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ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない  作者: 鶏冠 勇真
第一部:ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない

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13話 氷の義弟からの忠告

「せめてロザリンヌ様の誤解だけでも解きたいよね。もう一度会える機会があれば」

「会えたところで話を聞いてもらえないと意味ないからな……妃教育にボイストレーニングも含まれてるのか?ってくらい大声の息継ぎ無しで畳み掛けてくるぞ」

「あっはっは!容赦ないねリオルくん!」

「リオル?アンジェ?打ち解けるの早過ぎない?ねぇちょっと」


 所変わって、王都にあるアンジェリカの別宅にて。通された応接室で紅茶を飲みながら、シャリーナはティーカップを持つ手をふるふる震わせていた。


「カークライトさんは君の親友だろう?構える必要はないと思って」

「で、ですが……」

「うんうん、ちょっと前まで誤解してて本当にごめんね。これからもシャリーをよろしく!」


 事の始まりは昨日の夕方。男子寮前でリオルと話をした後、自室に戻り興奮冷めやらぬままアンジェリカに事の次第を説明した際、「私もリオル・グレンに会ってみたい」と言われたのだ。


「今までシャリーを助けてくれてありがとね。シャリーが貴方のことばかり話すから、前から会ってみたいとは思ってたんだ」


 それを次の日リオルに話したらところ「いいけど」とまさかのあっさり承諾。

 お互いの寮には入れないので、放課後にアンジェリカの別宅に集まることになり今に至る。


「ところで話は戻るけど、ロザリンヌ様に協力してもらえたら一番良くない?さっさと結婚の話を進めてもらって……まあロザリンヌ様まで殿下に幻滅しちゃったらどうしようもないけど」


 つい昨日まで「リオル・グレン」とフルネームで他人行儀に呼んでいたはずなのに、すっかり「リオルくん」なんて親しげに呼んでいるし。


「そうだ!話を聞いてもらえないなら、手紙を書けば良くない?シャリーナ・クレイディアは殿下のことなんて全っ然好きじゃないから安心してください、むしろ困ってますってさ」

「貴女の大好きな婚約者様が私のことが大好きで困ってます、なんとかしてください……って、確実に嫌がらせの手紙だと思われるな」

「それもそうか……」


 リオルもリオルで、普通に「カークライトさん」とか呼んでいるし。確かにアンジェリカから「様づけは落ち着かないしいいよ」と言っていたけども。


「事の次第を詳しく説明したら、私みたいに目が覚めてくれるかも……って、目が覚めちゃったら覚めちゃったで困るんだって!」

「いや、あの王子に負けないくらい思い込みの激しい人だったからな。こっちへの悪印象が払拭されない限り、何を言ってもこっちが悪く捉えられるだけだろ」


 アンジェリカの目が覚めたことは嬉しい。リオルへの悪評価の誤解が解けたことも嬉しい。しかし。


「まさかこのまま殿下が何もしてこないとは思えないし……」

「昨日の昼、アーリアローゼ様の言葉を盾にしただけであんなにあっさり引き下がったのも引っかかる。何か具体的な策があるのかもしれない」

「うーん、いくら殿下でも、殿下一人の希望で婚約内定破棄なんてできないと思うけど」


 もし、もしもだ。リオルとアンジェリカが仲良くなり過ぎて、「ごめんねシャリー、私もあの人のことが好きになっちゃったの……っ」とかいう展開になったら?血で血を洗う戦いになってしまったら?夜の闇の中対峙する二人、返り血を浴びより鮮やかに染まる親友の燃えるような赤毛、伸ばしたこの手は虚しく宙をきり——。


