王子のせいで台無しである。


「せめてパーティで何か起きたか起きなかったか、知る手立てがあれば良かったな。アレに限って、全く何もしないってことだけは無いだろうし」

「従者さん達が揉み消せる程度のことで済んでくれればいいですけど……」


 シャリーナの脳内に、何かしらやらかした王子の尻拭いをしながら『あの身の程知らずの女め!』『やはりあの娘は私の忠告を聞く気はないようですわね……』と悪態又は溜息を吐く従者エドワードと筆頭婚約者候補ロザリンヌの姿が浮かんだ。

 どうしてこうあの王子の取り巻き達は、レオナルドがシャリーナに近づいたり何かしたとして、原因はシャリーナにあるとしか考えないのだろう。いやまあこれに限ってはただの予想だけども。でも確実に実現する予想だと思う。


「話は変わるが、二週間も学校を休むんだ。帰った時に授業に遅れないように毎日勉強するからな。科は違っても座学は同じだから教えてやれるし、わからなかったら聞いてくれ」

「はい!喜んで!」


 それはそうと今日からしばらくリオルの実家でリオルと過ごせるのである。最高のバカンスと言って過言ではない。こんな機会をくれたという点だけはアレと不愉快な仲間達に感謝してやっていいと思い直し、シャリーナは笑顔で頷いた。







 数日後。


「シャリーナちゃん、起きてる?シャリーナちゃんのご実家と、お友達からお手紙が届いてるわ。ウチまで送るってことはよっぽど急ぎの知らせじゃないかと思って……」

「あっ、はい!起きてます!おはようございますお義母様」


 グレン家を訪れてから暫く経った、ある日の朝。いつもの朝食の時間よりだいぶ早い時間に、シャリーナの泊まる客室をノックする音があった。


「よかったわ。はいこれ、シャリーナちゃん宛の手紙。ごめんねこんな朝早くに……ただ、急ぎじゃなければシャリーナちゃんの寮に送るだろうし、最速便で届いたからすぐ渡した方がいいかと思ったの」

「わざわざすみません、ありがとうございます」


 ついに来た。予想してた通り、レオナルドの成人パーティへの招待を知らせる手紙が。

 内心の動揺を悟られないよう、シャリーナはただ申し訳なさそうな表情だけ作り、リオルの母親、グレン夫人から差し出された手紙を受け取った。


「それじゃあ、また朝食でね。今日はパンケーキと庭で採れた木苺のジャムよ」

「わあ、楽しみです!」


 ちなみに何故グレン夫人がこんなに朝早く起きて朝食の内容を把握してるかというと、グレン家の朝食担当が彼女だからである。

 グレン家に住み込みの使用人はおらず、通いの洗濯メイドが一人いるだけ。なのでその他の家事は家族で分担して行っていると初日に聞いた。


「お皿洗いは任せてください!」

「助かるわぁ。うちの男性陣はリオル以外みんなガサツだから何かしら割ってしまうし……お客様にこんなことさせちゃってごめんね」

「いえいえ、何もしないでいる方が申し訳なくて落ち着かないです」

「ほんとにいい子ねぇシャリーナちゃん。ありがとう、またね」


 くるりと長いスカートを翻し、グレン夫人が手を振りながら去っていく。それに応えて小さくお辞儀をし、シャリーナも部屋の中に戻った。

 軽くて重い、二通の手紙を抱えて。


「あら?アンジェからだわ」


 心を落ち着かせ、部屋のベッドに腰掛けてから。そういえば何故二通なのかと、見なくとも既に内容がわかってる実家からの手紙を一旦脇に置き、もう一通の手紙を持ち上げる。

 そこには、アンジェリカ・カークライトと、親友の名が記されていた。


「何かあったのかしら……」


 今日届いたということは、アンジェリカもシャリーナ達が出発してすぐにこの手紙を出したということである。あの従者が乱入してきたお茶会の後、その翌日までの間に何かがあったということか。


「えっ!?」


 はやる気持ちで封を切り、中の便箋を取り出して。二人の間では時候の挨拶も定型文も必要ないため、一行目から本題のその中身を読むや否や。


「リオル!」


 手紙を片手に弾けるように立ち上がり、シャリーナは部屋を飛び出した。向かうはすぐ隣のリオルの部屋。いつも早起きして勉強してるリオルなら、もう起きてるだろうと思って。


「なんだ、どうした?何かあったか」


 声が聞こえていたのだろう。ノックをする前にドアが開き、寝巻きから着替えたリオルが顔を出した。


「見てください、アンジェからこんな手紙が!」


 片手に握り締めていた手紙を広げ、リオルの目の前に差し出す。


『レオナルド殿下の成人祝いのパーティ、なんと私も出席できることになったよ!実は前々からお父さんが私の為にありとあらゆるコネ使って招待状手に入れてたみたい。シャリーナ達が出発してすぐに、お父さんからサプライズで連絡があったんだ。今年の誕生日プレゼントは最高級のドレスと憧れの王子様のパーティの招待状だぞって。まあ、今はもう憧れの欠片も無いんだけど結果オーライだよね。殿下が変なことしないか見張ってくるよ!

 ……と言っても何もできないから、せめて何か起こったらリオル君に全部教えるよ。情報収集は任せて!解決は任せた!』


 先週、パーティで何か起きた場合に詳しく知る手立てがあればと二人で話したのは記憶に新しい。


「珍しく朗報じゃないか。カークライトさんに打ち明けていて良かった」

「はい!」


 これでパーティに出ずとも詳細を知ることができる。それだけで事態が変わるわけではないが、知ると知らないでは今後の対応を考えるのに大違いである。とても有り難い。


「朝早くからすみません、つい嬉しくて」

「とっくに起きてたから大丈夫だ。それより帰ったらすぐカークライトさんのところに行かなきゃな」


 味方がいるというのは心強いなと、勝気な赤毛の友人を思い出し、シャリーナとリオルは顔を見合わせ自然と表情を緩めた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 最初は話してもなかなか目が覚めなくて心配だったアンジェリカだけど、いまや素晴らしい味方になったなあ…… ……パーティーではあのスカートめくり野郎は何をやらかすのか。 悪役令嬢テンプレあるある…
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