「君が何か物凄く馬鹿なことを考えているのはわかるぞ」


 リオルの一言で現実に戻ってきた。


「あのね、何度も言うけどシャリーの心配してるようなことにはならないからね?」


 思い詰めた顔でカップを握り締めるシャリーナに、アンジェリカも呆れたように言った。当たり前だがその髪に返り血は浴びてない。


「……君の親友だから、会ってみたいと思ったんだ。味方になってくれるなら心強いし。何を考えてるか大体想像つくけど、君がそんな心配する必要はないから」

「リオル……!」


 こちらを安心させるように言うリオルに、これぞ以心伝心かとシャリーナがパッと顔を輝かせる。まあ、厳密に言うと安心させるようにというか呆れたような声のトーンだが。


「他に殿下を止めてくれそうな人っているかな?話を聞いてると、殿下の従者の方も殿下がシャリーにちょっかいかけるのに反対みたいだけど」


 アンジェリカに至っては完全にスルーを決め込んだようである。


「あいつか……確か、あの従者もアーリアローゼ家だったな」

「ロザリンヌ様の義理の弟ね。ロザリンヌ様が一人娘で王家に嫁ぐ予定だったから、家の後継者にするためにアーリアローゼ家ご当主が養子にしたっていう」


 なんだかさっきから話の蚊帳の外に置かれがちである。何故いきなりレオナルドの従者の話になってるのかさっぱりわからないシャリーナであった。


「ただ、あの従者は従者でこっちを敵視してるところがあるしな。実は一度あいつに取り押さえられたことがあるんだが……その時『このままでは殿下の戯れをあの女が鵜呑みにしてしまう』とかブツブツ言ってて」


 今更口を挟めないのでリオルの横顔を眺めて過ごす。殆ど髪で隠れたそのシルエットがミステリアスで格好いい。


「うわあ、腹立つなあ。それ、シャリーからも聞いたけど、ダンスパーティでシャリーがテラスに連れてかれた時のことだよね?」


 やはり思案するリオルはとてつもなく格好いい。とても絵になる。このまま一枚の絵画にすればオークションで金貨百枚は下らないだろう。ローンで何とかなるだろうか?手持ちの宝石を売れば頭金には。


「アンジェリカお嬢様」


 と、シャリーナが資金繰りに頭を悩ませていたところで。

 カークライト家のメイドが応接室にやって来た。


「どうしたの?ジェーン」

「ええと、お客様にお客様がお見えでして……その……レオナルド第一王子様の従者と名乗る、アーリアローゼ家の紋章のついた服を着た方で」

「ええ!?」


 噂をすれば、である。


「どうやら、クレイディア様に用があるらしく……誰かからか行き先を聞いて、ここまで来たとのことで」

「え、えええ?何それ?」


 いくらなんでもあまりに失礼な要望に、アンジェリカも目を丸くする。当主が本宅を長く離れるわけにはいかないので、カークライト伯爵夫妻はここにはいない。なので学生とはいえこの別宅の主はアンジェリカだ。主が客を招いて歓談中に、どちらと約束があるわけでもなく、主を無視し、その客に用があるから会わせろなどと。


「やはり、お断り致しましょうか。いくらアーリアローゼ公爵家の方と言えど……」

「うーん……」


 顎に手を当て、アンジェリカが考え込む。


「単独とは珍しいな」

「もしかしなくてもレオナルド殿下絡みだよね。ここで断っても、帰り道にシャリーだけ連れ去られるのがオチかも」

「悪い、失礼を承知で頼む。受けてくれないか?今ここに通してくれたら俺も話を聞ける。まさか家の主と最初の客に席を外せとは言えないだろうから」


 コクリと頷いたアンジェリカが、メイドのジェーンに向かって言った。


「いいわ。通して。シャリーもいいよね?」

「え?え、ええ、いいわ」


 いまだに金貨百枚の資金繰りについて考えていたシャリーナは、まさか聞いてなかったとは言えず、何でそうなったかよくわからないまま答えた。

 とりあえず、金貨百枚については手持ちの宝石とドレスと髪を売ることで解決した。貴族には掃いて捨てるほどいる金髪だが、その中ではそこそこ珍しいストロベリーブロンドは割と高値で売れる。それでなくとも男性の髪はカツラにする程長く伸ばすのが難しく、女の命と言われる髪を売る貴族令嬢はそういない。なので綺麗で長い髪の需要はいつでも高いのだ。


「君が何か物凄く馬鹿なことを考えてるのだけはわかるぞ」


 背中まで伸びた髪を指に絡め、うむと頷くシャリーナに、リオルが半眼になって言った。






「突然の訪問、申し訳ない。快諾を感謝する。シャリーナ・クレイディア嬢と話をさせて頂きたく」


 メイドのジェーンが退室して数分後、レオナルドの従者にしてロザリンヌの義弟——エドワード・アーリアローゼが応接室に現れた。


「ええ、シャリーナはここに。エドワード様もどうぞこちらへお掛けください」

「あ、いや、シャリーナ・クレイディア嬢に……」

「どうぞこちらへ」

「……はい」


 やはりさすがに家主に向かって席を外してくれとは言えないようだ。数分の間に話を聞いてなかったことがバレて説明を受けたばかりのシャリーナが一人納得する。

 しかし、アポ無しでお茶会に乱入してくるだけでも充分失礼である。あの王子の従者とはいえ、このエドワードという男が単独で何かしてくることはなかったのに。テラスでリオルを押さえつけたことは万死に値するが、それもレオナルドの命令である。


「一体どのようなお話ですか?」


 これもレオナルドからの命令なら、最初にその名を出しているはず。又は学園内で話をすればそれで済んだはず。

 そのどちらもしなかったということは、レオナルドには知られたくなく、学園内では迂闊に話せず、しかし他家に突撃してでも急いで伝えなければならない内容なのだろう……と、リオルが言っていた。


「……殿下の戯れが過ぎたことも、原因の一つだ。殿下にも極僅かに非はある、それは認めよう」


 しばらく逡巡した後。エドワードが重々しく口を開いた。


「だが……それを簡単に鵜呑みにしてあまりに調子に乗るようでは、こちらとて擁護できない」

「いえ乗ってません、いつだってお断りしてます」


 キッ!と正面に座るシャリーナを鋭く睨みつけ、両膝の上できつく拳を握り締める従者ことエドワード・アーリアローゼ。


「貴女に、妃になる覚悟があるのか?」

「ないです」


 デジャヴ。とてもデジャヴ。さすが姉弟、義理とは言うがめちゃくちゃそっくりである。


「これは子供の絵本じゃない、現実だ。表面の華やかな部分しか見ないで、憧れだけでなれる程王妃とは甘くない。呑気にサンドウィッチを作るだけで務まるわけがないんだ!」

「それはそうですよ」

「今は物珍しさで殿下の気を惹けても、所詮珍しさは珍しいことにしか価値がない。続けば当然珍しさもなくなる。つまり無価値だ!」


 妃教育だけでなく、従者教育のカリキュラムにも『人の話を聞いてはいけない』が組み込まれているのだろうか。

 

「クレイディア嬢。貴女が今いくら言い訳をしようと、行動が伴っていなければそれが心にもないことであることくらい簡単に分かるのだぞ!」


 ドンッ!と音を立てて、エドワードが拳でテーブルを叩きつけた。


「これは忠告だ。金輪際、殿下に近づくな」


 ここが無理言って入れてもらった他人の家のテーブルだということを忘れていやしないか、この男は。


「……それを言うだけのために、いらしたわけではないでしょう?」


 シャリーナが堪らず注意をしようと言葉を選んでいると、隣に座るリオルが静かに口を開いた。


「ここはカークライト家の別宅です。我々はここの主であるアンジェリカ・カークライト様の招待を受け、親睦を深めていたところでした。その最中に、事前の約束もなく、主であるアンジェリカ様でもなく、招待客であるシャリーナ・クレイディア嬢に用があると……よっぽど重大な、よっぽど火急の話でないとあり得ないでしょう」

「それは……」


 リオルの言う通りである。この程度の内容、わざわざ他家に無礼を働いてまで今日話さねばならないものとは思えない。


「し、しかし!これは一刻も早く改めねばならぬ問題なのだ!殿下が許されているとはいえ、クレイディア嬢の殿下への態度は最早無礼と言っても過言ではな」

「一人の令嬢の殿下への無礼を正すために、ご自身が他家のご令嬢に無礼を働いては本末転倒では」

「ぐっ……」


 ダン、とまたもや悔しそうにエドワードがテーブルを叩く。だからこのテーブルがカークライト家のテーブルであることを忘れていやしないか、この従者は。


「本当のことを仰ってください。どうしても今日、それを伝えなければいけなかった理由があるんですよね?」


 黙り込む招かれざる客に、リオルが確信を持った声で告げた。


「…………再来週に」


 リオルが平然と、シャリーナとアンジェリカが息を呑んで同じ方向を見つめる中。六つの目に晒された男が、ようやく重い口を開いた。


「再来週に、殿下の成人祝いのパーティが王城で開かれるのは知っているだろう」


 リオルとアンジェリカが頷く。シャリーナは初耳だったが空気を読んで頷いた。


「そのパーティの招待状が、早ければ明日の夜、もしくは明後日にクレイディア嬢の実家に届く。勿論他の招待状はとっくに送り終わっているが、殿下が急遽追加でクレイディア家にも出すよう命じられたのだ」

「えっ!?」


 レオナルドの成人祝いパーティ。世界で一番どうでもいいパーティである。まだ実家のメイドのガブリエラが言っていた「毎月給料日前は野草パーティなんですよね〜」の方が参加したい。


「貴女の家は他家とは違う特殊な郵送手段を有してると聞く。殿下からの招待状が届けば、すぐに王都にいる貴女に知らせが行くだろう」

「成る程。つまり、彼女にそれに欠席の返事をするように言いたいのですね」


 野草パーティに??とうっかり言いかけてシャリーナが唇を噛んだ。


「……」

「あれ、違うのですか?もしかして、的外れ過ぎて呆れられてしまいましたか」


 知ってます?タンポポって食べれるんですよ、と道端のタンポポを摘んでいたガブリエラ。その背中が何故か今とても懐かしい。


「……呆れてはいない」

「それは良かったです。では何故?察しが悪く申し訳ありません。もし殿下からの招待状なら、そう簡単には断れないと思いまして」


 それはそうと流れるように畳み掛けるリオルがめちゃくちゃ格好いい。タンポポなど食べてる場合じゃなかった。誰だ野草パーティなんて場違いなこと言ったのは。


「ただ、もしアーリアローゼ家の次期当主であり、殿下の信頼の厚い貴方様から直々に、はっきりと止められたとなれば、参加を辞退する理由になると思い、確認したい次第で」

「……話は終わりだ。失礼する」


 否定も肯定もせず……いや、どちらもできなかったのだろう。ダン、と悔しげにテーブルを叩き、苦々しく唇を歪めたエドワードが立ち上がった。だから何回他家のテーブルを叩けば気が済むのだろうか。


「……そうですか。失礼致しました」

「お帰りはあちらですわ、エドワード様」


 形ばかりの礼をし、アンジェリカが手のひらでドアを指し示す。

 誰も立ち上がって見送りはしない。アンジェリカは家主であるがエドワードはアンジェリカの客ではなく、無礼に厚遇で返す理由も無い。シャリーナもリオルもその家主を差し置いてただの客がそんなことをする必要が無い。

 来た時と同様、大股で去っていくエドワード。

 隅に控えていたメイドによって、パタン、とドアが閉められた。


「何アレ何アレ、やばくない?」

「ああ、姉とそっくりだ」

「はい!リオルは本当に格好いいです!」


 ドアの向こう、遠ざかっていく足音が完全に聞こえなくなってから。


「話通じな過ぎてびっくりだよ、シャリー達今まであんなのと戦ってきたんだね……」

「何回他人の家のテーブル叩くんだよって思ったな。へこんでたりしないか?」

「ええ、その時あの人を問い詰めるリオルの格好良さと言ったら!」


 三人で口々に、若干一名噛み合ってない感想を述べたのであった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 》妃教育にボイストレーニングも含まれてるのか? 》妃教育だけでなく、従者教育のカリキュラムにも『人の話を聞いてはいけない』が組み込まれているのだろうか。 爆笑です。(^-^)/
[一言] 鵜呑みにしてるのはあんたでしょ。氷の令嬢(笑)と義弟君。
[一言] こういった物語があると、顔面偏差値がマイナスを通り越して、赤道直下まで突き抜けている私達はとても救われた気分になります。控えめに言って最アンド高です。
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